暖かい君を守ると決めた

海空丸

第1話

物心ついてから一つだけ心がけていること。


大切なひとに、優しくする。


将来の夢は決まっていないけど、僕の周りにいてくれる人たちに、暖かさを与えたい。

これだけは決まっていた。


僕は今年から高校一年。


小さい頃から仲良くしてくれている結衣は、僕にとって一番大切な人。


高校生活が始まってからクラスも一緒で、心強い。


「春人、一緒に帰ろう!」


結衣はいつも僕に帰ろうと誘ってくれる。


「帰ろっか。」


「あれ、私のスマホがない。」


結衣はすごくなくし物が多い。


「また? 僕、教室見てくるよ」


僕は、いつも通り結衣のなくしたものを探しに行った。


「やっぱここにあった。」


簡単に見つけ出して、結衣のところに持っていった。


「春人ありがとう〜! いつもなくしたもの見つけてくれるから、やっぱ一緒にいないとだめだね。」


結衣はくしゃっと笑い、嬉しそうに僕を見た。


「じゃあまた明日。」


そう言って帰った。


幼い頃から、僕が大切に思っていた家族から、優しく暖かくされたことなんてなかった。

だから絶対、あの人たちのようにならない。


大切な人にだけ、優しくあることを心がけて生きてきた。


結衣は、僕が一人ぼっちだった時、家が近くて遊んでくれていた。

結衣の両親も、妹の美梨ちゃんも、今でも家に呼んでくれる。


この家族は、僕の「暖かい」理想だ。

第二の家族だと思っている。


―僕にできる限りの恩を返す。


そんな昔のことを思い出しながら、この居心地の悪い家で、朝に早くなれと願いながら眠った。


***


いつも通り朝は、結衣の家に行ってから、一緒に学校に行く。


「おはよう春人!」

毎朝結衣は一番に、おはようと声をかけてくれる人。


「春くんおはよう!」

妹の美梨ちゃんも、もう中学生になった。


小さい時から二人とも、本当に優しかった。


「おはよう。今日も頑張ろうね。」


結衣と学校に向かった。


「ごめんね。今日、真奈美たちと放課後買い物行く約束してるから、一緒に帰れないけど、明日は帰ろう!」


結衣は明るく、友達もたくさんいる。


「いつも僕に気をつかわなくていいんだよ! 楽しんできて。」


笑いながら僕はそう言った。

優しいから僕のことを考えてくれる。

そんなこと考えなくていいのに。


そう思いながらも、考えてくれることは嬉しかった。


今日は一人だから、何をしよう。


学校はもう終わりのチャイムが鳴っていた。

靴箱で靴を履き替えていると、


「春人。」


結衣の声がした。

見てみると、目に涙を溜めている。


「どうしたの?」


「真奈美たち、やっぱ遊べないって。私だけ置いてかれた。」


悲しんでいる結衣を見て、怒りが込み上げてきた。

こんなに暖かい子を傷つける人の気持ちがわからない。


「一緒に帰ろう。僕は結衣の味方だよ。」


怒りを飲み込んで、「優しさ」を優先した。


「春人がいてよかったよ。あ! 私の家でご飯たべない? 美梨も喜ぶよ!」


結衣に笑顔が戻った。


「久しぶりにみんなにも会いたいし、行こうかな。」


「決まり! 帰ろう!」


そう言って僕の手をつかみ、一緒に走って帰った。


「おじゃまします。」


「ただいまお母さん、春人連れてきたよ〜」


高校に入ってからはあんまり来てなかったから、久しぶりだ。


「春ちゃんいらっしゃい! 久しぶりね。ご飯できてるよ! 美梨〜春ちゃん来たよ。」


「ありがとう! お腹すいた〜。」


ここにいると僕は素の自分でいられる。前からそうだった。


「春くん! 一緒に食べよ!」


美梨ちゃんも僕に懐いてくれている。

みんな暖かいなあ。


そう思いながら、心が休まる時間はあっという間に過ぎた。


「今日お父さん仕事だったけど、春人に会いたがってたから、また来てね!」


結衣は辛いことがあったはずなのに、忘れたかのように笑顔になっていた。


「結衣も美梨も昔から春ちゃんのこと大好きよね。二人ともほんと懐いてる。

これからも仲良くしてあげてね! 前みたいにもっとうちにも来てね。」


結衣の両親は本当にいい人だ。


「またすぐ来るね。おじゃましました!」


笑顔の三人に見送られて外に出た。


この家から自分の家に帰るのは、いつもの何倍も気が重い。


開けたくもないドアに手を伸ばし、家に入る。


「あ。よかった。」


家に帰り、誰もいない。


あの人たちがいないことにほっとした。


でも、結衣の家はあったかいのに、僕の家はすごく冷たい時間が流れていく。


けどもう慣れた。


結衣の優しい笑顔を思い出すと、頑張れるから。


一人暗い家で、閉めきれていない蛇口から、ぽたぽたと水の音だけが響いていた。


***


朝になると心は少し軽くなった。


だって結衣に会える。

面倒くさい学校も楽しかった。


「おはよう結衣」


「おはよう! 今日も頑張ろう〜」


朝から元気いっぱいの結衣を見てると、元気が出てくる。


この日は教室の空気が、やけに嫌な感じがした。

その理由はすぐにわかった。


結衣は、いつも仲良くしてるみんなに無視されていた。


「結衣大丈夫?」


「…」


いつも明るい結衣の笑顔が消えていく。


僕が笑顔にしなきゃいけない。


「無視とかタチ悪いことしかできないんだ。」


僕は教室に響き渡る声で、口を開いていた。


「こんなことしかできない人間と一緒にいなくていいよ。結衣行こう。」


いつも仲の良かった真奈美が、


「え? だって春人…」


こんな奴らに耳を貸さなくていい。

僕はこんなところに結衣を居させたくない。

学校はまだ終わっていないのに、結衣の手を引っ張り教室を後にした。


結衣は驚きながら僕の方を見て、辛い涙を隠して笑ってくれた。


結衣を笑顔にできてよかった。


家に送り、結衣のお母さんにその事を伝えた。


「僕も、今日は帰るけど、何かあったらいつでも連絡してきてね。」


「ありがとう。春人のおかげで私は大丈夫だよ。連絡するね。」


そう言ってこの日は家に帰った。

「春人のおかげ」その言葉が忘れられないと同時に、結衣が心配で眠れなかった。


その時電話が鳴った。結衣からだ。


「もしもし。結衣大丈夫?」


「大丈夫だよ!」


声がさっきより明るくなっていた。


「美梨がね。今日の話聞いてくれたの。

お姉ちゃんには私も、春くんもいるから大丈夫!って。

本当にそう思った。春人も本当にありがとう。」


結衣と美梨ちゃんは本当に仲がいい。

見たことないような姉妹だ。


「美梨ちゃん本当に優しい子だね。でもその通りだよ。僕もいるからいつでも言って。」


心臓の形が、少し歪んだ気がした。


「ありがとう。こんなことがあったから明日は学校休むね。」


「分かった。ゆっくり今は休んで。」


電話を切った。


真奈美なんて最初からいなければよかった。

結衣を泣かせるものは、世界から全部消えればいい。

結衣を笑わせる人は、僕だけでいい。


少しずつ何かが崩れているような、そんな気がした。


***


今日、結衣は学校にいない。

僕も行く気が湧かない。やる気もない。


この家は冷たくて嫌だけど、結衣が辛い時に呑気に学校に行く、そんな自分の方がもっと嫌だ。

そう思い休んだ。


結衣の笑顔を見たい―それだけを考え続けていたら、夜になっていた。


電話が鳴った。


「助けて。美梨が帰ってこないの。」


「どうしたの? 一回落ち着いて説明して。」


結衣は息が上がり、パニックになっていた。


「とっくに帰ってくる時間なのに帰ってこないの。電話も繋がらない。助けて春人。」


「今から行くから、僕も探すから。」


電話を切り、急いで結衣の家に行った。


家の前には、結衣とお母さんがいた。

二人とも真っ青な顔をしている。


「い、いまお父さんは探しに行ってる。」


結衣は言葉にならない声で震えていた。


「大丈夫だから。僕も探してくる。絶対見つけるから。」


結衣のあんな顔は見たくない。

僕は真っ先に走り出していた。


数時間探し回った。


僕が―美梨ちゃんを見つけた。


美梨ちゃんをすぐ家に連れて行った。


「美梨!!! どこにいたの。」


結衣と両親は美梨ちゃんを抱きしめた。


「ごめんなさい…私、迷子になっただけなの。」


「心配したんだよ。本当に本当によかった。。」


結衣は美梨ちゃんを抱きしめた後、僕の方に走ってきて、涙でぐしゃぐしゃの顔で抱きついてきた。


「春人がいなかったら、美梨危なかったかもしれない。本当にありがとう。

いつも一番に助けてくれてたのは春人だけだった…」


そう。僕はくすりと笑みが溢れた。

その言葉が欲しかった。


「結衣のためならなんでもするよ。美梨ちゃんも、今度から危ない場所には行かないようにね。」


「…」


結衣はあの日以来、僕とばかり一緒にいるようになった。


学校、放課後も。時間があれば僕と一緒。


学校の帰り道に、結衣が言った。


「あの日から美梨が全然話してくれないんだ。

私が春人の話をすると笑ってくれたのに、今は暗い顔を見せるの。」


「僕が見つけた時、帰れなくなってうずくまってたから、相当怖い思いをしたんじゃないかな。

時間が経って治るといいな。」


胸に大きな棘が刺さって抜けない、そんな感覚に襲われた。


「そうだよね。もう少し見守ってみる。」


「うん…」


「ねえ春人。いつも私を助けてくれてありがとう。

私、前からずっと春人のこと好きだよ。友達としてじゃなく。ずっと好き。」


いつもの変わらない、暖かい結衣の笑顔。


その言葉を聞いて、僕は息ができなくなった。

血の気が引いた。

耐えきれない。


返せるはずの言葉は、僕に何もない。


―その場から走り去った。


家に帰り、洗面所に急いで行った。

この家のうるさいあの人たちの声が聞こえないほどに、嗚咽が止まらない。


僕には結衣しかいなかった。


大きくなってからどんどん結衣は、みんなから愛される光のような存在になっていった。

孤独から生まれたような僕とは、似ても似つかない存在。


そんな僕といてくれた結衣だけは、いなくならないで欲しかった。


だから結衣から、いろんなものを奪ってきた―


なくし物だって、僕が見つけたら喜んでくれるから。


友達だって、僕の方が結衣を笑わせれると思った。



美梨ちゃんがいる限りきっと僕は、

結衣の一番にはなれないと思ったんだ。



いつまでも暖かい結衣の笑顔と、「ずっと好きだった。」なんて言葉、僕の記憶には残ってはいけない。


顔を上げ、鏡を見た。


いつの間にか僕が見たこともない、僕の顔が映っていた。


なぜか涙が溢れてくるんだ。


***


次の日。


結衣に電話をかけた。


「昨日は、途中で逃げてごめん。びっくりしすぎちゃって。

僕も結衣が大好きだよ。良かったら付き合って欲しい。」


電話越しに、誰かの泣き声がした。

嬉しい涙ならいいな。


もう二度と離れることはできない。

結衣をちゃんと守るために。

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