あなたの声で導いて

花束 いと

あなたの声で導いて

 熱を帯びた深紅の瞳。

 腰に回された華奢な腕からは、絶対に私を離さないという意志を感じる。



日向ひなた……」



 彼女の、切なくかすれた声。

 吐息に触れた耳が、じんと温度を上げる。



みお、私もう……っ」



 顔を近づけるにつれて、鼓動が早くなっていく。

 何も考えられない。

 湧き上がってくる欲求を抑えられない。


 どうしよう、どうしよう。

 求められることが、こんなにも嬉しいなんて――。











 好きな人から屋上に呼び出されました。

 今、向かってる途中です。

 ……すっごく憂鬱ゆううつな気持ちで。



 階段をのぼる足取りが重い。

 せっかくの両思いなのに、恋愛は高校生の青春なのに、どうして断らなくちゃいけないの?


 本当は手放しで了承したい。

 抱きついて、想いが通じあったことを喜び合いたい。

 そのまま一緒に帰りたい。

 あわよくば、次の土日でデートとかしてみたい……。

 これまで密かに描いてきた淡い望みが、まるで走馬灯のように駆け巡る。



「これが終わったら……友だちでもいられなくなるのかな?」



 立ち止まると涙が溢れてきて、乱暴に目元を拭う。

 単純な恋すら、一筋縄ではいかない。

 だから嫌いなんだ、DomどむSubさぶの恋愛は。





 屋上の扉を開けると、黒くて長い髪が目に入った。

 人を近づけない、切れ目な赤い瞳。

 その瞳が、私を捉えただけで優しさをいっぱいに宿す。



「来てくれたんだ、日向」

「……当たり前でしょ。友だち、なんだし」

「友だちね」



 私の言葉に、澪が笑みをこぼす。

 困ったような、寂しそうな笑顔。



「私、日向のことが好き。

 心の底から付き合いたいと思ってる」

「ダメだよ、それは」

「即答。どうして? 私のことが嫌い?」

「ちがっ……! そんな言い方、ずるいよ」



 ううん、本当にずるいのは私だ。

 澪に“好き”って伝えることすらできない、臆病な私だ。


 胸の痛みに思わず顔を背ける。

 この時間が早く終わってくれたらいいのに。



「……日向がプレイをしたくないことは、分かってる」



 あ……そういえば、澪には話したっけ。

 私がプレイしたくないってこと。



 プレイとは、支配欲求を満たすDomと、服従欲求を満たすSubの営みのことだ。


 パッと見はWin-Winに見える関係。

 ……だけど、Domの気分次第で、私たちSubが望まないことをされるケースも少なくない。


 その結果、パニックを起こすことも多い。



 私は、怖い。

 Domに主導権を握られることが。

 心も体もゆだねなくちゃいけない、プレイが。



 暗雲が立ち込めるような気持ちに、思わずうつむいてしまう。


 けど、それは一瞬だった。

 澪のりんと澄んだ声が、すぐに私に前を向かせた。



「私は日向を好きになった。

 プレイはしなくていい。

 日向が望まないなら、私も必要ない。

 だから――付き合ってほしい」



 瞳が揺れる。

 口が、音を発しないまま言葉を紡ぐ。


 それって。


 ずっと欲しかった言葉だった。

 DomとかSubとかじゃなくて、“ただの人”として、私を見てくれる人がほしかった。


 そんな人と、恋がしたかった。



「それでいいの?

 プレイなしで、本当に満足?」

「日向を手に入れられるなら本望だよ」



 迷いのない言葉に、目頭がじんと熱くなる。

 それと同時に、澪への想いが胸の奥から込み上げてくる。



 伝えなくちゃ。

 私の、気持ちを。



「私も……っ、私も澪のことが好きっ!

 プレイはできないけど……それでもよければ付き合いたい。

 人として澪のことが好きだから――!」



 言い終わる前に、体を引き寄せられる。

 爽やかな香水の匂い――大好きな匂いに包まれる。



「付き合おう、日向と付き合いたい」



 澪の手は、震えていた。

 ……あの澪でも緊張することあるんだ。


 不意に笑みがこぼれた。

 こんなところ、普通の人が見たら「Domらしくない」って失望するんだろうな。


 でも、私は逆に愛おしさがあふれてくる。

 澪の弱いところを知れば知るほど、私の中で澪という存在が大きくなっていく。


 きっと、これが好きってことなんだ。



「これからよろしくね、澪。

 ――あっ、プレイは他の人としていいからね! 私そこにこだわりないし!」

「……日向ってば、もう浮気の話?」

「ちがっ! そういう意味じゃ……!」

「ふふ、分かってる」

「もう……茶化さないでよ」



 こうして私たちは、晴れて恋人となった。









 あれから、私たちは学校でも公認のカップルとして過ごしていた。

 お昼ご飯も放課後も一緒。

 たまにカフェに寄ったり、ゲーセンで遊んだりもした。


 かなり順調に、平和に三ヶ月が過ぎていった。

 ……ただ一つの問題を残して。



「え、日向まだ葛城かつらぎ様と手も繋いでないの!?

 あんなにラブラブなのに!!」

「あはは……なんか、澪が避けてるんだよね。そういうの」



 この日は久しぶりに、友だちの朱音あかねとカフェに来ていた。

 私の近況というか、悩みを聞いた朱音は「ありえない……。もう、いくところまでいったと思ってたのに」とちょっと危ない発言をするくらいには困惑してる。



「付き合う前は頭を撫でてくれたりハグしたりしたんだけど……もう飽きられちゃったのかな」

「それはない。葛城様の日向への好き好きオーラ半端ないじゃん?」



 それにはうなずくしかない。

 教室でもどこでも、澪は私のことばかり探して常に行動をともにしたがる。

 自分の方が生徒会とか他の活動で忙しいのに、わざわざ時間を割いて一緒にいてくれる。


 じゃあ、どうして。

 意外と奥手って感じでもないし……手を繋ぐくらい、してくれたっていいのに。



「でも……葛城様はDomだし、日向はSubなんだよね? プレイはしないの?」

「うん、それは私がしたくないって言ってる」

「まじで?」

「……まじ」



 やっぱり、ありえないことなんだ。

 膝の上でスカートをぎゅっと握る。

 私がもっと、Sub性を受け入れられたらよかったのに。



「私が言うことじゃないのは分かってるし、何か事情があるのも察するけどさ……。

 普通なら三ヶ月プレイなしって相当キツいと思うよ。

 葛城様はDom性強いし。うちのお姉ちゃんもDomなんだけど、一週間に一回は最低でもしてるらしいし」

「……一応、他の人とはしていいって言ってるんだけど」



 簡単に説明すると、Dom性とは、Domの『支配したい、甘やかしたい』といった欲求のこと。

 Dom性の強さによっては、プレイをしないと体調を崩してしまう人も少なくない。


 澪は、そのDom性が強い。


 抑制剤が効かないレベルだし、その性との付き合い方に関しては、私たちよりずっと知り尽くしているはず。

 (健全な)プレイのお店に行かなくたって、病院で最低限のプレイを受けることもできるし……そんなに心配することじゃないと思うんだけどな。



「それなら大丈夫……なのかな。

 でも、とりあえず葛城様に聞いてみた方がいいと思う。

 スキンシップがないのは日向もつらいじゃん」

「朱音……。うん、そうだね。聞いてみる。

 相談乗ってくれてありがとね」



 三ヶ月、ちょうどいい頃合いかもしれない。

 スキンシップのことはもちろんだけど、これからも我慢ばかり強いてしまう恋人生活にうんざりしてないかとか、関係性を改めるかどうかとか……。

 色々、話し合うべきだよね。



 明日、澪と話してみよう。





 翌日。

 澪は学校に来なかった。


 あの澪が学校を休むなんて……。

 そう思ったのは私だけじゃなかったみたいで、先生から知らされたときは教室が騒然としていた。


 大丈夫かな……風邪引いたのかな。

 いてもたってもいられなくて、朝のホームルームが終わった瞬間にメッセージを送った。

 すると、すぐに『大丈夫』とだけ返信がきた。


 淡白な文章は相変わらずだったけど、その三文字で十分だった。

 明日はきっと登校できるくらいには回復してるよね。


 『それならよかった! お大事にしてね』とメッセージを送って、その日は連絡を終えることにした。


 明日はちゃんと、話さなくちゃ。





 二日目。

 風邪が長引いているのか、澪は今日も欠席だった。



『大丈夫?』

『大丈夫』



 澪が大丈夫って言うんだから、きっと大丈夫。

 明日は来るはず。

 ……多分。





 三日目。

 今日も澪は欠席。



『大丈夫?』

『大丈夫』

「嘘つき!!」



 放課後になった瞬間、走って澪の家へと向かった。

 今回のことで、澪の“大丈夫”は信用ならないことが分かった。

 もう絶対、信じないんだから……!



「ひ、ひなた……? どうしてここに……」

「……恋人が三日も寝込んでるのに、看病に来ないわけないでしょ。

 大丈夫って嘘ばっかり言うし」



 玄関の扉を開けて、驚いたように目を見開く澪。

 その整った顔をじろりとにらみつける。


 すると、澪は「ごめん」と申し訳なさそうに肩を縮めた。



「な、なんか妙にしおらしいじゃん……やりづらい」

「……悪いのは私だから。

 嫌味でもお説教でも、今回は受け入れる」

「とりあえず部屋、入るよ」

「え、でも散らかってるから――」

「中入らないと看病できないでしょ」



 無理やり押し入って、部屋の中に足を踏み込んだ。

 ……散らかってるどころか物が全然ない。



「ほんとにここで生活してるの?」

「一人暮らしだから、ちょっと物は少ないかも」

「いや、ミニマリストの領域でしょ。

 ……ほら、私のことはいいからベッドに横になって」



 ベッドに連れて行こうとして、澪の背中に触れる。

 すると、澪の体がビクッとなってなぜか抵抗するように足を止めた。



「澪? わがまま言うの?」

「……」



 努めて笑顔で優しく言うと、澪は大人しくベッドに入った。

 今のなんだったんだろう?



「それで……風邪引いてるの?」

「……うん」

「嘘」

「……」



 熱さまシートも貼ってないし、咳もしてない。

 カマをかけてみたら案の定だった。


 もちろん、仮病じゃないことは分かってる。

 目の下のクマはひどいし、体がかなり気怠そうに見える。



「ねぇ、まさか……」



 三日前、朱音と話したDom性のことを思い出す。

 私よりずっと性に恵まれて、それを受け入れて生きてきた澪に限って、そんなことあるわけない……。


 否定したかった。

 私のせいで澪が苦しんでいるという事実を。

 私が澪を苦しめているという、現実を。


 けど、困ったように、私に遠慮するように微笑むその表情が、すべての答えだった。



「Dom性……発散してなかったんだ」



 他で発散していいって、言ったのに。



「……日向以外とプレイしても、満たされないから」



 私が言いたいことを察したかのように、澪は静かに目をそらした。



「ごめん、私のせいだね」

「そんなことない」

「だってそうじゃん。私がプレイさえ出来てれば、澪がこんな風に寝込むこともなかった」

「……日向、そんなに思い詰めないで」



 こんなときでさえ、澪は私の心配をしてくれる。

 付き合う前からそうだった。

 自分のことばっかり優先しそうなタイプなのに、本当は他人優先で、誰よりも優しくて……私のことを大切にしてくれた。


 本当に自分勝手なのは、いつも私の方だった。



「……プレイ、しよ」

「ダメ」

「なんでっ」

「日向が嫌がることは、私もしたくない。

 だから絶対ダメ」



 澪は頑として譲らないような、鋭い視線を送った。

 その瞳にはやっぱり私への心配が滲んでいる。

 私が嫌がることをして、私を傷つけてしまわないか――優しい澪は、そんなことを考えてくれているんだと思う。


 だからこそ、伝えなくちゃいけない。



「……嫌じゃ、ない。

 澪とプレイしたい気持ちが、ないわけじゃない」



 ここ最近は撫でてもらえてなくて、どこか物足りなかった。

 私にも少なからず支配されたい、尽くしたいみたいなSub性はある。

 いつも澪に尽くされてばかりで、“私の方が尽くしたい”と焦がれるような気持ちにならなかったと言えば、嘘になる。



「私、プレイにはよくない思い出があって……ちょっと、こわいの」



 プレイを求めたくなる度に、あの日の記憶がフラッシュバックして体が震えた。



 それは、まだ私が中学生になって間もない頃のこと。

 検査の結果、私がSub性を持っていることが明らかになった。

 あの頃の私はSub性であることを隠す必要性が分からなくて、聞かれたら正直に自分がSubであることを答えていた。


 そして、私がSubであることを知った初対面のDomの先輩に、ある日いきなり命令されて、無理やり従わされて――最後にはパニックに陥ってしまった……。


 Domの放つ命令は、Subにとってだ。

 心が拒んでも、本能で従ってしまう。


 だからこそ、

 あの日の出来事を、

 あの時の恐怖を、

 ずっと忘れられないでいる。



 私は、DomとかSubとか関係なく恋愛がしたかった。

 安全に、理性的に、澪と付き合っていきたかった。


 でも、心の奥底では求めてた。

 安心してすべてを委ねられる存在を。

 尽くしてもいいと思える、大切な存在を。



 それが澪なんだ。



 もう分かってる。

 澪が私を傷つけたり、望まない命令をしたりしないってことくらい。


 私も、澪がしてくれたみたいに、一歩踏み出さなくちゃ。

 澪と……私自身の性に、歩み寄らなくちゃ。



「だから、私が怖くならないように――澪の声で導いてほしい」

「……本気で、言ってるよね」

「当たり前でしょ」

「……分かった。

 でも、つらくなったら言って。絶対に」

「うん……っ、ありがとう」



 私を見つめる澪の瞳に、熱が宿っていく。

 Dom性を隠すことをやめた澪からは、支配者独特のカリスマ性があふれていた。


 この人に従いたい。

 この人のものになりたい。

 そんな欲望が、呼応するように湧き立つ。



 澪から目が離せない。

 愛おしい澪を、ずっと映していたい。

 今は、澪だけしか映せない。



「日向。私に“キスをして”」

「はい……っ」



 命令より強制力はない。

 だけど、確かにと感じる。


 心臓がとくんと喜びを鳴らす。

 ずっと前から、これを望んでたんだ。


 澪の瞳に吸い込まれるように、ゆっくりと顔を近づけていく。



「澪、大好き」

「私も……大好きだよ、日向」



 ようやく、本当に想いが通じあった瞬間だった。


 指を絡めて、愛の言葉を交わして、

 私たちは、そっと唇を重ね合わせた。



















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ここまで読んでくださり、誠にありがとうございます!


本作は海外の二次創作が元となる特殊設定、Dom/Subユニバースを用いております。

ハード系も好きなのですが、今回はソフト系を書いてみました♡


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