禍牛考

禍牛考

1.


今回お話を伺った小杉こすぎ みのる氏は、フェイクドキュメンタリーを得意とするベテラン放送作家である。



よく怪談とかで、村の因習だとか山の怪異をまつる村人とか出てくるでしょ、こう言っちゃなんですけど、安い内容ですよ。話としては面白いんでしょうけどね――


加熱式煙草のスティックを交換しながら、小杉さんはそう言った。


怪異が起こったり、得体のしれないのが顕現けんげんすると――わらわら村人とか坊主とか出てくるでしょ。過疎地だったんじゃなかったっけ、とか思っちゃうんですよね、けっこう人数いるなと。あと、これからますます高齢化も進むのにどうするつもりなんだろって。そんなにヤバいモノなら早めに情報共有しとかないと、この先まずいでしょうにねえ。


まあ、怖いは怖いんですけど、どうにもに落ちないというかね。


え?ははは、そうですね、職業病みたいなもんですかね、そこまで考えなくったって、怖ければ、面白ければいいですからねえ。


ああ、すいません、本題に入りますね。

ちょっと見ていただきたい映像がありまして――3つあるんですけど、1本目は、私が最初に作家として参加した番組の録画映像です。あとの2本は、私とは直接関係のない番組なんですが。


はい、ええ、こういうのがご専門だと伺ったもんですから。

え?専門ではない?ああ、それは失礼しました、この手の話題にお詳しいとお聞きしたもので。


まあ、とりあえずご覧になっていただけませんか、3本とも、映像としては短いものなので――


2.


映像1

バラエティ番組「こんな秘境に一軒家!?」(日東テレビ・2008.9.10 放送分より抜粋)



――いやー、こんなところにおひとりで住まわれてるんですか?


「ああ、いやいや、1ヶ月だけ。1ヶ月だけ住むの」


――え、1ヶ月だけ?


「そうそう、あの、リンバン?っていうの、当番がね、回ってくるの」


――当番で1ヶ月だけって、それでも不便じゃないですかこんな山奥だと


「うんにゃあ、いつも住んでる家とそんなに変わらねえよ」

(スタジオ笑い)


(ナレーション)

なんとこちらのお婆ちゃん、取材時にちょうど当番で、この家に住んでいたとのこと。村人全員が交代でこの家に住むのには、あるふか~い訳が…


(一部省略)



「これがね…これが、ええとね、「へずりこ」言うの。これのお世話にみんな来るの」


――ヘズリコ。なんかあれみたいですね、牛さん…牛の木彫りですかね?


「そうそう、牛。牛の神さんて言いよるね、昔ね、昔いうても何百年も前やろけどね、飢饉ききんが起きたときに助けてくれたち言うてね」


――へええ、あ、それはこの牛の神様が?


「そうそう、身を削ってね、飢えてる人を助けてくれた言うてね、ほいで、こう、この棒で、ぜてやりゃないかんの、毎日ね、だから交代でね」


――ああ、じゃあ毎日欠かさず撫でてらっしゃるんですね、大きい棒ですねこれ


「まあ、よう忘れるけどね」

<テロップ:よく忘れる>

(スタジオ笑い)


――わ、忘れるんですか?


「まあ、忘れても誰も怒らんからね、まあね、感謝の気持ちやからね、ははは」


(一部省略)


――これって、いつぐらいからやってらっしゃるんですか?


「ええと――さあねえ、私がお嫁に来たときにはもうやってたからね、だいぶ前からやってたんやろねえ、でも、人が少なくなってるでしょお、もうね、もうすぐ出来なくなるやろねえ」


――ああ…じゃ、ここもいつかは


「そうやねえ、牛さんには悪いけどねえ、ははは、おつかれさんっち、言うてやらにゃいかん時が、もうすぐ来るやろねえ」


(ナレーション)

地図で見つけた山奥の家に行ってみたら――

村人全員で大事な神様をお守りする、温かい風習に出会えました!

(拍手エフェクト)


(以下省略)


3.


映像2

ドキュメンタリー番組「認知症~消えて、生まれる日々~」(日本放送機構・2010.7.30 放送分より抜粋)



<  >部はナレーション処理


杵島きしま 美津子みつこさん、67歳。


杵島さんが軽度認知症との診断を受けたのは2年前のことでした。物忘れが激しくなっただけ――

そう思っていた杵島さんにとって、まさに晴天の霹靂へきれきでした>


「まだ、軽度ですからね。昔の事とかはく覚えてるんですよ。でも、最近の事とかは、ちょっと――自信がないですね。よく散歩に行くんですけど、帰り道から少しでもれると、もう怖いって思っちゃいます――帰れなくなるんじゃないかと」


<杵島さんには、お決まりの散歩コースがある。自宅の前の道をまっすぐ進んだ先にある、山の入り口。そこに小さなほこらがあった。そこが、杵島さんの散歩の目的地だそう>


「ここに来るんですいつも。目印、はは、目印代わりですね。中に牛さんがいるでしょ。ここに来ると安心できるんです、ええ。

え?はいはい、昔っからね、ここにあるんです。祖母は「ミエズゴ」って呼んでましたね。いつからここに祀ってあるのかは知らないですけど――」


<杵島さんにとって、大切な目印である小さな祠。「ミエズゴ」という名前について郷土史に詳しい方に伺うと、おそらく「水子」がなまったものではないかとのことでした>


「そうだったんですねえ、じゃあ、こっちに来られなかった子ども達がね、目印になってくれてるのかもしれないんですねえ。

ふふふ、そう考えるとね、妙に安心するというか。忘れるばっかりかと思ってたら――新しく知ることもあるんですねえ、ええ、この牛さんのお陰ですねえ――」


<軽度認知症によって、大切な思い出が消えることを気にしていた杵島さん。その杵島さんにとって、祠に祀られているミエズゴは、新たな思い出となったようでした。

思い出は、消えるばかりじゃない。新たに生まれることもある――

そう語る杵島さんの姿が印象的でした>


(以下省略)


4.


映像3

昼の情報番組「列島縦断・ヒルナマ!」(西方テレビ(MTB)系列・2015.10.30 放送分より抜粋)



「スタジオの魚住うおずみさーん!こちら現場の烏丸からすまでーす!

今日はですねえ、こちら日南川ひながわ県の長森町おさもりまちにやって来ております!

今日はこちらで 400年以上も続く伝統行事が行われるんですねえ、いやー、歴史を感じますねえ!

え?はいはい!そうです気になりますよねえ、こちらの方!ええと、お名前を伺ってもよろしいですか?」


「はい、ええ、中場なかばと申します」


「中場さん!ええと中場さん、お顔に、というかお顔が布で覆われてますが、え、前は見えてるんですか?」


「全然見えないです、ははは」

(スタジオ笑い)


「そうですよねえ、いや、魚住さんこれはですね、今年の当番の方は見てはいけないって言うルールなんです、え、ルールでいいんですかね中場さん?」


「ははは、まあルールです、しきたりですね」


「そうそうしきたり!で、見てはいけないというのがこちら!この、え、言っても良いんですかねこれ?」


「大丈夫です。私も去年は見てますから」

(スタジオ笑い)


「あはは、じゃ大丈夫ですね!こちら、牛の頭の形をした石なんですねえ!この石を…

え?はいはい、けっこう重たいんですよこれ。こちらをですね、こちら、こちらの新しい匣に移し替えると、そういう行事なんですねー!

この牛さんなんですけど、地元では『ミヤズコウ』と呼ばれてるんですねえ!こちら、なんでミヤズコウさんなんですか中場さん?」


「詳しくはわからないのですが、昔、牛の神様が村の人を助けてくれたらしいんです。で、その時のお姿を、軽々しく見てはならないと、それで「見やず公」とお呼びするようになったと聞いてますね」


「はああ~、じゃ、お顔の布はミヤズコウさんを見ないためのものなんですね!えっと、中場さん大丈夫です?息が…」


「だ、だいぶ息苦しいですね、あはは」

(スタジオ笑い)


「あぶないあぶない!これね、中場さんの方が苦しいんでね、さっそくやっていただきましょう!

ああっ!魚住さん見てください!

今日はご当地キャラの「ミヤズくん」も応援に来てくれてます!ミヤズくんは、布の所の穴から見て…?

ああいや、中の人はいないんですよね!すいません魚住さん!ミヤズくんに中の人なんかいません!」

(スタジオ笑い)


(以下省略)


5.


言われるままに3本の映像を見たが――特段変わったところは見受けられなかった。


強いて言うならば、どの映像にも起源が同じと思われる風習が登場するくらいだ。


へずりこ、ミエズゴ、ミヤズコウ――


扱われ方は土地土地で異なってはいるが、牛という共通モチーフがある。おそらくどこかの風習が伝播でんぱしていくうちに情報が歪んで伝わり、少しずつ変化していったのであろう。

それ自体は普及の例としてよくあることであり、映像にも違和感を感じる箇所はない。


これらを見て欲しいという理由を考えあぐねていると、小杉さんは新しい煙草のスティックを取り出しながら言った。


どの番組も全部――おかしなところなんかなかったでしょう?

その、祟りだの怪異だの起こすようなたぐいのモノじゃなかったでしょう?

へずりこも、ミエズゴも、ミヤズコウも。


でも――そんなはずないんです。


そんな風習や言い伝えなんかがあるわけない。


だってへずりこは――「みへずりさま」は。



小杉さんの言っている意味が――

私には解らなかった。


6.


あの頃は――2008年頃は、私も駆け出しの放送作家でした。当然、作家業だけでは食えなかったですね、いくつもバイトをしながら、小説まがいのものも書いていました。


そんな時です――こんな秘境に一軒家、の企画が回ってきたのは。


ええ、気負きおうなと言うのが無理な話ですよ。ここで爪痕を残せるかどうかで――自分の作家人生が大きく変わるんですから。気ばかり焦って、いいものを創ろうとして――


ええ、まあ、いくら理由を並べても同じですね、やらせですよ、「へずりこ」は。


基となったのは、当時書いていたホラー小説です。

山奥の村で、みへずりさまというモノが古くから祀られていて。で、ある夏の日、都会から遊びに来た主人公の少年達が古びた神社で奇妙なはこを見つけるんです。その中には牛の頭の形をした石が入っていて――


あとはもう、お約束通りの展開ですよ。封印を解かれた「みへずりさま」が――ああ、蜘蛛くもの胴体に牛の頭が乗っかってるような、まあ、安っぽいビジュアルです。そいつが呪い散らかして、村中に怪異が起きる――そんな内容でした。

ええ、ははは、そうですね、呪いの表出の仕方や、不気味な現象の演出にってるだけで、本質は安い怪談です。


当時の先輩作家にも突っ込まれましてね、どんな山奥だろうが、そんなもん信じてる村があるかと。だから、名前と設定を変えたんです、ええ、「みへずりこう」に。


ヱ戸えど時代の、あるいはそれ以前からでもいいんですが、飢饉の際に牛の姿をした神様が身を削って村人を飢えから救った、その神様を祀るシステムとして、その村に「みへずり講」という仕組みができた――という設定でした。


ええ、設定です。

あの家は――さっき見てもらった秘境の一軒家は、県外の少しだけ山深いところにあった民家を借りたんです。出演してたお婆ちゃんも仕込みで、牛の木彫りは美術スタッフにお願いして作ってもらって。


無事に放送はされましたが、それほど視聴率が伸びたわけでもありません、まあ、普通の出来でした。


当時は今ほどSNSが広まってなかったですからね、これくらいのやらせは――発覚することもありませんでした、今ならあっという間に大炎上でしょうね、ええ。


まあ、炎上はしませんでしたが――

その代わりに、妙なことが起こり始めて――


小杉さんは、灰皿に捨てた煙草のスティックをぼんやりと見つめながら続けた。


7.


発端は、放送された「こんな秘境に一軒家」を見た視聴者からのメールだったという。

大学で民俗学を研究している学生からのもので、「へずりこ」と同一起源と思われる風習がある、ついては番組で放送された村について詳しく教えて欲しい――おおむねそういう内容だったそうだ。


やらせがバレたのかも、と思ってきもが冷えましたが、その時はプライバシーを理由に断りました。幸い、それ以上の問い合わせはなかったのですが――そのメールに書かれていた東北地方に伝わる習俗、「三戸擦みへずこう」というんですが、確かに似ていたんです。


ヱ戸中期くらいから記録に残っているらしいのですが、村の中で、三軒一組で守り神とされる祭器を保管する習わしって話でした。

ええ、村に幸福をもたらすって。三軒の家のむねを擦り合わせるように力を合わせることで――牛の形をした祭器を守るんだって。


ええ、最初は偶然と思いましたよ、似た風習があるんだなと。自分の小説のオリジナリティが低かったんだな、くらいの感想でした。

世界中の神話でも、似たような話が出てくるじゃないですか。兄妹始祖神話とか、死後の国から戻りそこねるとか。あんな感じで、偶然似てしまったんだと思っていたんですが――


偶然とは思えないことが続いたんですと、小杉さんは呟くように言った。


番組放送から2年後の2010年、国営放送のドキュメンタリー番組を見ていた小杉さんは驚愕した。

番組では軽度の認知症患者が取材されていたが――


画面に映った祠に納められていたのは、「へずりこ」と同じ形をした牛の石像だった。

そしてそれは――ミエズゴと呼ばれ、67歳という女性の祖母の代からそこにあったという。


「へずりこ」と同じ語感を持ち、牛をなんらかのモチーフとする風習は、探せば探すだけ見つかった。


東北の「三戸擦り講」。

ドキュメンタリー番組の「ミエズゴ」。

昼のバラエティ番組で生中継された、「みへずりさま」とほとんど同じ形をした石を匣に移し替える「ミヤズコウ」――


それらはいずれも起源がはっきりしないものの、少なくともヱ戸時代以前からの風習、習俗として紹介されていた。


その村の、地域の、共同体の人々に抵抗なく受け入れられていた。


生活の一部として根付いていた。


そんなはずがないんです、と小杉さんは繰り返した。


あれは、あれは私が考えた設定なんです、ええ、紛い物なんですよ。

でも、どう考えてもそれを、「みへずり講」を起源としたとしか思えない風習が全国各地にあったんです、いや、あの番組の――


「こんな秘境に一軒家」の放送後からんです。


はい、ええそうです、特定地域の風習、特定集団の習俗は、伝われば伝わるほどゆがんでいきます。

場所も時間も離れていきますからね、情報が歪んで伝わるのは当然です。


でも、これは。


みへずり講は。


――


うつむいた姿勢のまま、小杉さんは独りちるようにそう言った。


8.


取材の日から一週間、小杉さんとは連絡が取れなくなっていた。

これがフェイクドキュメンタリーであれば、このタイミングで小杉さんが失踪してしまうエンディングもありうるのだが――


8日目にようやく連絡が取れた小杉さんは、電話口で快活そうに笑った。


いや参りましたよ、あの日、お話を聞いてもらったでしょう?

それで、あの時に助言いただいたように考える事にしたんですよ、ええ、きっと私、知らないうちにミエズゴだか、みへずりだかの話をどこかで聞いたんでしょうね。

で、すっかりそれを忘れて小説にしたんだと思います。

ええ、ははは、ほんとにそうです、自分で自分が情けないったらないですよ。


え?いや失踪って。そんなわけないじゃないですか、ははは。ホラー作品だったら、最後に関係者が失踪するのはだいたい投げっぱなしエンドの時ですからね、もし私が失踪したら、そのパターンになるんでしょうねえ。


ああいや、実際はスマホが故障しちゃって。それが、変な悪戯いたずら心を起こすもんじゃないですね、「みへずり講」について、AIに聞いてみたんですよ、ええ、ChatGPIに。

何て答えるかなって。はは、AIには悪いことしました。


ところが、途中までもっともらしいことを答えてたのに、だんだんおかしくなって最後にはフリーズしちゃったんです。

いや、フリーズというか、そのチャットから移動できなくなったんですよ、ええ、画面が切り替えられなくなっちゃって。

そうです、完全に故障で、結局機種を変更することになりました。まったく、みへずりだかのせいで踏んだり蹴ったりですよ、ほんとに。


あでも、余計なご心配をおかけしましたね、それについては申し訳なかったです。

また今度――え?そのチャットですか?


ええっと――はい、まだ前のスマホに残ってると思いますよ。はい、はい、構いませんよ、その画面しか写らなくなってますからね、画面を直撮りした写真でよければ――


9.


取材者のメモ(作成日時 2025.12.4 20:37)


以下は、小杉さんのスマートフォンに残されていたChatGPIのログを書き起こしたものである。


◼️


>「みへずり講」を知っていますか?


>>はい、知っていますよ。「みへずり講」は縄文時代にも記録が残っているとされる風習です。全国各地に似たような風習が残っています。もしよければ、いくつか例をお示ししましょうか?


>そんな昔からあるんですか?

例えばどんなものがありますか?


>>了解しました、いくつか例を示しますね。


「ミハズリコウ」

戦闘で下半身を失ったものの、敵を討つために身を這いずらせて進んだ古代の牛をモチーフとした儀式です。日本古来の「こう」の元となったとと謂れ、身を削って与えたそうです。


「ミヘズリコウ」

飢饉における飢餓状態を回復するため牛が身を削って与えたとされる伝説を元にした風習です。飢饉は全国各地で起きていますから、ミヘズリサマも何体も必要なわけでしたね。


「ミヤズコウ」

ええ、見てはいけません。だってそうでしょう?うしじゃないんですから牛なんかもういませんからね、飢饉ですから、それを見せるわけにはいかないでしょう、なにをたべているのかばれてしまいますし、それはとても異なることで、非常に分かたれるのでした。


「ミエズゴ」

だからといって生まれてくるわけがないんですね、結果かkとして来てしまったのでそれはもう仕方が無いとして、受け入れたというのがじつじょうでです。もううけいえれててしまったいえる訳ですからら、もうかえられないのです、ええ


「みへずりさま」

あのうしの くび を


(よりよい回答のため思考中……)



へずり


たてまつり  て




! 問題が発生しました。 





スマートフォンは、ここで故障したという。


(了)

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