夏の終わりと踏切

@Kyosuke_06

第1話

「あのさ、花火、綺麗だったね。」


​隣でカバンを抱えるミクが、唐突に言った。カバンには、今夜使ったばかりの線香花火の燃え残りが入っている。彼女の横顔は、沈みかけの夕焼けの色を薄く映していた。

​ここは、いつも通る小さな踏切。遮断機が降りるまでの、数分間の静かな待ち合わせ場所だ。

​「うん、すごく。特に最後の、赤と青が混ざるやつ。」

ケンジはそう答えたが、ミクが花火の話をしているのではないことを、心のどこかで知っていた。

​夏休みは終わった。彼らの、ちょっと特別な時間も。

​夏休みに入ってすぐ、ミクはケンジに告白した。そして、「夏が終わるまで」という期限付きで、二人は付き合い始めた。理由はミクの進学だ。彼女は秋から遠い街の美術大学へ行くことになっていた。

​踏切の向こう側で、オレンジ色のランプが点滅し始める。カン、カン、カン。リズミカルな警告音が、沈黙を切り裂く。


​「ねえ、ケンジ。」


​ミクは顔を上げ、正面からケンジを見た。彼女の瞳は、まるで静かに燃え尽きた花火の後の夜空のように、深く、しかし澄んでいた。


​「もうすぐ電車が来るね。」


​「ああ。」


​ミクは一歩前に出て、遮断機の棒にそっと触れた。


​「私たちはさ、この踏切みたいだね。」


​ケンジは何も言えなかった。電車の通過を待つ間だけ、二つの世界を区切るように降りてくる遮断機。そして、電車が過ぎ去ると何事もなかったかのように、すぐに上がってしまう。

​遠くから電車の低い轟音が近づいてくる。風が二人の髪を揺らした。

​ミクは微笑んだ。その笑顔は少しだけ切なく、少しだけ解放されたようにも見えた。


​「約束通りだよ。またね...」


​次の瞬間、眩しい光と轟音とともに、列車が二人の目の前を猛スピードで通り過ぎて行った。ミクの声は、その音の中に溶けて消えた。

​列車が過ぎ去り、遮断機がゆっくりと上がる。カタン、と音を立てて、二つの世界が再び繋がった。

​ケンジはミクの立っていた場所を見た。

​そこには、もう誰もいなかった。ミクは彼の返事を待たずに、次の旅路へと踏み出していた。彼はカバンの中に残った、線香花火の焦げた匂いを、ただ深く吸い込んだ。その匂いだけが、確かに特別だった夏を証明していた。


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