第6話

 ロックと言うかパンクな服装が多い店長にしては可愛らしい、耳まですっぽり覆う帽子を店長が被っていた。山高帽のような背の高い、ふわふわした素材の独特な形状の帽子だ。それを指摘されると店長はあからさまに顔を赤らめた。


「やっぱり気になるか?」

「そりゃ普段被ってませんし……あっ」


 店長は顔を赤らめたまま私を睨む。


「なんだよ」

「いや、なんでもないです。それにしても、あの日は何があったんですか?」


 私は話題を逸らしたつもりだったが、店長は帽子を更に深く被ってしまった。話題回避に失敗したようだ。

 そのままの格好で、店長はうめくように言う。


「いいか、笑うなよ」


 恐る恐るといった様子で店長が帽子を取るが、私が想定したような、つまりハゲ頭などでは無かった。ただ、代わりに店長の頭には「く」の字に曲がった立派な角が生えていたのだ。

 私が絶句していると店長はすぐにまた帽子を被ってしまう。


「ええと、とりあえず店長に一杯」

「ありがとよ」


 店長がすりきり一杯の酒をあおってから語るには、彼女の星の人は怪我をすると傷口に硬い突起物が生えてくるらしい。かさぶたのようでいて、一生モノな点が大きく違う。骨と癒着していて、完全に切り離すには外科手術が必要なんだそうだ。


「俺は一番槍が好きなんだけどさ。角が生えるような怪我を食らうのは恥なんだよ。未熟の証だからさ」

「ううむ、戦闘民族なんですね」

「切り落とすヤツも居るんだが、変わっちまった肌は戻らないからな。それに、却ってそっちのほうがみっともない気もするし」


 店長は手酌でもう一杯、例の酒をあおる。酔った勢いなのか、せっかくだからと、店長は手元の端末を操作した。途端に、画面に映った店長の姿が変化する。どうやらそれまではエフェクターで映像に補正を掛けていたらしい。

 補正が外れた店長の頭には、様々な形の角が生えていた。頭を埋め尽くすような角に対して、身体に角が無いのはたぶん防具を付けているからなんだろう。しかし頭の角はすべて前方にだけついていて、つまり店長が言葉の通り一番槍を務めて負った傷だということを示している。今回は急だったので新しい角に対応する補正が用意できなかったようだ。

 どうも話を聞いている限り、店長の星における角というのは、私が当初想定していたハゲ頭と同等の恥ずかしさらしい。しかし、なんというか、これは文化の違いだと私は思う。


「ねえ、店長。話の種にその角、残しておきませんか」

「は?」


 店長は赤くした顔のまま私を鋭く睨む。


「映像補正で、逆に角を生やす程度には、こっちでは角が生えた人が受け入れられているんですよ。主にサブカルチャーが原因ですけど。それで、本当に角が生えている女子が現れたら、それはそれで人気になると思いませんか? 少なくとも私は人気が出ると思います」


 急に早口になった私に店長は気圧されていたが、それから続いて訪れた常連客にも事情を話すと、最終的に店長は覚悟を決めたようだった。


 それからしばらくして、店長は最近生えた角の他に、もう二本の角の補正を外して店に出ていた。実在する動物のような一本角でも二本角でもない、三本の角を生やす店長に、割とコアな層から店長は人気を得たようだ。

 しだいに店長の店は常に席が埋まるようになり、やがて表通りに自分の店を移した。私は必ずしも店に入れるわけでは無くなったが、たまに店を訪れて店長の心からの笑顔を見るだけで満足だ。

 店長が元々いた路地にも変化が訪れていた。他の店の主たちも自分たちの特徴を隠さなくなっていたのだ。ある者は腕に見せていた触手を現し、ある者は多腕を隠さなくなった。そしてそういう、特殊な外見を持つ店長を目当てにした客たちが集まるようになっていった。

 やがて、あの路地は「星外横丁」と愛称が付けられる。特殊な外見を持つ店長たちが、その特徴を隠すことなく、むしろ話の種にする。補正で後付けしたわけではない、本物の人々を相手に酒を飲めると噂が広がり、特殊な嗜好を持つ客たちの人気を博していくのだった。

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星外横丁の今と昔 青王我 @seiouga

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