私の妹が世界一尊い件について

@jatp5287nato

第1話

​・クールビューティーの裏側

​「香織さん、お疲れ様です。あの、この後の飲み会なんですが……」

「ごめんなさい、佐藤くん。私、大事な用事があるの」

​定時退社時刻、18時ジャスト。

私はオフィスの誰よりも早くデスクを片付け、申し訳なさそうな顔を作りつつも、心の中ではガッツポーズをキメていた。

​長い黒髪をなびかせ、タイトスカートのスーツを着こなす私、一ノ瀬香織(いちのせ かおり・24歳)は、社内では「仕事の鬼」とか「孤高のクールビューティー」なんて呼ばれているらしい。

大事な用事? 彼氏とのデート?

ノンノン。そんな次元の低い話ではない。

​家に、天使が待っているのだ。

​「待っててね、優奈(ゆうな)ちゃん……! お姉ちゃんが今すぐ最高級のプリンを持って帰るからね!」

​私の7つ下の妹、優奈。現在17歳の女子高生。

彼女こそが私の生きる意味であり、酸素であり、宇宙の心理だ。

私は駅までの道を競歩選手も顔負けのスピードで駆け抜けた。


​・帰宅即、デレ

​「ただいまぁぁぁぁ!! 優奈ちゃぁぁーん! お姉ちゃん帰ってきたよぉぉ!」

​玄関のドアを開けた瞬間、私のクールな仮面は粉々に砕け散る。

靴を脱ぎ捨てるようにしてリビングへ飛び込むと、そこにはソファに座ってスマホをいじっている優奈の姿があった。

ショートカットの髪、少し不機嫌そうな目元、部屋着の少し大きめなTシャツ。

​「……うるさいよ、お姉ちゃん。近所迷惑」

​視線も上げずに言い放たれたその言葉。

ああ、なんて冷たくて心地よい響きなんだろう!

​「ごめんねぇ、優奈ちゃん! でも聞いて! 今日、優奈ちゃんが好きって言ってた駅前の限定プリン、並んで買ってきたの!」

「ふーん。ありがと」

​私は優奈の隣にスライディング土下座の勢いで着席し、彼女の肩に頬を擦り寄せようとする。

​「あーもう、近い。暑い。離れて」

「いいじゃん減るもんじゃないし! 今日も学校どうだった? 変な虫(男子)ついてない? もしいたらお姉ちゃんが社会的に抹殺しt……」

「怖いこと言わないで。あと、今日はお姉ちゃんに言わなきゃいけないことがあるの」

​優奈がスマホを置き、私の方を向いた。

その表情は真剣そのものだ。

​心臓が止まるかと思った。

なんだ? 「彼氏ができた」か? いや、「一人暮らししたい」か?

どっちにしても耐えられない。そんなことを言われたら、私はショックで明日から会社に行けなくなってしまう。

​「な、なぁに……? お姉ちゃん、何でも聞くよ……(震え声)」

​優奈は少し躊躇した後、頬をほんのりと朱色に染めて、背中に隠していた紙袋を差し出した。


​・天使の所業

​「これ」

「……え?」

​渡されたのは、綺麗にラッピングされた小さな箱だった。

​「今日、お姉ちゃんの誕生日でしょ」

「えっ」

​私はあまりの衝撃に言葉を失った。

そうだ、今日は10月24日。私の24回目の誕生日だ。

でも、優奈のことを考えるのに忙しすぎて、自分の誕生日なんて完全に忘れていた。

​「バイト代入ったから。……いつも、うるさいし、過保護だし、ウザいけど。……お仕事、頑張ってるのは知ってるから」

​優奈は視線を逸らし、ボソボソと早口で続ける。

​「おめでとう。……これ、ハンドクリーム。お姉ちゃん、仕事で紙とかよく触るから指先乾燥するって言ってたし」

​時が、止まった。

世界が、輝きだした。

私の妹が、私の誕生日を覚えていてくれた?

しかも、私の何気ない一言を覚えていて、プレゼントを選んでくれた?

​「…………ッ!!」

「ちょっと、泣かないでよ! キモい!」

​私の目から、ナイアガラの滝のような涙が溢れ出した。

​「うわあああん! 優奈ちゃん大好きぃぃぃ! ありがとう! お姉ちゃん、一生この手を洗わない! このハンドクリームも使わずに神棚に飾る!!」

「使わないと意味ないでしょバカ!」

​私は優奈に抱きついた。

いつもなら全力で引き剥がされるのに、今日は優奈の手が、ほんの少しだけ、私の背中に添えられた気がした。

​「……ありがとね、お姉ちゃん」

​蚊の鳴くような声だったけれど、私の地獄耳は聞き逃さなかった。

ああ、神様。

明日からも馬車馬のように働けます。この尊い妹を守るためなら、私は悪魔に魂を売ってもいい。

​「優奈ちゃん! 今日の夕飯は優奈ちゃんの好きなハンバーグにするね! その後、このハンドクリームを塗る儀式を執り行うから動画撮らせて!」

「……前言撤回。やっぱりウザい」

​呆れ顔の妹と、幸せ絶頂の姉。

一ノ瀬家の夜は、今日も騒がしく更けていくのだった。

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