誰かこの世界から彼女を消してくれ……【仮】
三愛紫月
いつまで続く?
俺の名前は、
俺は最近悩んでいる。
それは、二日前、関西の片田舎に住む父から連絡がやってきたことだ。
「明日から、一週間、星の家に泊まらしてな」
ガハガハと下品な声で笑う仕草は相変わらず父らしかった。
どうやら、いとこの
ちーちゃんの所は、お父さんを早くに亡くしている。
そして、俺はお母さんを早くに亡くしているのだ。
だから、父親は妹である叔母さんの娘のちーちゃんの父親代わりをよくやっていた。
そして、叔母さんもまた。
俺の母親代わりをよく引き受けてくれていたのだ。
そのお陰で、俺もちーちゃんも大人になった。
ちーちゃんは、俺より二つ上の28歳。
当たり前に、結婚する
もう、そんな年か……。
早いな。
話がズレてしまった。
そう何故俺が、こんなにも父が来るのを拒んでいるかというと……。
ーーピー、ピー。
電子レンジで、温めたカレーを取り出す。
「いただきます」
ガチッン……
「歯がおれるやないか」
『アハハハ、ハハハ』
「だから、何がおかしいねん」
『ごめんね。久しぶりの星ちゃんの関西弁だったから』
「頼むから、食事中は出て来ないでくれないか」
俺は、カチカチに凍ったカレーライスをスプーンで叩きながら話す。
『だって、隠れてるのつまらないんだもん』
「言っただろ?あっちにいてくれって」
『はーーい』
剥れた顔をしながら、彼女は隣の部屋に行って襖をパタンと閉める。
俺は、その姿を見届けてから電子レンジで再度カレーを温め直した。
彼女の名前は、
美月は、俺の幼馴染みで初恋の相手だ。
俺は、小学6年生から中学にあがる年に母親を亡くした。
泣きじゃくる俺に、美月は「一生一緒にいるから」と約束してくれたのだった。
そんな約束をしてくれたのに、一年後、美月は歩道橋から転落して死亡した。
警察は、自殺だと言っていた。
俺は、悲しくて悔しくて消えたくて……。
なのに、毎日のように美月に怒っていた。
でも、そんな感情も時間と共に薄れていき。
そして、高校を卒業すると同時に俺はこの
バイトをしながら貯めたお金と母親の保険金を父からもらってここにやってきた。
たいした夢も希望もなかった。
でも、一つだけ守りたい約束があった。
だから、俺は今の職場に働きだしたのだ。
それは、13歳の夏に美月が溶けたかき氷のブルーハワイを見つめながら「大人になったらこんなお酒を飲んでみたい」と言っていたからだった。
ピー、ピー。
温め直したカレーライスを電子レンジから取り出した。
「いただきます」
さっきとは違ってちゃんとスプーンが入った。
俺は、カレーライスを食べ始める。
「うまっ」
そうそう。
何故、今、美月がここにいるのかって話を忘れていた。
そうだな……。
それには、まず美月との事を話すのが一番なのかもしれない。
俺は、カレーライスを食べながら美月との事を思い出そうとした。
「ちょっと待て」
『思い出すなら、見せてよ』
「わかった、わかったから来るな」
俺は、急いでカレーライスを飲み込んだ。
「はぁ、はぁ。いいぞ」
俺は水を一気に飲み干して立ち上がると、急いでキッチンに行って皿をシンクの桶につけた。
ピキーン
捻った蛇口から出ていたお湯が固まる。
はぁーー。
コンコンとお湯を叩きながら、振り返ると美月が立っていた。
「早いな」
『だって、暇やから』
美月が近くに来ると、ガタガタと体が震えてくるから、俺は常に常備している冬のアウターを着る。
『これって、あったかいん?』
「
『あー、ごめんね。忘れてた』
「舌を出してもゆるさん」
『ごめんねって言ってるやん』
美月は、可愛いから、よけいにイライラする。
大きすぎない目に、黒目がちな瞳をつけて、鼻はちょこんと申し訳ない程度についていて、唇はオレンジが入っている小さめサイズだ。
そして、パツンと眉毛で揃えられた前髪と癖毛でカールしている髪を低めに二つに束ねている。
「あざと女子」
『何?あざと女子?何?それどういうの?』
「標準語でわざとしゃべんのやめろや。るなちゃんの真似やろ?」
『そうだっけー。わかんなーい』
右手の薬指を唇にあてて、ニコニコ上目遣いで美月は、俺を見つめる。
「あざと女子」
『もういいじゃん』
美月は、プクッと頬を膨らませて怒った。
「わかったよ。じゃあ、見ようか」
『うん』
美月は、幽霊だからだろうか?
不思議な能力を持っている。
それは、隣にいるだけで、俺の思い出を一緒に見る事が出来ること。
そして、それを映像として美月は目の前のテレビに映してくれるのだ。
パチンと美月がテレビをつける。
別にリモコンを触ったわけではない。
美月が、指をさすと勝手にテレビがつくのだ。
美月は、テレビを見ながら嬉しそうにニコニコと笑っている。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
小学生まで、美月は普通の女の子だった。
だけど、俺の母が亡くなって1ヶ月程たった頃からだった。
突然美月は、並行世界の話や異世界の話をしだしたのだ。
「でねー、星ちゃん。この世はパラレルワールドでね。世界の時空は繋がっていてね。こっちでは、星ちゃんのお母さんはいないけど、あっちでは住んでいて」
俺はそんな美月の話を聞きながら、「はあ」と相づちを打ち見つめていた。
この頃の俺は、話を聞くたび、いつか美月がパラレルワールドとかいう場所に行ってしまうのではないかという恐怖を少しだけ抱いていた。
「ねえー。星ちゃん。ちゃんと聞いてる?」
「聞いてるよ」
それからも……美月は。
異世界だ。
並行宇宙だ。
並行世界だ。
四次元世界だ。
パラレルワールドだ。
と、俺に毎日のように話してきた。
正直、このての話しが苦手な俺は、もうやめて欲しいと何度も思っていた。
それに、何よりもそんな話をする度に美月がこの世界からいなくなりそうな気がしていたんだ。
「キスしよう」
唐突に言った俺の言葉に、美月は平手打ちで頬を殴ってきた。
「いたいなー。何すんねん」
「何すんねんじゃないわ!寝言は寝て言え」
「はあ?寝言やあらへんわ!付き合っとんねんからキスぐらいさせろや、ボケ」
「はあ?何言うてんねん!偉そうに。ボケとかゆうな」
俺は、隣にいる美月を肘で押した。
『何?今、いいところ』
「いやいや、早送りしてくれ」
『そんな機能あるわけないやん』
「うそつけ。こないだわ!るなちゃんとこ、飛ばしてたやないか」
『そんなんないってゆうたらないねん』
「はあ?ふざけんなよ。俺がるなちゃんと付き合うために努力したシーン。全部スキップしてたやないかい」
『はあ?そんな機能ないってゆうたらないんや』
「美月、ふざけんな。早送りしろや」
『いややね!これは、私らの思い出や』
「何をゆうてんねん。さっさいかな話が進まんやろが」
『誰の為に話進める必要があんねん!!』
完全に、負けた。
俺は、美月との言い合いにいつも負けてしまう。
「わかった。わかった。再生してくれ」
『わかればいいんよ』
美月は、すぐに再生してくれる。
永遠とさっきの争いが繰り返されていた。
「ごめん。美月……。もっと、ムード作るわ」
「うん」
結局、俺達はこの日、帰宅した。
それからも、美月は相変わらずパラレルワールドの話を繰り返していた。
そして、14歳の夏。
俺達は、海に遊びに行ってファーストキスをした。
そして、あっという間に夏休みの最終日がやってきた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「おとん、おかえりーー」
「おかえりーーや、あらへんねん。よう聞きや、落ち着けよ」
「落ち着いてるけど」
「美月ちゃんが死んだ」
「はあ?また、冗談ゆうて。昨日、カレー持ってきたやんけ」
「せやから、俺も驚いとるんや!さっき、美月ちゃんのお母さんに会って聞いたんや」
「嘘やろ……」
美月が死んだなんて話を信じられなかった。
うん?
「ちょっと待て!早送りしてるやろ?」
『だってぇーー。ここ、しんみりしちゃって嫌いなんですぅーー』
「だから、るなちゃんの真似やめろや」
『あんなんが好きとか信じられへんわ』
「はあ?美月に何がわかんねん。俺かてさんざん乗り越えてきたんやぞ。それでやっとこれからって時やったんやぞ」
『うるさい、うるさい。もういい』
イライラして、美月がいなくなった瞬間。
テレビがバチンと消えた。
「いつも、そうやな」
俺は、キッチンに行って煙草に火をつける。
【成仏させてあげないといけませんよ!】
昨夜の客に、自称霊能者って人が現れたせいで何かイライラというか焦りっていうかそんなのを抱えている。
うさんくさい大きな数珠のネックレスをぶら下げて、ギョロギョロした目に真っ赤な口紅を塗った唇は大きくてグラスごと飲み干してしまいそうだった。
偽物だって思っていた彼女は、俺を見るなりに開口一番にそう言った。
俺は、意味がわからずに「いらっしゃいませ」とだけ言っただけだったのに……。
【真壁美月さん。成仏させてあげないと悪霊になりますよ】
とハッキリと彼女に言われたのだ。
俺は、その言葉にドキッとした。
だって、今、会ったばかりの女がそんな話をするなんてあり得ない。
おかしい。
あの女が霊能者じゃなかったら。
他は、みんな偽物だ。
彼女の話では、後1年経つと美月は悪霊にかわると言った。
美月が俺の前に現れたのは、ちょうど2年前だったから時期もあっているし。
彼女いわく、美月にはその兆候が出ているはずらしい。
♡♡♡♡♡♡♡
「彼女がいると寒くないですか?まるで、極寒の中にいるみたいな。いや、冷凍庫に住んでるような」
「はい、そうです」
俺は、自称霊能者と言う
「やはり、そうですか……。彼女が、亡くなったのは?」
「14歳の夏です」
「貴方の前にやってきたのは?」
「24歳の夏です」
三森さんは、俺の言葉に何かを考えている。
「彼女は、10年間、何をしていたと言っていましたか?」
「覚えていないと言っていました」
「そうですか」
三森さんは頷きながら、ポケットから小さな手帳を取り出した。
「今は、何歳ですか?」
「26歳です」
「出会った頃から、悪霊になりかけていた事を考えると……。うーーん。彼女は、後1年で悪霊になると思います」
「後、1年ですか!」
俺は、驚いた顔をして三森さんを見つめていた。
「はい。残念ながら、生きている我々と幽体である彼女はずっと一緒にいる事は出来ないのです」
三森さんに言われなくてもわかっていた。
わかっていたのに俺は、悲しくて仕方なかった。
「彼女の来世の為にも、きちんと成仏させてあげるべきです」
「わかりました。どうすれば?」
「兎に角、今は彼女が好きなようにさせてあげて下さい。そうしたら、自ら、成仏するかもしれませんから……」
「わかりました」
俺は、三森さんを見つめながら頷く。
どうしても無理な場合は、三森さんが手伝ってくれると言ってくれた。
悪霊になる兆候か……。
三森さんは、俺に色々教えてくれた。
食べ物が凍る事や風呂が凍る事……。
そして、今は、俺の話を聞いてくれるけれど……。
いつか、聞いてくれなくなる事も、話してくれた。
俺は、美月を悪霊にはしたくなかった。
三森さんの話しによると、悪霊になった幽霊は来世にはいけないらしい。
その後、ずっと美月は、現世にとどまりつづけると言われた。
そんなのは、させたくない。
煙草の火を消して現実に引き戻される。
三森さんに聞いていたのに。
今は、美月がやりたいようにやらせてあげなきゃいけないのを忘れていた。
「ごめん」
俺は、美月に言っていた。
『怒ってないの?』
「うん」
『よかった』
美月は、嬉しそうに笑った。
「いつも、ご飯作ってくれてありがとう」
『だけど、レンジ壊したの、10回目だよ』
「知ってる」
彼女と同じ空間にいると何もかもが凍る。
そして、彼女が触れると何もかもが凍る。
電子レンジなんて、もう10回も壊されていた。
彼女が風呂に現れたら、風呂の湯が全部凍る。
だから、風呂だけはマジで入ってくるなと頼んでいる。
『星ちゃんのお父さんに会うの久々だね。ドキドキするね』
「いや。美月の事は見えないよ?」
『えっ?』
「だから、見えないって」
最後まで、俺の話を聞く事なく美月はいなくなってしまった。
これも兆候ってやつか?
♡♡♡♡♡♡
次の日、俺は仕事に行く。
父は、夜にやって来ると言うので店に鍵を取りに来てと頼んでいた。
夜の8時半に父がやってきた。
「星、鍵とりにきた」
「ああ!これ」
「おおきに!ほんなら先に帰るわな」
「うん」
父は、大きなキャリーケースを引きずって帰っていった。
俺は、それから4時間後に帰宅した。
「お疲れ様でした」
コンビニでお酒や朝ご飯を買って帰る。
鍵を開けて、家に入ると父はまだ起きているようだった。
「ただいま」
「あーー、おかえり。星ん家、暖房壊れててな。何か、外より寒いで」
父は、白い息を吐きながら俺を見つめている。
俺は、その隣にいる美月を見つめる。
美月は、必死で父に話しかけているようだ。
通りで寒いわけだな。
『おじさん、お久しぶりです。元気そうですね!本当に、会えてよかった』
父には、何も聞こえていないから。
父は、ガタガタと震えている。
「父さん、これ着なよ」
俺は、自分のダウンを脱いで父に渡した。
「ありがとうな。おかしいなーー。温かいもんもいれても、すぐに氷るんやで!変やろ?星の家は、北極か何かなんやろか?」
父は、歯をガタガタと鳴らしながら震えている。
「うっ、うん。ごほん」
俺の咳払いに、美月はこっちを見る。
【父さんが死ぬから向こうに行け】
俺の口の動きを見ると美月は、ハッとした顔をして寝室に消えた。
「今、やっとエアコンききだしたな」
壊れるぐらいの音を立ててエアコンが動き出す。
「なんやーー。この家、ほんまに寒いな」
「もしかしたら、エアコンの調子が悪かったんじゃないかな?ハハハ」
さすがに、美月がいるとは父には言えない。
「ほんまか!まあ、しゃーーないわな」
父さんは、気にせずに笑っていた。
このまま、俺はどうなるのだろうか?
それに、美月は、どうするつもりなのだろうか?
結局、1週間、父がいる間も美月は毎回現れた。
父は、その度に「寒いわ」と言いながら毎回ガタガタと震えていた。
そして、父は俺に「星、エアコン買った方がいいから」と言って10万を置いて帰宅した。
エアコンは、関係ないんだけどな。
今日も俺の前に美月がいる。
「ただいま」
『おかえりーー。見て、グラタン』
帰宅した俺に、笑いながら美月が差し出したのは氷のオブジェだ。
相変わらず美月が触ったものは、全部凍りつく。
「レンジは?」
『使えるよ。使ってないから』
「じゃあ、向こう行ってて」
『うん』
美月は、向こうの部屋に行った。
俺は、レンジでオブジェを温める。
グラタンと呼ぶのかわからないものを温めると、すぐにレンジから取り出した。
『星ちゃん』
「来んなよ!来たら、食えない」
『わかった』
美月は、向こうの部屋で我慢して待っている。
俺は、そのグラタンと美月に言われたものを食べる。
味は、うまいのになーー。
この氷が溶けた後の水溜まりみたいなんが嫌いなんだよな。
俺は、美月を見つめながら思っている。
この生活は、いつまで続くのか?
誰か、俺の彼女を成仏させて欲しい。
『星ちゃん』
「ガリっ、美月」
『飽きちゃったんだもん』
「お前なーー。いついなくなるんだよ」
『さあね?』
タイムリミットは、あと1年。
いつまで、この生活が続くのだろうか……。
本当に美月は、成仏するのだろうか?
誰かこの世界から彼女を消してくれ……【仮】 三愛紫月 @shizuki-r
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