第5話
ラムセスの見立ては正しかった。
いつも厳しい監視官がうろついている神域の森は全く静かで、ラムセスは深く足を踏み入れたことのない所まで入っていくことが出来た。
文献でしか見たことのない感動するような、地上にはもう無い古代種の植物もあり、思う存分採取した。
ああ、幸せだ。
キィキィ、と鳴いている。
「ん? なんだ?」
赤蝙蝠が茂みの奥を気にしているので、ラムセスはそこに手を突っ込んだ。
すぐに、手につく。
「おっ! バットの雛じゃねーか!
ここは普段立ち入れない所だ。もしかしたらとんでもない色の奴かもしれないぞ!
よし。持って帰ろう」
バットは生まれてまもなくはこうして丸まったまま動かない。
羽が固くなるまでは目覚めないのだ。
完全に白いふわふわの毛玉になっているので、生まれて間もない。
「何色になるかな~」
ラムセスは口笛を吹きながら、片手の杖で邪魔な枝を払いつつ、なだらかな斜面を下りて行った。
林から出ると、よく見知った湖のほとりの反対側に出た。
緑の草原、緩やかな丘の上に天宮の巨大な影がある。
ここは普段立ち入れない場所だから、見たことのない景色だった。
【天界セフィラ】の夜。
ある時は訪れ、ある時は訪れない。
気まぐれな夜だ。
天に星が瞬いている。
ここに住まう者達は、人間や地上を見下しながらも、所々おかしな真似をする。
――まるで憧れてるかのように。
「……でも綺麗な景色だな、今日は」
優しい声で、彼は呟いた。
風が彼の赤毛を心地良く騒がせた。
「メリクにも見せてやりたかったな」
同意するかのようにキィ! と後ろに下げたローブの頭衣の中から声がしたので、ラムセスは笑みを浮かべる。
彼はよく、ここで手琴を弾いている。
生前は吟遊詩人として旅をしていたらしいが、覚えていた曲はすべて忘れてしまったらしい。
一つくらい覚えておけよ。
もっともな自分の言葉をラムセスは思い出して笑ってしまった。
それでもなにか手持ち無沙汰らしく、古い手琴をよく持って弦を鳴らしている。
ラムセスはメリクの鳴らす音が好きだった。
天宮でふんだんに歌われている讃美歌などより、五月蝿くなくてずっと好きだ。
天宮に戻ると、バタバタと魔術師たちが騒がしく走り回っていたが、ラムセスは無視して歩いて自分の研究室に陣取っている部屋に戻った。
入り口を開くと、出て来る時散らかした部屋がそのままで、足の踏み場もない。
「うー そうだったかぁ……」
片付けるのは面倒だ。
後回しにするか。
そもそもこうなった原因を思い出して、探していた本があったと額に手を置く。
「やっぱり一人くらい助手をつけんといかんかな……」
はぁ、とため息をつく。
「……まあ、それでは【
「そうなのよ。バラキエル様に重傷を負わせたり【天界セフィラ】の魔術師の結界を破壊して、大穴を開けるような野蛮な魔術師が地上にいるとは思わなかったとイグディエル様が怒っていらしたわ」
「【四大天使】と言われる創始の魔術師が一人欠けるなど……【天界セフィラ】にも何か不穏な空気が漂っているような……」
「なあ。」
「きゃっ!」
階段の途中で話していた巫女二人が、驚いた。
そんなところに人がいると思わなかったらしい。
「な、なんですかあなたは⁉」
「その野蛮な地上の魔術師が大穴開けたとこってどこだ?」
「さあ……確かアリステアの地下道とか言ってたかしら……」
「まあ、どうせ地上の大穴ごとき、私たちには関係ありませんわよ」
「そんなことよりイグディエル様のご機嫌が悪いから……私達も次の祭礼式で間違えないようにしましょうね。あの方に睨まれたら恐ろしくて二月くらい悪夢に魘されましてよ」
優雅に笑いながら巫女たちは去っていく。
ラムセスはもう一度中の本の海を見て、わしわしと赤毛を掻くと、扉を閉めた。
彼はそのまま、また騒がしい天宮を悠々と抜け出すと、
星空の許、風に吹かれる気持ちいい草原を、ひたすら東へと歩き出したのだった。
【終】
その翡翠き彷徨い【第81話 天界の使者】 七海ポルカ @reeeeeen13
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