デイジー祭り――塔の魔術師たちの恋愛模様

湖海 燈

デイジー祭り

 今年も、この季節がやってきた。


 外套の襟を掻き合わせて、エイラはため息をついた。


 薬草園の一角に間借りしているバラ園は冬枯れで寂しい色に染まっていた。

 その一角に、小さく設けた花壇に近づくと、清楚な花弁が揺れていた。


 日照にあわせて鉢を移動させたり、敷き藁をしてなんとか育てたデイジーだった。


 そう、明日はデイジー祭りだ。


 冬も終わりの頃、ルミディア王国ではデイジーを贈りあう。


 友人にはピンクのデイジー。

 恋人には黄色いデイジー。

 告白には白デイジー。


 エイラはピンクのデイジーの鉢から、アイビーとシルと、少し考えてロディス用のデイジーを摘んだ。


 黄色いデイジーは、育てなかった。


 ピンクのデイジーの横には頼りなさそうに、白いデイジーが揺れていた。

 これは、去年の祭りの後、売れ残りの鉢を花売りのおばさんがくれたのだった。


 株は心細いほど痩せていて、何とか一輪だけ咲かせることができた。


 ピンクのデイジーよりも一回り小さな無垢な花弁をそっとなでた。


 どの花屋でも、白いデイジーは、告白のためにほとんど売れ残らない人気の色だった。


 けれど、ここでは摘み取られず揺れている小さな花を少し愛しいと思った。


 ****

 塔は、その日、浮足立っていた。


 書庫の裏、物見台、中庭。

 様々な場所で駆け引きが行われていた。


 エイラも、枯れないように加護を施した小さな花束を三つ作った。


 足早に治療院に向かう。

 エリンというコマドリを半身にもつ魔術師とすれ違って、お互いに会釈をする。


 姉弟子の治療師シルの恋人だ。

 黄色いデイジーを一輪、手にしているところを見ると、シルから送られたものだろう。


 治療院では、空いたベッドにアイビーとシルが腰掛け、話し込んでいた。


 二人はエイラを見ると、ピンクのデイジーを掲げて笑った。

 黄色いデイジーを髪に飾ったシルがほほ笑んだ。


「来た来た!エイラ。デイジーの妖精にしてあげるね」

 アイビーとシルがエイラの髪にピンクのデイジーを飾る。


「かわいい、かわいい」

 二人から言われると一瞬、信じそうになる。


「ありがとう」


 頬の熱を押さえて、エイラが小さなピンクデイジーの花束を二人に渡した。


「私からのデイジー。これからもよろしくね」


 シルがまるでお菓子のように整った花弁を優しくつついた。

「ありがとう!育てたんでしょ」


「器用だよね。このまま吊り下げて、ドライフラワーにしようかな」

 アイビーが腕にかけた籠の中にそっと花束をしまった。


「ところでさ――ロディがついに今年、デイジー祭りに参加したんだよ」


 エイラが目を丸くした。

「まさか!」


 毎年、彼は花を持って右往左往する仲間を一歩引いてみていた。


 彼自身は、毎年小さな花束ができるぐらいの白いデイジーを手にしていたが、祭りの翌日にエイラとシルに分けてくれていた。


「誰かに渡したってこと?」


 エイラの問いに、ニヤリとシルがわらった。

「ほら!」


 たっぷりのピンクデイジーの花束をシルが取り出した。


「すごーい!」

「今までの分――全部だって。どういう風の吹き回しだろうね!エイラの分も準備してたよ」


「本当?」

 エイラは胸がドキリと脈打つのを感じた。


 その後は、なかなかロディスに会えなかった。


 いや――正確には近づけなかった。


 いつのころからだろう。

 エイラはなんとなく、勘でロディスの居場所がわかる。


 最近ますます、その勘が研ぎ澄まされている気がする。

 アリュッタに言わせると、長年一緒にいるとそうなるとか、半身同士が惹かれあっているとか、無意識の魔力探知だとか――フェロモン的な何からしい。


(――よくわからない)


 一緒にいる時間で言えば、シルの方が長くいるのに、後ろに立たれても気配すらしないこともある。

 なぜか、ロディスだけはわかる。


 その魔力探知(仮)をつかって、彼の気配をたどって、物見台に行った。

 そこで彼は、白デイジーを持った見習いの女の子達に囲まれていた。

 彼と目が合ったが踵を返す。


(タイミング悪いな)


 エイラはそっとそこから離れた。


 隠居している乳母ミラナあての手紙を事務局に出しに行って、石碑の古代文字の解読文と解説文の原稿を、メザルに見てもらった。


 塔編纂の古代文字読解のための参考書になるらしい。

 共著者はロディスなので、今度三人で打ち合わせをすることになった。


 ふと、メザルの胸にピンクデイジーが飾られているのを見て、書類をしまう指を少し止めた。


 なんだか、愉快な気分だ。


(やっぱり、みんな、浮かれてる)


 食堂に行くと、今日のランチメニューは、小魚とエビと海藻のフリッター。


 玉ねぎスープに人参とかぼちゃとサツマイモ、干しブドウの温かいサラダ。

 パンとお花の形のフィナンシェがついてきた。


 おいしくいただいて、ルダとの戦闘術訓練の前に、執務室にいるロディスを訪ねた。


 ――正確には訪ねようとした。

 部屋の前に行くと、ドアから女性の甲高い声が漏れ聞こえた。


『――あなたが忘れられないの』


 ロディスの低い声が何事か言っているが、よく聞こえない。


『あの時は、あなたも私も子供みたいなものだったから、今度はきっとうまくいく』


 エイラは後ずさりした。


 (ロディ ――修羅場だ)


 彼が17歳の秋から春先ごろまで、恋人がいたことは知っていた。

 その後はあまり恋人の話は聞かなかったので、その時の人なのだろう。


 胸がチクりと痛んだ。


(その人は、きっと、私やシルの知らないロディを知ってる)


 ものすごい美人だと聞いたことがあった。

(きっと、お似合いだ)


 そっと、その場を離れる。

 盗み聞きになってしまった。


 だからせめて――祈ってあげる。

(よりを戻せるといいね――ロディ)


 その後のルダとの訓練は、いい気分転換になった。

 直前に、もやもやした気持ちを晴らそうと、木剣で素振りをしたのがよかったのかもしれない。


 訓練には十分集中できた。

 剣筋に鋭さがあったとほめられた。


 訓練所の磨かれた石に腰かけて、汗をぬぐう。

 思わずわらった。


 ルダはあまり褒めない。

 だから、褒められるとかなりうれしい。


 気が付けば、訓練場にはエイラだけが残されていた。

 木剣を返して、一つに結った髪をほどいて訓練場を出た。


 そこに、顔見知りの魔術師の青年が立っていた。

 ロディスと同い年ぐらいの凄腕の魔術師だった。


 確か――名前はクロード。


 法務部で働いていて、ゆくゆくは塔の頭脳となるか、ルミディア王国の中央に引き抜かれるかと噂されていた。


「エイラ・ヴァレント……エイラ。少し君と話したくて」


 魔術の話だと思った。

 小首をかしげて、話を待っていると、白いデイジーの花束が差し出された。


 思いがけないことだった。


「ずっと前から、君のことが好きなんだ。君のことをもっと知りたい」


 なんと答えればいいのか、躊躇した。

(私、あなたの名前もうろ覚えなのに)


 エイラは白デイジーを受け取った。


「お花はありがとう。でも……ごめんなさい。私は、そんな気分じゃないの」


 クロードは肩を落とした。

「だめか……誰か好きな人がいるの?」


 一瞬、心の奥底で翡翠の瞳が揺れた気がした。


「いいえ」

 エイラは胸の疼きを振り払うようにきっぱり言った。


「今は、修行をきちんとやりたいの。恋だの、愛だの、色事はその次――そう決めているの」



 ****


 着替えたくて、自室に戻ると、ドアの下にカードが添えられた白デイジーの小さな花束が3つあった。


 思わず苦笑する。

 去年まではなかったのに。


 花束を抱えて、アイビーに花瓶を借りに行こうとした。


 ふと、背後にロディスの気配がした。


(転移魔法つかった?)


 ふりむくとロディスが立っていた。

 彼はエイラの持っている花束を見て、凍り付いたように固まった。


 それから、いつもの笑みを浮かべた。

「だれかに告白されたの?」


 エイラは少し茶化したように答えた。

「蓼食う虫がいたんだよ」


 クロードのことが思い浮かんだけれど、口にするのはやめた。


「食べられちゃった?」

 ロディスの茶目っ気のある問いに、エイラはため息をついた。


「食べられていません」


「ならよかった」


「今は、修行をきちんとやりたいの。恋だの、愛だの、色事はその次」

 自分に言い聞かせるように言うと、ロディスが一瞬寂しそうな目をした。


 きまり悪くなって、エイラは顔を少し背けた。


「エイラ……」


 彼がためらって、何か言いかけたときだった。

 その背後から、優し気な少女の声がした。


「エルヴェン様。ロディス・エルヴェン様」


 ロディスが振り向く。

 そこにはエイラと同期のはかなげな少女が立っていた。


 リスの半身をもつ……名前はリリアという。


「ふふふ……ロディス。もてもてね!」

 エイラは駆け出した。


「また、あとでね!ピンクデイジー渡しにいくから!」


 ****


 まだまだデイジー祭りは続いていた。

 エイラはもういい加減うんざりしてきた。


 陽が傾きはじめたころ、一人、外套を羽織って薔薇園に来ていた。


 ここなら静かでいい。

 ベンチに腰掛けた。


 朝見た、はかない白デイジーは小さくいじらしく咲いていた。

 少し心が温かくなる。


 草を踏む音がして、ロディスがやってきた。

 エイラは目を丸くした。


「ここにいるってよくわかったわね」

「なんとなく勘でわかるんだよ。君の居場所が」


「実は、最近私もわかるの。ロディの居場所。なんでかな」

 ロディスがじっと見つめるので、エイラは恥ずかしくなって、慌てて立ち上がった。


「ちょっと待って、友情のピンクデイジー自室にあるんだけど――」

 言いながら、花壇に咲いたピンクデイジーを摘んだ。


(こちらの方が露をだいて、柔らかくきれいな感じがしたから)


 それをロディにあげようと思った。


「ありがとう」

 ロディスはほほ笑んだ。


「これが君の分」

 ピンクデイジーの花束が差し出された。


「ありがとう――どうしたの?去年まであんまり興味なさそうだったけど」

「塔の伝統行事に乗ってみる気になったんだよ」


 ちらりと昼間の女魔術師の声を思い出す。

 どうなったかは聞かなかった。


(彼の問題だし、私には関係ないし。どうにもできないから)


 ロディスが魔法灯をともした。

 少し温かみもある。


「アイビーから、本をわたすように言付かったんだけど」


 エイラは目を見開くと、ロディスが差し出した本をひったくるように奪った。

「中身みた?」


 ロディスがいたずらっぽく笑った。

「こんなの君、読むんだね。恋愛小説」


 頬に熱がのぼる。

「主人公の女の子が、なかなか好きな子とくっつかなくて、すごくやきもきする話なの。くっつくかどうか、確認したいだけなの」


 ロディスはほほ笑んだ。

「友情に隠れた――好きって本音って――ありがちだな」


 バカにするような雰囲気はなかった。


「これ、いつもの。貰い物の白デイジー……あ、ちょっと待って。ねえ……君。ここで本読んだら?」


 ロディスが言いながら、魔法灯をさらに3つ、つけてくれた。


****

「あったかい」

 エイラはページをめくって読み始める。


 ロディスは少し笑って、手を動かした。

 貰い物の白デイジーをいつもシルとエイラにあげていた。


 でも、今はそれで花冠を編んでいる。

(割とうまくできたな)


 ふと、エイラがデイジーを育てている一角に、白デイジーが小さくはかなげに、けなげに咲いているのが見えた。


 健気で可憐だった。


「エイラ、あれ、君が育てたの?」


 本に集中しながら、エイラが答える。

「そうだよ」


 ロディスは完成した花冠をエイラの頭に乗せた。

 驚いたようにエイラが右手でそれにふれ、ロディスを見た。


 はっと、するほどきれいだった。

 本当は、今日一番に会いたかった。


 その気持ちがあふれ出しそうだった。

 

 そっと立ち上がって、エイラの白いデイジーに近づく。

 寒さに震える小さな花弁に指先で触れた。


 まるで、壊れ物を扱うように。

そして、視線だけをエイラに向けて、甘く囁くように言った。


「エイラ、君の育てた白デイジー……もらっていい?」


 エイラは頷いた。


 ――意味が分かっているのか、分かっていないのか

 心のなかで苦笑して、ロディスはは、その小さな花を摘んだ。


 それを自分の胸にさした。

 エイラが何か言いたそうにしたが、何も言わなかった。

 かわりに、少し、頬を染めて、うつむいた。


(この空気は君にとって重荷だろうから)


 ロディスは何事もなかったように笑った。

「夕食の時間だ。食堂いこう?」


 ****


 夕食後、ロディスと別れて、自室に戻った。


 もらったピンクの花束を開く。

(私にはこれで十分)


 アイビーに借りた花瓶にさすと部屋が明るくなった。

 ピンクのあかりが燈ったようだった。

  その中心。 たくさんのピンクの花弁に守られるように、一輪だけ、白いデイジーが埋もれていた。


 花屋のミスなのか?


(それとも……まさかね)


 エイラはそれを眺めながら、ベッドに横になった。

(今日はいろいろあって疲れたな)


 瞼が重くてトロリと眠りに溶けそうだ。


 まどろみの中、夢にも似たイメージが浮かぶ

 友情の証のピンクのデイジーに隠れるように包まれていた白デイジー。


 彼が私の白デイジーを胸に差した時の、満足げな微笑み。

  そして、ピンクの花束を渡してくれた時の、あの意味深な言葉。


 『友情に隠れた――好きって本音って――ありがちだな』


 ――友情に隠れた本音ってやつ……


 それは、あたかも鍵のようだった。


「……っ」

 胸が甘く疼く。


 それは波のように繰り返し押し寄せる。

 ――苦しい。


「何―――これ――っ」


 毛布を頭まで引き上げる。

 胸を押さえつけても、寄せては返す痛みの波はやまない。


「知らない!こんなの知らない!」


(もう!寝られなくなっちゃう!)


 デイジー祭りの夜が、甘く終わりを告げようとしていた。




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デイジー祭り――塔の魔術師たちの恋愛模様 湖海 燈 @shiroganeowl

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