第10話:聖女が襲ってきたので、ジャンルを『アイドル育成』に変更して集金します

メキョ、メキョキョ……!

不快な金属音が室内に響き渡る。

コントロールルームの絶対防壁であるミスリル製の扉が、まるで粘土のように捻じ曲げられていた。

隙間から覗くのは、爛々と輝く深紅の瞳。

聖女エリス。

かつて世界を救うと期待され、今は世界を喰らう苗床と化した化け物だ。


「みーつけた。……ねえ、隠れてないで出てきて? 早く一緒になりましょう?」


彼女の白い手が隙間から伸び、鉄板を引き裂く。

物理的な強度など意味がない。彼女は「会いたい」という概念だけで、障害物を無効化しているのだ。


「ひぃぃぃ! 入ってくる! レント、どうするの!? 食べられるわよ! 別の意味で食べられちゃうわよ!?」


アリスが俺の背中にしがみつき、半狂乱で叫ぶ。

だが、俺は冷静にコーヒーカップを置き、キーボードの上に指を走らせた。


「騒ぐな。……仕込みは完了した」

「仕込みって、もう目の前にいるのよ!?」

「ああ。だからこそ、『接続』が確立したんだ」


ドォォォォォン!!

ついに扉が弾け飛んだ。

粉塵の中、エリスがゆらりと姿を現す。

その背中には、黒い触手のような翼が蠢き、ドレスは侵食されて毒々しい紫色に変色していた。


「あはっ♡ おじさん、だーい好き。さあ、私の中で一つになりましょ?」


エリスが跳躍する。

俺との距離、わずか数メートル。

彼女の腕が俺の首に絡みつこうとした、その瞬間だった。


カチッ。


俺はエンターキーを、優しく、しかし確実に押し込んだ。


「システム改変実行(コミット)。――対象のジャンルを『R18・触手ホラー』から、『全年齢・アイドル育成』に変更」


キィィィィィィィン!!

甲高い電子音がダンジョン全体に響き渡る。

エリスの動きが空中で静止した。

彼女の体にまとわりついていた黒い触手が、光の粒子となって分解されていく。

毒々しい紫色のドレスが、純白のフリルとレース、そしてキラキラと輝くスパンコールに書き換えられる。


「え……? あれ……?」


エリスが着地し、自分の手を見つめる。

鋭利な爪は消え、綺麗に手入れされたネイルに変わっていた。

捕食者としての「飢餓感」が消え、代わりに胸の奥から湧き上がってくるのは――


「な、なによこれ……。胸が……ドキドキする……」


彼女は頬を紅潮させ、俺を見つめた。

そこにはもう、食欲も性欲もない。

あるのは、ステージに立つ者特有の、観客を魅了したいという純粋な「承認欲求」だけだ。


「おじさん……ううん、プロデューサーさん!」


エリスが瞳を輝かせ、俺の手を握りしめた。


「私、歌いたい! みんなに愛を届けたいの! ここを私のステージにしていい!?」


「はあぁぁぁぁぁ!?」


アリスが顎が外れそうなほど口を開けている。

無理もない。

一秒前までレイプ魔だった怪物が、今はキラキラオーラ全開のスーパーアイドルになっているのだから。


「成功だな」


俺はニヤリと笑った。

先ほど俺が行ったのは、彼女の「愛」の定義ファイルの書き換えだ。

『個体への執着(性愛)』を、『大衆への奉仕(アイドル活動)』へとすり替えた。

エネルギーの総量は変わらない。方向性を変えただけだ。

つまり彼女は今、世界を滅ぼせるほどの熱量を持って、トップアイドルを目指そうとしている。


「いいだろう、エリス。俺がプロデュースしてやる」

「本当!? やったぁ!」

「ただし、条件がある。お前のステージのチケット代、グッズ売り上げ、ファンクラブ会費。その全ての収益の九割を俺が徴収する」

「うん! 私、歌えればそれでお金なんていらない!」


契約成立だ。

俺は即座にダンジョンの構造を変更した。

地下第二階層の『リサイクル工場』を撤去し、そこを『ドーム型ライブスタジアム』へと改装する。

収容人数五万人。音響設備は魔道具による最高品質。


「アリス、集客だ。地上の街に向けて広告を出せ。『伝説の聖女、復活ライブ』とな。入場料は強気の設定でいい。聖女の奇跡(歌声)を聞けば、どんな病も治ると宣伝しておけ」

「あ、あんたって人は……。悪魔通り越して、もう何なのよ……」


アリスは呆れ果てながらも、素早くホログラム広告を作成し始めた。


   ◇


数時間後。

ダンジョンの入り口には、長蛇の列ができていた。

冒険者、貴族、商人、そして病を抱えた平民たち。

「聖女エリスが生きていた」という情報は、瞬く間に大陸中を駆け巡った。


「本当に聖女様がいるのか?」

「ああ、先に入った奴の話じゃ、歌声を聞いただけで古傷が治ったらしいぞ!」


ライブ会場となった第二階層は、色とりどりのサイリウム(発光魔法石)で埋め尽くされていた。

ステージ中央。

スポットライトを浴びて、エリスが歌い上げる。


「みんなー! 愛してるよーっ!」


『ウォーッ!! エリス様ーッ!!』


熱狂。

彼女の歌声には、捕食者としての「魂への干渉力」が乗っている。

聞く者全ての脳髄を揺さぶり、強制的にファンにしてしまう魔性の歌声だ。

観客たちは涙を流し、持っている財布の中身を全て投げ銭箱に突っ込んでいる。


「……計算通りだ」


コントロールルームで、俺はモニターに表示される売り上げグラフを見つめていた。


《 チケット売り上げ:5億ゴールド 》

《 物販売り上げ:3億ゴールド 》

《 投げ銭総額:8億ゴールド 》

《 現在の時給換算:16億円 》


「もはやダンジョン運営ですらないな」

「そうね……。完全に芸能事務所よ……」


アリスが遠い目をしている。

だが、これでいい。

剣鬼による「感情発電」。

聖女による「アイドル集金」。

俺の不労所得システムは、盤石なものとなった。


「さて、この調子で次の階層も……」


俺が次の計画を練り始めた時だった。

不意に、ライブ会場のモニター映像にノイズが走った。

エリスの歌声が途切れる。

会場の照明が落ち、真っ暗闇の中で、ステージの上空に亀裂が走った。


バリバリバリッ!!

空間が砕ける音と共に、そこから「巨大な目玉」が現れた。

直径十メートルはある、黄金の瞳。

それは、ギョロリと会場を見渡し、そしてコントロールルームにいる俺を正確に捕捉した。


『――見つけたぞ、秩序の破壊者よ』


頭の中に直接響く、荘厳な声。

アリスが悲鳴を上げて床にへたり込む。


「う、嘘……。なんで……なんで『天界』が干渉してくるの!?」

「天界だと?」

「あれは神の眼よ! ダンジョンシステムの上位管理者……いえ、この世界を作った創造主の一柱よ!」


黄金の瞳が、怒りに細められる。


『汝、システムの私物化も甚だしい。聖女を堕落させ、剣鬼を弄び、死と再生の理を冒涜した罪は重い』


神の宣告。

それは、ただの警告ではない。

強制執行の合図だ。


『よって、修正パッチ(天罰)を適用する。……消えよ、バグ同然の存在め』


瞳から、閃光が放たれた。

それはエリスの捕食も、剣鬼の斬撃も比較にならない、純粋な「消去プログラム」の光。

ライブ会場も、俺のいる部屋も、全てを真っ白に塗りつぶしていく。


回避不能。防御不能。

神の一撃を前に、俺のシステムなど無力――。


「……とでも思うか?」


光に飲み込まれる寸前、俺は不敵に笑った。

キーボードを叩く指は、まだ止まっていない。


「神様だか運営だか知らないが、現場(ここ)に口を出すなら、それ相応の覚悟はしてもらうぞ」


俺は、最後の切り札である『管理者権限・緊急メンテナンスモード』のキーを叩き込んだ。


「全階層凍結! そして――『サーバーダウン(世界停止)』!!」


プツン。

世界から、音が消えた。

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不労所得ダンジョン ~罠(トラップ)を設置するスキルを極めたら、寝ている間に魔物が勝手に死んで経験値と金が入ってくる~ しゃくぼ @Fhavs

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