トラウマ女子が転職してきた件について(カクヨムコン11用再編集版)
403μぐらむ
第1話
俺の名は皆上涼真。とある中堅商社の営業マンをしている26歳独身男だ。
「おいおい、皆上。また契約取ってきたって? おまえすげーな」
「そんなことないですよ」
「そんなことあるだろうが。今週の売上だけで4桁万円超えじゃないかよ」
「先輩だって絶好調じゃないですか!」
仕事も順調だし、職場での人間関係も良好で文句無しにホワイトな会社で気持ちよく仕事ができている。
「おまえには売上じゃ負けるけど、二人とも調子がいいんだから今日は飲みにくぞ」
「いいですね! じゃあ、隣駅に新しい居酒屋ができたみたいですからそこ行きましょうよ」
特に仲良くしてくれているのは入社時に教育係もしてくれた坂崎先輩だ。俺のことをもち上げてくれるけど、先輩のほうがガンガン契約を取ってくるナンバーワン営業マンである。
それなのに傲りもせず、いつも謙虚で俺みたいな後輩ともざっくばらんに話をしてくれる頼りがいのある先輩なんだ。かっこよくてめちゃリスペクトしている。
「あーずるい! また坂崎と皆上くんでどっか遊びに行くつもりでしょ? わたしのこともちゃんと誘いなさいよ」
「うるさいなぁ。なんで尾関のこと誘わないといけないんだよ? いいだろ、男同士楽しくやってるだけなんだから」
「うるさいのは坂崎でしょ? ねー、皆上くん。かわいい女の子が一緒のほうがいいよね?」
「何がかわいいだ。アラサーなくせして。皆上もこんな女は嫌だよな?」
「あ゛っこら、なんか言ったか!? 顔だけイ◯ポ野郎がっ」
「あはははは。えっと、俺はお二人とも一緒に飲みに行きたいですね。いいですよね、先輩方?」
尾関先輩は俺の2つ上で坂崎先輩の同期だ。同期ゆえの遠慮のなさは仲のいい証拠かもしれないけど、俺の前でガチ喧嘩寸前になるのはホントやめていただきたい。
「「「かんぱーい」」」
「結構いい店だな」
「ですね。当たりです」
「皆上くんのチョイスだから間違いないわよね。この前行った坂崎の選んだ店はいまいちだったから」
「悪かったな。嫌なら来なくたっていいんだぞ。そもそもおまえなんか誘ってないし」
「まーまーまー。お酒の席は楽しくしましょうよ。ね?」
ふたりとも仲が悪いわけではないのに俺が間に入ると何故か喧嘩腰になるんだよな。マジ意味不明で困ってしまう。
「そういえば、坂崎先輩。彼女さんとはその後どうです? 部屋探しうまくいっていますか」
「お、言ってなかったか。あの後いい部屋が見つかって来月から一緒に暮らせそうだぞ。相談に乗ってもらって助かったよ。サンキューな」
「え? 何の話、わたし聞いてないんだけど」
「いや、なんでおまえに言わなきゃならないんだ?」
「坂崎には興味ないけど、皆上くんが絡んでいるなら話は別だからだよ。どういうことか話しなさいよ」
「けっ、めんどくせーなぁ」
坂崎先輩はイケメンゆえ会社でも女性社員からの人気が高い。それでも社内で彼女を作っていなかったのは、大学生の頃から付き合っていた彼女さんがいたからだった。
坂崎先輩曰く、その彼女さんを一言で表すと地味子だそうで、彼曰く「そこがとても安心できていいんだよ」ということらしくだいぶ彼女さんにベタ惚れっぽい。
そんな坂崎先輩は最近その彼女さんにプロポーズしたらしく、近々同棲したいと俺に相談してきた。言っても彼女なしイコール年齢の俺にそんなことを相談されても困るのだけど、少ない知識をフル回転して相談に乗っていたんだ。
「なるほどね。あんたに婚約者までいるなんて知らなかったわ」
「教えてないからな」
「じゃ、あんたはその婚約者さんと仲良くやって、皆上くんをわたしに寄越しなさいよ。皆上くんはわたしだけのものなんだから」
「それとこれとは別もんだ。皆上は俺と楽しくやるのが好きなんだよ」
「そんなわけ無いでしょ。わたしとならもっと楽しいところにだっていけちゃうんだから」
「えっと……。こういうのも変ですけど、ふたりとも俺のことを取り合わないでください。お二人にはちゃんと付き合うので喧嘩しないでくださいよ」
仔細不明だが、この二人の先輩方にはとても気に入られているようで俺も後輩冥利に尽きるっていつも思っている。有り難いとしかいいようがない。
「皆上はさぁ、彼女とか作んないのか?」
「俺ですか? ん……なんていうか、恋愛とかおっかなくて」
「おっかないってどういうこと? なにかトラウマでも?」
「えっと、実は俺って高校生の頃までいわゆる陰キャってやつでして——」
たぶん中学の頃に思春期拗らせて、その頃から丸一日誰とも会話しないような陰キャボッチになっていった。
さて、そんな俺にも恋に落ちるなんてイベントがやってきたりする。
その子の見た目はお淑やかで長い黒髪の似合うお嬢様系の清楚美少女って感じ。俺とは違って友だちも多いみたいだし、性格も良いに違いないって確信が持てる非常に可愛い子だった。
しかし当然告白などできるわけもなく一人悶々と影から彼女を見守るだけの人になっていたんだ。
転機が訪れたのは中2の秋。彼女が男子に告白されているところを偶然見かけてしまい俺はショックを受けていたのだけど、どうも彼女は告白を断ったようで男子のほうが急に怒り始めたんだ。
俺は彼女が危ないと咄嗟に飛び出してその男子の前に立ち塞がったんだけど、逆に助けるどころかかなり酷く彼に殴る蹴るをされてしまう。飛び出していってボコられるんじゃ世話無いよね。
それでも彼女さえ無事ならばと、振り返ってみたけどそこにはもう誰の姿もなかった。無言で逃げたらしい。それでもうまく逃げられたのならいいかと自分を納得させた記憶がある。
それからしばらくしてその彼女から校舎裏に呼び出された。あの時のお礼を言ってくれるのかとちょっと期待したりして。お礼なんていらないけどね。
「あのとき助けてくれてありがとう、わたし……皆上のこと好きになっちゃった。わたしと付き合ってくれないかな?」
まさかの告白に俺は面食らう。想定外の出来事で一気に舞い上がり冷静でいられなくなった。
「お、俺でよかったら付き合いたいです。俺もあなたのことすすす、す、好きでした」
なんとか言い終え彼女の顔を見ていると、苦しそうに悶え、頬を赤く染めていく。どうしたのだろう、体調が優れないのだろうか、心配になる。
「ぷ、ぷぷぷぷっ! あーはっはっはっは! あなたのこと好きでしたって何よー! ウケるー」
突如笑い始める彼女。俺は何が起こったのか全く分からず呆然とするばかり。今、笑う要素あったっけ……。すると物陰から何人もの同級生たちが現れる。
「ばーっか! おまえみたいな陰キャ風情が告白されるとかありえないだろうが。それくらい理解れよ」
「あははっ、面白すぎ! こんなの嘘告に決まっているでしょ。あの時だってアンタみたいなやつに助けてもらわなくてもヘーキだし、そもそもあんなやつにボコられるような陰キャは願い下げなんだよねー」
「クソ陰キャが馬鹿丸出しでウケるー」
連中は口々に俺を罵り馬鹿にしていく。流石の俺も好きだった彼女からの蔑む発言はさすがにショックを隠しきれなかった。
「そんなこんなで恋愛どころか女の子自体も怖くなって、大学に入るまでボッチ陰キャに女性恐怖症がプラスされた生活していました」
「今は大丈夫なのか?」
「大学入学以降に知り合った女性がいい人ばかりだったので女性不信だけはなくなりました。結局のところ良いやつも悪いやつも男女関係無いんだなって思いましたし」
「そうそう、わたしみたいにいい女もいるから安心しなよ。でも、「女性不信だけ」って恋愛のほうはまだだめってことなの?」
「だめっていうか、そういう機会もなかったですからよくわからないです」
また騙されたりしたら、なんてことは頭をよぎるけどもう子供ではないので狼狽えるとかは流石にないと思いたい。
「それにしてもその女、ひでーやつだったな。助けてもらったのに逆に笑いものにするなんて」
「普段が可愛らしくて清楚なタイプだったのでそのギャップにかなり落ち込みましたよ。想像していたより性格に難のある子だったみたいです。今はもう笑い話にできますけどね」
「わたしだったら一生忘れないで許せないけどな」
「ありがとうございます。尾関先輩にそう言っていただけるだけで嬉しいです」
「そう? ならばわたしの胸に飛び込んできてもいいのよ」
「皆上、こんなアホには引っかかるなよ?」
「何をー!」
俺の
「本日入社してきた葛西みゆきくんだ。所属は営業補佐。尾関くん、サポートを頼むよ」
「はじめまして、葛西です。早く皆様の力になれるようがんばりますのでよろしくお願いします」
新入社員の子は可憐で可愛らしい若い女性なので男性社員たちが色めき立っているのが傍から見てもよく分かる。
それにしても中途採用の人が入ってくるとは聞いていたけど、まさかあの彼女が入社してくるとは思ってもみなかった。
彼女の営業補佐という職種から俺と無関係のままってわけにはいかないだろうし不安だ。
とある日。あれからしばらく葛西さんとは接点を持つことがなく平穏が保たれて続けている。
ところが、外出先から昼に帰社してみると葛西さんと尾関先輩が話をしているところにばったり遭遇してしまった。
「皆上くん、おかえりー。ねぇ、今から一緒にご飯行こうよ。葛西さんも一緒で良いよね?」
「え、ええ。良いですよ」
「お、皆上も帰ってきてたのか。飯行こうぜ」
「あ、坂崎先輩」
「だめだよ。もう皆上くんはわたしと一緒なんだから」
「うるさい。俺も行く」
坂崎先輩も帰ってきていたらしく、俺達に合流して一緒に昼ご飯を食べに行くことになった。
「葛西さんと皆上くんは同い年だよね。もしかして知り合いだったりして?」
「え、ああ、まぁ。中学の時の同級生です」
「えっ、本当に?」
「そうなんですよ~このヒト、中学の頃はすごい陰キャだったんですよ。ご存知でしたぁ? それなのにこのわたしに告白とかして。もう面白かったんです。そのエピソード聞きますか?」
「「……告白?」」
「あ、ああ。先輩! 注文は日替わりランチで良いですよね! 注文お願いしまーす」
一瞬で不穏な空気になったので慌てて店員さんを呼んで空気の入れ替えを試みる。
「皆上くん、あの人って?」
「そうですね。あの話のヒトです。でも、もう気にしていないので先輩方もそこのところよろしくお願いします」
「おまえがそう言うなら俺もなにか言う筋合いじゃないけど……」
葛西さんが席をたった隙に話を通しておく。このまま何事も無ければいいけど。
しかしやはりここはアホの子。彼女が席に戻ると、あの嘘告イベントの詳細を自分のことは棚に上げて俺を思いっきり蔑んだ口調でペラペラと面白おかしく先輩たちに話し出してしまい折角のランチが精進落としになってしまう。
しかもランチの店からオフィスに帰ってからもはしゃいで他の人達にもあのエピソードを話しまくっている。本人は面白そうだけど、聞いている人たちの表情がわからないかな。
かなり困惑しているよ。
俺さ、この会社じゃけっこう周囲からの評判いいんだよね。陰キャもとっくに卒業したし、もちろんコミュニケーション能力も中学の頃に比べれば格段に上がっている。
恋愛面じゃあの頃と大差変わらないかもだけど、他の部分はキミよりもだいぶ大人だし成長しているんだ。キミもそろそろ気づいたほうが良いと思うよ。
「坂崎さんの書類、わたしがやってもいいですか? ぜひやらせてください。専従指定お願いしまーす」
「え? なんで俺の専従を葛西さんにしないといけないの?」
「だって、わたし坂崎さんのことお慕いしているので」
「俺、彼女がいるって言いましたよね……気持ち悪いんでやめてもらえます?」
入社から暫く経って仕事にも慣れたのか葛西さんはイケメンの坂崎先輩に変なアプローチを仕掛けるようになっていた。先輩は同棲している彼女さんがいることを葛西さんに告げているにもかかわらずだよ。
「じゃ、皆上でもいいや。あなた結構営業成績いいんだね。書類はわたしが整理してあげるよ」
「いや、やらないでいいよ。俺はいつも尾関先輩にやってもらっているから手出しは無用」
「えー、あんな年増よりわたしのほうがいいよ? ねぇ、実際皆上の年収ってどのくらいなの」
坂崎先輩が靡かないと思ったら、よりにもよって俺に言い寄ってきた。さすがの俺もこれには開いた口が塞がらない。
「葛西さん! 遊んでいないで仕事して。あと誰が年増だって? あなたと2つしか変わらないわよ」
「兎に角、俺は尾関先輩にお願いしているので葛西さんは他の課員の皆さんのお手伝いをしてください」
「なによ、陰キャのくせに調子に乗って……」
「いい加減にしないと報告書を上げるわよ。あなたのやっていることはハラスメントに近いわ。反省して大人しく仕事してちょうだい」
普段は温厚な尾関先輩も語気を強めて葛西さんを戒める。
周りの課員もあからさまに視線を向けてくることはないが、聞き耳は立てているに違いない。本人だけが自分の評判がだだ下がりしていることに気づいていないみたいだ。
葛西さんってここまでダメダメな人だったんだな。一時期の気の迷いとはいえ初恋の人がこんなひどい人間だったなんて考えたくもないや。
「ねえっ、なんなのあの子!」
「マジで何なんだろうな。こっち来るなっつーの」
「まぁまぁお二人共落ち着いて」
「もうっ、皆上くんが一番怒らないといけないんだよ? あんなに小馬鹿にされて平気なの」
「多少は思うところはありますが、あの人に何かを思ってこっちが振り回される方が嫌かなぁーって思うんですよね。だから、基本無視というか気を向けないというか」
「うわぁ。皆上って俺より断然オトナじゃないかよ。まじリスペクト」
ふたりともどうにもこうにも葛西さんには腹に据えかねるものがあるようで、居酒屋に入るなりジョッキを一気に煽っていた。
「わたしはねーわたしの皆上くんがあんな女に馬鹿にされるのがどうしても許せないのよっ。年増呼ばわりは事実だからしょーがないけどそれは許し難いのっ」
「ありがとうございます。尾関先輩は若いし可愛いですよ」
「なんだよ? 俺だって皆上のことはかわいがっているんだぞ?」
「わかっていますよ。いつもお世話になっています」
気づいたらふたりとも2杯目のジョッキも一気に空けてしまっている。空きっ腹にジョッキ2杯は早すぎますって!
共通の敵(?)のせいで二人が喧嘩しないだけいいのかもだけど、葛西さんには正直参るよね。あそこまで性格が悪いとはまったく見抜けなかった。
「ほら、皆上くんも飲みなよ。今日は週末だしパーッと呑んじゃおう」
「おー!!」
「あ、はい。そうしましょう」
結局、酔い潰れるまで飲みまくってしまった。坂崎先輩なんて白目むいてほぼ気を失っているような状態だ。尾関先輩も似たようなものだけど女性らしさを失っていないのは流石だと思う。
「先輩方、帰りますよ?」
「待て。さっき彼女に連絡して迎えに来てもらうことにしたから……」
「わたしは皆上くんに送っていってほしい」
数えちゃいないが3人でかなりの量を呑んだのは確か。ビールからウィスキー、テキーラまで何でもござれだった。
俺も相当飲んだけど、酒にはかなり強いので先輩たちみたいにはなっていないで済んでいる。
暫く待つと坂崎先輩の彼女さんが車で迎えに来てくれた。坂崎先輩の家はそんなに近くないのに本当に甲斐甲斐しい。
「いつも、和将さんがお世話になっています」
「あ、先輩の彼女さんですか。こちらこそいつもお世話になっています。今日は遠いところすみません」
「いえいえ、こちらこそご迷惑おかけしてしまっているようで……。あれ、もしかして皆上さん?」
「え? 俺のこと知っているのですか」
先輩がご自宅で俺の話でもしていたのだろうか。後輩に変なやつがいるんだよー、とか。
「ううん。親しい後輩がいるって話は聞いていたけど名前までは。えっと、覚えていないかな? 高2のとき同じクラスだった近松史恵です」
「近松……? あ、ああっ、近松さん! 覚えているよ。修学旅行のとき同じ班だったよね」
世間というのは広いようで思いの外狭いものだとここ最近感じるようになった。葛西さんといい今目の前にいる近松さんも元からの知り合いだ。
「和将さんのよく話す後輩くんっていうのが皆上さんだったとはね。びっくりしちゃった」
「だよね。へー、今は先輩とお付き合いしているんだ」
「そうなんだ。私みたいな地味な女のことを好きになるなんて変な人だよね」
「いやいや。近松さんはしっかりものだから先輩も心を許したんだと思うよ」
近松さんは高校の時も地味子だった。彼女は勉強も運動も1位を取るとかの派手さはないけど7位くらいには入る地味にいい成績だったよな。質実剛健で誠実、地道で堅実そんな印象の人だった気がする。
確かに華やかさは無いけど案外と気さくだし陰キャだった俺とでも仲良く会話してくれたと記憶している。
「そういえば皆上さん」
「はい、何でしょう」
「最近中途で入った女性社員がいろいろ面倒事を起こしているとか」
「あー、そういう話も聞いていますか」
「で、その女性のことなのですが私に心当たりがあってちょっと調べているのからもう少しで何らかの情報を渡せると思います」
つまりは近松さんと葛西さんとの間にも何らかの接点があるってことなのかな。イッツ・ア・スモールワールド!
坂崎先輩を近松さんが運転してきた車に押し込んで俺達は別れた。なんとか先輩を帰路につけさせることができて良かった。
「……で、問題はこっちだよね」
俺の目の前には完全に寝入っている尾関先輩がいる。先輩を送っていくにしても起きてくれない限り先輩の自宅がどこなのか俺にはわからない。
なのに何をしても尾関先輩はまったく目を覚ましてくれる様子がなかった。
「仕方ない、連れて帰るか……」
最後の手段として俺の自宅へと先輩を連れ帰ることにした。セクハラで訴えられたら誠心誠意謝罪することにしよう。
先輩をタクシーに乗せ、隣に俺も乗り込み、自宅アパートに着けば尾関先輩をおぶって2階にある自分の部屋まで運ぶ。
先輩は軽いので苦ではないが、柔らかいアチラコチラが触れてしまい童貞のココロは揺れ動きまくる。
先輩をベッドに寝かせて一息つくが先輩の身体に触れたことで心臓がバクバクして収まらない。このまま先輩をずっと見つめていちゃいけない気がしてきた。
ベッドの先輩はすやすやと気持ちよさそうに眠っているが、着ていた服はそのままだ。しわくちゃになるのは必至だけど俺に尾関先輩の服を脱がすなんてできっこないのだからやむを得ない。
「変な汗かいちゃったし俺はシャワー浴びよ……」
俺の部屋は1LDKなので、ベッドの置いてある寝室の扉を閉めてしまえば隔絶ができるので少しだけ安心だ。
ワンルームで先輩と一夜を明かすなんてとてもじゃないが心臓が持たないと思う。
なるべく静かにシャワー浴びて、リビングに戻るとクッションに身体を預け先輩がちょこんと座っているではないか!
「あっ、起こしちゃいました。えと、それよりすみません。先輩が寝てしまったので勝手に俺んちに連れてきちゃいました。い、今タクシー呼びますねっ」
ジロリと睨まれ、風呂上がりなのに冷や汗かきながら言い訳を言う俺。普通に情けない気がする。
「タクシーはいいからここに座って」
「……はい」
「皆上くんはなんでこんなチャンスにわたしに手を出さないの?」
「へっ?」
「酔っ払ってベロンベロンな無防備女をお持ち帰りしたんだよ? もうヤること一つでしょ」
「いや、俺は、そんな……」
「それとも年増女には魅力無いかな? わたし、がんばって皆上くんに気に入ってもらえるように努力してきたつもりなんだけど!」
「えーっと」
つまりは、尾関先輩は俺にお持ち帰りされてあんなことやこんなことをしても良かった、むしろ、したいとさえ思っていたということだろうか。しかも俺に気に入られようと努力していたなんてそんなのほとんど告白されているのと同じではないだろうか?
端的に言うと尾関先輩は俺のことが好き、ってことであっているのか。
「すみません。経験無いので気持ちはあっても身体が動きませんでした」
「つまりは、わたしがリードすればそれも可能ってことよね?」
「俺のこと揶揄っているわけじゃないですよね?」
「あの女とは違うの。わたしは本気だよ」
「安心しました。実は俺も先輩のこと以前から好きでしたし……」
勢いで俺も告白を返してしまったが、その言葉に先輩の険しかった表情がパーッと明るくなったので正解を引き当てたのだろうと思う。
俺も半分諦めていた恋がまたできるらしい。
その夜、俺はオトナの階段を一つ上がってしまった……。
週明けに会社へ行くと同僚がニヤニヤしながら俺のことをつついてくる。
「な、なんですか? みなさん。ニヤニヤして気持ち悪いなぁ」
「いやぁ、聞いたぞ。とうとう尾関さんと付き合うことになったんだってな?」
「え? なんで知っているんですか」
「当の本人の尾関さんが会社中にふれ回っているからな。もうみんな知っているよ」
尾関先輩は俺と付き合えたのが余程嬉しかったのか、出社後にあちこちの部署を回っては俺たちが付き合い始めたことを話しまくっているらしい。
喜んでくれるのは有り難いけど、かなり恥ずかしい。
「よっ、皆上。おはよう」
「坂崎先輩、おはようございます」
「聞いたぞ。なんか釈然としないしムカつく気もしないでもないが、一応おめでとうって言っておくよ」
「ありがとうございます。坂崎先輩とは今まで通りのお付き合いをお願いしますね」
坂崎先輩は俺のことを尾関先輩と取り合う仲なので複雑な心境なのだろう。って、俺は一体何者なんだよ……。
「ところでよ、あっちで歯噛みしている女について史恵が情報を持ってきてくれたから、後で話そうや」
「了解です。じゃ、後ほど」
「史恵の大学時代の友だちが、葛西が前に務めていた会社にいたみたいだ」
「世界が狭すぎる件」
「? ま、それで聞いてきたんだけど、葛西のやつ前職でけっこうやらかしていたらしいぞ」
「やらかし?」
前の職場でも彼女はその大人しそうな見た目で未婚既婚関係なく自分に利益がありそうな男性にモーションを掛けまくっていたようだ。
「でな、社内じゃ上手くやってたらしいんだけど、あいつ営業先の会社の専務にまで手を出したらしいぜ」
「うわぁ」
「それが先方の奥さんにバレて大騒ぎ。会社の信用を失墜させたってことで解雇されたらしい」
「うちに入ったとき前職を解雇されたなんて話聞いてないですけど?」
要するに経歴詐称をしていたのだろう。そんな問題を起こした人を雇い入れるなんてありえないわけだし。
「実害がなければ俺もそんなの知らぬふりしてもいいんだけど、あの女しつこいくらいに俺に絡んでくるだろ? 俺ももう我慢の限界超えてんだよな」
近松さんと近々結婚ってなる先輩にとっちゃつまらないスキャンダルは死活問題だもんな。俺にしても、尾関先輩との間に邪魔しに入られたらキレる可能性は否定できない。
このことを人事部にリークしたが経歴詐称をしても刑事事件での前科があるわけでもなかったので、すぐさま解雇ってわけにはいかなかった。ただし漏れ伝わった彼女の噂はあっという間に社内に広がってしまう。
2ヶ月後。さすがに居づらくなったのか葛西さんは静かにフェードアウトしていった。今はどこにいるのかもわからないが狭い世界の向こう側に行ってくれたなら俺からは何も言うことはない。
「ねえ涼真。見積もりのここ、間違っていたわよ?」
「あリがとうございます。尾関先輩」
「敬語は嫌。あと、尾関先輩じゃないくて、麗華って呼んでくれないと」
「いや、ここ会社だし。いま絶賛仕事中でしょ? 公私はわけないとだめだよ」
「もう、堅いなぁ。堅いのはあそこだけでいいんだよ?」
「ったく。麗華は余計なことを言わなくていいんだぞー」
言いながら麗華のおでこを軽く人差し指でツーンとつつく。麗華はえへへっていいながら笑うんだけどこれがまたかわいい。
順調に営業成績も上がっているので誰も文句は言ってこないのをいいことに俺と麗華は業務中でもたまにイチャイチャしてしまう。
だって彼女といちゃつくのってすごく幸せなんだよ。だからどうにもこうにもやめられないんだよね。一応これでもかなりセーブしている方なんだけど。
「なぁ皆上、自販機のブラックコーヒーだけいつも売り切れなのはお前らのせいだからな?」
「何のことでしょう?」
「あめーんだよ」
「? そんなことよりも契約獲りに行きましょうよ。さぁ」
トラウマ女子が転職してきた件について(カクヨムコン11用再編集版) 403μぐらむ @155
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