劣等生の『僕』と真面目で考えすぎてしまう『君』

紫野 葉雪

第1話

「…今からどこかに行かない?」

 

 スマホを見ていた君から急に言われた言葉に笑いを禁じ得ずに君の表情を見る。その表情は、俺の考えていることで間違いないだろう。俺は待っていたと言わんばかりの様子で体を起こしながら口角を上げながら口を開く。

 

「いいな、どこ行くつもりなんだ?」

 

「静岡」

 

「了解だ」

 

 俺はノリノリで押し入れに隠してあったリュクサックを取り出す。そんな俺を見て君は驚きながらも嬉しそうに目を細めた。実は言うと、俺を……いや、僕も今日、君と同じことを言おうとしていたのだから。僕はコンタクトレンズを外してメガネをつける。すると君は笑いを零した。

 

「へぇ、それが本来の貴方ってこと?」

 

「……そうだよ。もう、取り繕う必要はないからね」

 

「そう、じゃあ…私も羽目外しても良いよね?」

 

「どうぞご自由にー」

 

 僕がそう言うと君は伊達眼鏡を雑に投げ捨て、長い髪をナイフで切り捨てた。僕は、そんな思い切りの良さを見て思わず吹き出した。

 

「随分と思い切り良いね」

 

「何?髪が短いあたしはいや?」

 

「全然?新鮮で今のほうが僕は好きだよ」

 

「……いつにもなく素直じゃん」

 

 君はからかい口調でそう言いながらも嬉しそうにしていた。僕は照れくさかったが、

「別に、僕は思ったことを言っただけだよ」

 と言う。すると君は涙目で眩しい笑顔を浮かべながら

「ありがと!」

 と、僕に礼を言う。僕はその表情がとても眩しく思わず目を逸らしてしまった。すると君は、口を開く。

 

「そろそろ、行こ?」

 

「うん、そうだね」

 

 と言いながら僕はリュクサックに入れていた二人でバイトをして貯めてきた貯金箱を力一杯に壊した―――。

 その瞬間は、僕は全てから解放されたかのような気持ちに襲われた。そして僕らは、貯めてきた金を持ち両親に搾取され続けていた家を出た。僕らは血の繋がっていない兄弟だ。

 それから、僕らはひたすらに楽しんだ。好きな物を食べて好きなことをして遊び続けた。だが、そんな楽しい時間はあっという間に過ぎていった。すると僕らは自然と人が居ない場所に向かう。

 そして目的地である綿ヶ浦に着いた。僕らは崖のスレスレの場所に座った。すると君は僕と出会う前のことを話した。僕はそんな君に

 

「しんどかったんだね」

 

 としか言えなかった。君の過去があまりにも僕と似ていて。僕は君と初めて会ったときに君を遠ざけようとしていたことを思い出し胸が痛んだ。すると君が口を開く。

 

「次は君の過去を教えて?こんな時しか言えないでしょ?」

 

 と言われた。君のその目は全てを受け入れると言わんばかりの優しい目をしていた。そんな君の目に逆らえず僕は全て吐き出すように話した。

―――君に出会う前までのことを。

 僕は、誰にも愛されなかった。母は生まれた時に亡くなり唯一の肉親である父は僕に完璧であることを強制した。僕は全員から見捨てられるように非行に走り完璧じゃない人間を演じた。そんな考えが叶ったと同時にきみの母と僕の父が再婚した。僕は君からも見捨てて貰えるように君にきつく接していた。君も同じように僕を突き放した。その様子を見て僕は君が同じだと察して次第に信じる様になっていったのだ。

……話し終えた僕は恐る恐る君の方を向いた。今の君が僕を引き離すはずがないと知っていても僕は手は震えていた。今まで、裏切られた時のことを思い出したのだ。すると君は初めて悲しい表情をしているしながら僕を抱きしめる。

 

「辛かったね」

 

 と。短い言葉だったが、僕の心にこれでもかというほど響き渡った。そしてこの言葉は君だからこそ響くのだろうと思った。僕は気づかないうちに君に惹かれていたのだと気づいた。

 僕らは強く抱きしめながら宙を舞う。互いの存在を確かめ合いながら―――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

劣等生の『僕』と真面目で考えすぎてしまう『君』 紫野 葉雪 @Hayuki1007

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ