ep1-2

 実家へ連絡すると、父は驚くほど即答で私の夜遊びを快諾してくれました。声音はとても重苦しかったですが、帰ってそれからのことを考えるには良い気晴らしになると思ったのでしょう。


 夜を切り裂きクルーズしてから一時間後。電車は高崎駅の二面六線、島式ホームへ据え付きます。


「高崎なんて何年ぶりかしら」

「ふぅ、懐かしい、この感じ」


 扉が開いて間もなくトランクを片手に列車を降りると、乗り込む影のないホームを見限った列車は暇も与えずドアを閉め、発車します。


 大きく息を吸うと肺を一杯にする排気ガスの雑味がない澄み切った空気。


列車がいなくなった二本のホームに挟まれた通過線。そこを速達の高速列車が颯爽と走り抜けていき、夜風の沈黙を打ち破るように冷え切った風を送り込んでいました。


「さっすがに冬の高速通過は冷たいわね」


 全くです。16両という長い編成が数瞬で遠ざかり、都心の方面へと逃げていきます。


「地元と言えど、あんまりクリスカさんが楽しめる場所はないと思うんですけど」

「それは行ってみないとわからないわよ?」


 高崎は地元『赤城』の二つ隣の街。案内を買って出たはいいのですが、時間はすでに夜の七時を過ぎていて、レジャー施設は軒並みシャッターを下ろすか、閉店間際の作業に追われているはずです。


 列車を降りる直前も「現地の案内は基本的に任せるし、口は出さない」と明言していたが故に、クリスカさんは黙ってホームに突っ立ち続けます。


 その結果、とりあえず電車に乗るということで一階の別のホームへ降りました。


「えっと、それじゃあ横川ってところまで電車で行きましょう」


 スマホで粛々と調べた末、軽井沢の手前に位置する横川という場所に夜でも開いているレジャースポットがあるということなので、さっそくそこへ舵を切ります。


 電車の発車時刻まで五分を切った電車へ飛び乗って、いざ横川へ。走り出した電車は三十分も掛からず、群馬と長野の県境地帯へと私達を誘いました。


 そこは暗がりでも見える断崖絶壁、線路の伸びていた背後を除いて三面に広がっています。しかし空気だけは美味しいです。今は何よりも頼りにならなそうですが。


「ふぃーここも久々ね」

「来た事あるんですか?」

「前にね。でも昔はもっと賑やかだったわ」

「こんなこざっぱりしたところがですか?」

「案外ズバズバ言うのねあなた」


 クリスカに直球の言葉を突かれますが、表情一つ変えません。身の程は弁えますよこれでも。


「釜飯が有名なんだそうで」

「ちなみに、光莉は来た事あるのかしら?」

「——え?」


 その後、絶妙な沈黙が流れました。県内とは言え、用事が無ければこんな異境に来ることはまずありません。


 愚直に答えようとしたところで、咄嗟に自らの手で口を塞ぎます。


「ふぅん」


 訝るクリスカさん。勘づきましたか。


「私が案内してあげましょうか?」

「ほんとですか?!」

「端から案内してくれる気なんてサラサラなかったでしょう」

「そ、そんなことないですよ!」


 呆れ気味に言うクリスカさんに光莉は首を振って否定した。勿論、嘘を繕っているのはもはや自明でしたが。


 しかし見透かされていて罪悪感を覚えるような親切心を微笑みに含んで言いました。


「決まりね。でも、山の中だからあんまり遠くへは行けないよ」

「大丈夫です! ガイドさんがいる旅なんて、修学旅行以来ですよ!」

「やっぱり、その前から案内する気なんてサラサラなかったんじゃ」


 クリスカさんの言葉は虚しく、啖呵を切ってしまったからにはやらざるを得なくなる状況で出来上がります。


 裏を返せば、彼女の本心もそれを望んでいた様で、利害の一致という奴です。


 コインロッカーにトランクを預けて駅舎を出て、すぐ前に現れた駅前道路の坂道を進まず、その場で左転進。山の中では一際黄色いの彩を放つ電球の集合体が遠目に映ると、クリスカさんは夜の生き物らしからぬ行動に移りました。


「さっ、あそこよ」


 と指を差した直後、光に向かって走り出したのです。


 吸血鬼は夜闇でこそ本領を発揮する種族。太陽の光が煌々と照り付ける日中は、個人差こそあれ吐き気、眩暈などの知覚症状や発狂などの精神的疾患に繋がると言われています。


 太陽がトラウマで光すら嫌い、真夜中ですら照明を一つも灯さず生活する方もいると聞きます。反対に太陽を克服した吸血鬼もいるので光が苦手とは限らないのですが。


 それを思い出し引き留めようともしますが、駆け足がとても速い。追いかけても距離は縮まらず、ついていくので精いっぱいで、息を切らしながらようやく追いつきました。


「基礎体力もつけて貰わないと困るわね」

「へはぁ…ふぅ…どういう意味ですか?」

「ちょっとした独り言よ。最近、考え事をすると出るようになるの」


 意味ありげに訝りながら私を睨み、口端を上げます。


「ささ、行きましょう」」

「名前くらいしか調べてないので、どういう場所か、詳しく知らないのですが」

「もしかして、県民なのに知らない?」


 夥しい数の提灯をぶら下げて、眩い輝きを放つこの施設。光の集合体で中は殆ど見えませんし、こんな山奥のロケーションじゃロクな集客も得られないでしょう。時間も時間ですし。


 それと、クリスカさんの煽り口調からのニタニタにやける顔が癪に障ります。


「入ってみたらわかるわよ。もう目の前にあるし」

「じゃあ入場券、買ってきますね」

「気が利くねぇ。あっちに進めば受付だから、頼まれてくれるかしら?」

「お任せください!」


 余計な気遣いかとも思いましたが、人を使うのがこれまた上手い。さっきのムカつきも忘れて、気づけば私はスタスタと呑気にスキップなんてしていました。


 そういえば、誰かと出掛けるなんて、いつ以来でしょう。

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