#1 この家キラキラしてるけど、なんかおかしいで。

 高校二年生。

 歯並びもきれいになって、外ハネした青い髪も板についてきた。

 高校デビューで、すっかりあかぬけたで。


 今つけてるEMYUの黒いチョーカーは、ただのアクセやない。

 『誰にも流されへん自分』を首につなぎ止める、ウチのアイデンティティや。


 家のドアを開けると、ダイニングがいつもどおり賑やかや。


 映えでいろどりよく並べられたごはん。

 笑い声のトーンも、話す人らも、ほとんど変わらん顔ぶれ。

 ママのらが、また週末を占領してる。


 輪の中心には、ママの横顔があった。

 すっと通ったEライン。口角が上がるたび、周りが釘つけになる。

 ──またイジったん? そんなんせんでも、もうきれいやのに。


 ママは資格の紙を、壁にぎょうさん貼ってる。


 調味料ソムリエ、フードコーディネーター、インスタ映え検定……。

 実用的なんかはともかく「とにかく箔つけたろ」いう気迫は本物や。

 美人がそれやったら、そらみんな羨望せんぼうの目になる。



 ふと目が合うと、ママは控えめに手ぇ振ってきた。

 ウチも軽く手ぇ振り返す。


 ママは、ウチをこのに混ぜたことが一度もない。

 小学んとき友だちにハブられたこと……ウチよりもママが気にしてるんやと思う。


 今日もみんなの輪の中に、ひときわ背ぇ高い男がいた。


 ──仮面アイヤー好きのゴトーさん。

 ヒョロっとした、アラサーの兄さんや。


 せやけど会計士いう立派な肩書き持ち。

 ●●●●●にとったらええ宣伝になるんやろ。

 『ちゃんとした仕事の人もおるんですよ~』っていう、あれや。



 ウチはそのまま、パパがおる書斎へ向かった。

 パソコンの前に座ってたパパは、ウチの気配に気づいて手を止める。


「おかえり、ツバサ」

「ただいま、パパ」


 この家はみんなの家のはずや。

 やのにママがを開く日は、パパがやけに肩身せまそうに見える。


 ウチはため息ひとつ吐いて言うた。


「またママ、開いとるやん。パパも、ええかげん止めたら?」


パパは少しだけ目線を遠くに飛ばして、それから真っすぐウチを見た。


「ママは、パパがほんまにしんどかった時、支えてくれたんや。今度はパパがママに恩返しする番やで」


 そう言いながら、パパの視線が写真立てへ流れる。


 写ってたんは──

 地味ぃな服を着た、昔のママ。

 その横で、ベッドに寝たきりのおじいちゃんが写ってた。


「せやけど、ママは稼いだ金をほとんど●●●●●の商品に使ってるやん。ノルマ足りへん友だちのフォローまでして」


 あの世界って、休んだら逃げた言われるし。

 買わへんかったら「応援してへんの?」って責められるし。

 失敗したら全部、自分の努力不足にすり替えられるんや。


 パパがすこしだけまゆさげて笑った。


「買ってるもんは生活品ばっかりやしな。それに……活き活きしてるママを見るの、パパは大好きなんや。ママなりに上手くやってるんやと思うで」


「そらママは楽しそうやけど、家までクラブみたくせんでええねん」


 なんで大人って、こう分かってて流すみたいな顔できるんやろ。

 ウチにはまだ、その器用さがない。


「……もうええ。自分のへや戻る」


 パパの返事を聞かんまま、扉をしずかに閉めた。

 廊下に出ると、ダイニングからママらの笑い声がこぼれてくる。

 ──ウチとは、別の世界の明るさや。



 ●●●●●はマルチ商法や。

 仲間を増やして、買い物を続けさせ、そっから上に金が流れていく。

 続けても続けても、本気で稼げるのは一握り。


 それでもの中は、妙にまぶしい。キラキラした光。

 ただ光って見えるんは、まぶしい方だけ見せられてるからや。

 光に酔うてる間に、足元に落とし穴はどこにでもあるで。


 ――なんでママもパパも、あんな穏やかな顔できるん?



 ウチは絶対、呑みこまれへん。


 自分で自分を締めつけてでも、立っとかな。


 首元のチョーカーに指先を添える。

 ひんやりした革の感触が「ウチはウチやで」と背すじを伸ばしてくれるんや。

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