勇者と魔王の夕食を作ったのは誰か?〜追放された女子二人で、食堂はじめます〜
春生直
第1話 涙の味の卵粥(たまごがゆ)
「修道女、レット・ダグラス!
お前はこのパーティーから、追放だ!」
国を救った勇者、ネートは、そう言い放った。
いきなりそんなことを言われたレットは、顔が蒼白になる。
長い銀髪に、大きな
「そんな……共に戦って、この国から魔王軍を撃退したではありませんか!
追放なんて、ひどいです!」
彼らは長らくパーティーを組んでいて、魔王の侵攻から、この国──
ハンド王国を防衛した。
レットは修道女として治癒魔法を使い、後衛として活躍していた。
一躍英雄となった彼らは、その後も魔王軍に備えるために、パーティーを組んでいた。
その間もレットは、得意の料理をみんなに振る舞って、パーティーを支えていた。
しかし、ある日リーダーのネートに呼び出されて、レットはクビを言い渡されてしまったのだ。
「お前より、もっと若くて可愛い治癒魔法使いが加入してくれることになったからな! 俺は、好みの女の子を集めた、ハーレムを築きたいんだ!」
ネートは、恥ずかし気もなくそう言った。彼には、かつて魔王軍を撃退した時の精悍さはもう無かった。
英雄となった
「そんな……この国を救うために修道院を出て、ここまで頑張ってきたのに! 私は、どうしたら良いんですか?」
「そんなこと、知るかよ! 修道院にでも帰るんだな!」
「今更、そんな……」
何を言っても、彼は聞き入れない。
彼女は、しぶしぶパーティーを去ることにした。
☆☆☆☆☆
「これから、どうしましょう……」
パーティーを追われたレットは、途方に暮れた。
行く当てもなく、市街をうろつく。
既に夕方になっていて、暖かい家庭の光と、美味しそうな夕飯の匂いに、泣きたくなる。
私には、もう帰る場所なんか無いのに。
結局、足が向いたのは、以前いた修道院だった。
かつて、ネートの熱意ある説得に同調して、飛び出してしまった場所。
国のために生きる自分は、もう一度足を踏み入れることなんて、無いのだと思っていた。
その簡素な建物の門の前に立ち尽くしていると、後ろから懐かしい声が聞こえる。
「レット……レットじゃないかい⁈」
声の方へと振り向くと、懐かしい顔があった。
「テレサ先生……!」
皺だらけの顔に、優しそうな瞳。
黒の修道女服を見に纏った彼女は、修道女の長である、テレサ先生だった。
かつて、レットに治癒魔法を教え、導いてくれた存在だ。
彼女の顔を見たレットは、惨めさよりも安心の方が勝り、ぼろぼろと泣き出してしまった。
「せんせえ……」
突然泣き始めたレットに、テレサ先生はおろおろとした。
「どうしたのレット、いきなり帰ってきたらと思ったら……」
レットの涙は、止まらない。
「パーティーを、追放されちゃったんですう〜!」
泣きながら、レットはその場に座り込んでしまった。
恥ずかしくて、消えてしまいたい。
そんな彼女を見て、テレサ先生は微笑んだ。近くに寄り、レットのことを抱きしめる。
「修道院は、いつでも行くところの無い者のためにありますよ」
「うう……せんせえ〜!」
ひとしきり泣いて、レットは再び、修道院の門をくぐった。
☆☆☆☆☆
「そのネートっていうのは、ひどい男だね! いくら勇者だからって、思い上がりすぎじゃないかい!」
ことの一部始終を聞いたテレサ先生は、腕を組んで怒ってくれた。
「治癒魔法使いに向かって、ハーレム要員扱いするだなんて。恥を知りなさい!」
そう言ってもらえて、だいぶレットの気持ちは落ち着いた。
「でも、追い出されてしまったものは、仕方ないんです……
私、これからどうしたらいいんでしょう」
落ち込むレットの肩を抱いて、テレサ先生は優しく言った。
「これからのことは、修道院でゆっくり考えたらいいのさ」
「ありがとう、ございます……」
レットは、当面の居場所ができて、ほっとした。
すると、力が抜けたせいなのか、お腹がぐうと鳴った。
「すみません……追放されてから、あまりものを食べられていなくて」
顔を赤くして恐縮する彼女に、テレサ先生はこう言った。
「腹が減っては、戦はできぬ。勇者だろうと、魔王だろうとね。
大したものは無いけれど、お粥の残りがあるよ。温めてあげようね」
そして、彼女はキッチンへと出て行った。しばらくして、湯気の立ち上る器を持って現れた。
「はい、元気が出るように、今日は特別に卵を入れたよ」
修道院で、卵は高級品だ。
めったに食べられないだろうに、テレサ先生は、レットのために卵粥を作ってくれたのだ。
「そんな、私なんかのために、申し訳ない……」
レットは慌てて手を振ったが、美味しそうな優しい卵の香りには、逆らえない。
再度、お腹がぐうと鳴った。
テレサ先生は、笑って彼女に器を渡す。
「食べなきゃだめだよ、レット。これは、お前の人生の戦いなのだから」
おずおずと器を受け取ったレットは、ひとさじ粥をすくって、ふうふうと冷まし、口に運ぶ。
「……!」
口の中に広がる、穀物と卵の芳醇な香りと甘み。ちょうど良く身体に染み渡る、優しい塩気。
それらがレットの身体を労わるようにハーモニーを奏で、彼女は夢中で匙を口に運んだ。
「おいしい……!」
こんなに美味しいお粥を食べたのは、生まれて初めてだ。
勇者のパーティーでご馳走を食べたこともあったけれど、そんなものよりも、ずっと暖かな味がした。
「美味しいです、テレサ先生……!」
そう言いながら、レットはまた、ぼろぼろと涙をこぼした。
「泣き虫なところは、変わらないねえ」
そう言って、テレサ先生は苦笑した。
一杯のお粥は、人間を救うことができる。
食事って、すごい。
私も、こんな風に誰かの力になれたら──
そこまで考えたレットは、はっとして、テレサ先生にこう言った。
「テレサ先生──明日から、私に炊き出しをやらせてください!
私も、誰かに美味しい食事を届けたい!」
先生は少し目を見開いたが、笑ってこう答えた。
「いいさ、あんたは昔から、料理が得意だったもんね。明日から、よろしく頼むよ」
「はい!」
自分にも、まだ人のために何か、できることがあるかもしれない。
お腹を暖かさで満たしたレットは、泣き腫らした顔に、やっと満面の笑みを浮かべた。
勇者と魔王の夕食を作ったのは誰か?〜追放された女子二人で、食堂はじめます〜 春生直 @ikinaosu
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