第37話 日々是鍛錬
探索者養成学校での日々が始まった。
前の自分で経験した高校生活と似て異なる生活はなかなかに新鮮だ。
通常の国語や英語、数学他生物化学物理といった一般科目と一緒に、ダンジョン関係の法律を学ぶ[法令]とか、身を守るための知識方策を学ぶ[衛生]とか、野外活動の知恵や方法を学ぶ[生存術]とか、探索に必要な知識や技術を学ぶ[探索術]とか、モンスターの類別や生態を学ぶ[怪物学]とかが授業されているのだ。
中でも変わり種は[思考演習]。午前3枠ぶち抜きで行うのだが、テーブルトーク・ロールプレイングゲームみたいというかそのもので、もうほんとに楽しくなってくるよ。
もっとも、楽しい楽しいというのは個人の感想である。
なにしろ出されるお題が、モンスターに追われる中で仲間を囮にするかとか見捨てるかとか、自分が負傷して仲間も死にそうな時にどうするかとか、モンスター討伐したばかりなのに更なるモンスターが到来しそうな時にどうするかとか、モンスターが外部に氾濫した中、目の前で襲われた人を自分は助けることができるが、それをすると親しい者を失う可能性が高い時にどうするかとか、とにかく厳しい状況想定ばかりで、なんというか、良心と倫理と価値観と性根と欲望と理性と愛と死生観とが様々に試されて、かなーり心を削られたりする。
それはもう、選べなくて泣いている子もいるんですよ、サイコロに振り回われている俺がいるんですよっ、てな状態になる位にである。
けどまぁ、授業は楽しいものばかりではない。中には本当に苦しくて吐くツラタンな授業もある訳でして……。
「おーし、今日もいつも通りだぞ。水筒は持ったか? 中身は入ってるか?」
週二回、奇数組10クラス合同で実施される、午後3枠ぶち抜きの[体力錬成]である。
「おっし、今日も錬成コースを3時間休まず、ひたすら走り抜け」
担当する体力錬成担当の教師……皇国軍からの応援派遣教諭である剛力教諭が300人の生徒を相手に指示を出してくる。
「ほれほれ、声出しもしないでいいし、まだ制限や負荷も課してないんだから、いけるいけるいけるって。まだ自分のペースでいいんだから、ほれ走れっ!」
号令と共に野外服姿の300人が走り出す。
走る場所はグラウンド……ではない。特別に設えられた体力錬成コース。多摩川の河川敷をも利用して造られた全長3キロにおよぶ周回コースだ。
バラバラと速度差で人がばらける中、先頭に躍り出る人影。
おぉっ、今日も今日とて、西野氏が先頭を取った!
それに負けじと他クラスの六人が追いかけていく!
これはもう最初からクライマックスって奴である!
隣にいた東山氏が感嘆をもらす。
「ふへぇ-、ビッグセブンは今日も大したもんやでー」
「確かに。東山は今日もいつも通りで?」
「そらなぁ、わいはまずは休まずに同じペースで完走できるようにならんと。そういう佐藤もいつも通りやろ?」
「まぁ、色々と想定して、少しでも多く走るよ」
「おう、頑張れや」
そんな会話をしてから、たったか足を速める。
周りを見れば、無言のまま死んだ顔で走る女子がいれば、肩を並べて走る男女もいるし、へらへらと友人たちと話しながらゆっくり走る男子連もいる。300人もいれば、考え方も色々で取り組み方も様々だ。けど概ねは真剣に取り組んでいるように見える。
そう、中には厳しい顔で頑張って走る女子って……、あれは南原さんだな。大きな大きな胸は邪魔なにならないように、しっかりと締め付けていると言っていたが……、跳ねてますねぇ。彼女の周りを男子が囲うように走ってるのは、なんといったらいいのか……、近くの女子連が虚無な視線をそやつらに送ってるよ。
なんとも言えぬ気持ちで足の回転を早めていくと、前方に孤高のクラスメイト発見。
「おーす、中島、今日の調子はどうよ」
「……悪くはない。ただ、少し足が重い」
「なら両足に切り傷か打撲かの軽傷を負った想定で、それなりの走りをすればイイと思う」
「……ああ、そうする」
ちょっちょと手を振って、前に出る。
少しずつ人を追い抜いていけば、周りの人影も減ってくる。代わりに目に入るのは、山の緑に多摩川のきらめきだ。
うーん、癒される……のは最初だけだね。
実はこの周回コース、平坦な場所だけではない。アップダウンもあれば草地や砂地、木々生い茂る林に小石転がる荒れ地、滑る浅瀬すらある。要はクロスカントリー+α版である。
けど、これがなかなか辛い。
特に雨の日とか。なにしろ、この学校には体育館なんて上等な物は存在していない。雨だろうが、びしょ濡れになりながら走る。これがまた厳しい。水に濡れて体温が奪われていくにつれて、気力体力が徐々に消耗していくのを直に感じるのだ。初めて雨が降った日などは、半分程が脱落したほどである。
しかしこれも必要なことなのだろう。
これはおそらく、今後入ることになるダンジョンの地形や天候を想定した錬成だ。厳しい状況をあらかじめ体験させておこうという親心からだと思うことにしている。
まぁ、それはそれとして、厳しいっす。キューちゃん仕込みで鍛えらえた俺でもフラフラになる。
でも今は、駆ける駆ける。
草で滑りそうな斜面を降り、草木生い茂る凸凹の河川敷を抜け、靴どころか靴下足裾まで濡らしながら浅瀬を超え、水気を帯びてぬかるんでいく土手を登る。
大雨の時こそコースは変更になるが、やっぱりこの川辺コースはツラタンですよ。特に土手登りは慣れるまで数回転がり落ちた。
「お、佐藤か、今日は遅くないか?」
「まだ一周目。これからですよ」
「いい返事だ。やれるだけやってみろ」
土手を登り切った所で、錬成助教から声をかけられる。
コースのところどころには、こうして錬成助教が立っている。
助教達は剛力教諭の皇国軍における部下だ。ちょっと興味を持って年が近そうな人に聞いてみたら、所属部隊ごと養成学校に派遣されているらしい。なにかやらかしたんですかとそっと聞いてみたら笑われた。
曰く、同盟国での前線配置が終わった後の休養代わりとのこと。若い子が頑張っている姿を見ていると、気分も若返ってリフレッシュできているそうだ。
それにしても、命令一つで西へ東へ外へ。まったくもって、軍人さんも大変だ。
さて、考え事をしている間に一周目がそろそろ終わるが……、今日の自主課題はなんにするかなぁ。
【マスターダイチ。クラスメイト諸氏をモンスターに想定した、逃走訓練を推奨いたします】
やっぱりそれかなぁ。
不規則だけど一応はインターバル走になるし、色々と意識している奴なら刺激になるだろうし。
【肯定であります。マスターダイチが前回本訓練を実施した結果、能力に効率的な向上……肺活量の強化及び持久筋・速筋の増量が認められております。また、クラスメイト諸氏のうち三分の一において、走力及び体力の向上が確認されております】
よし、なら今日もそれで行こっか。
目標を定めて最高まで加速、一定の距離を離れたらベースに戻す、その繰り返しだ。
今のペースをベースに、目標を探す。
お、いた。
南原さんより運動が苦手らしい女子を発見。抜いてから加速。ある程度の距離に至ったところで、ゆっくり男子発見。速度維持。そろそろ終わりかなってところで東山氏を認む。現状維持続行。
「おー、今日もモンスター逃走中やな」
東山氏の声が聞こえるが、返事はしない。というか息が荒くなってきた。さらに進めば南原さん及びお伴群団を発見。追い抜く。
「お、佐藤だ」
「今日も頑張ってるなー」
「ま、まけないっ」
彼女、入ってた養護施設の不良職員が逮捕されてから、かなり元気になったんだよなぁ。
後、俺がしていることを伝えている為か、あるいは本来は負けず嫌いなのか、奮起して付いてくる。10秒……、20秒……、30秒って、今日は粘りおりますわっ! じゃねぇわ、これ、俺の速度が落ちてるわっ!
ひーっ、ひーひー、息が、息がきついっ!
後、お伴群団がちょっとどよめいているっていうか、おまえら、弾むOPに興奮する元気があるなら、もっと気合入れて走らんかいっ。南原さんを見習えっ! あいや、見習わなくてもいいや、しばらくはそのままでいいよっ。じゃないと、俺が死ぬ。
地上であっぷあっぷしながら、ようやく南原さんを引き離した。
ヨシっ! 周辺にクラスメイトなしっ!
足を緩めて、息を、息を整えて……し、死ぬぅぅっーー!
立て続けはあきまへん、あきまへんでっ!
こっちも錬成中はキューちゃんの補助切ってるんだから、普通に危ないし危険だし。
あ、第二群発見。
きゅ、休憩終了、再加速準備である。
こうした流れをひたすらに繰り返していく。
自分で決めたこととはいえ、ものすごーーく、苦しいし辛いし喉から血の味がするし空気が足りなくなる。でも、走る。
全ては自分の為だ。
走れ走る走れ。前へ前へ。倒れた西野氏を飛び越え、走れ走れ。楽しくなる程にただ走れ。
特に強敵なのは……、推定問題児こと北川さんだ。
彼女は無意識か意識的かはわからないが、俺が追い抜きをかけると、とにかく競ってくる。しかも、ものすごーーーーく、粘るのだ。というか、粘るというより、息か足が続かなくなって倒れるまで付いてくる。
今もそう。
明らかに一杯一杯で走っているけど、こちらに喰らいつかんばかりに追ってくる。
一番最初は最大で一周で、この前は一周半。そして今日は……。
「ぁぐぅっ」
二周目前でドサぁッと前のめりに倒れた。
気になるが置いていく。しばらくしたら、彼女はまた戻ってくる。走れ走る。自分へ与えた課題を達成させるために、ただ走り続ける。
そうしてコースを巡り続ける内に、いつしか時間となる。
船の汽笛のような、ぼぉぉおーーーーっという音がこだまして、錬成終了である。
気が抜けて、疲労を自覚する。
…………おっふ、足ガクガク筋ピクピク骨カクカクで崩れ落ちそう。
でも、歩かいてクールダウンしないともっと酷いことになる。息を整えながら、集合場所であるグラウンドを目指す。
東山氏を発見。彼もふらつきながら歩いている。
「おつかれー」
「おー、佐藤、今日もお疲れさんやったな」
「あし、やばい」
「かおも悪いで」
「そりゃもともとだって、それ言うなら顔色だろうが」
「へへ、やっぱ佐藤、エエ感じや」
バカげた会話をしながら、自然とできた人の流れに紛れこむ。
「それにしても、自分、元気やな」
「体力尽きたら死ぬかもしれんって考えると、手を抜けんのよ」
「そりゃわかるがっと……、また見られとるで」
北川さんが少し離れたところから、こっちをじっと見る……というよりは睨む感じか?
「問題なし。向こうから話しかけてこない限り放置」
「それはそれで冷たいもんやな」
「南原さんくらいに、悔しがってくれるなら別だけどな」
「くくっ、アレはアレでおもろいもんなぁ」
その通り、今回も粘れなかったって歯噛みしてくれますからね。
「そういえば、自分、南原のお嬢と仲良くやってるみたいやけど、最近はちょーっとばかり男子の目が怖くなっとるで」
「あー、やっかみか?」
「そらせやろ。自称嫁と自称愛人の幼馴染がいて、そこに更にやで。実情を知らんとそうなるわな」
「ふふ、そんなイイことばかりじゃないけどな」
「その言い方やと、エエこともあるんか?」
「おー、太陽が眩しくて空が青いなー」
「太陽隠れとるし、雲も多いでっせ」
うむ、すきとおるようなあおいはなしというには泥臭いが、養成学校での日々はこんなモノである。
※作者からお読みくださっている方へ
ストックが減ってきたので、不定期になります。
手が遅くて申し訳ない。
ミシェルさん、世紀末の予言、当てたんだって(ただし人類は滅亡しないモノとする) 綺羅鷺肇 @Kirasagi_Hazime
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