補足 ヘンゼルとグレーテルにおける鳥と川

『ヘンゼルとグレーテル』はご存じの通り『グリム童話集』に収められたおとぎ話の一つである。そもそも『グリム童話集』というのは、


 いずれ劣らぬ二人兄弟のドイツの大学者、ヤーコップ・ルードヴィヒ・グリム(1785-1863)とウィルヘルム・カール・グリム(1786-1859)とが、「ドイツのもの」に対する徹底的の愛着心から、ドイツの民間に口から耳へと生きている古い「おはなし」を、その散逸または変形するにさきだってあまねく集録したもので、筆者は、山村市井の老媼などの口からきいたままを、内容はもとより形式においても極めて忠実に書きくだすことを心がけた。

(引用:『完訳グリム童話集1』金田鬼一訳 岩波書店 序文より)


 というわけで、元はと言えば聞いたままを集録したものであって、ノンフィクションであるがゆえに、中には児童向けとしてふさわしくないようなところもあった。簡単に言うと、ちょっとグロすぎない? あまりにエッチすぎん? というようなところである。


 灰かぶり(シンデレラ)におけるいじわるな姉たちの末路はなかなか残酷だし、白雪姫におけるお妃様の最期は魔女裁判を思わせるものがある。そして、いばら姫はあきらかに処女喪失の物語である。紡錘(糸巻棒)なんてどう考えても陰茎のメタファーですよね?

(参考:『だれが、いばら姫を起こしたのか グリム童話をひっかきまわす』イーリング・フェッチャー 丘沢静也訳 筑摩書房)


 グリム童話には第7版まで改訂が加えられている。その中で、残虐な描写はマイルドなものに置き換えられ、性的な表現はカットないし暗喩的な何かに変換されていく。その変遷を辿ったり遡ったりするのは結構楽しい作業だ。


 さて、『ヘンゼルとグレーテル』においてよく言及される変更点は、初版では実の母親だったのが、新版では継母になっているという変更点である。実の母親に捨てられるのはショッキングだから継母にしよう、ということだろう。継母だったらええのんか?とも思うが、まぁええのだろう。


 自分が今回注目した変更点は『鳥』と『川』である。


 もちろん初版にも鳥は登場する。ヘンゼルの撒いたパンを食べてしまうのである。初版での鳥活躍シーンはそれで終わりなのだが、版を重ねるにつれて、次のような場面が追加される。


――ヘンゼルとグレーテルがお父さんの家をでてから、これでもう三回目の朝です。(中略)雪のように白くて美しい小鳥が大きな枝にとまっているのが目に入りました。とても美しくうたうので、二人は立ち止まって、ききほれました。歌い終わると、小鳥は羽をひろげて、二人の前を飛びます。そこで、ヘンゼルとグレーテルが小鳥のあとをついていくと、かわいらしい家が目の前にあらわれました。――


 初版では何の前触れもなくお菓子の家(パンの家)は現れるのだが、新版では白く美しい小鳥が印象的に使われ、彼らを魔女の家へいざなう。


 そしてもう一か所、さらに印象的なのは、彼らが魔女を退治し、宝石を持って帰る場面である。彼らは大きな川にぶつかり、白い鴨に橋渡しを頼むのである。


――鴨さん、鴨さん、

わたしたちはヘンゼルとグレーテル。

橋がどこにもないので、わたれないの、

あなたの白い背中にのせてほしいんだけど――


 つまり、お父さんの家から魔女の家への橋渡しの役割を担っているのではないだろうか、ちゅう解釈である。この白い鳥によって、初版では地続きのようだったお父さんの家と魔女の家が、明確に分断されている。


 構造としては「お父さんの家(現実世界)→白く美しい小鳥→魔女の家(異世界)→白い鴨→お父さんの家(現実世界)」ということになる。少年少女の行きて帰りし物語やったのか、なるほど。



 で、終わっても良かったのだけれど気になることがある。『川』である。


 帰り道にだけ出現する川。カモさんの助けを借りねば渡れないような大きな川である。行きはどうしたん? という素朴な疑問が出てくる。


 ここからが我ながら暴論なのだが、これは現実に存在しない川なのである。すなわち三途の川。西洋風に言うなればアケロン川(ステュクス川?)である。


 つまり「お父さんの家(現実世界)→白く美しい小鳥→魔女の家(異世界)→大きな川(白い鴨)→お父さんの家(死後の世界)」という、逝きて帰らぬ物語なのである。信じるか信じないかはあなた次第。



 以上のような考えでもって書きましたのが『新釈 ヘンゼルとグレーテル』でした。ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

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新釈 ヘンゼルとグレーテル 美崎あらた @misaki_arata

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