【短編小説】わがままな娘

遠藤良二

【短編小説】わがままな娘

 僕には好きな女性がいる。名前は大田おおたあいといい、二十五歳。でも、親友と思っている男性は、あいさんのことが好きだと言っていた。


 僕の名前は石田結田いしだゆいたといい、二十四歳。あいさんよりひとつ年下。なぜ、僕があいさんを好きかというと、色っぽいし、可愛い顔をしているから。でも、あいさんは僕のことをどう思っているだろう。


 親友だと思っている男性は、肘川敏郎ひじかわとしろうという。僕と同い年。


 何で僕と同じ人を好きになるんだ。敏郎には嫌われたくないし、でも僕もあいさんのことが好きだし。困ったな。


 恋と友情、どちらの方が大切なのかわからない。敏郎を裏切ってあいさんと仲良くするのはいかがなものだろう。僕としては、あいさんと敏郎の両方と仲良くしていきたい。けれど、それは都合良過ぎかな。


 でも、僕があいさんのことが好きなことは、敏郎は知らない。この前、彼から打ち明けられた。あいさんのことが好きなんだということを。


僕と敏郎とあいさんは、同じ職場。町内のスーパーマーケットに務めている。


 僕は、デイリーという部門に配属されており、パン・冷凍食品・アイス・乳製品などを販売している。


 敏郎はグロッサリーという部門にいて、お菓子・調味料・缶詰・ジュース・お酒類などを販売している。


 あいさんは、惣菜という部門に配属されていて、天ぷら、お寿司、唐揚げなどを販売している。


 僕の提案で今度、三人でカラオケに行かないかという話しを持ち掛けた。あいさんも、敏郎も快諾してくれたので楽しみだ。まだ、日程は決まってないけれど、近いうちに行きたい、という話しはしてある。


 僕の方で仮の日程を組もうかな。バックルームにそれぞれのシフトを書いた紙が貼ってある。今日は水曜日で次の僕の休みは金曜日。あいさんと敏郎のシフトも訊いてみよう。


 まず、敏郎から。彼の次の休みは木曜日のようだ。あいさんの次の休みは金曜日らしい。敏郎だけずれている。シフト変更できるだろうか。彼に訊いてみると、当たり前だが主任に訊かないとわからないらしい。訊いてみてくれないか、と伝えるとOKだったようでこれで三人とも金曜日が休みになった。


 さて、あとは時間帯だ。せっかくの休みだから有意義に使いたいので、午前十時くらいから夜まで遊びたい。何をして遊ぼうかな。時間はたくさんある。遊ぶ内容を帰宅したら考えてみよう。


                  *


 せっかく遊ぶんだから、三人で考えようと思い、まず敏郎にLINEを送った。

<おつかれ! 金曜日の話しだけど、せっかく遊ぶんだから何して遊ぶか三人で考えないか?>

 続いて、あいさんにもLINEを送った。

<お疲れ様。金曜日のことだけどせっかく遊ぶんだから三人で考えない?>


 最初にLINEを送ってくれたのはあいさんだ。さすが、女性。気付くのが早い。

<おつかれさま。うん、いいよ。どこで考えるの?>

<僕の家はどう? 実家だけど>

<あ、うん。実家ね。いいよ。今日? 敏郎くんも来るんでしょ?>

 あいさんが質問してくれた。普段はあまり質問してくれないけれど。

<うん、今日だけどまだ、LINE返ってきてない。だけど来ると思うよ>

<そう、じゃあ、用意して行くね。実家って前に通り過ぎて教えてくれた家?>

<うん、そうだよ。覚えていてくれたんだねえ>

<まあ、それくらいはね。じゃあ、のちほど>

 あいさんは笑いながら言ったので、僕は嬉しかった。 とりあえずあいさんとのLINEのやりとりは終わった。


 あとは、敏郎の返事待ちだ。 なかなか彼からLINEがこない。一時間待ってもこないので電話をかけた。

『もしもし、結田? どうしたんだよ、電話してきて』

 そう言われてとぼけているのかと思ったので、頭にきた。なので、

「僕、敏郎にLINE送ったんだけど」

 すると、彼は驚いたように、

『え? マジで? 最近、LINE調子悪くて。着信音が鳴らない時があるんだわ』

「何だ、それなら早く修理なり、機種変するなりしてくれよ! こっちは一時間くらい待ってたんだぞ!」

 僕は強い口調で言ったからか、

『そうだったのか、すまん。で要件はなんだ?』

 敏郎は謝ってくれたから許すことにした。

「今から来れるか? あいさんとは連絡とれて、もう少ししたら僕の家に来る約束をしたんだ」

『そうだったのか! それなら俺も行くよ!』

「そうか、わかった。待ってるわ」

 僕は電話を切ってから笑ってしまった。あいさんが来ると言ったらすぐに来ると反応して。まあ、好きな女性と会えるチャンスだからそんなものだろう。ましてや、僕の家に来るのだから焦りもあるかもしれない。


                   *


 それから十五分くらい経過してから僕のスマホが鳴った。画面を見てみるとあいさんからのLINE通話だ。密かに嬉しかった。

「もしもし」

 僕は電話にすぐに出た。

『結田くん? 着いたよ。車はどこに停めればいいの?』

「ブロック塀沿いに停めて大丈夫だと思う」

『わかった』


 僕はあいさんを出迎えに外に行った。

「こんにちは! あいさん」

「ああ、来てくれたんだね。ありがとう!」

 彼女は嬉しそうだ。

「いえいえ、初めて来てくれたからね」

 すると、あいさんは、

「結田くん、優しいね」

 そう言われ、嬉しくなり、

「あ、ありがとう」

 どもってしまった、格好悪い。やはり、好きな人の前では緊張してしまう。この気持ちを彼女に言えたらどんなに楽だろう。さすがにまだ、言えない。あいさんの気持ちもあるし。


 僕は彼女を家の中に促した。

「さあ、入っていいよ」

「ありがとね!」「いやいや、なんもだよ」

 あいさんは笑みを浮かべている。


 僕は、先に歩き後から彼女がついて来てくれた。

「敏郎来るって。LINEの調子が悪くて着信音鳴らなかったらしい」

「そうなんだ、なるほどね」

「うん。あいさんも来るって言ったら、速攻来るって言ってたわ」

 そう言ったら彼女は笑っていた。

「あたし、敏郎くんに好かれてるのかな」

 あいさんは、フフッと笑い、僕は、

「そうかもしれないね。わからないけど」

 僕は苦笑いを浮かべながら言った。

「用意してから来るだろうから、もう少し来るまでかかるかな」

 内心、それまで部屋で二人っきりだ、と思いワクワクした。緊張もしてるけれど。


 二階の僕の部屋に入ってもらい、

「ちょっと待ってて」

 と言い、キッチンにある冷蔵庫からお茶を三本持って部屋に戻った。

「これ、飲んでいいよ」

 あいさんに一本渡した。

「ありがとう」

 と言いながらお茶を見ていた。どうしたのだろう。僕は彼女に言った。

「いや、亡くなったおばあちゃんがお茶好きだったなと思ってね」

「ああ、そうなんだ。お茶、飲める?」

 訊いてみると、

「うん、それは大丈夫。気遣わせてごめんね」

 謝るので、

「いやいや、それこそ大丈夫だよ」

 と言った。


                  *


「さて、金曜日何しよう」

 僕がそう言うと、

「そうねえ、お昼ご飯と晩御飯を三人で食べる?」

 あいさんはそう言った。

「そうだね、そうしよう。あとは、カラオケに行く?」

 今度は僕が提案した。

「うんうん、それもアリだね」

「お酒も呑めればいいんだけど、あいさんと、敏郎は帰り、車だから呑めないしねえ」

 その時だ、僕のスマホが鳴った。見てみると、敏郎から電話がきた。

「もしもし、敏郎?」

『ああ、着いた。この黒い軽自動車はあいさんの?』

「そうだ。その後ろに停めていいぞ」

『わかった』


 電話を切った後、

「敏郎来たから、玄関に行ってくる。あいさんはここで待ってて?」

「うん、わかったよ」

 僕が玄関で待っていると家のチャイムが鳴った。僕は、

「はい」

 と返事をした。すると、ドアが開いた。

「オッス!」

 僕は声をかけると、

「おお、結田か。家族の誰かかなと思ったよ」

「まあ、上がれよ。あいさんはもう来てて、僕の部屋にいるよ」

「そうなのか」

 言いながら僕の後をついて二階に上がった。


 僕は部屋のドアを開けると、あいさんは身体をよじってこちらを見た。

「敏郎くん、こんにちは!」

 あいさんは元気に挨拶した。

「あいさん、先に来ていたんだね。こんにちは!」

 僕は言った。

「敏郎が来る前に少しあいさんと二人で考えていたんだ」

「そうなのか、じゃあ、もうおしまいか?」

 彼の顔から笑みが消えた。

「いや、まだおしまいじゃない。お昼ご飯と夕ご飯を三人で食べるのと、カラオケに行く、までしか考えていない。敏郎も一緒に考えてくれ」

「うーん、そうだな。酒を呑むわけにいかないしな呑みたいけど」

「そうだな、最近は警察も厳しくなってるみたいだからな」

 そこにあいさんが発言した。

「漫画喫茶はどう?」

 敏郎は言った。

「お! それは名案だわ。行こう。結田もいいだろ?」

 僕は笑みを浮かべながら、

「ああ、いいよ」

 と答えた。

「あとは何があるかな」

 僕がそう言うと、

「ボーリングに行く?」

 またもやあいさんの発言。よく案が浮かぶなあと僕は思った。

「とりあえず、これくらいでいいだろう。時間が余ったらその時考えるか」

「そうだな」 僕は言った。

「金曜日は二人とも十時に僕の家に来てくれ。今回みたいに。それで、僕の車にみんな乗って行こう」

 あいさんは大きく頷き、敏郎は言った。

「よし、そうしよう!」

「今日はこれで解散にするか」

 あいさんは、

「そうね。じゃあ、わたしはスーパーマーケットに寄って帰るよ」

 敏郎は、

「俺はまっすぐ帰るわ」

 そして、僕は、

「じゃあ、そういうことで。金曜日が楽しみだな」


                  *


 僕は、母に伝えた。

「金曜日は休みだけど、朝十時にここに集まって遊びに行くから、昼も夜も僕の分のおかずいらないから」

「あら、そうなの。珍しいじゃない」


 母は、割と背が高い。百六十センチは超えていると思う。白いTシャツにグレーのロングスカートを履いていて、その上から黄色いエプロンを身につけている。年齢はいくつだっただろう。まだ、四十代かな。はっきり覚えていない。


 今日は僕、あいさん、敏郎、三人とも仕事だ。あいさんを見ると具合い悪そうな表情で顔色も悪い。どうしたのだろう。通りすがりに訊いてみた。

「お疲れ様です」

「ああ、お疲れ」

 彼女にはいつもの笑みはなかった。

「あいさん、もしかして具合い悪いの?」

「え? 何で?」

「顔色も悪いし、怠そうだから」

 あいさんは、

「さすが結田くん。鋭いね。ちょっと、風邪ひいちゃってね。昨日の夜中、病院に行って高熱だったから点滴うってもらったの」

「あら、そうなんだ。今も熱あるの?」

「いや、今はないと思う」

「そうか、ならいいけど金曜日遊べそう? 無理しなくていいよ?」

「うん、ありがとう。来週なら大丈夫だと思う」

 もう一度、シフトの見直しだな、と思った。なので、あいさんに訊いた。

「あいさんの来週の休みっていつ?」

「ちょっと待ってね、見て来るから」

 彼女は売り場からバックルームに戻り、シフトを見に行った。部門が違うから、一緒に行動はしない。上司に見られたら声を掛けられそうだから。


 でも、僕もバックルームであいさんと離れたところにいれば大丈夫だろう。僕は、仕事をしている振りをした。 そして、すぐに彼女は来た。

「ごめんね、待たせて」

「いや、そんなに待ってないよ。で、いつ休み?」

「来週はね、火曜日と木曜日だわ」

「そうなんだ。僕もシフト見て来るね」


 僕はシフト表を見て、休みがいつなのか確認した。あいさんのもとへ行き、伝えた。

「僕は火曜日と金曜日だわ」

 彼女は言った。

「そっか、火曜日が同じね。敏郎くんにも訊かなきゃね」

「そうだね、訊いておくよ。あいさん、あまり持ち場を離れると注意されるしょ?」 彼女は笑っていた。そして、頷きながら言った。

「そうね、デイリーとかグロッサリーならいいけど、惣菜は室内に入るからあまり不在にすると、どこに行ってたの、て訊かれちゃうから。ごめんね」

 僕は首を左右に振り、

「いやいや、仕方ないよ。仕事中だし」

「じゃあ、敏郎くんのシフト訊いたら教えて?」

「わかった」

 こうして僕とあいさんは仕事に戻った。


 僕の勤務時間は午前八時三十分から午後三時三十分までの六時間。基本的に残業はない。繁忙期には一時間くらいの残業は許されている。事前に上司から言われる。今日、時間までに終わらなかったら、一時間残業していいから、と。でも、サービス残業はしたら駄目。当たり前の話しだが。


                  *


 仕事を終えて、僕は敏郎にLINEを送った。

<お疲れ。実はさ、金曜日あいさんが風邪ひいたみたいで三人で遊べなくなった。だから、来週なら遊べるって言ってたから敏郎のシフトどうなってる?>

 彼からのLINEは少ししてからきた。

<おつかれ。そうなんだ。あいさん、大丈夫なのか? 来週は火曜日と金曜日が休みだ>

 僕は彼のLINEを読んで火曜日が三人とも共通の休みだと思い、まずは、あいさんにLINEを送った。

<敏郎から来週のシフト教えてもらったよ。火曜日と金曜日が休みらしい。火曜日にする?>

 彼女からは一時間くらい経過してからLINEがきた。

<お疲れ様。シャワー浴びてた。夏だから汗だくになって仕事したからね。火曜日にしようか。午前十時に結田くんの家に集まる? それから遊ぶ?>

 なるほど、そういうことか。汗だくなら気持ち悪いのはわかる。僕もLINEが終わったらシャワー浴びてくる。

<そうしよう、十時に僕の家に集合でいいよ。それも敏郎に言うわ>

<わかった。決まったらLINEちょうだい?>

<了解!>


 僕は再度、敏郎にLINEを送った。

<あいさんは、大丈夫みたいだよ。火曜日の十時に僕の家に集合だ。それから遊ぼう。この話は、あいさんにもしてあるから>

 彼からはすぐにLINEがきた。まるで、待っていたかのようだ。

<そうか、わかった。んじゃ、また>

 あいさんに決まったらLINE欲しいと言われていたので送った。

<今、敏郎からLINEきた。内容は、火曜日の十時に集まってそれから遊ぶと話したよ>

<そう。わかった。お疲れ様>

 これで、新たな日程を組んだ。楽しみだ。


 僕はシャワーを浴びようと準備しているとLINEがきた。誰からだろう。見てみると、元カノからだった。マジか! と僕は驚いた。名前は貝沢満子かいざわみつこという。確か二年くらいに別れてLINEをブロックするのを忘れていた。今更なんの用だろうと思いLINEを開いた。

<こんにちは。久しぶり。もしかしたら、わたしのLINEはブロックされてるかな> 気になるのでLINEを送った。

<ブロックするの忘れてた。何だよ、今更。何の用だ?>

 僕は満子にフラれたのだ。彼女の浮気で。他に好きな人ができたから別れて、と言われて別れた。そう言われて僕は腹がたったが、満子のことは好きだった。今ではほとんど彼女のことは考えなくなったけど。

<実はわたし、彼氏にフラれてさあ……。心の傷を癒してもらおうと思って結田にLINEしたの>

<そんなの知るかよ。お前の都合で僕は動かないぞ>

 満子は、

<結田、冷たいね。いつからそうなったの>

<僕を裏切ったやつの味方になんかにならない>

<あっそうですか! ムカつく>

<ムカつくのは僕のほうだ>

 それ以来、元カノからLINEはこなかった。いい塩梅だ。


                  *


 僕の母に、

「金曜日、やっぱ、ご飯食べるわ。その代わり、来週の火曜日はご飯いらないわ」「よく、コロコロと変わるね。まあ、いいけどさ」

 いいなら、いいじゃないか、と思ったけれどそれは言わなかった。生意気かなと思ったから。


 日付は火曜日になった。一応、あいさんと敏郎にLINEを送った。まずは、あいさんから。

<おはよう! 今日、遊べるよね?>

 それから、敏郎に送った。

<オッス! 今日遊べるんだろ? 確認だけど>


 時刻は午前七時三十分頃。まずは、二人のLINEを待った。すると、敏郎からLINEがきた。

<オスッ! ああ、遊べるぞ。あいさんはどうなんだ?>

<あいさんからは、まだLINEがきてない>

<そうなのか、まさか、またドタキャンじゃないだろうな>

 僕は、

<うーん、多分大丈夫だと思うけどな>

 敏郎は、

<これでまた、日程変えるようなら俺はもう遊ばないわ>

 そんなことを言う敏郎を見かねて、

<おいおい、そんなこと言うなよ。体調不良は仕方ないよ>

<いや、俺は我慢できん>

 僕は、

<何だ、心の狭い奴だな>

 と送ると、二通、LINEがきた。お! と思い見てみた。敏郎とあいさんからだ。先に、あいさんのLINEから見た。

<今日は大丈夫よ(笑)>

<わかった> 

 と短文を送った。次に敏郎のLINEを見た。

<そんなことないぞ。次、日程変更したら二回目だぞ。よく、結田は我慢できるな。俺には無理だ>

 彼からのそのLINEを払拭するかのように僕は敏郎にLINEを送った。

<今、あいさんからLINEがきたぞ。今日は大丈夫らしい>

 少ししてから彼からのLINEがきた。

<お! そうなのか。それならいいが>

 僕は二人にLINEを送った。

<じゃあ、十時に待ってるから>

 あいさんは、<はーい!>

 とLINEがきた。敏郎は気付いていないのか、LINEはこなかった。まあ、いい。


                    *


 僕はまず、シャワーを浴びるためにバスタオルと下着を自分の部屋から持って脱衣所に向かった。そこでパジャマを脱ぎ、浴室に入り、身体を洗い、洗髪、洗顔をしてからシャワーでボディーソープとシャンプーと洗顔フォームの泡を洗い流した。 その後、脱衣所に移動し、バスタオルで身体を拭いた。下着の格好で二階にある自分の部屋に向かった。

 母の仕事は今日休みらしく、家にいる。

「あんた、何ていう格好してるの!」

「え、いいだろ別に。全裸じゃないんだから」

 母は驚いた様子で、

「当たり前じゃない」

「すぐに部屋に戻るから」

 僕がそう言うと母は、

「そうしてちょうだい」

 何だか冷たい言い方。


 そして、午前十時前にあいさんが来た。早い。その後、敏郎が来た。この前停めてもらったように、ブロック塀に二台縦に並べて停めた。


 二人ほぼ同時に着いたから、家のチャイムを鳴らしたのは敏郎だった。僕は二階の自分の部屋からバッグを持って急いで階下に降りた。玄関のドアを開けてやると敏郎がいた。その後ろにあいさんがいた。

「よう!」

 敏郎が元気に挨拶した。

「おはよう!」

 あいさんも同様に。僕は二人に、

「おはよう! すぐに行くか?」

 と言った。敏郎は、

「すまない、ちょっとトイレ貸してくれないか」

 僕は笑いながら、

「ああ、いいぞ。場所わかるだろ? 僕とあいさんは車にいるから」

「わかった。行こう、あいさん」

 そう言って彼をおいて僕とあいさんは外に出て、車に乗った。運転席は僕が乗り、あいさんは後部座席に乗った。僕はエンジンをかけ、車内は暑いのでクーラーをまわした。


 僕はあいさんに、

「暑いね」

 と声を掛けると、

「うん、めっちゃ暑い。熱中症にならないか少し心配」

 僕は彼女の意見に同意して、

「確かに」

 そう言った。


 すぐに敏郎は出て来た。彼は助手席に乗りながら、

「お待たせ」

 と言った。僕は、

「大して待ってないから大丈夫だ」

 あいさんも、

「あたしも結田くんと同じだよ。大丈夫」

「二人とも優しいな」

 僕は、

「そうか? 普通だぞ」

 あいさんも、

「うん、普通普通」

 と言った。敏郎は、

「そうか、ありがとな」

 それから車を発車させた。


                  *


 時刻は午前十時半前。

「カラオケボックスに来たけど、いいよな?」

 敏郎は、

「ああ、いいぞ」

 あいさんは、

「うん、OKだよ」

 というわけで駐車場に停めた車から僕たちは降りた。


 二時間くらい歌った。ジュースとフライドポテトを注文して、飲んだり、食べたりしていた。店員から電話がきて、僕がでた。

「はい」

 店員は、

『お時間、十分前ですが延長されますか?』

 そう言われたので、二人に訊いてみた。

「延長するか?」

 敏郎は、

「いや、いいんじゃないか」

 と言い、あいさんも、

「うん、あたしもいいよ」

 僕は店員に、

「帰ります」

 と伝えた。


 僕は、伝票を持ち部屋を出た。敏郎とあいさんも出た。歩きながら、

「久しぶりにカラオケ歌ったわ」

 僕がそう言うと、あいさんは、

「あたしはこの前、友達と行って来た」

「そうなんだ」

 と僕は言った。敏郎は、

「俺も久しぶりだわ」


 会計を終わらせ、店を出て車に戻った。僕は、

「さて、次はどこにいこうか」

 敏郎は腕時計を見た。すると、こう言った。

「もう十二時過ぎたな。腹も減ってきたし昼飯食いに行かないか」

 あいさんは、

「時間経つの早いねえ。何食べよう? あたしはラーメンが食べたいな」

 僕は彼女の意見に反応して、

「お! ラーメンいいね! 敏郎はどうだ?」

「ああ、ラーメンいいな。食いに行くか」

 僕は、

「よし! 三人の意見が揃ったから、ラーメン食いに行こう。僕がたまに行くところでもいいか?」

 二人に質問した。敏郎は、

「任せるよ」

 あいさんは、

「あたしも任せる」

 僕は、

「国道沿いの店に行くわ。旨いから期待しててくれ」

 あいさんは、

「わかった、期待してるね」

 敏郎は、

「結田にしてはずいぶん自信あるんだな」

 そう言われて僕は、

「ラーメン屋は町外のも食べてるから。いずれは、北海道のラーメン屋を全店まわりたいと思ってる」

 敏郎は言った。

「凄い意気込みだな」

 僕は言った。

「そりゃそうだよ! だってラーメンだよ? 最高だろ」

「まあな」

 あいさんは言った。

「とりあえず、出発しよう? お腹空いちゃった」

「そうだね。答弁に熱くなってたな」

 僕がそう言うと敏郎は笑っていた。


                   *


 少し走り、目的地のラーメン屋に着いた。建物はまだ新しい。この前出来たばかりだから。赤い壁で駐車場は十台くらい停められるスペースがある。

 既に、お客さんの車だろう、三台停まっていた。僕の車で四台目。店に一番近いところに駐車した。


 こんな暑い日にラーメンか、と思ったが暑い時に熱いものを食べるのは良いことだ、と聞いたことがある。でも、汗だくになりそう。それで汗臭くなったら嫌だな。そんなことを僕は考えていた。


 僕はすでに何ていうラーメンを食べるか決めている。店内に入る時、レディーファーストであいさんを先に入ってもらった。その後に僕が入り、最後に敏郎が入った。


 店内から、

「いらっしゃいませー!」

 と厨房にいる三人の男性が大きな声で叫んだ。それと、メニューを訊きに行く二人の女性店員も大きな声で、

「いらっしゃいませ!」

 と言った。


 入口に三人で待っていると、茶髪の小柄な若い女性店員が近づいて来た。

「いらっしゃいせ!」

 と声を掛けてくれ、

「三名様ですか?」

 そう訊かれたので、

「はい」

 と答えた。


 四人用の席に僕たちは通された。三人しかいないけれど。まあ、それはいいとして。女性店員はメニュー表を置いて、

「お決まりになりましたら、そこの黒いボタンを押して下さい」

 僕は、

「うん」

 と言い、あいさんと敏郎にメニュー表を見せた。敏郎は、画像を見て、

「旨そう!」

 叫んだ。

「僕は、白味噌角煮ラーメンと炒飯にする」

 あいさんは驚いた様子で、

「そんなに食べるんだね」

 と言い僕は、

「うん、まあ、男だからね、これでも」

 すると、あいさんは笑っていた。

「これでもって男じゃない」

 今度は僕が笑う番だ。

「そうだね」

 そこにメニューを見ていた敏郎が声を上げた。

「俺は赤味噌角煮ラーメンにする。炒飯も」

 あいさんは彼の方を見て、

「敏郎くんも? 男子は食べるねえ。さすが! あたしは、醤油ラーメンにする」 決まったので黒いボタンを押した。すると、店中に響き渡るようなピンポーンと大きな音がした。若干うるさいと感じた。


 すぐに女性店員が来た。

「お決まりですか?」

 僕は、

「うん」

 と言い、先ほど決めたメニューを伝えた。女性店員は、

「かしこまりました。少しお待ち下さい」

 そう言って女性店員はその場から去った。


 十分くらい経過してお盆の上にラーメンを載せて女性店員が来た。

「醤油ラーメンのお客様」

 そう言うと、あいさんは、

「はい」

 と手を挙げたので、彼女の前に置いてくれた。あいさんは、テーブルの前に箱があったのでそこから割り箸を三膳取り出し僕と敏郎に渡してくれた。

 彼女は食べる様子がない。僕は、

「食べないの?」

 と声を掛けると、

「うん、みんな揃ったら食べる」

 敏郎は言った。

「冷めちゃうよ」

「大丈夫っしょ。それに、食べているところあんまり見られたくないし」

 僕は黙っていたら敏郎は、

「そうなんだ」

 と一言呟いた。


 その後、すぐに女性店員がやってきた。店の中もお客さんが増えてきた。

「赤味噌角煮ラーメンのお客様」

 今度は敏郎が手を挙げた。彼の前にラーメンを置いた。

「こんなにお客さんいるのに出来上がるの早いな」

 敏郎がそう言うので僕は、

「スピーディーなのがこの店の特徴なのさ」

 話している内に僕のラーメンも運ばれてきた。そして、僕の前に置いてくれた。「ごゆっくりどうぞ~」

 女性店員がそう言って別のお客さんのところに行った。


                  *


 あいさんはスープをレンゲですくい、口に運んだ。

「ん! おいしい!」

 僕は、

「でしょ!?」

 と言った。

「敏郎もスープ飲んでみ?」

 そう言うと彼は、

「ああ」

 言ってあいさんのようにレンゲでスープをすくい飲みこんだ。

「お! このスープ、旨いな。滑らかな舌触りだ」

「だろ、そこもこのラーメンの特徴なのさ」

 言いながら僕もスープをすくい飲みこんだ。

「うん、美味い」


 僕ら三人は夢中になってラーメンを食べたので、無言だった。 そして、

「ふぅー、旨かった」

 敏郎が最初に食べ終わった。

「お! 早いな」


 僕がそう言うと彼は、

「夢中になって食べたからな。それにしてもよくこんなに旨いラーメン屋見付けられたな」

 と言った。

「さっきも言ったけど僕はラーメンが大好物でさ。あちこち食べ回って見つけたんだわ」

 すると、あいさんが、

「あたしも食べ終わった。ほんと、ちょうどいいしょっぱさで美味しかった」

「二人に喜んでもらえて良かったよ。来た甲斐があるわ」「ありがとな」 と敏郎は言った。あいさんも、

「ありがとね! こんな美味しいお店に連れて来てくれて」

「いいや、それはいいんだ。また今度来よう」 僕は、あいさんに向かって言った。すると敏郎は、

「おいおい、今度は二人で来ようとしているのか、そりゃないだろう。俺も誘ってくれよ」

 僕は、ギャハハッとおかしな笑い方をした。あいさんは、


「大丈夫よ、今度来る時も敏郎くんも誘うから」

 彼女がそう言うと、彼は、「ありがとう」

 と安心した様子だ。


 僕は残りのラーメンを食べ、完食した。

「煙草吸っていいか?」

 敏郎がそう言うので僕は、

「ああ、いいぞ」

 と言ったが、あいさんは、

「煙たいじゃない。それに副流煙を吸ったあたしや結田くんに悪影響を及ぼすのよ」「わかったよ、吸わなきゃいいんだろ、吸わなきゃ」

 敏郎はすっかり気分を害したようで、煙草をしまった。あいさんがそんなことを言うとは思わなかった。確かなことだけれど。あいさんは、

「ごめんね、前々から思ってたことなの」

 敏郎は、

「え! 前々から? マジか。それは今まで我慢してくれていたんだね。申し訳ない」

「だから、今言わせてもらった」

 すっかり気まずい雰囲気になったので僕は、

「よし、行くか」

 二人に声をかけた。


                  *


 次どこに行こうかと考えて、あいさんが漫画喫茶に行こうと言っていたのを思い出した。一応、二人に提案した。すると敏郎は、

「お! 漫画喫茶か。暫く行ってないな。行くか!」

 でも、あいさんは、

「漫画かあ、あたし読まないんだよなあ。あたしが提案したことだけど」

 と言った。

「じゃあ、パソコンでゲームは?」

 僕が更に言うと、

「うーん、ゲームもしないなあ……。そこに、小説はないの?」

 そう言うので、僕は答えた。

「多分、少しはあるかもね」

 あいさんは、

「それなら行く! あたし、小説なら読むよ」

 僕は、

「そうなんだ、知らなかった」

「知っといてよ、あたしの好みくらい」

 あいさんがそう言うので敏郎は笑いながら言った。

「とんだ無茶ぶりだな」

 僕は心の中で、

(全くだよ)

 と思った。それと、

(あいさんはわがままだな)

とも思った。もっと、いい子かと思ったけれどそうでもない。彼女を好きだと思っていたが、少しそういう気持ちは減少してしまった。敏郎はどう思っているだろう。後で訊いてみよう。もちろん、あいさんがいない時に。


                  *


 車を走らせ約十分が経過した。この街には漫画喫茶は一軒しかない。到着して車から皆降りて、僕は鍵をかった。確か、会員証があったはず。だが探しても財布の中にはない。どこに行ったのだろう。僕は敏郎に訊いた。

「敏郎、この漫画喫茶の会員証持ってるか?」

「俺か? ちょっと待ってくれ。探してみる」

 あいさんが喋り出した。

「新しく作ってもらったらは?」

「そうなんだけど、お金かかるのさ」

「え、いくら?」

「三百円」

「そうなんだ、それはもったいないね」

 だが、彼も、

「うーん、俺もないなあ」

「そうか、じゃあ僕が言い出しっぺだから、僕が作るよ」

「悪いな」

 と敏郎。

「もともと最初に提案したのはあたしだけどね」

 とあいさん。


 するとそこにぽつぽつと雨が降ってきた。

「あ、雨だ! 早く中に入ろう」

 僕はそう言い、急いで建物の中に入った。


 店の中に入ると、白い制服にネクタイをした若い男性の店員がいて、

「いらっしゃいませ」

 と言った。僕は、

「あの、会員証作りたいんですけど」

 店員は、

「はい、わかりました。四百円かかりますけどよろしいですか?」

 あれ? と思い、

「三百円じゃないんですか?」

 すると店員は、

「以前までそうだったんですが、紛失するお客様が多いので今の額になったんですよ、申し訳ありません」

「そうですか、わかりました。作って下さい」


 受付で手続きして、伝票を受け取った。八号室だ。壁の貼り紙を見るとジュースは飲み放題らしい。でも、お酒は有料のようだ。

「僕、ジュース取ってくるわ」

 と二人に言うと、

「あ、俺も行くわ」

 敏郎は言い、

「あたしも」

 あいさんが言った。


 伝票が邪魔なので、一旦、それを八号室のテーブルの上に置いた。 店の中を見渡すとお客さんはまばらだ。去年、この漫画喫茶が出来て約一年が経つ。何度か来たけれど、半年くらいご無沙汰だった。だから、会員証も失くすわけだ。なるほど、これで合点がいった。


 僕は、漫画本を三冊くらい選んで八号室に戻った。続いて、敏郎が戻って来て彼は漫画本を二冊と雑誌一冊を持っていた。あいさんはまだ選んでいるのか戻ってこない。僕は思っていることを彼に訊いた。

「敏郎、お前今でもまだ、あいさんのことが好きなのか?」

 彼は驚いたような表情を浮かべながら言った。

「あ、ああ。何でだ?」

「実は僕もあいさんのことが好きだったんだ。でも、最近彼女はわがままな女だと思って、好きじゃなくなったんだ」

「マ、マジか。それは知らなかった」

「まあ、言ってなかったからな」

 敏郎は僕から目線をずらした。そして、僕は言った。

「彼女は敏郎に譲るよ。僕はもっと大人な女を探すよ」

「そうか……。わかった……」

 僕は微笑を浮かべながら、


「お前もあの子にこき使われないよう気を付けた方がいいぞ」

 敏郎は黙って俯いている。そして、

「じゃあ、あいさんは俺がもらうわ」

 僕は苦笑いを浮かべて、

「どうぞどうぞ。お好きなように」

 敏郎はなんだか表情が険しくなった。怒っているのだろうか。そして、

「結田、なんか感じ悪いぞ。俺があいさんを好きなのは知っているはずだろ」

「ああ、知ってるよ。だから、注意するように言ったんだ」

 敏郎は、

「それが余計だっつーの!」

 僕は、「ああ、そっかそっか。すまないな、余計なこと言って。もう言わないよ。それに、そろそろあいさんが戻って来る頃だから、この話は終わりだ」


 彼は僕に背を向けて胡坐をかいた。すっかり機嫌を悪くしたようだ。まあ、いいや。僕には関係ない。いい女だと思っていられるのも最初の内だけだ。今に痛い目に合うのが落ちだ。僕はそんな目に合いたくない。だから、身を引いた。友達だから、可哀想だと思ったから僕は敏郎に助言した。だが、それは余計だったらしい。


 そうこうしている内に、あいさんが戻って来た。

「おまたせ」

 と彼女は言うと、僕は反応せず、敏郎が、

「おかえり」

 そう言い、続けて、

「あいさん、来たばかりだけど俺帰るわ。ちょっと用事思い出して。帰りは結田に送ってもらって欲しい」

「あ、そうなの? わかった」


 きっと彼は僕に滅茶苦茶言われたから帰るのだろう。用事なんていう話しは聞いてないから。僕は、

「送るか?」

 と言うと、

「いや、大丈夫だ。二人は、ゆっくりしてってくれ」

 敏郎がそう言うので僕は、

「わかった」

 と返事をした。あいさんは、

「気をつけてね」

 そう敏郎に言っていた。

「あ、ありがとう」

 と彼は返事をした。気のせいだろうか、彼女にそう言われて赤面しているように見えたのは。純粋な奴だ。そう思い、僕は漫画を読み始めた。あいさんは小説を読んでいる。


                  *


 一冊漫画本を読み終えて、あいさんの方を見ると集中して読書している。僕は、机にあるノートパソコンを起動させた。そして、ゲームを始めると、音で気が散るのかあいさんは、

「ちょっと、ボリューム下げてくれない? ゲームの音で小説に集中できない」

 僕は、溜息をついた。やっぱり、自己中心的でわがままな女だ。敏郎に譲って正解だ。彼女は、

「そろそろ帰ろっか」

「え、小説読み終えたの?」

 僕がそう言うとあいさんは、

「いや、まだだけど、もういいや」

 僕はこれからゲームをしようと思ってたのに……。こういう相手のことを考えないのも気に食わない。全く、どうしようもないな。 

 僕は、パソコンの電源を切り、伝票を持ち部屋を出た。会計は会員証代は僕が負担して、残りは折版して払った。彼女を送って僕も自宅に帰った。はー、無駄な時間を過ごしたな。そう思い少し疲れたので横になった。もう、あいさんと会うのはやめよう、疲れるだけだ。会うなら、僕抜きで敏郎とあいさんで会えばいい。誘われても断る。そうすることにした。 本当は夕食も三人で食べる予定だったけれど、敏郎が帰ってしまったのでまた今度にしようと話をした。そう話したけれど、僕のなかでは、(もう今度はない)と思っている。職場で会ってもこちらから声は掛けないし、挨拶程度にしておくと思っている。敏郎とあいさんはどうなることやら。まあ、僕にとってはどうでもいいことだ。僕は心の中で笑っていた。


                                了

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【短編小説】わがままな娘 遠藤良二 @endoryoji

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