第28話 【第一章完結】(シャドウブレイド視点)

 シャドウブレイドは、脂汗を額に滲ませながら、薄暗いダンジョンの通路を疾走していた。 肩と太腿に刻まれた『赤蛇の呪い』が、焼印を押されたような激痛を放っている。噛みつかれた箇所が脈打ち、ドス黒い血管が皮膚の下をうごめくのがわかった。


「……はぁ、はぁ、ここまで来れば!」


 最後尾を走っていたドーマンが足を止めた。 彼は杖を掲げると、魔力を練り上げる。先ほどまで空間を満たしていた『幽魔蛍霊ウムブラ・ルシフライ』の阻害効果は、ここまでは届いていないようだ。


「グランド・バリケード!」


 ドーマンの詠唱と共に、通路の天井と床が隆起し、分厚い土の壁となって通路を塞いだ。 ズズズン、という重い音と共に視界が閉ざされる。


「これで……少しは時間が稼げるはずです」

 ドーマンが杖をついて荒い息を吐く。


「ありがとう、ドーマン」

 スティールハートはそう言いながら、インベントリから一本の瓶を取り出した。虹色の輝きを放つ液体、エリクサーだ。


「シャドウ、これを飲め」

「こんな貴重品を……? いや、ありがとう」


 シャドウブレイドは一瞬逡巡したが、すぐに受け入れた。今は遠慮している場合ではない。一気に飲み干すと、カァッと体の中が熱くなり、HPが一瞬で全快した。


  だが――肩と足の痛みは消えなかった。ステータス画面を確認すると、呪いのステータスは点滅したままだ。そして、しばらく経つと各ステータス値が再びゆっくりと低下し始めた。


「……くっ、やはり呪いは消えないか」  

 シャドウブレイドは吐き捨てるように言った。


 エリクサーは万能薬だが、解呪はできない。一瞬だけ侵食を押し返す――それが精一杯だ。このままでは、いずれスリップダメージとステータス低下で動けなくなる。

(この私が……足手まといになるなんて)


 最強のアタッカーとして名を馳せた自分が、今は仲間に庇われながら逃げ回っている。その事実に、シャドウブレイドのプライドはズタズタに引き裂かれそうだった。


「行こう。立ち止まっている暇はない」

 スティールハートは彼女の苦悩になど気づかない様子で、先を促した。


 一行は再び走り出した。目指す場所などない。ただ、奥へ、奥へと逃げるしかない。複雑怪奇な迷路だ。いくつかの分岐点を通り過ぎれば、探し出すのは非常に困難になるはず。


 アイアンボンドの主力も、彼らのメインターゲットである『イグニスドラコ迷宮』を長期的に放置はできないはずだ。逃げ切れば、やがて反撃のチャンスもやってくる。


 迷宮に湧くモンスターはシャドウブレイドとドーマンが中心となって、瞬殺していく。Aランクのダンジョンと言っても、この階層に現れる魔物ならば余裕で対処できる。


 角を曲がり、遠くに最初の十字路が見えたところで、先頭を走っていたシャドウブレイドは足を止めた。


「ちぃっ! 抜かりのないやつだ」


 シャドウブレイドは吐き捨てるように言った。十字路には敵の別働隊が待機しているのだ。まさかここまで追い詰められるとは……フラッグシップを過小評価していた、と認めざるを得ない。


 一対一ではこちらのほうがずっと強い。しかし、組織の強さというものを嫌と言うほど見せつけられている。甘かった。警戒していればもう少し隠密的な行動を取っていたのだろうが、目立ちすぎていた。


 シャドウブレイドは双剣を構えようとして、押し留めた。

(勝てない……!)


 別働隊の隊長のバーナードは、古参メンバーの一人でランカーだ。万全な状態ならばともかく、今の状態では一対一でも手こずる。そして残りのメンバーもレベル70以上の猛者ばかり。


 しかも彼らは勝利する必要がない。足止めしていれば、やがてダンジョンの入口からきた本体と一緒に挟み撃ちできる。その上、彼らは十字路にバリケードを築いて分岐を塞いでいるから、戦わないで迷宮奥へと逃げることも不可能。


(数分で全員倒して、バリケードも壊して、さらに奥へ……どう考えても無理だ)


 シャドウブレイドは必死で考えたが妙案は出てこなかった。


「……おい、ここだ」

 不意に、スティールハートの声がした。 彼は敵の布陣には目もくれず、通路側面の石壁を見つめている。


「スティー、何を言っている? そこは壁だぞ」

「この部分だけ光の反射がすこし不自然だ」


 スティールハートはその壁に手を伸ばした。本来なら硬い岩の感触があるはずの場所に、彼の手は音もなく沈んでいく。


「幻影……!?」

 シャドウブレイドは目を見開いた。 精巧な幻術だ。視覚的には完璧な壁だが、実体がない。


「こっちだ! 急げ!」

 スティールハートが壁の中へと姿を消す。シャドウブレイドたちは慌てて彼の後を追った。


 壁を抜けた先には、静寂があった。 直径二十メートルほどの円形の小部屋。床には埃一つなく、部屋の中央には複雑な幾何学模様が刻まれた台座が鎮座している。古代の遺物。そして、ゲーマーなら一目でそれが何なのかわかる。


「転移魔法陣……!」


 ドーマンが歓喜の声を上げた。


「生きていましたか! この迷宮には古代の転移装置が眠っているという噂はありましたが、まさかこんな隠し部屋にあるとは!」


「これで助かるにゃ!」


 ほいっぷるん♪が歓喜の声をあげて魔法陣に飛び乗り、全員が後に続いた。

 ――しかし、何も起こらない。


「……おい、どうした!? なぜ光らない!?」

 シャドウブレイドが叫ぶ。


「魔力が通っていないようです。経年劣化で回路が切れているのか、それとも……」

 ドーマンが焦燥しきった顔で杖を振るが、魔法陣は冷たい石の塊のままだ。


 希望から絶望への急降下に、シャドウブレイドは膝をつきそうになる。その時、スティールハートが魔法陣から飛び出した。


「スティー!? どこへ行く!」


「あそこに何かある。ちょっと待っててくれ!」


 彼が指差した先、部屋の隅にある柱の陰に、古びた金属製のコンソールがあった。錆びついたレバーが一本、突き出ている。

 スティールハートは駆け寄ると、そのレバーを両手で掴んで、グイっと引き倒した。

 

「ギュイィィィィィィン……! 」

 人工的な駆動音が部屋中に木霊し、 床の魔法陣が、眩いばかりの青白い光を放ち始めた。


「ついたにゃ!」  

 ほいっぷるん♪が跳ねる。 シャドウブレイドも安堵のため息をついた。これで助かる。


「よし、戻ってこいスティー! 飛ぶぞ!」

 シャドウブレイドが叫ぶ。


 スティールハートは頷き、レバーから手を離して魔法陣へ駆け出そうとした。


「ドゥゥゥゥン……」

 その瞬間、フェードアウトする下降音とともに魔法陣の光が暗くなっていく。


「な……?」

 シャドウブレイドは呆然とした。


 スティールハートも立ち止まり、レバーを振り返る。 彼が再びレバーを引くと、ギュイィンと光が戻る。手を離すと、消える。


「……なんてこった『デッドマン装置』かよ」  

 スティールハートは乾いた笑い声を漏らした。


「デッドマン装置?」

 シャドウブレイドが尋ねる。


「安全装置の一種だ。誰かが操作し続けていないと起動しない仕組み。つまり――誰か一人がここに残らなければ、魔法陣は動かない」

 スティールハートがそう言うと、幻影の壁の向こうから、野太い怒号どごうが聞こえた。アイアンボンドの追っ手が気づいたのだ。


「おい、なにか音がしているぞ! ここだ!」


 その声を聞くと、スティールハートは躊躇ためらうことなくレバーを引いてスイッチを再び入れた。


「何をしている!? 早くこっちへ来い!」

 シャドウブレイドは叫んだ。嫌な予感が背筋を駆け上がる。


「ダメだ、俺が離すと魔法陣が消える」

「だからって、お前だけを残していけるはずがないだろう!」


 シャドウブレイドは魔法陣から飛び出そうと跳躍する。が、「ガィンッ!」という硬質な音と共に、見えない壁に弾き返された。 いや、よく目を凝らしてみると半透明の球体に魔法陣全体が覆われている。


 シャドウブレイドは両刀を引き抜いて、そのバリアを滅多打ちにしたが、まったく刃が立たない。


「わたすも残って一緒に戦うにゃ!」

 ほいっぷるん♪も泣き叫びながら結界を叩くが、小さな拳は空しく虚空を打つだけだ。


 その時、幻影の壁からアイアンボンドの精鋭たちが、雪崩を打って部屋に侵入してきた。


「いたぞ! 殺せッ!」


 先頭の魔法使いが、スティールハートに向けて杖を向け火球を放つ。 轟音と共に、スティールハートの体が炎に包まれた。


「スティーッ!!」  

 シャドウブレイドの悲鳴が響く。


 だが、炎の中から声がする。


「……効かんな。まだ薬の効果が切れていないようだ」


 スティールハートの焼けただれていた皮膚が瞬時にして回復していく。彼はレバーを握ったまま、一度だけ振り返り、ニカっと笑った。


「古臭い考えだと笑われるかもしれんがな、こういうときは一番年上の男が命を張るものさ」


 その笑顔は、いつもの飄々ひょうひょうとしたおっさんのそれだった。そしてその表情をみた瞬間、彼の覚悟を変えることはできない、ということをシャドウブレイドは直感で理解してしまった。


「ドーマン、二人を頼んだぞ」

「……承知しました。必ず生きて脱出してみせます」


「やめろ……やめてくれ……!」

 シャドウブレイドは結界に爪を立てた。 置いていかないでくれ。 私のせいだ。この『カルアト迷宮』を提案した私のミスだ。フラッグシップのことを軽く見すぎていた私の――。


 ヒュン、ヒュンッ!  と、数本の矢が飛来し、スティールハートの太腿と肩に突き刺さった。 さすがに衝撃までは殺しきれず、彼の体がガクンと揺らぐ。それでも、レバーを握る手だけは鋼鉄のように固まっていた。


「まだまだぁ!」

 スティールハートが血を吐きながら叫ぶ。そこにまた一本、また一本と彼の体に矢が突き刺さっていく。出血が止まらない。『ハイ・リジェネ・ポーション』の回復力を超えるスピードで傷が増えているのだ。


「たとえ死体になっても、このレバーは絶対に離さん! 行けぇぇぇッ!!」


 その鬼気迫る姿に、敵兵たちが一瞬ひるむ。 転移魔法陣の光が、臨界点に達しようとしていた。視界が白く染まり始める。


 その白い光の向こうから、黒い影が現れた。 巨大な剣を持った大男がスティールハートに向かって駆け出している。

 ――フラッグシップだ。


「しぶとい雑魚が……」

 彼は感情のない声で呟くと、大剣を振り上げた。

 スティールハートは怯むことなく、フラッグシップの瞳を凝視している。

 フラッグシップは一瞬たじろいだが、軽く首を振ると、荒々しく叫んだ。


「死ね!」


 銀色の閃光が走る。


 シャドウブレイドの時が止まった。

 スローモーションのように、スティールハートの体が崩れ落ちる。

 宙を舞う兜――そして、首のない胴体だけが、それでもなおレバーにしがみついていた。


「お父さん!」


 気がつけば、シャドウブレイドは叫んでいた。


 あの事故の記憶がフラッシュバックする。雨の日のアスファルト。ひしゃげた車の鉄塊。サイレンの音と、砕け散ったガラス。自分を庇うように覆いかぶさった父の姿。何もすることが出来なかった自分。同じだ。あの時とまったく同じだ。


 視界が真っ白に染まる。音のない絶叫のみが、転移の光の中に残された。


(第一部 了)


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五十路のリアル刀匠、VRMMOで伝説を鍛える ~四十年の経験は、ゲームのステータスを圧倒する~ 笑パイ @transhiro

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