私たちの追いかけっこは続く

みずあそう

第1話

 ――平成元年、昭和から平成へ年号が変わった年、世界各地に異世界へ通じる扉が出現した。


 現世に異世界の物質や生物、技術などが流入し、世界は混乱を極めた。混迷の時代は十年ほど続き、ようやく政府は異世界と現世の境界を守り、調和を保つ組織【境界管理局】を設立した。


 更に、年号が変わり令和になった現在、境界管理局により、異世界との接触は厳しく制限され、世界の調和は維持されている。


 しかし、管理局の厳しい目をかいくぐり、異世界物を密輸・密売をするものは後を絶たなかった――。


 ***


「待てええぇ!!!」

 私は目の前を走る背中に叫ぶが、背中は全く振り向かない。


 私は前方に体重を乗せる。足元の円盤型の板は宙を走り、風を切る。

 この乗り物【フロートボード】は現世の科学技術と異世界の特殊な素材が組み合わさり生み出されたものだ。


 本来、管理局に属する者のみが使用を許可されている乗り物だが、現状は、闇市場で違法に取引され犯罪者も使用していることが多い。

 目の前を走る者も、例に漏れずフロートボードに乗っていた。


「今日こそは絶対許さない!絶対逮捕してやる、ルーサ!!」


「今日もしつこいな~、管理局の犬ちゃんは」

 ルーサはけだるく言い捨てる。


 私はその言い草に余計にイラつく。

 管理局の犬ではない。管理局に所属する藤田サチだ。

 難関だといわれている試験に現役合格した十九歳。自分で言うのもなんだが、かなり優秀な人材である。


「ルーサ、貴方のやっていることは異世界物の密輸、密売で、立派な犯罪だよ!」

 私が追っている少女、綾瀬ルーサは異世界物の密輸・密売の常習犯だ。

 年齢は十八歳だが、高校に通ってはいないらしい。

 ウルフカットの赤い髪とオレンジの瞳が印象的で、端正な顔立ちをしているが、それを隠すように、いつもフードをかぶっている。


「犯罪ねぇ。管理局が勝手に決めたことでしょ。管理局は異世界を独占して、支配したいだけなんじゃないの?」


「何言ってるの!?管理局は平和と調和のために・・・!」

 言い返そうと居たら、ルーサが何かを取り出して、私の方へ投げた。


(!?)


 危険を察知して、それを避けようとしたが、それは私の目の前で爆発して白い煙を噴射した。

 煙幕か――!

 煙で視界を完全に遮断される。

 私が驚いてのけぞったせいで、フロートボードは停止した。


 慌ててフロートボードを発進させ、煙幕から出る。

 周りを見回すがルーサの姿はない。


「逃げられた・・・っ」

 今日もまた、逃げられてしまった。


「あーもうっ、なんでいつも逃げられるの!?」

 思い切り両手を握りしめ悔しさを体の外へ発散する。

「悔しい~~~~!絶対、絶対、絶対いつか捕まえてやる!!!」


 私の雄叫びは、雲一つない晴れた空に、虚しく響いた。


 ***


 私とルーサが出会ったのは一年ほど前。

 私が初めての任務で、ルーサの取引現場を発見した。

 それ以来、私とルーサはまるで猫とネズミのように、鬼ごっこをする関係である。


 とぼとぼと、自分の勤めている支局へ戻ろうとしたとき、

 ピピピピピッ

 手首に着けている機械【リストギア】から音がなる。

 この機械は管理局の仕事をこなす際に必要なさまざまな機能が内蔵されている。この音は近くに認可されていない異世界物があることを知らせる音だ。


 リストギアの画面を見ると、異世界物のエネルギー数値は三百を超えていた。


「なんて高エネルギーの反応・・・ただの物質じゃない」


 普通の異世界物の反応は十から五十程度である。

 数値の高さは、その異世界物質または異世界生物のレア度と危険度を表している。

 つまり、この近くにとても希少で、取扱注意のモノが存在しているということだ。


「こんな町中にそんなもの・・・っ」 

 辺りは住宅街だ。そんな危険なものがあるなんて信じられない。

 もし何か起きたらただ事では済まない。速やかに対処しなければ。


 リストギアの反応を頼りに、エネルギー源を探す。

 ピピピピピピ!!!

 音が更に大きくなる。

 見つけた!


 地面に落ちていたのは、石のようなものだった。

 両手でちょうど持てるくらいの大きさで、ゴツゴツして、泥沼のような深く汚れた黒色をしている。


(触って大丈夫なもの・・・?)


 私一人で対処するには危険すぎる。

 そう思い応援を呼ぼうとリストギアの通話機能を使おうとした時、背後から、厳つい声で話しかけられた。


「それは我々の物だ。運搬中に落としちまってな。どきな、お嬢ちゃん」


 振り返ると、不気味なお面をつけた3人組がこちらに武器を向けていた。


「貴方たち・・・!」

 その不気味なお面には見覚えがある。指名手配されている巨大な密輸組織【虚面会】のトレードマークだ。

 まさか、こんなところで、そんなやばい組織の連中と出会うとは。

 こちらも、武器を構えなければ・・・そう思って腰にある管理局特製の銃に手をかけようとした。


「おっと、動くんじゃねぇ。妙な真似したら、容赦なく撃つぜ」

 彼らは武器を見せつけて、アピールする。

 武器の見た目はリボルバー銃のようだが、異世界の物質で作られているのが見て取れる。

 禍々しい装飾から、魔術も施されているようだ。


(迂闊な真似はできないか・・・)


どう行動するべきか、しりごみしていると頭上から声が降ってきた。


「動かないほうが良いのはあんた達もね」


(ルーサ!?)


 ルーサはフロートボードに立ち、私たちを見下ろしていた。


「なに!?」

 虚面会の連中がとっさに、ルーサに武器を向けた。


(今だ!)


 その一瞬の隙をついて私は銃を構えて撃つ。

 一人が手にしていた銃を弾き落とした。

 それと同時に弾丸は弾け、粘着物質を放射状にまき散らす。

 管理局特製の捕獲用アイテムだ。


 彼らは体勢を崩し、地面に倒れこむ。

 暴れれば暴れるほど、粘着物質は絡みつき動きを制限する。


「くそっ、何だこりゃ!?」

「管理局め・・・っ、お前たちは異世界の物を使っていいのかよ!?」

 お面の男たちはもがきながら、文句を言っている。


「毒を以て毒を制す!私たちは私利私欲で異世界物を使ったりしないの」

 管理局は正義のためにある。

 リストギアで通報し、彼らを連行する要請と、危険な物質がある状況を説明した。


「そちらに応援が行くまで待機するように」


「はい、わかりました」


 通信を切って、一息つく。


(まさか、ルーサに助けられるなんて・・・)

 悔しいがお礼を言おうと、上空に目をやった。

 しかし、さっきまでいたはずのルーサの姿がない。


(あれ?)


「じゃ、これもらっていくね」


「えっ?」

 いつの間にかルーサは背後にいて、高エネルギー物質の石を手に持っていた。

「ちょっちょっと!!待って!!それは危険な――」

 私の静止も聞かずにルーサは宙に浮かんで飛んでいく。


「ばいば~い」


「ルーサぁぁぁ!!」


 ルーサはフロートボードで浮き上がり逃走した。

 私も急いでフロートボードに飛び乗り追いかける。


 本日二度目の追いかけっこ、開始である。


「今はアンタにかまってる暇ないから、ごめんだけど、ここで失礼するよ」

 そう言うと、ルーサは上空に何かの機会を投げた。


 すると、ゴゴゴと音を立てて人一人が通れる大きさの扉が現れた。


(強制扉発生装置!?)


 それは、一時的に異世界へ繋がる扉を強制的に発生させる違法装置だ。


「なんてもの持ってんの!?」


 扉が開き、ルーサはその中へ消えていく。

 ルーサが通った後、扉は徐々に閉じていく。


(くっ・・・)


 追うか、諦めるか。


 このまま、逃がしたら、ルーサがあの危険な石をどうするかわかったもんじゃない・・・。

 もし、頃合いを見て、現世に戻って、あの石を売りさばいたら?


 私はスピードを上げ扉へと突っ込んだ。

 ギリギリのところで滑り込み、扉は閉じた。

 扉が閉じると、その姿を消した――。


 ***


 気が付くとそこは草原だった。

 異世界への扉を通ったことは人生で初めてだ。

 次元を超えた衝撃で、一時的に頭がふらふらする。


(そうだ、ルーサは!?)


 見渡すと、近くの崖の上にルーサの姿が見えた。


(今日こそは捕まえる!!)


 意気込んでフロートボードを走らせる。


 しかし――。


「ギャオオオオォン」

 怒号が響く。

 見上げると、黒い影が太陽を背にしているのが見えた。


(そんな・・・っ)


 それは、ドラゴンだった ――。


 ドラゴンが羽ばたき、旋回する。

 私を睨みつけ、急降下する。私に突進する気だ。


 あまりに巨大。あまりの迫力。あまりの恐怖に動けなくなった。


(ああ。だから、異世界なんて嫌いなんだ・・・)

 死を悟り、走馬灯が流れる。


 大好きだった両親は、私が小さい頃に、亡くなった。

 私たちが住んでいた家の、近所の住人が異世界由来の道具を誤作動させ爆発事故を起こした。

 両親はそれに巻き込まれたのだ。


 それ以来私は、異世界なんて大嫌いになった。

 異世界も異世界の物を違法に使う人も大嫌い。

 だから、管理局に入ったのに――。


 ピュ――――ッ


 澄んだ口笛の音が響いた。


 ドラゴンは動きを止めた。


 ピュ――――ッ


 もう一度口笛が鳴る。

 ドラゴンを呼んでいるようだった。


(ルーサ・・・?)

 口笛の主は彼女だった。


 ドラゴンは羽ばたき、ルーサのもとへ飛んでいく。


 ルーサはドラゴンに何かを差し出している。


(あれは・・・石・・・?)


 あの、高エネルギーの石だ。

 なぜあの石をドラゴンに?


 ドラゴンが石に鼻先を近づける。

 すると、石は光を放つ。

 石は泥のようだった黒い色は見る影もなく、宝石のように輝き、虹色に光を反射する。


 石にヒビが入る。

 そして――。

 石の中から、ドラゴンの赤ちゃんが生まれた。


(あの石って、ドラゴンの卵だったの・・・!?)


 ドラゴンの慈愛に満ちた表情を見て、綺麗だと思った。

 大嫌いな異世界にも良いところはあるのかもしれない・・・。

 一瞬そう思ってしまった――。


 ドラゴンは赤ちゃんを連れて去っていった。


 私はルーサの元へ行く。

「まさか、最初から知ってたの?」

 ルーサに尋ねる。

「まぁね」


(そんなに、悪い人じゃないのかも・・・)


 なんて思っていたら


「この卵の殻、マニアに相当高く売れるよ」

 ルーサは宝石のような卵の殻をしげしげと見つめた。


(やっぱり、こいつは逮捕する!!)


「じゃ~ね、管理局の犬ちゃん」


「待てえええぇ」


 本日三度目の追いかけっこ。


 私たちの追いかけっこは続く――。







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