怪物と歌姫

ゴードンヘシヲ

第1話 さぁ、愛しあいましょう

昔々あるところに、とてつもない大きくて真っ黒な犬いました。


彼の名はリン・ルノワール・バチカル、人類を滅亡させるために星が造り出したの怪物兵器です。


彼には感情や意志がありません、なので星に命じれるがまま、彼はニンゲン達を殺し続けました。


そんなある日、珍しくしくじった彼は、初めてケガによる痛みで悶え苦しみました。


するとそこへ真っ白で透き通るような綺麗な肌と、鈴を転がしたような愛らしい声が聴こえてきました。


「あらあら、どうしたんですか?可哀想に。おいで、私が治して差し上げます」


初めて見る相手に対し、恐怖心と警戒心のあまり唸り声をあげるリン。


しかし彼女はそんなことお構いなしに、彼を優しく抱き上げて歌い始めました。


心地よい歌声と不思議と沸き上がる温かさを感じたリンは、微睡みへと堕ちていき眠ってしまいました。


翌朝彼が目を覚ますと、そこに彼女の姿はもうありませんでした。


彼女のことが気になり辺りを探し回ると、何処から誰かの楽しそうな声が聴こえてきます。


声がする方へ向かうと、そこには世にも美しい景色が広がる庭園でした。


中の様子を伺うと複数の子供達が、母親に甘えている光景をリンは初めて目の当たりにしました。


「もしかしたら、彼女も此処にいるかもしれない」


そこへ入ろうと試みて近づくものの、怪物と認識されたせいか結界に邪魔されリンは入ることすら不可能です。


そこで彼は、自身の溢れ出る膨大な魔力を、魔法で封印することにしました。


魔法を使って自身の魔力の全て封印すると、彼の姿がみるみる天使のような姿へと変わっていきました。


そこで彼が再び結界に近づき挑戦してみると、あっさりと中に入ることができたのです。


上手くいったと思いリンはしばらく、庭園内を散策することにしました。


するとそれに気がついた彼らが、天使に扮したリンの方へと近づいてきました。


「あ、仲間がいるよッ!!」


「おいで、一緒に遊ぼうよッ!!」


「此処はいいところだから、きっと君も気に入ると思うよッ!!」


「あ、うん」


「ところで君、名前は?」


彼らに名前を訊かれた途端、さすがのリンも焦りました。


彼らに自分がリンだと名乗ってしまったら、自分の正体が怪物兵器だと化け物だとみんなにバレてしまうから。


リンが困ったような笑顔でやり過ごそうとしていたその時、不意に後ろから冷たくも重く低い声が聴こえてきました。


「コイツの名はウリエラ、俺の兄だ」


「はぁ?悪魔は黙ってなよッ!!」


「何でオマエがいるんだよッ!!早く立ち去れッ!!」


「え?何でみんな、彼をイジメるの?」


「コイツが悪魔だからだよッ!!」


「悪魔?」


「悪魔はいつか俺達を、食べたり殺しにくるから危険な化け物なんだッ!!」


それを聞いた途端、リンはあることを思いつきました。


(悪魔だと?それは都合がいいッ!!コイツを煽り騙して、みんなを始末させようじゃねぇかッ!!)


「僕はウリエラ、天使だよ。君の名前は?」


「天使?オマエスゲーな。俺はアモン、見ての通り悪魔だ」


悪魔は天使にとって倒すべき敵であり、リンのことを『あの方が遣わせた使徒』だと勘違いした兄弟達は彼を応援しました。


ところがリンはあろうことか、アモンに対し笑顔で手を差しのべ自ら握手しようと試みました。


「じゃあ、今から僕と君は……兄弟だよ」


「なッ!?何言ってんだ兄さんッ!?」


「やめた方がいいよッ!!危ないってッ!!」


「いいのか?後で後悔しても知らねぇぞ?」


「もちろんだよ、よろしくねッ!!アモン」


こうしてリンはアモンと仲良くし、さきほど思いついたばかりの計画を実行するために関係を築くことにしました。


その後リンは悪魔のアモンと個人的な付き合いを重ね続け、どの兄弟や仲間達よりもアモンを優先するようになっていきました。


そんなリンの言動に呆れ返った兄弟達は、リンがアモンに殺されたり食べられないようにするべく彼を監視し続けました。




あれから千年以上経ったある日、リンはいつものように菓子パンと焼き菓子を作ってからアモンの部屋に持っていくことにしました。


「お待たせアモンッ!!今日はマフィンをつく……ッ!?」


アモンの部屋に入った途端、リンは状況をすぐ理解しました。


実はアモンが呪いに手を出してしまったせいで、罰として彼は記憶喪失になってしまったのです。


「どうしてそんなモノにすがってしまったの?そんなに僕のこと、信用できないの?」


呪いは魔法と違って魔力がなくとも使えるが、その反面払うべき代償はだいたい理不尽系が多い。


更に厄介なことに呪いを解く方法は、だいたい愛の力が多いということ。


「このままだと、君らしさが全部消されてしまう。そんなの嫌だッ!!オイ、呪い。貴様ごときが俺のモノを汚すなど……万死に値するッ!!」


そう言いながらリンは左目に着けている眼帯をゆっくり上とずらしていく。


段々露になってきたあやしく光る虹色の瞳から今まで封印し続けていた魔力が溢れ出し、それを一気に浴びた途端リンの姿が変わっていく。


美しい天使の姿はあっさりと崩れ去り、そこに残ったのは醜い化け物として知られる大きな黒い犬だけだった。


「貴様の名は何だッ!!早く名乗れッ!!」


「……アワリ、ティア……」


「ならばアワリティア。俺の為に生き、俺の為に尽くせッ!!いいな?」


「はッ!!承知しました、主様」


呪いに全てを奪われるくらいなら、いっそアモンを上書きしてしまえば呪いが弱まる可能性がある。


ならついでに、アモンの全てを俺のモノにしてしまえばいいッ!!


こうしてリンは“天使を演じること”をやめ、殺戮兵器としての自分を取り戻すことにした。


だがリンの正体を知った兄弟達は、混乱し焦燥し恐怖し段々と不安になったせいか彼を否定し始めた。


「嘘でしょッ!?そんな……まさか」


「冗談キツイ、笑えねぇよ」


「夢なら醒めてくれッ!!頼むからッ!!」


「さっきから何が言いてぇんだ?ハッキリ言いやがれッ!!」


「化け物……悪魔より危険な、化け物だったなんて」


兄弟達がリンにとっての禁句である「化け物」を口にした次の瞬間、彼は物凄い速さで兄弟達を惨殺しました。


あまりに呆気なく終わってしまい、物足りないリンは彼らの亡骸を踏みつけながら笑いだした。


「弱い弱い弱いッ!!弱すぎるぞッ!!その程度で俺の兄弟?仲間?家族?どうでもいいわッ!!話になんねぇよッ!!つまらねぇなッ!!これだから弱者はッ!!」


突如として起きたあまりにも凄惨な現状に、母は泣き叫び怒り狂いました。


「もう生かしてはおけないッ!!今から貴方を殺しますッ!!」


「ああ、まだアンタが残ってたわ。もっと俺を楽しませろッ!!」


母とリンが殺しあっている一方で、アワリティアは煉獄で拘束されているアモンを迎えに行き彼の呪いを弱める歌を歌い始めました。


すると目覚めたアモンが自身の意志と想いの力で残った呪いをぶっ壊し、彼は奪われたはずの記憶を全て取り戻した。


みんなの所へ帰っきたアモンは、凄惨な現状を目の当たりにし絶句する。


そしてアモンはリンに向かって聞こえるよう大声で叫びました。


「この……嘘つきッ!!」


「何でッ!?何でオマエが、ここにいるッ!?」


「嘘でしょッ!?“まさかあの呪い”を打ち破ったというのかッ!?」


1%の奇跡でも起きない限り、アモンは一生元に戻らない……はずだった。


アモンはその確率が低い1%の奇跡を、なんと引き当てたのだッ!!


「俺にとって愛すべき家族はオマエしかいないんだよッ!!何で分かんねぇだよッ!?このバカ兄貴ッ!!」


「どうして、こんなことになったのに……俺のことを、まだ兄だと呼んでくれるんだ?分からない、普通って何なの?俺も……オマエと一緒に生きていたかったッ!!」


アモンの言葉を聴いた途端、その場で泣き崩れるリン。


するとアモンはリンを優しく抱きしめ、彼を宥めながら歌い始めました。


「この歌声は……まさか、オマエはッ!!」


「お久しぶりです、アナタ。よかった、また逢えましたね」


「どうしてッ!?オマエ、悪魔じゃなかったのかッ!?」


「私は悪魔ではありません。アナタと同じく、私も嘘をついていたんです」


「そんな、そんなことって……」


「ありがとう、私を受け入れてくれて。ありがとう、私を愛してくれて」


「俺の方こそ……えっと、ありがとう。こんな俺を愛してくれて」


こうして再会を果たし、和解することができたリン。


彼女が兄弟達を生き返らせたことにより、事態は収束へと向かっていくのであった。

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