江戸を殺した男 〜二人の岩吉〜
漢方太郎
第1話 岩吉、二人
「
予想外の憤怒に煽られ、岩倉具視は咆哮した。
「恐縮の至りにございます」
紋付き
ーー
「どうかご容赦を。
少年の
具視は、みすぼらしい庵に喝を入れるがごとく、殊更に声を張り上げた。
「活殺自在と
臆するふうもなく少年ーー高橋岩之助が、すいと面を上げた。色白で柔らかな顔の輪郭とは対照的に、両目の端が小太刀の刃先のごとく酷薄に切れ上がっている。
「世へ出ずるも世を去るも、往々にして
大人びた言葉に潜む皮肉を、具視は聞き逃さなかった。
ーーなんと小生意気な
もう一度、心中で具視は吠えた。具視は岩倉家の養子となり、十四で朝廷への出仕を許された。下級公家から左近衛権中将まで異例の出世を遂げ、公武合体のために奔走して
「童遊びに満足せぬうちに医家を継ぎ、蛙や猫を相手に殺法を磨くのはさぞ楽しかったであろう?」
岩之助を見下ろし、具視は片頬を歪めて嘲った。公家の間で「岩吉」と
岩之助が具視へ面と向かい、同様に片頬を攣り上げて笑った。
「
細い腕で懐中から取り出した赤い袱紗を、ひらりひらりと宙で舞わせ始めた。
具視は
「
祭事には珍しく、石座の火祭りでは女性のみが舞う。
んぁッ。
突然の喉の激痛に、具視はもんどり打った。息が吸えぬ。いくら大きく胸を
喝ッ! 喝ッ!
畳へ
眼前の景色が、昏く霞む。
ーー誰かッ! これに在るかッ!
人を呼ぼうにも、声が出ない。
岩之助が、小太刀のような
「落ち着いて、臍の下に力を込められませ。じきに息は吸えまする」
寸刻置いて、具視の喉へ
「岩倉様のお見立て通り、
ふと気付くと、再び畳へ額を擦り付けた岩之助の前で、具視は
不吉な呪詛の如き但馬の言葉を、具視は鮮明に思い返した。
ーー
普段は剛毅で知られる但馬が、分厚い唇を蒼紫に震わせていた。具視よりも手痛い目に遭わされたのであろう。
ーー但馬の見立てが正しいなら、倒幕も王政復古も成就しそうじゃ。
涙を流して「
「儂が悪かった。そちが古流漢方の手練れと申すは、誠のようじゃ」
キッ、と岩之助の小太刀のような眦が切れ上がった。またも赤い袱紗を取り出すかと、思わず具視は
「古流漢方に、下手も手練れもありませぬ。我が流派は一子相伝。伝承者は私一人にございますれば」
「なるほど。なるほどじゃ」
大仰に膝を打ち、深々と具視は頷いて見せた。才を持て余している者は、その能力を高く買ってやりさえすれば、たやすく懐柔できる。
具視は岩之助の華奢な白い手を取り、両の手でがっしりと包んだ。
「そちが極めた古流漢方が、欧米列強の鉄の暴風から日の本を守り、世を一変させる切り札となろう」
岩之助の切れ上がった眦が、初めてふわりとやわらかに垂れた。
ーー案外と、年相応の顔相も持っておるわい。
知らぬ間に両膝で握り締めていた拳を、具視はようやくほどいた。
江戸を殺した男 〜二人の岩吉〜 漢方太郎 @bohemianism40
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