第13話
「――怪我はないか?」
「――」
「おい、聞いているのか」
「当麻様、奥様は怪異に襲われたばかりなんですよ? もっと優しくしましょうよ」
聞こえてきた加地の言葉に、紗月は恐る恐る顔を上げる。深い蒼い目と目が合った。
「あの、私」
「――怪我はないか、と聞いている」
「え?」
「お前はどんな理由であれ、この九条当麻の妻だ。それだけで狙わることもある」
「は、はい!」
当麻の言葉に背筋が伸びる。
店を抜け出して、勝手なことをしたのに心配をしてくれている。怖くて冷たい人だと思っていたけど、本当はそうじゃないのかもしれない。何より、紗月は人に心配をされたことが久々で心がくすぐったくてしかたがない。
「青龍」
「当麻の番を危ない目に合わせてごめんね。紗月ちゃんもごめんね」
「いえ! 私が勝手にお店を抜け出したので」
声がどんどん小さくなっていく。
「でもまさか当麻が来るとは思わなかったなあ」
青龍の呑気な声に「加地が飛ばした式神から連絡が来た時、たまたま近くで妖討伐があったからな。それに俺が間に合わなくても青龍、お前が何とかしていただろうが」
「まあねーー俺、神獣だし」
当麻が鋭い眼差しで青龍を睨みつける。その様子を見ながら紗月はふと、この二人の間には言葉にしなくても通じ合うものがあるのだと感じた。
それに加地の当麻に対する態度を見てもいい関係を築けているんだと、羨ましく、そして眩しく見える。
「おい」
「はい!」
当麻は紗月の顔を確かめるように見てから、声を掛けてきた。
「――」
目が合ったまま、彼は無表情で、口を閉ざしている。居たたまれなくて、視線を地面に落とす。
「お前は……」と言葉が降ってきた。
「はあーーまあいい。加地、この女を屋敷まで頼む」
「わっかりました!」
「青龍、帝都の外れまで行くぞ」
「え? なんで?」
「あ゛ぁ? 結界に決まっているだろうが。最近、妖の動きが活発化しているからな」
「本当、当麻は真面目だなあ。と言うことで紗月ちゃん、また一緒にお出かけしようね」
「おい、行くぞ」
当麻が背中を向けて数歩進んだ所で、歩みを止めた。どうしたんだろう。もしかして本当は自分に言いたことがあるのに、他の人達の目もあって我慢をしているのかもしれない。紗月は止まったままの当麻の背中を見つめた。でも直ぐに彼はそのまま歩き出した。
九条家の門が見えてきたその時、門の前に誰かが立っているのが目に入った。
「あれ、八重さんだ。おーい! 八重さーん」と加地が手を振る。
何かあるんだろうか。門の前に到着すると八重は無表情のまま「おかえりなさいませ」と頭を下げる。
「た、ただいま戻りました」
顔を上げた八重は、しげしげと自分を上から下まで何度も舐めますように見てくる。
そうだった。着物も髪も崩れているし、着物は尻もちを付いて汚してしまった。
「すみません!」
紗月は勢いよく頭を下げる。
「九条家の奥様たるもの、易々と下の者に頭を下げるものではありません。お風呂の
準備はできております」
でももう、口癖みたいなものになってしまっていて、無意識に口にしてしまう。
「奥様、八重さんはこう言ってますけど、奥様を心配しているんです。僕が式神を飛ばしてたら、返事で怪我はないかとか、凄く心配した式神を返してきたんですよ」
まさか八重さんが自分の心配をしてくれていたなんて。紗月の心が火を灯したように温かくなる。
「当たり前です。当麻様の奥様なのですから。さあ、早く屋敷にお入りください」
お飾りでも、当麻の妻という立場には変わりがない。八重は当麻様の妻だから自分に仕えてくれているだけで、私だからじゃやない。それでも紗月は門の前まで出てきて待っていてくれたことが嬉しかった。
「八重さん、ありがとうございます」
「いえ、私の仕事ですから」といつもと変わらない、抑揚のない声で返ってくる。
「奥様。八重さんて、ああ見えて全然怖くないですから。ただ表情が死んでるだけなんです。だから気にしないでください」と隣を歩いていた加地が、小声で教えてくれる。
「わかりました」
きっと加地さんは気を使ってくれている。でも八重との距離は、紗月にとっては心地がいい距離感で気に入っていた。
門をくぐり石畳を進んで玄関に着く少し手前で、藤堂の姿が見えた。
視線を向けると目が合い、紗月は小さく頭を下げる。藤堂は少し驚いた様子で、同じように小さく頭を下げていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
あとがき
どうも作者の秋乃ねこです。
いつも読んでいただきありがとうございます。
こちらの作品はカクヨムコンテスト11参加中です。
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