クリスマスのコビトさん

もも

クリスマスのコビトさん

 今日って週の真ん中、水曜日だよね?

 午後6時になると同時に退社していく正社員だらけのこの会社、ワークライフバランス優秀過ぎじゃない?


 師走だよ?

 年末だよ?

 なんなら残り2日で仕事納めなんだから、それまでめいっぱい働けよ。


 とはいえ、それが社員の権利と言われればそれまでの話で、就職活動を立派にきちんとこなした人間に対するご褒美と言えなくもない。

 日々真面目に業務に勤しんでいるのであれば、働いて働いて働いて働いて働いて参らない日があったって別に構わないけど、日頃から隙を見てはトイレでサボり、引き出しにたんまり入れた菓子をつまんでは面倒な仕事をすぐ他人に放り投げるようなどうしようもない女子社員の癖して、まだ勤務時間が残っているバイトの私に『イヴなのにかわいそう』みたいな視線を向けながら帰って行くのはどうにかならないものだろうか。


 ただただ、うっとおしい。

 こちとら好きでバイト入れてんの。

 女が皆、あんたらのように『クリスマスは浮かれるもんでしょ』みたいなヤツばっかりだと思うなよ。

 私は、自分が必要とされる場所で必要とされる間は働きたいだけ。

 アルバイトの立場だろうが、関係ない。


「あ、また詰まった」


 リース契約しているコピー機は年末で稼働が多いせいか、ここ最近よくトラブルを起こす。前面のパネルを開き、液晶画面に表示された紙詰まりの箇所をひとつずつチェックする。


「A良し、Cも問題ない、Yは挟まってた紙を抜いたし、XもOK、と」


 機械音を立てて再稼働を始めたコピー機から順調にA4用紙が排出されるのを確認し、私は自席に戻る。


 12月24日。


 クリスマス・イヴなんてどこに行ってもヒトだらけなんだから、わざわざこの日に誰かと逢う必要性を全く感じない。


 昔、付き合っていた男にそんなことを言ったら、電話の向こうで絶句されたのを思い出した。『必要性とかそういうことじゃなくて』と溜め息混じりに呟く声が聞こえたが、私が言い返す前に『いや、お前はそういうヤツだったよな。悪い、もういいや』と通話を切られた。


 何だよ、言いたいことがあるならスパッと言えっての。

 『必要性とかそういうことじゃない』ってじゃあどういうことな訳?

 私にとってクリスマスは然程重要じゃないだけなのに、何で『クリスマスが特別じゃないヤツがいるなんて信じられない』みたいな空気を押し付けられなきゃいけないんだろう。


 カップルだらけの店で出される普段より高いコース料理とか、大量に作り溜めされた冷凍のホールケーキとか、やたらスタイリッシュなツリーを見ながら呑むホットワインとか全部要らないのに、『カップル、かくあるべし』みたいな空気感が本当耐えられないんだよなぁ。


 結婚式に呼ばれた時に讃美歌312番を歌いながら『キリスト教徒でもないのに歌ってごめんなさい』と妙な罪悪感を抱く私からすれば、普段教会にも行かない人間がこの時期だけ『メリークリスマス!』なんて叫んで浮かれるの、都合良すぎでしょ。そういうヤツらは『クリスマス』って言葉にどういう意味があるのかすら、絶対分かってないに違いないのだ。


「……あぁ、無駄にイライラする」


 過剰に飾り立てられたケーキなんていらない。

 コンビニのシュークリームみたいな、日々のストレスに寄り添う系のスイーツが食べたいなぁ。

 別に世のカップルがクリスマスにいちゃつこうがどうでもいいけれど、そういうことを望まない人間がいるということについては知っていてもらいたいものだ。


 午後9時。

 フロアに残っていた人々も、いつの間にか姿が見えなくなっている。

 刷り上がった用紙をコピー機からピックアップし、一部ずつまとめて左上をホチキスで止める。ステープル機能が故障中のため一部ずつ手作業で会議資料を作成しているが、コビトさんラブな女子社員(理解不能)からの依頼なので本当にコレが使われるかは分からない。


 コビトさん、26歳。

 185センチの高身長に申し分のない学歴、営業成績もトップで役員たちの覚えもめでたく、女子社員たちの間で話題になっていた社内の男性を対象にした顔面国宝年間ランキングではぶっちぎりの1位を飾っていた(勿論月間でも常に上位にランクイン)。


 この説明だけでモテの要素は十二分にあるが、私は知っている。

 いや、知りたくなかったのに知ってしまったのだ。

 コビトさんが娯楽産業を牛耳る日本有数の企業であるSHホールディングスの跡継ぎだということを。

 

 『超』をどれだけ付ける気なんだと言いたくなるぐらい、やたらスペックの高い男がどうしてだかしつこく構ってくるせいで、私はフロア中の女子たちからちょいちょい嫌がらせを受ける程度に妬まれているのだ。故に、今作業をしている資料作りも、不要なゴミを作っているだけという可能性があるという訳である。


 こっちだって好きで構われてるんじゃないって見てたら分かるでしょうに、どうせコビトさんの顔面しか見てないゴミ観察眼なんだろうな。

 

 あぁもう、あの男には関わりたくない。

 

 私は社員の動向を示すホワイトボードに目を遣る。

 コビトさんの欄には『C社→F社打ち合わせ』の後に『直帰』と記したマグネットが貼られていた。


 直帰、ヨシッ。


 今日はもうコビトさんと顔を合わせずに済むと思えば、先程までのイライラも少しマシになった気がする。ホチキス止めという単純作業に集中し続けることで、余計なことを考えずにいられるのも好都合だった。


 パチリ、パチリとホチキスが音を立てる。

 頭を空っぽにしながら無心で作業に没頭していたら、突然『パーン!』と大きな破裂音が静かな空間に響いた。全身がビクリと震える。資料から顔を上げた私は、驚愕した。


「何で……?」


 部署の出入り口にいたのは、クラッカーを手にした超絶笑顔のコビトさんだった。


「呼んだ?」

「一切呼んでません」

「ただいまぁ」

「今日直帰だったはずでは」

「オフィスにね」

「直帰の意味、ご存じですよね?」

「寄り道せずに取引先からオフィスに真っ直ぐ帰って来ることでしょ」

「オフィスじゃなーい!」


 現地から直接家に帰ることだよ。

 あんた、会社が家って言う程ここに愛着ないだろうが。

 何だよ寄り道って、小学生か。


「んふふ、段々砕けた感じでツッコんでくれるようになって嬉しいな。そのまま阿吽のやりとりが出来る熟年夫婦みたいになることを期待してるんだけど」

「何がなんでも即離婚でお願いします」


 ていうか結婚どころか付き合ってもいないし、そもそもこの人とそんな関係になるとか考えるだけでこめかみが痛い。


「まだ仕事でも残ってたんですか」

「仕事というか、ハイ」


 コビトさんは某寿司チェーン店社長のように私に向かって両手を広げると、満面の笑みを浮かべて言った。


「今日も一日働きまくってお疲れの君に、俺からの差し入れだよ。さぁ来い!」

「いや、何が?」

「あ、もしかしてハグじゃ充電にならなかったりする? 君、求めるねぇ。これ以上っていうなら場所変えた方が良いと思うんだけど、『ここで忘れられない想い出を作れば、明日からの仕事も私、頑張れそう!』って言うなら俺もやぶさかじゃないよ。やっちゃダメなところでするのも背徳感あって楽しいもんだしね」

「何もやりませんし何も求めてない上に、妄想されたことの全てを消し去りたいので、さっさと回れ右してお帰り下さい。はい、お疲れ様でしたー」


 大企業の跡取りがそんなクズみたいな倫理観でどうすんだ。

 前からずっとそうだと思ってたけど、師走だろうが関係なくブレずに変態なんだな、この人。恐らく今世に生まれ変わる時に高性能CPUと顔の良さだけじゃヒトとして偏り過ぎるから変態属性が付与されたんだろうけど、どう考えても変態性の方が勝ってるでしょ。なのに、どうして周りは誰も気付かないのかが不思議で仕方がない。


「もう勤務時間過ぎてるでしょ。タイムカード切っとくね」


 コビトさんは部署の入り口付近に置かれたレコーダーに近寄ると、私のカードを勝手に差し込む。

 

 そういえば、コビトさんの本性を知った日も私は残業していて、タイムカードを打刻されたことを思い出した。あれが確か今年の3月末だったから、そこから数えて9カ月になるのか。

 花見では紙コップに付いた私の口紅の跡をなぞるように口を付けられたり、ゴールデンウィークの映画館ではいつか脱がせるためにとハイブランドの洋服を押し付けられたりと散々変態的な言動を浴びせかけて来たコビトさんだが、ここ数カ月は繁忙期で余り絡むこともなかったため、すっかり油断していた。


 久々の変態圧に対して気合を入れ直していると、コビトさんは私のデスクにやって来た。先ほどまでホチキス止めをしていた資料を一部取り、パラパラとめくる。


「この資料、もうデータで貰ってるから要らないヤツだよ」

「げ、やっぱりそうでしたか」

「もしかして、またやられた?」


 おたくのせいでね……とは口に出さずに私は大きくひとつ息を吐くと、資料をまとめてホチキスで止めた。


「もうしなくて良い作業なのに」

「いえ、依頼されたものですから全部やります」


 残りの用紙にホチキスの針を止めたところで、私は資料をまとめて依頼主の女子社員のデスクに積み上げた。何か咎められようものなら言われた通りにやったと答えるだけだ。


「意地でも終わらせようとするところ、相変わらずだなぁ」

「社員さんからの指示があればその通りにするのがバイトですから」

「ちなみに君にそういう嫌がらせ的なものをしてくる社員は、そのデスクの子以外にも結構いたりするのかな」

「結構どころじゃないですよ」


 旅行の土産を私にだけ配らないという分かりやすいレベルのものから、今回のようにコピー用紙を無駄に使わせるといった会社の備品に影響を与えるもの、自分のミスをこちらに押し付ける冤罪のようなものなど、数え上げればキリがない。


 ねたみなのか何なのか知らないが、コビトさんに構ってもらいたいというなら諸手を挙げてその立場を献上するのに。単に目障りな私を辞めさせたいだけなのかもしれないが、残念ながら事務仕事でここより時給がいいところってなかなかないんだよなぁ。

 

 諸々を天秤にかけた結果、多少のことは気にしないことに決めたのだ。


 デスクの上を片付けて帰り支度をする私を見ながら、コビトさんは手近な椅子に座ると「そっか。それは悪かったね」と言った。


「お詫びにこれ、どうぞ」


 ごそごそと鞄の中から取り出したのは、缶入りのココアだった。


「ちょっとぬるくなっちゃったけど」


 お詫びって。


 今の私の状況が自分のせいだと自覚しただけでなく、申し訳ない気持ちを抱く神経があったとは。正直『やっとかよ』と思わなくもないが、まぁ、あれから私も散々文句を言って来たし、反省しないよりはマシというものである。

 

 指摘し続けた甲斐があったと自分の努力を心の中で褒めつつ、私はココアを受け取ろうと手を伸ばしたが、コビトさんは自分のすぐ近くにあった椅子の座面をポンポンと叩いて言った。


「ここで飲んでよ」


 はい、来た。

 さようなら、反省……と胸の内で手を振りながら、コビトさんと椅子との間の距離を計る。

 目測、およそ20センチ。


「異性の半径30センチ以内に近寄るなと死んだおじいちゃんの遺言に書いてあったので辞退します」

「今から君の御実家に電話して本当かどうか裏を取るけどいいかな?」

「何でウチの番号知ってるんですか」

「君のアルバイト採用を決めたのは俺だから」

「は」

「応募用のフォーマットにあったでしょ、緊急連絡先。君の分はいつか挨拶に行くかもしれないと思って覚えてるんだよね」

「挨拶って」


 ……何の、とは訊くまい。

 絶対訊いちゃダメなヤツでしょ、これ。


「ということで、はい。こちらにどうぞ」


 いいトコのお坊ちゃんらしい優雅な仕草で、コビトさんは隣の椅子を示す。


「わぁ、令嬢モノのラノベに出てくる王太子殿下みたいですねぇ。気品漂う殿方のお隣に庶民の私が座るだなんて身分違いも甚だしくて、ココアを飲む手が震えてしまいそうですわぁ。ということでお心遣いには感謝しますが、私、これにて失礼させていただきたく存じま」

「25万」

「ん?」

「映画館、シルバー男、ドリンク、着替え」

「連想ゲームかよ」


 隣に座っていたシルバーのチェーンをじゃらじゃら付けたクソガキからドリンクを引っ繰り返された私へ、コビトさんが着替えにと渡してきたハイブランドのボトムスの値段だろう。あれから何度か返品しようと試みたが無理だったので、ひとまず自宅のクローゼットに収納しているが、ここでそれを持ちだすとは。


「君が隣に座ってくれるなら、俺はどんな手でも使うよ」


 爽やかなスマイルの癖に、手段がゲスい。

 仕方がない、あの時助かったのは事実なので、私は隣の椅子に浅く腰掛けた。映画館で隣り合わせた時よりも近い。パーソナルスペースを侵されるのではないかという懸念から、体の表面が警戒しているのが分かる。


「いただきます」


 落ち着かない感じを鎮めるため、プルタブを開けてココアを一口飲む。

 2割の苦味と8割の甘さが喉から胸元を通り、胃へ落ちる。ほんのりとした温かさがじわじわと上半身を満たした。


「……美味しいです」

「そ。良かった良かった」


 コビトさんの柔らかな目元が、笑みで更にふにゃりとなる。その顔が普段見せる計算された表情と比べるとあまりに無防備で、私は何となく目を逸らした。


「……今日、クリスマス・イヴですよ」

「そうらしいね」

「お誘いのひとつやふたつぐらいあったんじゃないですか」

「少なくとも片手以上はあったけど、全部断った」


 そう言って大きく伸びをする。


「だってさ、何でわざわざこんな人混みだらけの日にどうでもいい相手と一緒にいなきゃなんない訳? 神の子の降誕にかこつけて祈りの気持ちもないのにやれプレゼントだ、やれご飯だって、信徒に対して失礼でしょうが。ついでに言うけどさ、俺、結婚式の時に歌う讃美歌も本当は苦手なんだよね。『仏教徒なのに何で俺は十字架の前でアーメンとか言ってんだ』って思うと、なんだかなぁって。そんな半端な気持ちで祈りを捧げるのは何か違うでしょ」


 ヤバい。

 私、コビトさんと考えてることがほぼ同じだった。


「まぁ、イベントがあればそれに合わせて経済も回るし、エンタメ産業に従事してるウチの親の会社にとっちゃありがたい日ではあるけどね。俺個人としては12月25日よりも4月8日の方が大事だわ」

「何の日ですか」

「お釈迦様の誕生日」


 にひひと笑ってコビトさんは「天上天下唯我独尊てんじょうてんげゆいがどくそん!」と言い、右手を天井、左手を床に向けた。


「人というのはそれぞれが唯一であり、存在するだけで既に尊いのです」

「はぁ、そうなんですか」

「俺も尊いし、君も尊い」


 ――だからこそ、誰かに嫌な気持ちにさせられているのに、その感情に目を瞑って流しちゃダメだよ。


 コビトさんはそう言って、口元だけで静かに微笑む。

 こういう笑い方、何て言うんだっけ。

 小学校の社会科見学で見た、仏像みたいなヤツ。


「ま、そういう訳で君、この会社辞めてウチに来たら?」

「は」

「今より時給弾むし、快適な環境を保証するよ」

「ウチって、SHホールディングスですか」


 コビトさんはひたすらニコニコ笑っている。


「君に嫌がらせするような人間は周りにいないし、好きなだけ仕事に集中出来ると思うけど」

「いや、流石にそれは」


 ただのバイト風情が、超一流企業に引き抜き?

 んなウマい話があるか。


「まぁ考えといてよってことで」


 コビトさんは鞄の中から白い袋を取り出すと「はいコレ」と私に差し出した。


「何ですか」

「良い子に差し入れ」

「さっきココア貰いましたよ」

「それ二ツ目。こっちが真打。ちなみに最初にやった充電ポーズが前座ね」

「落語家の階級かよ」

「サバにあたって死んだ男があの世でご隠居に会って閻魔様のところに行く話、する?」

「ラノベのタイトルみたいに上方落語の名作を振るの止めて下さい。ていうか、せっかく東京の落語家の階級を持ち出すならここも『寿限無』とか江戸落語でボケていただきたいところです」


 一瞬きょとんとしたコビトさんは「わはっ!」と今日一番の声を上げながらお腹を抱えて笑い出した。


「そういう方向で攻めてくるとか、やっぱ君、最高」


 いやいや、そりゃそう言いたくもなるでしょ。

 もう既に残業してるのに、ここから『地獄八景亡者戯じごくばっけいもうじゃのたわむれ』なんかやられた日には更に一時間以上かかるでしょうが。さっきタイムカード切ったのはどこの誰だよ。


「やっぱ今日、戻って来て良かった。ありがとね」

「あ、こちらの方こそ飲み物ありがとうございました。後、これも」


 先ほど受け取った袋を掲げると、コビトさんの目元がふっと和らいだ。


「どういたしまして。じゃ、俺もう出るから君も早く帰りなよ」


 そう言って椅子から立ち上がると、コビトさんは「お疲れさん」と手をひらひらさせながら去って行った。


 コビトさんのことだから「送っていくよ」とか言い出すかと思ったけど、あっさり帰ってくれて良かった。クリスマスにあんな目立つ人と一緒にいたら知り合いの誰かに絶対見られるし、なかったこともあったかのように捏造された上で拡散されるに決まってる。


 私はデスク周りをチェックし、パソコンの電源を落とす。

 コビトさんから貰ったココアを飲み干し、ゴミ箱に捨てた。


「今のが二ツ目か……」


 じゃあ真打って何だったんだろうとふと気になり、私は袋を開ける。

 入っていたのは、コンビニで売られているシュークリームだった。しかも、私の好きなカスタードとホイップクリームのダブルシュー。


 何なの。

 何なのよ、あの人。

 テレパシーとか千里眼とかの持ち主じゃないよね?

 嬉しい通り越して、怖ぁ……。


 そっと袋を閉じようとした時、何かの用紙が入っているのが見えた。四つ折りされているところからして、どうやらレシートではなさそうだ。


 もしかして、手紙だろうか。

 いつも意味不明なしつこさを発揮するのに、今日に限ってあっさり帰って行ったのは、目の前で読まれるのが恥ずかしかったから?


 ――いや、それはないな。

 あの男にとっては羞恥すらも喜びに違いない。


 とりあえず確認するか。

 ガサガサと用紙を袋から取り出し広げたところで、私は叫び声をあげた。


「なんじゃこりゃぁぁぁぁ!!」


 昭和の刑事ドラマに出てくる殉職シーンのような声が無人のオフィスに轟く。

 白い紙に茶色で印刷された文字。


 婚姻届。


 ご丁寧に『夫になる人』の欄は記入済みだった。


 小比等宗一郎こびとそういちろう


 何何何。

 何考えてんの、あの人。

 まさか、さっきの『うちに来たら』の『うち』ってSHホールディングスじゃなくて、コビトさんのところってこと?

 あの人、まさか本当に王太子殿下なの?

 いやだってそうじゃないと説明付かないでしょ。

 貴族同士の政略結婚じゃあるまいし、いきなり婚姻関係を結ぼうとするとか意味が分からない。

 状況を理解出来なさ過ぎて、いつの間にか異世界にでも来たのかと思ったがそんな訳はなかった。


 混乱で昂った脳を落ち着かせるため、シュークリームにパクつく。

 程々にオイリーなシュー皮と、軽い口当たりのホイップクリーム、もったりとしたカスタードの甘さがダイレクトに脳にしみる。

 私は椅子から立ち上がり、婚姻届をシュレッダーのエサにしながら心の中で天に向かって膝を付いた。


 神様でもお釈迦様でも誰でもいいし、この際サンタでも構わない。

 どうか、あの変態男を一日でも早く何とかして下さい。

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