第4話

「ぐあっ」

 吉人はベッドから転げ落ちた。頭を振りつつ立ち上がると周囲を確認する。

「戻れたのか」

 厳しい戦いだった。最終的には吉人の勝利だったが、彼女の『もうだめぇっ!』という声が今も耳に残っている。

結衣女ゆいめ、か」

 女鬼である彼女の名前だ。途中から強請られて呼ぶようになったが、以降の反応は劇的だった。

「可愛かったな」

 身体の奥から何かが溢れ出すような感覚。それに従い、吉人は全力で結衣女にぶつかっていった。

「念のため確認っと」

 ズボンを確かめる。吉人は一つ息を吐くと胸を撫で下ろした。

 そして改めて二人のやり取りを思い出すと顔を赤く染める。

「あの脚は反則でしょ」

 女鬼の身体は頑丈で、勝ったと油断した隙に逆に攻められたのだ。結衣女も初めてのはずなのに器用に動かしていた。

 大人の階段を何段も飛ばした気がする。やってしまった感はあるが後悔はない。

「痣だらけになるのは嫌だけど、また会えるといいな」

 三途の川に行けたのは偶然だった。死にかけの身体から魂が抜け、あの場所へ辿り着く。再現するにはかなりのリスクが伴う。

「まあゆっくり考えれば良いや」

 寝間着越しに腕を摩る。そこにはあの地へ行く切っ掛けとなった痣があるはずだった。

「んん?」

 吉人は首を捻る。身体のあちこちを触るがあれだけあった痛みや熱が引いている。

 急いで明かりを点けると寝間着の上を脱いだ。

「治ってる」

 そこには傷一つない肌があった。指で痣があった場所を押してみるが何ともない。

「何で?」

 上着を着直し、腕を組んで考える。命の危機で何かが覚醒したのかそれとも三途の川へ行った事で何かが変わったのか。

(分からない)

 理由はどうあれ心地よい疲労感に包まれた今ならば。

「ゆっくり寝れそうだ」

 明かりを消すとベッドの中で丸くなる。

 ――こうして吉人の長い一日は終わりを告げた。


♦♦♦


「時は満ちた」

 深夜、薄暗い部屋でそれは行われていた。蠟燭ろうそくの明かりだけが揺らめき、地面に描かれた正三角形を配した魔法陣やその中心に置かれている黒い塊を照らしている。

「Eloim, Essaim, frugativi et appellavi」

 黒いローブを羽織った誰かは紙片に書かれた呪文を唱え始める。声から男だと分かるが、人相までは闇に沈んで判然としない。

「ハァァッ!」

 男は杖を黒い塊へ勢い良く振り下ろす。鈍い音と共に血が飛び散り杖や床を汚す。黒い塊の正体は雌鶏だった。それは床に倒れると、最期に足をバタつかせる。

「これでどうだ」

 男のローブにも血が飛んでいたが、特に気にならないようだ。視線は冷たく魔法陣へと向けられている。

 ヒイィィィィィンッ――

「おお!」

 甲高い音と共に雌鶏が流した血ごと魔法陣へと吸い込まれていく。男が頭を垂れつつ杖と紙片を頭上へ掲げると、それらも雌鶏と同じように魔法陣へと吸い込まれていった。

「これで願いが叶う」

 呟いた瞬間、黒光が部屋を満たした。

「うおっ」

 咄嗟に男は腕で自身を庇う。しばらくすると光は収まり、魔法陣があった場所には一人の少女が立っていた。

「くっ、ここまでの効果は書いてなかったぞ」

 男は恐る恐る腕を退けると少女を見た。

「あなたが私を呼んだの?」

「おおっ! そ、そうだ。これからは私の言う事を聞くんだ」

「そう……」

 少女は俯くと、ハッと視線を明後日の方向へ向ける。壁を透かして何かを見ているような仕草に男は首を傾げた。

「どうした?」

「いいえ、何でもないわ」

 ニヤリと笑うと頭と背中に黒い靄が纏わりつく。しばらくして靄が晴れるとその姿は様変わりしていた。

 頭から突き出た二本の角と背中から生えた一対の被膜が付いた羽。どちらも闇で作られたかの如く真っ黒で禍々しい。

「ハハハ、素晴らしいな」

 男は笑うと満足そうに頷く。


 こうして現世に人類の天敵が召喚された――。


♦♦♦

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おててサキュバスとおみあし女鬼(仮) リフ@『  』と呼ばれた少年第二章完結! @Thyreus_decorus

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