また引っ越します…ずっと一緒に、出来れば永遠に
火猫
何度目かの「はじめまして」
✴︎百合的内容が含まれます。忌避される方はご遠慮くださいm(._.)m
薔薇木アザミは、朝起きると必ず隣に栗木マジュがいる。
それが当たり前で、疑ったことはない。
「おはよ、マジュ」
「おはよう、アザミ」
名前を呼ばれると、胸の奥が少しだけ温かくなる理由を、アザミは知らない。
キッチンには赤いものが多い。
トマト、パプリカ、ビーツ、赤玉ねぎ、赤紫蘇、ノーザンルビー、ラディッシュ、スイスチャード…それに二人が大好きなイチゴ。
「マジュ、偏りすぎじゃない?」
「栄養バランスは取れてる」
「色の話してるんだけど」
アザミは文句を言いながらも、マジュが作ったスープを一口飲むと…ほっと息を吐いた。
「……好き」
「どれが?」
「全部」
マジュは一瞬、視線を逸らした。
――全部、なんて言葉はずるい。
食後、二人は同じソファに座る。
アザミは何のためらいもなくマジュの腕に絡みつき、頬を寄せた。
「ねえ、マジュ」
「なに」
「私たちって、恋人みたいじゃない?」
不意打ちだった。
マジュの心臓が、不要なほど大きく鳴る。
「……どうしてそう思うの?」
「だってさ、ずっと一緒で、引っ越す時も一緒で」
指先でマジュの服の裾をつまみながら、アザミは笑う。
「私、マジュ以外と暮らした記憶ないんだよね」
――ある。
何百回も何千回も…何万回も。
でも、その記憶を持っているのは自分だけだ。
「……それで、嫌?」
「嫌なわけないじゃん」
アザミは身を乗り出し、マジュの顔を覗き込む。
「ね、マジュはどうなの?」
「……」
答えられない。
好きだ。
愛している。
失いたくない。
だから………奪ってしまっている事が許せない。
「アザミ」
「うん」
「……私は、アザミが一番大事」
それが言える限界だった。
アザミは満足そうに笑って、再びマジュの胸に額を預ける。
「ふふん…じゃあ、それでいいや」
夜。
アザミが眠ったあと、マジュは彼女の指先にそっと触れる。
冷たくもなく、熱くもない。
人間と変わらない体温。
「……吸血鬼のくせに」
囁きは、愛情と呪いの中間だった。
木箱から取り出したノートには、同じ文章が繰り返されている。
《今回も、アザミは自分が何者かを知らない》
《今回も、私を信じている》
《それが一番残酷で、一番優しい》
ページの端には、走り書きのような一文。
《もし彼女が真実を思い出したら、私は隣にいられなくなる》
マジュはノートを閉じ、代わりにアザミの額に唇を落とした。
触れるだけ。
キスと呼ぶには、あまりに軽い。
「……ごめんね」
翌朝。
「マジュ、また引っ越し?」
「……うん」
アザミは少しだけ眉を下げた。
「ねえ」
「なに」
「次の街でも、一緒だよね」
当然のように言う。
当然じゃない未来を、マジュだけが知っている。
「一緒だよ」
「よかった」
アザミは安心したように笑い、マジュの手を握った。
強く。
離さないように。
その瞬間、マジュの脳裏に浮かぶ。
それは…過去のアザミ。
記憶を失う直前、同じように手を握っていたアザミ。
「……ねえ、アザミ」
「うん?」
言いたい。
でも言えない。
「……なんでもない」
アザミは不思議そうに首を傾げ、すぐに笑った。
「変なマジュ」
引っ越しの日。
荷物は不思議なほど、少ない…だけどアザミは興味が無いのか聞いたりはしない。
街を出る電車の中で、アザミは窓の外を眺めながら呟く。
「ねえ、マジュ」
「なに」
「もしさ、私が私じゃなくなっても」
マジュの手が、びくりと揺れた。
「……それでも、好きでいてくれる?」
マジュは答えを知っている。
それでも、選ぶ。
「何度でも、ずっと…好きだよ」
アザミはその言葉の深い意味を知らないまま、好きと言う言葉に満面の笑みで答えた。
電車は走り出す。
次の街へ。
次の人生へ。
――そして、次の「はじめまして」へ。
また引っ越します…ずっと一緒に、出来れば永遠に 火猫 @kiraralove
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