第2話

 僕はそういう毎日を繰り返して高校生になった。

もうその頃には肉体の皮膚という皮膚が剥がれて傷ついていた。しかし僕は生きていた。


朝目覚めると枕と自分の顔が癒着しているのにまず気が付く手を枕に添えてゆっくりと引き剥がすベリベリベリベリと音を立てて顔と枕が分離するクリーム色の細かな落屑がぼろぼろと枕に落ちていくのが見えた。


僕は起き上がり階下に降りて食卓へ座るお母さんが豆乳に浸したグラノーラとヨーグルトと皿に盛ったいちじくと桃のを出してくれる僕は卓の前の椅子に座り朝食を恐ろしいと思わないように何も考えないようにつとめて手を合わせスプーンを握った。

考えてはならなかった深く思考してしまえばもう食物を口にできないことが解っていたからだグラノーラをすくって口に運ぶ乾燥して切れた口の端から真っ赤な傷が覗きそこから血が沁み出てくるが僕はそれごとグラノーラを飲み込む。

急いでかきこみ豆乳のみになった皿にスプーンを置いた黄色味がかった豆乳の表面に赤い血のしずくが混ざる僕は続いてヨーグルトといちじくと桃を腹に押し込んで片付ける。

料理の横につけられた白湯をストローで飲み切る「ごちそうさま」挨拶をして僕は再び階段を登り再び自分の部屋に帰り高校へ行くための着替えをはじめた。

僕はもう自分で寝間着を脱げるので自らの手を使い皮膚から布地を剥がしていくベリべリベリベリ落屑と血の混じったものの大量に付着した寝間着を床に投げ捨てて僕は制服に手を伸ばすワイシャツの襟もとは浸出液で黄ばんでいた手で襟を申し訳程度に払いそれを羽織りボタンを留める摘まんだ指先の皮膚の割れ目にプラスチックのボタンが入り込んでかすかに痛んだ。

ブレザーをワイシャツの上から着てスラックスを履き靴下を足にはめてずり上げる机に乗ったカバンを持ち僕は高校に出発した。


登校中足が蒸れて痒くて堪らなくなる痒い痒い痒い僕は歩く友達が「おっす」と言って僕に合流した「おっす」僕も挨拶を返して校門の向こうへ滑り込む教室について自分の席に座る。

先生が教室に入りホームルームが終わって授業が始まるが僕は体中が痒くて集中が出来ない今すぐ制服に手を入れて体中を掻きたい掻きむしりたい思考を落ち着けるために深呼吸する鼻から息を吸って口から吐くすうううと吐息が僕の口から吐き出され唇にぶら下がった皮が小刻みに揺れたその揺れに苛立った僕は唇を噛んで歯で皮をむしり取る。

血の味が口の中に広がって気持ちが悪くなりそうだった黒板が歪んで僕は先生の書くチョークの色を食い入るように見つめる白いチョークの色が黒板に映えて綺麗だなと思ったがその意味は解らなかった。休み時間になってもまだ痒くて顰めっ面をする僕を友達がじっと見つめていた。

ややあって友達は椅子を引きずりながらこちらの方へと近づいてきた。友達の鼻息が僕の頬にかかる。僕はちょっと驚いて身を引く。

友達は躊躇いなく口を開いて「お前さ」と言った。彼の口からは歯磨き粉の良い香りがする。耳の側で彼は囁く。「お前、俺んちの病院に来いよ」は?


「それさ、治せるぞ」


治せる


「治せる。俺の親父が皮膚科医だから。注射と内服と塗り薬やれよ」


治せる


僕は信じられないものを見る目で友達を見つめた。いや無理だろお母さんが医者の出す薬はだめだって言ってたし僕もそうだと思う治る?治るのか?僕は逡巡する思い巡らせて考え込む友達は黙って僕の返事を待っているこめかみに汗が浮いて痒くなったガリガリと頭をかきながら僕はしどろもどろに返事をした「でも」「いいよ」 友達が囁く「最終的に決めるのはお前だから。お前の体だ」


お前の体。


午前中の授業が終わり給食を食べ午後の授業をこなして僕は帰路についた。

「おかえり」お母さんが僕を出迎える学校から帰った僕は洗面所の横の脱衣所で制服を脱ぎ血の付いたワイシャツに弱アルカリ性の蛍光増白剤が混ぜてある石鹸をあてて擦り洗濯機へ放り込む。

風呂場へ入りシャワーを浴びて全身を濡らすさっと沐浴を終えて僕はまた脱衣所に戻りドライヤーで全身を焼きにかかるドライヤーで肌を焼くと痒みが一時的に治まるからだドライヤーのスイッチを入れて僕は自分の肌を炙るあーあーあー気持ちいい気持ちいいそうこうしている内に体が乾いてパリパリになって僕はやっと少し満足してお母さんの用意したクリームを棚からとり全身に塗りこむ。

それから寝間着を着て脱衣所から出るカバンをもって二階にあがり今日出題された課題を机の前に広げる椅子に座ってシャーペンを持ちどうにかこうにか課題に書き込みをし終えた時お母さんに呼ばれる「夕飯よ」僕は立ち上がり階下に向かい用意された夕飯を食べる今晩は豆腐ステーキと野菜スープと全粒のパンだった食事を終えた僕は歯を磨き自分の部屋で寝床についた。


冷たい布団の中に潜り込むとヒヤリとしたシーツの感覚が体を包んでくれるやがて布団は僕の体温でなまぬるくなり僕の体はまた痒みを発しはじめて僕は布団の中で蠢きはじめる頭は疲労し眠気がひたひたと押し寄せて来ているにもかかわらず痒さは僕を眠らせず首といわず腹といわず爪を立てさせる僕は寝ぼけまなこではんば無意識に体を満遍なく掻きはじめる痒い眠い眠い眠い痒い!あああああ僕は寝台から飛び起きて布団を跳ねのけた床に飛び降りて猛然と部屋のドアを開け放ちもの凄い速さで階段を駆け下りて廊下の壁に体を叩きつけるそれでもまだ痒みは収まらずもう一度全身で壁に体をぶつけてもんどりうつお母さんが暗い廊下の向こうから駆けつけて来て鼻血を吹きながら自分から壁に体当たりしていく僕を呆然と見つめた。

僕は頭をガンガンと壁に何度もぶつけるだんだんと僕は生卵のように割れはじめていた何度目か頭をぶつけた時僕の体は真っ二つに裂けたメリメリメリメリ裂けた僕の内側から赤くてやせっぽっちな中身が現れて僕を脱ぎ捨てじろりとねめつけざまにお母さんに向かって飛び掛かったお母さんは悲鳴もあげずに押し倒される僕は

お母さんに

馬乗りになり

その腹に

爪を立てて

服を引きちぎる

白く

膨れた

腹が見えて

僕は

それを

裂き

内臓を

食べた

バリ

 バリ

  グシャ

   グシャ

    バキ

     バキ

      ゴ

       ク

        ン


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