エモくないクリスマスと俺と元カノ
糸網ざらめ
『エモくないクリスマスと俺と元カノ』
陽気な笑顔。温かな家庭。きらきらしたイルミネーション。みんなが笑顔になり、家族や恋人や友人達と少しだけ甘い時間を過ごす。奇跡が起きる夜。クリスマス。
吐き気がする。
何がクリスマスの奇跡だ。クソが。
俺はガチガチと歯を鳴らしながら、死ぬほど寒い広場の前で彼女を待っていたのに。半年前に付き合った彼女「もえちゃん」は最近妙にメッセージアプリの返事が遅いなとか、昔は寝落ち通話を死ぬほどしたがっていたのに最近しないなとか、格好いいねと言ってくれなくなったなとか、もちろん兆候はあったのだ。
なぜ分からなかったのだろう? きっと彼女との関係が「初々しい恋人同士のイチャイチャから大人の関係に一段階レベルアップしたんだな(ドヤァ)俺はこの女の子と結婚するんだろうな(しみじみ)」とか思っていたクソまぬけなクソ男がここに一匹います。誰か俺を殺してくれ。
『悪いけど、私、好きな人できたんだぁ。だから一郎くんとは付き合えない。ごめんねぇ』
『もえちゃん。そりゃあないよ、もえちゃん。ごめんって。俺が悪いの? 何が悪いの? 謝るから、治すからさあ。そういう冗談言わないでよ、ねえ、もえちゃん、もえちゃ……』
『ほんとうに、ごめんねぇ~。一郎くんならすぐに良い人みつかるって。あ、私このあと待ち合わせしてるんだぁ。だから急いでるの、ごめんねえ』
律儀にその後全てのSNSとメッセージアプリでブロックされていて、電話まで着拒されていた。
なんでクリスマスにフるんだ。
SNSで彼女に粘着するつもりはなかったが一言だけ何か言ってやりたくてストーカーまがいの行為ではあるがきっと何かの間違いだと思ってその場で作った新規アカウントで彼女のアカウントを見た瞬間。
フォトショットスタグラムには、高身長でガラシャツを着て金属アクセサリージャラジャラで黒いカバンにでかい金ピカの龍が縫い付けられている色黒なやたらと歯の白い金髪のイケメン君と幸せそうに微笑む俺のもえちゃんが映っていた。
チャラ男ともえちゃん。
ツーショット。
…………。
放心した俺は静かにスマホの電源ボタンをいじって画面を真っ暗にして、前を向いた。
涙があふれてきそうだった。恥ずかしい。クリスマスだぞ、ふざけんな。なんなんだ? 俺は疫病神にでも憑かれてんのか。
そして眼の前でカップルがキスをした上で、熟年夫婦が静かにらぶらぶな雰囲気を醸し出していて、夫婦が笑顔の子供にプレゼントを買ってあげていた。犬までご機嫌なクリスマス。尻尾をふりふりしながらでぶ犬が散歩していた。犬はクリスマスの服を着せられている。
ゴミ箱を蹴り飛ばしたくなったがSNSで炎上したり罰金を払わされたり逮捕されたりしそうな気がするので遠慮しておく。拳を握りしめる。
なかにはゲームの発売日だから長蛇の列に並んでポーエスピーだかペーエスピーだか忘れたがそういう機種の新作ゲームの有名タイトルのやつを買ってご満悦そうな一人の人や、おしゃれなディナーをオレンジ色の照明のイタリアンレストランで女友達と楽しんでるオシャレ系女子が幸せそうにスマホで写真をパシャパシャやっている。
俺だけ仲間はずれか、そうか。トドメにぶつかってきた通行人に舌打ちされ、俺は走ってきたフルスピードの暴走自転車をよけたらつまずいて地面に転んだ。
死のう。そう俺は思った。
だから彼女に声をかけられた時、俺はものすっごく不機嫌だったんだと思う。
「あのっハンカチ落としましたよっ」
なんのナンパだ。いつの時代のナンパだ。ああ、こんな俺をナンパなんかする訳ないか(笑) そうだよなあ、金髪色黒チャラ男のほうが俺より魅力的なんだもんな、もえちゃんもそうだし、俺なんてアダルト同人漫画でいうところの恋人を盗られて泣きながら恋人にすがるけど捨てられるキャラみたいなもんか(笑)
顔も怖いらしいしな。どうせ俺なんて少年漫画で主人公に立ちふさがってる悪役に媚を売る下っ端三流クソモブキャラなんだよ……。チッ、……。
「あっあのっ? ハンカチ落としましたよ! そこのおにいさん! かっこいいおにいさん!」
あ、別の人か。かっこいいお兄さん……どこだ? どんな顔をした男なんだ。そいつが末代まで不幸になる呪いをかけてや――「おにいさん!」
「……は?」
「ハンカチを落としましたよ!」
彼女の手には俺のハンカチが握られていた。セールの時に買った犬のハンカチだ。ぶさいくな犬が描かれていて、なんか実家でじいちゃんが飼ってたハナコっていう雌のパグとそっくりで、愛くるしいと思って血迷って買ったやつだ。ガキでも今どきこんなハンカチ使わねえよというような柄だが、俺はよく使っていた。
そのクソダサハンカチを見られたことで真っ赤になった俺に、彼女はハンカチを渡した。
彼女は全身真っ赤だった。
血にまみれているとかではない。
クリスマスのサンタコスをしている。赤いズボンに、短いスカート。それぞれ白いもふもふがついている。
「あ、ありがとうございます……す、すみません……なんか……は、はは……」
しどろもどろになりながら、気まずさを感じつつハンカチを受け取る。
「あの……おにいさん」
「え、はい」
おにいさんなんて呼ばれたのは人生で初めてだ。
高校時代に女子に呼ばれていたのは『おいテメエゴルア!』か『おいボケ!』か『テメエ!』か『ねえ、ちょっと(ため息混じり)』だけだ。
「良かったら……」
女の子がもじもじしながら言う。
えっ、本当にナンパ?
サンタコスなのは何なんだろう。コスプレだろうか。
治安が悪い世の中なのに、そんな。ナンパなんて危ないぞ世の中は俺みたいな紳士だけじゃな――。
「ケーキ買いませんか?」
キュルンとした目で、見上げながら言われた。いや、わざとじゃないのは分かる。彼女は背が低い。俺は背は普通だがこの子よりはでかい。だから偶然そうなってしまうのだろう。
彼女の口から白い息が煙のようにちいさく出た。桃色の唇は桃みたいだ。可愛い。というか官能的だ。映画の俳優さんの女性みたいだ。
「け、ケーキ?」
「はいっそうなんですよ~。実はそこのケーキ屋でケーキを売ってるのですが、苺た、た、たっぷりのケーキから、ミニカワちゃんのケーキ、ハローパピーちゃんのケーキに、他にもチョコレートケーキやモンブランや、果物たっぷりのタルトもございますよ! 卵もクリームも牛乳も特別なものを使用しておりまひ……まして……」
ときどき噛みそうになりながら、女の子が言う。接客業に向いていないのか、顔が青くなっている。寒いから頬は赤いが、接客が苦手なのか、俺がつい真顔で居るからか、彼女が大慌てでケーキについての説明を延々と続ける。
「……あ……ああ……じゃあ、買います」
どのみちケーキは買うつもりだったのだ。俺はケーキが好きだ。
女の子は大喜びした。俺がうさんくさいものを見る目で見ていたら、「今日初めて声かけた方に買ってもらえました! 皆さんもう買われていたり、高いから買わないと……。ありがとうございます! お店はあちらです!」
● ● ● ● ● ● ● ●
もちろん、連絡先を交換するような展開にはならなかった。
ショートカットの黒髪の女の子は可愛かったが、別にロマンスには発展しなかった。まあ、そりゃそうだ。こんなご時世だし、クリスマスで街が浮かれていたとしても人生は2時間映画じゃないからだ。
だが、まあ、ケーキは美味しかった。
俺はめちゃくちゃ甘いものが好きだ。
もえちゃんとのデートでも、ファミレスでもえちゃんが引くような量の甘い物(春のスイーツ祭りキャンペーンの特大いちごパフェといちごマカロンといちごケーキ)を注文して若干引かれていたぐらいには、甘い物が好きだ。
俺は単純だからでかい苺がちょっと青臭くても、野菜の
フォークであっという間に食べ終えてしまった。
(また今度、またケーキ屋に行こうかな。思ってたよりは安かったし、いろんなケーキがあったな……)
(カボチャのケーキとかもあったな……)
(……あの女の子、バイト辞めたりしないよな?)
ストーカーが爆誕しているような気がしなくもないが、俺はちょっとまたケーキ屋に行くのが楽しみになった。そして部屋の片付けでもするかと言いながら楽しく清掃をした。
「……ん?」
あの女(※もえちゃん)との思い出のアルバムを発見した俺は泣きながらゴミ箱に捨てる作業のあと、冷蔵庫にあった韓国の酒でベロベロになるまでやけ酒をして聖夜に盛大に自宅のトイレでゲボを吐くことになるが、それはまた、別の話。
(完)
エモくないクリスマスと俺と元カノ 糸網ざらめ @umaimaguro
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