Chappy ― あなたの悩み、代わります ―

道標 書徒

プロローグ AI時代の営業

ホワイトカラーが消える、とは

誰も本気では思っていなかった。


AIが社会に入り込んだ当初、

それは便利な道具でしかなかった。

文章を整え、数字をまとめ、

人間の仕事を「少し楽にする」存在。


誰もが言っていた。

人間はもっと創造的な仕事へ向かうのだと。


だが数年で、その幻想は剥がれ落ちた。


資料作成、集計、分析、企画。

“考える仕事”と呼ばれていたものほど、

AIは静かに、圧倒的に、人間を追い越した。


理由は単純だった。

疲れず、迷わず、感情に引きずられない。

そして意思決定者の意向を良く汲み取り、複数の案を瞬時に出す

もはや、人間の独創性は生成AIの圧倒的な物量の前に屈しつつあった。


そうして、内勤は最初に削られた。

次に中間管理職が減り、

判断はアルゴリズムに委ねられ、

人はAIの出力をなぞるだけの存在になった。


会社は潰れなかった。

社会も混乱しなかった。

むしろ、すべては滑らかに進んだ。


それが一番、恐ろしかった。


その中で、営業は未だに生き残っていた。


人と会い、

相手の顔を見て、

声の抑揚や沈黙の長さを測り、

感情を読み取る仕事。


非効率で、属人的で、

AIには難しいとされた領域。


「営業は最後まで人間が必要だ」


そう言われ、

多くの人間がそこへ押し込まれた。


だが、それは誤解だった。


営業が残った理由は、

人間らしさではない。


人間が

AIの判断を社会に接続する“外部端末”として

ちょうど良かったからだ。


顔があり、

声があり、

責任を引き受け、

失敗すれば個人の問題として処理できる。


AIは決める。

人間は伝える。


それだけの役割。


やがて営業にも

AIアシスタンスが本格導入され、

感情は補正され、

言葉は最適化され、

属人性は管理可能な揺らぎへと変換された。


営業は生き残った。

だが同時に、

最も深く最適化され、

最も静かに人間性を削られる職業になった。


——これは、

ホワイトカラーがほぼ姿を消した時代に、

「まだ人間でいられるはずだった場所」に立っていた

一人の営業の記録である。

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