哀悦花

ファシャープ

第1話

15時32分頃だろうか。


寒さと暖かさの境目が限りなく曖昧になるこの時間を、俗にゴールデンアワーなんて呼ぶのだろう。


薄明るい太陽に照らされた私の影は、いつもより薄く感じられた。


駅のホームから映る、私の視線の先には、あのなんともいえぬ黄金色のような光がビルたちを照らす。


覚えていない。


ホームの案内放送、人々の話し声、硬い革靴の足音。


なぜだかその日は、郷愁的な風に乗った私の鼻歌だけが頭の中で響いていた。


疲れた瞼をそのまま落とし、鞄をいつもよりぎゅっと握り込む。


・・・15時35分、電車が到着した。


風が、するりと切りたての髪の毛をなぞったと思えば、早く乗れと言わんばかりにせき立てられたように感じた。


・・・揺れる電車はまるでゆりかごのようで、重くなった瞼をさらに重くした。


15時38分、一人の男が電車に乗り込んできた。

その男は私の3歩前に立って、重そうな鞄をそっと足元に置く。


疲れたようなそぶりを見せる男は、長いまつ毛に絡まる光を讃えながらゆっくりとドアにもたれた。


その男の唇は乾燥し切っており、何度も舌で舐めては、ビニールのようになったそれからは血が滲み出ていた。




その時だった。





ゆっくりと重たそうな首をあげたと思えば、

何かを眺めていた。


刹那、車内が真っ赤に染まる。


男の唇から滲んだ血がわからなくなるほどだった。


赤く染まった車内で、無意識にもその男の目に気が向く。


男は夕陽を見ていた。


その目は確かに、15時40分のあの真っ赤に輝く太陽を、見ていた。



目に一杯の水が溜まったと思えば、それは真っ赤な色をすっと吸収し、大きな太陽となり頬を伝った。





車内に差し込む光は、やがて朱となり、桃となる。


男の影は、やがて薄暗い紫の闇の中に溶けていった。 



あの太陽だけが、闇の中で輝いていた。

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哀悦花 ファシャープ @Fasharp2

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