第十話・異妖ペット『ヤカンツルツル』と異妖『トラキュラ』と異妖『シュラン妻』
イグ女がバイトをしているファストフード店で、天湖とエコ娘が土下座をしていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、推しのイケメン五体面ズに心を奪われて、ライブ会場を破壊してごめんなさい」
「ごめんにゃ、ごめんにゃ」
イグ女は、冷ややかな目で床で土下座している天湖とエコ娘を眺めながら、客席に注文されたファストフードのトレイを運んでいる。
席に座っているのは、イバラ童子一人だった。
謝り終わった天湖が、何事も無かったように立ち上がって言った。
「土下座の禊ぎ終わり、じゃあ……あたしまた旅に出るから、妖湖によろしく」
そう言うと天湖は、異妖バックパッカードが付いたバックパックを背負った。
バックパッカードは、世界を巡る天湖の案内役兼用のサポートナビゲーターの役を買っていた。
単眼のバックパッカードが言った。
「わたしが、しっかりと方向音痴の天湖さんを、ナビゲートしますから安心してください」
天湖に背負われて、店を出ていく時に、バックパッカードがイバラ童子に言った。
「西洋異妖の知人の二人が、歪みに呑み込まれないように注意してやってください……二人とも、歪みに呑み込まれると手に負えませんから」
「誰なんだ、その二人ってのは……あぁ、行っちゃった」
イグ女がファストフード店の制服姿で股間と胸を押さえて。
「イグっ、イグっ」と色っぽい表情をして冷気を発した。
◇◆◇◆◇◆
異妖界、妖湖がいるツリーハウス──妖湖は初めて、ツリーハウスに入った。
「へぇ、ガス・電気・水道完備……あっ、人間界と繋がっているワイファイまである……本当に普通に住めるじゃんココ」
一通りツリーハウス内部を見て回った妖湖は、キッチンでお湯を沸かして黒い卵を茹ではじめた。
「この、黒い卵食べられるのかな?」
黄身が卵の中央になるようにお湯の中で転がしながら、茹で上がった黒い卵を皿に移して殻を剥いた次の瞬間──卵の中から、何かが飛び出してきた。
ヤカンのような物体は、部屋の中を旋回してからテーブルの上に着地してから、折り紙の鶴のような頭と足が出て、植物の蔓が巻きついた姿に変わる。
ヤカンと折り紙の鶴と植物の蔓が合体したような小異妖が、潤んだ目で妖湖に向かって鳴いた。
「ツルツル、ツルツル」
ブレスレットの異妖玉から飛び出してきた樹子が言った。
「こいつぁ珍しい、異妖の『ヤカンツルツル』だぜ……無害な異妖だから安心しな、歪みから妖湖を守ってくれる」
ヤカンツルツルは、初めて見た妖湖を親だと認識してしまったようで、体を妖湖に擦りつけてくる。
「刷り込み効果ってやつだな……キャットフードでも与えておけ、ヤカンツルツルの一鳴きは、歪みを一次的に退散させる……祓いや鎮めはできないけれどな」
◆◇◆◇◆◇
その頃──人間界の空港に一人の西洋異妖が降り立った。
サングラスをして、黒い革のコート姿でギターケースを背負った、トラ頭の異妖『トラキュラ』……テレビ番組のスタッフが近づいてきて、トラキュラにインタビューをする。
「あなたは、なぜ? この国に?」
トラキュラが答える。
「各都市を巡って路上ライブをやって、オレの魂の歌を聞いてもらうのと……ニンニクマシマシの二郎系ラーメンを食べるためだ」
◇◇◇◇◇◇
トラキュラは、ある市営アパートに旧友を訪ねてバスに乗ってやって来た。
旧友の部屋番号が書かれたメモを見ながらやって来た、トラ頭のトラキュラはある部屋の前で立ち止まる。
部屋の中から子供がはしゃぐ声が聞こえていた。
「この部屋だな」
ドアを軽くノックすると、子供の声で返答があって。
ドアスコープを覗いたらしい子供の声が、ドアの向こう側からした。
「ママ、トラの頭をした黒い服の、トラキュラおじさん来たよ」
ドアがすぐに開いて、顔に縫合線があって、首に電極が埋め込まれた酒臭い外人女性が現れた。
酔っ払い女性が、親しみ深そうに言った。
「トラキュラ……直接会うのは、大学のキャンパスを卒業した以来じゃない……いつもは、ネットで会っているだけだから」
「子供が生まれても変わっていないな……『シュラン妻』」
人造人間の異妖・シュラン妻の近くには、同じように体に縫合線がある三人の男女の子供たちがいた。
「部屋に入って、トラキュラ……狭い部屋だけど」
トラキュラが部屋に入り、ベビーベットに寝かされている四人目の乳幼児に目を細める。
「すでに、縫合線があるじゃないか……可愛いな」
「夫は人間だけれどね……よく、人造人間との間に子供ができたと、我ながら驚いている……ちょっと、エナジー補給失礼」
そう言って、シュラン妻は缶ビールのプルトップを開けてビールを一気飲みした。
シュラン妻のエネルギー源はアルコールだった。
「プハァ……美味い、今夜は泊まっていくでしょう、全国路上ライブツアーは明日からにして」
「あぁ、この街に店舗がある、美味いニンニクマシマシの二郎系ラーメンも食べたいからな」
トラキュラとシュラン妻が、そんな平和的な会話をしていた頃──アパートの外では歪みの脅威が迫っていた。
◆◇◆◇◆◇
アパート近くの子供が遊んでいる児童公園に、現れた見た目は女神の厚化粧ババアが言った。
「このアパート一棟に、住む異妖たちを一気に歪みに呑み込ませてやる」
「集まれ、この地域の歪み」
黒い霧のような歪みが厚化粧ババアの挙げた手の中に集結して渦巻く球体化していく。
「かかかッ……よっぽど人間の歪みが地域に漂っていたんだな……どんどん大きくなって、ち、ちょっと待て! 大きすぎる、ぎゃあぁぁぁ!」
厚化粧ババアは歪み玉の重さに、押し潰されて地面にめり込む。
爆発する寸前に厚化粧ババアは、歪み玉を一棟のアパートに向けて放った。
アパートが歪みに包まれる、アパートの中にいた異妖が歪みの影響で暴走をはじめた。
妖怪手の目系の異妖『手の平返し』が、手の甲にある目を見せて、人間の友人に手の平返しをする。
妖怪子泣きジジイ系の異妖『夜泣きジジイ』が、床で手足をバタバタさせて家族の前で泣き叫び。
妖怪袖引き小僧系の異妖『客引き小僧』が、アパートの部屋に見知らぬ人間を引き込む。
もう、メチャクチャだった。その中でもトラキュラとシュラン妻の暴走は最悪だった。
部屋から飛び出した吸血異妖のトラキュラは、人間の女性を襲う。
「血ぃ吸わせろ!」
トラキュラの口から伸びた蚊の口のような管が女性の首筋に刺さり、少量の血が吸われる。
血を吸ったトラキュラが、両手を合わせて一礼した。
「おいしゅうございました……ついでに頭かじらせろぅ!」
「きゃあぁぁ」
シュラン妻は児童公園で遊具を破壊していた。
「うぃぃ……酒飲ませろぅ! 旦那さま、もっっと酒かってこーい」
ブランコの鎖が引き千切られ。
滑り台がねじ曲げられた。
地面に移動悪魔のゲート・オープンの頭が現れた。
妖湖、イバラ童子、エコ娘、イグ女の四人は暴走している異妖たちに目を丸くする。
妖湖のブレスレットの異妖玉が、歪みアラートを発動させる
「歪みです、大きな歪みです、注意してください」
「こうなりゃ、各自で分担して、外で暴れている歪み異妖を止めるしかないな、妖湖はアパート全体の歪み祓いと鎮めを頼む」
「ゾワッときた……わかった」
エコ娘がシュラン妻に飛びかかる。
「暴れるのをやめるにゃ!」
エコ娘は、簡単にシュラン妻の怪力で吹き飛ばされて着地する。
イバラ童子のイバラ蔓がトラキュラを捕らえて、電撃をトラキュラに流す。
トラキュラが言った。
「効かない、この程度の電撃は心地よいマッサージだ」
トラキュラは、簡単にイバラ蔓が振りほどくと反対にイバラ蔓が
をつかんで、イバラ童子を振り回して放り投げた。
着物姿のイグ女が「イグっ、イグっ」と恍惚とした表情で冷気を発して、児童公園で暴れている異妖たちを氷漬けにする。
シュラン妻とトラキュラだけは、すぐに氷を砕いて復活して二人がかりでイグ女に襲いかかった。
「きゃあぁぁぁ⁉ イグッ」
ジャイアントスイングで振り回され、妖湖の方に投げられたイグ女の体が、妖湖に激突して二人は意識を失った。
気絶した妖湖に向かって、木の根元から染み出てきた歪みが近づく──妖湖のピンチに、現れたのはヤカンツルツルだった。
小さな体でツルツルが鳴いた。
「ツルツル、ツルツル」
鶴の一声に、歪みは妖湖から離れる。
意識を取りもどした妖湖が立ち上がる。
ブレスレットの球体が七色に輝く。
異妖玉を回す妖湖。
巨大な要塞型のカノン巨砲が出現する、砲口が八十センチの巨砲の発射座席に座って、標準をアパートの上空に合わせた妖湖が、発射桿を引いて叫ぶ。
「妖湖グスタフ砲! あたしを好きになっちゃいな……ファイヤー!」
凄まじい砲弾がアパートの上空で爆発して、振り注ぐ光りの金色の霧が黒い歪みを消していく。
アパートの中から異妖たちの「整ったぁ……スッキリ」の声が聞こえて、妖湖が座っている砲台の下から厚化粧ババアの「ぐぇぇ」という呻き声が聞こえてきた。
数日後──イグ女がバイトをしているファストフード店で土下座をして謝っている、トラキュラとシュラン妻の姿があった。
転生妖怪令嬢「これって転生や令嬢じゃなくてもよくねぇ」 楠本恵士 @67853-_-
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