路上

羊谷れいじ

路上

 街の路上には沢山のモノがある。

 手をつなぐ恋人たちの胸躍るような靴音。仕事や家族を失った悲しみの人影。お金や欲望のままに興奮したような声。排気ガスやファストフードの油、香水や煙草の混じったニオイ。


 俺はボロボロのフォークギターを抱え、路上で歌を歌う。雨上がりの初夏の夜の街は、汚いものをそっと洗い流してくれるように優しかった。

 甘いライラックの風がそっと頬を撫でた。

 

 俺が歌うと、目の前に置いたハンバーガーショップで貰った業務用ケチャップの空き缶に、通りすがりの神様が時々、小銭を落としてゆく。

 交差する人の姿に目をやりながら、魂のほとばしりに似た光を放つような声で歌い続けると、それはまるで贖罪にも似た思いがこみ上げてくる。

 

 それはまるで祈りの言葉のように、俺の口から紡がれる音の物語。


 夜の街に飲み込まれてしまったかつての少女が言う。

「あなたは何のために歌うの?」

 俺はうまく言えず、泡のように消えてゆく言葉で言い訳をした。

「ふーん」と彼女は言った。それは分かっているようでもあり適当な相槌にも聞こえた。


「この街であなたも私も、きっと誰かの手垢でベタベタになっちゃうのよ。」

と彼女はため息をついた。


 

 俺はポケットから煙草を出すと火を付けた。そして一口吸うと静かに耳を澄ませた。まるでさざ波のように街の雑踏は穏やかで心地良く俺を包んだ。

 

 ふと、気が付くと彼女は街のネオンに消えていた。

 

そして俺は再び歌い出す。この街の路上の片隅で。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

路上 羊谷れいじ @reiji_h

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

参加中のコンテスト・自主企画