夫婦円満、ほんの一手間(短編 一話完結)
くろぬか
第1話 私と妻の、楽する為の選択肢
突然だが、皆様料理は好きだろうか?
多分これに迷わずイエスと答えられる人は、大抵料理上手だと思う。
普通に生きているだけなら、むしろ“出来るか出来ないか”だけのお話で終わる筈だ。
もしくは、好きだけど毎日はやりたくない、なんて人だって多いのかもしれない。
実際妻に聞いてみた時も、「毎日毎食作るのは面倒、作り始めちゃえば何も思わない」というお言葉を頂いている。
まぁ、当然だろう。
人間は本来楽をしたい生き物だし、何より料理はなかなかに手間なのだ。
プロとして働いていたり、それを専門として生きているのならまだしも。
一般家庭だと、当然“それ以外”の事だって忙しいのだから。
そんな訳で我が家で設けたルール。
作るにしても、可能な限りその場で作る品数は減らす様にしよう。
なんて言っても、食事時になって忙しく準備するのを避けようという方針なだけ。
そして、そんな事を試し始めてみると。
「ねー、お米炊くー? いやでも、今からだと時間かかるからチンだけど」
「いやー? 今日はツマミみたいな物多いし、それで十分じゃないか? あ、昨日作ったキンピラがあるから、そっちも出しておいてくれ」
「はいはーい。あ、帰って来てからほうれん草のお浸し作ったけど、食べるー?」
「いただきます」
「りょーかーい」
物凄く適当な会話が、キッチン内に響いた。
人間とは不思議なもので、忙しく“やらなきゃ!”と思うと疲れてしまったり、それこそストレスにも繋がるのだが。
自分の時間を最大限に使えるようになると……“ついで”、で手間を掛けてしまう生物なのだ。
その結果、夫婦間で発生した現象。
暇な時に、日持ちする物をとりあえず作っておく。
下手をすれば相手が何かを作った事を認識できず、当初は腐らせてしまいそうになる事もあったのだが。
この辺りは、やっていれば段々と慣れて来るもので。
どちらも普段から冷蔵庫の中を確認する癖が付き、それこそ“あれば”ついでに食卓に並べようという意識になったのだ。
なんて偉そうな事を言ったところで、私には御大層な料理は作れないが。
ネットで作り方をチラッと確認し、簡単に出来そうな物をとりあえずやってみるスタイル。
元から料理に苦手意識があった訳では無いが、どうしたって“作ろう!”と意気込むと疲れてしまう。
だからこうして作り置きを度々増やして、メインは当番制で交代で作る。
案外これだけでも、夫婦仲は良くなるもので。
「お、ゴボウ余ってるじゃん。また後で何か作るねー」
「あぁ、楽しみにしておくよ」
などと会話しつつも、相手は適当にタッパーを冷蔵庫から取り出し。
皿にちょいちょいっと盛り分けてからテーブルへと運んでいく。
この一手間だけで食卓が豪華になるのは……とても、楽だ。
本日の料理当番は私なので、こちらも簡単に仕上げ、それをお椀に盛り分けた。
「お酒飲むー?」
「もらう、今日はゆっくり晩酌ご飯だ」
「あははっ、確かに居酒屋メニューっぽいよねぇ」
気楽な会話を続けながらも、本日の晩御飯が勢揃い。
作り置きなんて言っても、やっぱりいろんな物があるのは良い。
きんぴら、ほうれん草のお浸し、今朝作った厚焼き玉子などなど。
そして本日のメインは……もつ煮だ。
しかもこちら、ハッキリ言ってしまうと……とても手抜きをしている。
買って来たモツを、とりあえず長時間煮込む。
とは言ったって、本格的なソレと比べればずっと短い時間だが。
だがしかし、社会人にとってはその短くも長い時間ってのが、非常に貴重な訳で。
簡単に言うと、放置。
本来なら、火を使っているのに目を離すとは何事か! と怒られてしまいそうだが。
ウチのコンロはIH、しかも吹きこぼれた場合には勝手に止まってくれるセンサー付き。
だから安心という訳では無いが、正直コレでなくとも“慣れてしまえば”ある程度見ていなくとも料理は出来るもので。
火に掛けたまま忘れていた! なんて事だけは無い様に注意するが、それ以外はかなり適当なのだ。
ひたすらコトコトと煮込んでいる間は、やる事が無い。
その間はスマホの一つでもあれば時間は潰せるし、何より休憩時間が出来る。
もっと長時間やるのなら、タイマーを設定して度々様子を見に来る程度で済む。
そんな訳で、もはや料理をしている感覚すら薄いまま、ひたすら煮込む。
ある程度臭いやアクが抜けた事を確認してから水を変え、大根や人参、ネギを少々多めに投入。
モツは水に入れて塩を少々、火に掛けるだけ。
野菜も皮をむいて適当に切り、放り込むだけだ。
これさえも面倒だと感じた場合は、それこそカット野菜を買って来ても問題無い。
しかし料理と言えばやはり一番肝心なのは味つけ……と言いたい所なのだが。
ここでも手を抜くのが一般家庭というもので。
鍋の元を、ザパーッと入れてまた煮込みました。
今回は“濃く口辛みそ”だそうで。
以上、もつ煮完成。
「美味しそ~。ほい、ビール」
「ん、ありがと。それじゃ食べようか」
妻と並んで座布団に座ってから、二人揃っていただきます。
缶のプルタブを開き、形だけの乾杯をしてからまずは一口。
口の中に広がるビールの苦みを感じながらも、キュッと引き締まる感じを覚える。
妻に関しては甘いお酒が好きなのだが、飲み方というか……飲んだ時の反応が、私よりも気持ちが良い。
「プハァッ! 今週もお疲れ様ぁ、やっぱり週末はお酒だねぇ」
などと気の抜けた様な声を出しながらも、すぐさまもつ煮をパクリ。
そのまま「んん~~っ!」と声を上げつつ身体を震わせ、これまた良い反応を示してから。
「もつ煮久々ぁ……やっぱ美味しいねぇ」
「それはどうも。とは言っても、手抜きも良いところだけどね」
「普段の生活なんて、手を抜いてなんぼでしょ。社会人は疲れるんだから、それくらいが丁度良いの~」
だそうだ。
まぁ確かに、この意見には完全同意である。
仕事に疲れて帰って来て、その後気合いを入れ直して料理をするぞ! なんて事が毎日では、誰だって疲れると言うもの。
家に居る間こそ身体も気持ちも休めたいと思うのは、多分誰だって一緒だ。
しかし相手がしてくれた“ほんの一手間”に対し、“手抜き”だなんて表現をするのは愚策。
これだけは、いくら何でも誰だって分かる事だろう。
私だって手の込んだ物を作った訳では無いが、あえて言葉にされれば癪に障ると言うものだ。
だからこそ、美味しいと思うならそう言葉にすれば良いだけ。
そんな事を考えつつも、こちらももつ煮をパクリ。
うん、旨い。
この鍋の元は当たりだな、今度また買って来よう。
それなりの量も作ったし、それこそ明日もっと煮込めば更に柔らかくなってくれる事だろう。
つまり休日はコンロのスイッチを入れるだけで、これがもっと美味しくなった状態で食べられるという訳だ。
休日こそ、楽をせよ。
休める時にはしっかり休め、これぞ社会人の鉄則なのである。
とか何とか思いつつ、続けざまに野菜各種を口に放り込んでみれば。
ホクホクと口の中で解れていく大根や人参、そしてネギのアクセントも良い。
更には濃い目の味噌スープがまた……非常に、合う。
一息ついた所で再びビールを手に取り、クイッと喉の奥に流し込んでみると。
まさに、一段落。
ツマミを味わいながらゆっくりとお酒を嗜む機会なんて、忙しくなって来ればどんどんと失われていくもので。
こうして、家でゆっくりと居酒屋感覚が味わえるのもある種の贅沢なのだろう。
「厚焼き玉子は今日食べちゃってねー? お浸しはまだまだあるけど……きんぴらって結構日持ちするんだっけ? 早めに食べちゃった方が良いのどっちだろ?」
「まぁこれくらいなら、それこそ全部食べ切っちゃうだろ」
「主食のお米を用意して無いからねぇ~、入る入る。なんか懐かしいね、昔は居酒屋行くとこんな感じだった」
どうやら相手も同じような感想を思い浮かべていたらしく、緩く微笑みながらいろんな物を摘まんでいく。
その後お酒に口を付け、これまた気持ち良さそうにプハッと息を吐き出す妻。
これは負けていられない。
そんな事を思いつつも、私も他の物へと箸を伸ばした。
まずは厚焼き玉子。
朝作った物をレンジで温めただけだが、それでもやはり旨い。
朝ご飯ならもちろん、夕飯でもあれば嬉しい脇役。
食卓の彩りとしては最高だろう。
ソイツを口に放り込んでから、ほくほくと噛みしめ……そのまま、ほうれん草のお浸しへ。
これまた物凄く簡単な料理、ほうれん草をサッと茹でるだけ。
だというのに……コレだよ、コレ。なんて事を言いたくなってしまう程の、しっくり来る味わい。
ほんのりとした塩味に、上に掛かった鰹節。
そこへちょろっと、麵つゆや醤油などなど。
たったそれだけで贅沢な一品と化けてしまうのだから、コイツはズルい。
しかも卵料理からのほうれん草、鉄板とも言える組み合わせを味わえば……それはもう、お酒が進むと言うもので。
「うん、旨い」
「楽して美味しいは正義だねぇ~」
二人揃ってニヘラッと表情を崩してから、グビグビとお酒の缶を傾けていると。
今度は飲み物が無くなってしまった。
これは不味い、今日の主役とも言える存在が空っぽになっては困る。
「取って来るよー、またビールで良い?」
「あ、チューハイが欲しい」
「はいよー」
妻が二つの空き缶を持ってキッチンへと向かう姿を見送りながらも、こちらはきんぴらをポリポリ。
うん、やっぱり旨い。
若い頃は、正直コイツはあまり好きでは無かった。
というのも、私自身あまり匂いが強いモノに苦手意識があったからこそなのだが。
お弁当の隅っこに滞在していたり、祖父母の家に行く度に大量に出て来たコイツ。
その筈だったのだが……大人になってみれば、これがまた“間に食べる”物としては最高に旨い。
しかしながら、ここまで食べられる様になったのは“手を抜いた”からこそなのだ。
私がコレを苦手だと思っていた原因、それは……煮干し。
アレが無いとキンピラじゃない! と言い出す人も居たのだが、妻に相談してみた結果。
「入れなければ良くない? むしろ入れない方が楽だよ? キッチンにも匂い残らないし」
あっさりとそんな答えを叩き出し、実際に作って貰えばこの通り。
普通に、ハマった。
野菜なんかゴボウと人参があれば、他は完全に好み。
今回作った物はレンコンの薄切りと、乾燥唐辛子が少々多め。
更には入れ過ぎか? と思う程に擦りゴマを投入してみたのだが……実に、良い。
ゴマのお陰でとにかく香りは柔らかいし、ゴボウもレンコンもコリコリと良い食感。
味つけに関してだって、大匙いくつ~というレシピに従えば間違う心配も無し。
多めに入れた唐辛子のお陰でピリッと来る味わいに、そんな中にも人参の甘みがしっかりと包み込んでくれる。
ご飯のおかずにもなるし、そのまま食べてもこれだけ美味しい。
しかし一つ失敗したな……コレを食べながら、ビールが飲みたかった。
などと思っていれば、妻がおかわりのお酒を手に帰って来た。
そして目の前に置かれるのはチューハイ。
まぁ、良いか。
甘すぎるお酒を買ってある訳でもないし、これでも合わない事は無いだろう。
「あ、きんぴら頂戴~」
「どうぞどうぞ、今回は結構辛めだからね」
「そっちの方が好きだから平気~」
早くも酔ってる? と聞きたくなる程緩くなった妻も、新しく持って来たお酒を開けてから、パクパクとキンピラを摘まんでいく。
「ん~~うんまい。ウチのきんぴらさんは、匂いが強くないから何にでも合うねぇ」
「たまには普通のが食べたければ、煮干し入りも作るけど?」
「問題なーし、私もこっちに慣れちゃったし」
これまた不思議なモノで、やはり一緒に生活していると好みも似て来るのか。
私が作った物でも、妻は文句の一つだって言った事は無い。
まぁこれも、お互いに“頼り切らない”生活を心掛けているからこそ、なのだろうが。
結婚したからと言って、人と人であるのは変わらないのだ。
だからこそ、自分で出来る事は自分でやる。
出来ない事はちゃんとお願いして、やってもらったらお礼を言う。
そして出来る事を少しずつ増やす努力だって、ほんの少しでも良いから常に続ける。
例えそれが、“手抜き”だったとしても。
やらないよりかは、やった方がずっと良い。
そんな当たり前の事を続けた結果、家に帰ればこうしてまったりとした時間を作れるのだから。
これもまた、夫婦円満の秘訣というヤツなのか。
それとも出来て当たり前の事に対し、甘えすぎない気の持ち様が大事なのか。
妻と結婚してから、それこそ大きな喧嘩の一つもした事が無いというものだ。
「あ、そう言えば卵の賞味期限がそろそろかも……明日何か作る? 何食べたいー?」
「うーむ……今のメニューを目の前にすると、どうしてもツマミ系になっちゃいそうだけどね」
「それじゃ味玉でも作ろっか。茹でて、その後漬け込むだけだし。簡単簡単」
なんて会話をしながらも、二人してもつ煮をパクついていく。
うん、やはり旨い。
大した事はしていないのに、これだけ美味しくなるのだから、食品会社の皆様には頭が上がらないってものだろう。
手間のかかる部分は全部一つの商品で片付けてくれて、こうして夫婦揃う時間が作れるのは素晴らしい。
「もつ煮、おかわり要る?」
「欲し~、よろしくー」
先程は妻にお酒を持ってきてもらったので、今度は私が二人分のお椀を持ってキッチンへと戻った。
たまには手の込んだ物や、外食だって悪くはない。
しかしながら普段から一番食べる機会が多いのは、やはり家のご飯な訳で。
こういう所でこそ、ちゃんと分担して、ちゃんと手を抜く。
その分時間が出来れば、お互いに好きな事に時間を使う。
何度でも思ってしまう事だが……やはり、家庭に“手抜き”という言葉は心強い味方だ。
「ネギいっぱい欲し~!」
「はいはーい。あ、一味唐辛子要るかー?」
「欲しい!」
「了解~」
そんな訳で本日もまた、我が家の手抜きごはんは。
ほっこりとのんびりを兼ね備えた、非常に有意義なモノになるのであったとさ。
「オツマミメニューと言えば、天ぷらも良いよねぇ。明日作ってあげようか?」
「ありがたいけど……それこそ、手間じゃないのか? 揚げ物なんて」
「いやいや何をおっしゃいますか。素人天ぷらなんて、それこそ手抜き料理の代表格ですとも」
ほほぉ、それはまた。
では明日は、本来料理上手の妻から天ぷらを教わる休日になりそうだ。
忙しいばかりでは疲れてしまうからね。
二人で気ままに料理するのも、良いリフレッシュに繋がる事だろう。
夫婦円満、ほんの一手間(短編 一話完結) くろぬか @kuronuka
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