婚約破棄された転生眼鏡技術者令嬢 真実の愛の正体をメガネで見せてあげました

@tea_kaijyu

第1話 婚約破棄された転生眼鏡技術者令嬢。眼鏡で真実の愛の正体を見せる

貴族学園の卒業パーティー。今年は第三王子のレオンハルトが卒業する為、特別に王宮の第二広間で開催されていた。


広間の入口に一人で立ったエリーゼ・レーヴェンティール伯爵令嬢は、グルリと広間内を見回した。グラスを手に談笑していた人達の何人かが顔をチラリとこちらに向けたのがわかった。


恐らく、同情的な目で見ているか、嘲笑しているのだろう、よく見えないけど。


エリーゼは小さく溜息をついた。エリーゼには婚約者がいる。本来ならこの会場には婚約者がエスコートするものだった。


しかし、エリーゼの婚約者である第三王子のレオンハルトは、迎えの馬車をよこさなかった。まあ、エスコートする気がなさそうなのは、日頃の態度や、パーティーのドレスを送って来なかった事で、予想はついていた。だから、エリーゼは父であるレーヴェンティール伯爵にエスコートをしてもらう予定だった。しかし、父は今朝、足を捻挫してしまった。小さい段差に足を引っ掛けてしまいバランスを取ろうとして、足を捻ってしまったのだ。


大事な日だから特に気をつけてと言っておいたのに、とエリーゼはもう一度溜息をつきそうになったのを我慢して、唇を引き結んだ。兄は領地に行っているし、何ともタイミングが悪い。


代理のエスコートを従兄弟に頼もうかという案も出たが、急すぎるし、他の男性にエスコートされてきたと、難癖をつけられる原因は作りたくなかった。


そして結局、エリーゼは一人で卒業パーティーにやってきた。


チラチラ注がれる視線を気にせずに、広間へと足を踏み入れる。


給仕がトレーに乗せて運んできたグラスに手を伸ばしかけた時、広間に声が響き渡った。


「エリーゼ・レーヴェンティール! 貴様との婚約を破棄する!!」


それまで聞こえていた穏やかな談笑の声がピタリと止んだ。静かな演奏も止まり、会場が凍りつくように、静かになる。


背の高い金髪の男性が仁王立ちでエリーゼの方を向いていて、隣には令嬢を、ピッタリと寄り添わせている。


ピンク色の長い髪。ドレスは赤と緑を基調として、金色の飾りが付いているのか、ドレスの裾が揺れると、キラキラと輝いている。


ムワンと漂う甘い香り。香水だろうか。


エリーゼは目を細めた。


(レオンハルト殿下、よね? 私に婚約破棄とか言ってるし……。え、婚約破棄? どうすれば良いの?)



エリーゼは遠くのものがハッキリ見えない。つまり近視だった。幼い頃はそうでもなかったが、王子妃教育が、始まってから徐々に視力が低下してきて、学園に入学してからは、蝋燭の明かりで夜遅くまで勉強するように、なって更に視力が悪化した。


レオンハルト王子とは、王子妃教育で王宮に通っても顔を合わせることがなかった。通常では月に一度開催される婚約者との交流の為の茶会も、最近はずっとスルーされていた。


滅多に会わないから、本当にレオンハルト王子なのかが、自信がなかった。エリーゼを、からかう為に、金髪の誰かが演じている可能性を少しだけ考えた。



目を凝らしてレオンハルト王子を見ようとしたエリーゼは、無意識に眼鏡を探して手を腰の辺りで手を動かした。



カチャ



手が何かに触れ、音がした。エリーゼは手の中の物に目を落とした。エリーゼはハッとした。



(え? これって私の……)



眼鏡だ。テンプルと呼ばれる耳にかける部分がラベンダー色。その眼鏡には見覚えがあった。一気に記憶の断片が浮かび上がって来る。



「地味な貴様に嫌気が刺したのだ! 俺はこの美しいセレナ・メロウ男爵令嬢を愛してる。真実の愛だ」


「まあ、レオン様……」


目の前で二人が何か言っているがエリーゼはそれどころではなかった。前世の記憶が蘇ったのだ。


前世ではエリーゼは、眼鏡作製技能士という、眼鏡を作る技術者だった。そして、何故か今、エリーゼが前世で愛用していた眼鏡にそっくりな眼鏡がある。



「聞いているのか! な、なんだそれは」



エリーゼは咄嗟に眼鏡を装着した。そしてレンズを通して見た世界におもわず声をあげてしまいそうになった。


(あ、厚塗りオバケ……)


レオンハルトが腰に腕を回して抱き寄せている男爵令嬢セレナ・メロウの顔がハッキリと見えた。


真っ白に塗りまくり、白浮きしている肌。真っ赤に塗りつぶした唇。舞台メイクを1日置いたみたいな目元。華やかに見えたドレスもゴテゴテと飾り立てたようにしか見えない。


レオンハルト王子は間近にいて、厚塗りに気が付かないのか? それとも、厚塗りが好みなのか?


ドン引きしながらよく見ると、セレナから何かピンク色のモヤモヤしたものが煙のように浮かび出ている。


ふわっと鼻を掠める甘い香り。


眼鏡をかけたエリーゼには感覚的にそれが何か分かった。


(あ、魅了だ。これ……)


だから、レオンハルト王子は……、とレオンハルト王子に目線を移してみると、背が高いだけでヒョロヒョロして、そばかすだらけの鼻が大きな青年がいた。


婚約した頃の面影はあるから、レオンハルト王子本人だとは思うが、見目麗しい王子様という感じじゃない。


子供の頃は愛らしかったのに、成長すると微妙になるタイプ。


スーッと、冷静になって行くのを感じた。


エリーゼは別にレオンハルト王子に恋していたわけでは訳ではない。だが、子供の頃に婚約が決まり、仲良くして行こうと努力してきた。そっけない王子の事も好意的に考えるようにしてきたのだ。


学園に入学してレオンハルト王子の態度が悪化して来てからは、諦めの気持ちが強かったが、王家からの縁談の申し出だったし、エリーゼの実家から婚約解消する事も出来ない以上、そのまま結婚する事になるだろうし、と努力を続けるつもりでいた。


しかし、今、レオンハルト王子から婚約破棄が言い渡された。しかも大勢の他家の貴族の子息子女が見ている前で。



(あれ? もしかして、ラッキー?)


「エリーゼ! 何とか答えたらどうだ!」


怒鳴りつけるレオンハルト王子に、エリーゼは微笑み、王子妃教育で身につけたカーテシーで応える。



「婚約破棄、お受けいたしますわ」

「! そ、その珍妙な仮面は……?」

「眼鏡ですわ。御武運を。失礼いたします」


それだけ告げるとエリーゼは会場から立ち去った。



急いで帰宅したエリーゼは、すぐに父に婚約破棄の事を告げた。

父であるレーヴェンティール伯爵は難しい顔した。



「我が家の財力を後ろ盾にしたかったのじゃなかったのかねぇ」

「もう過ぎた事ですわ」



レーヴェンティール家は王都でも有数の商会を経営している。その為、第三王子の後ろ盾として、エリーゼが婚約者に選ばれたという経緯があったのだ。レオンハルト王子の「真実の愛」の相手であるセレナ・メロウ男爵令嬢の実家のメロウ男爵家は、レオンハルト王子の後ろ盾になり得るのだろうか。


「真実の愛」なら、後ろ盾など不用だろうか。エリーゼには関係ない事だと思う事にした。


ふと、目の前の父を見ると、書類に思い切り顔を近づけて読んでいる。


「お父様、もしかして近視なのですか?」

「うん?近視?」

「近くは見えるけど、遠くがよく見えない事ですわ」

「ああー、そうだなぁ。近い方が良く見えるなぁ」


まだ老眼とかではないようだ。エリーゼは心の中で思った。


そして、ふと思いついた事を口にした。



「そうだわ。眼鏡を作りましょう。まずは、お父様のからね!」


エリーゼは眼鏡製作の工房を作り、レーヴェンティール家が経営する商会で、売り出す事にした。


この世界には、何故か眼鏡というものが一般的ではないらしい。エリーゼは見た事がないし、父も眼鏡の事を知らなかった。


王都のレーヴェンティール家のタウンハウスの敷地内に作られた工房で試作を繰り返した。


最初に作ったのは、父、レーヴェンティール伯爵の眼鏡だ。



「おお! 見えるぞ、見える! エリーゼの可愛い顔も良く見えるぞ!」

「私の顔のことは良いですから……」



ツン、と横を向くエリーゼ。口元は少し緩んでいる。「可愛い顔」と言われたのはちょっと嬉しい。


それから、エリーゼは、家族、使用人たちの眼鏡を作った。モニタリングも兼ねていたが高評価だった。領地経営を学ぶ為に領地に住んでいた兄ロバートも、エリーゼに眼鏡を作ってもらう為に、わざわざ王都まで出てきた。


王都に来たついでに、社交の場に参加した兄が言う。


「なんか、ピンク色のモヤが見えたのだが、あれは何だろう」

「お兄様、恐らく『魅了』ですわ」


どうやら、エリーゼの手の中にある日突然現れた眼鏡でなくても、エリーゼが作製した眼鏡は、魅了の力を見る事が出来るらしい。


このまま製造販売して大丈夫なのかと、家族にも相談して議論を重ねたが、「見えて悪い訳ではない。むしろ、魅了をしかけてくるものを避けることが出来る」

という結論に達し、商会での販売に踏切ることにした。



まずは、貴族中心に販売を開始したが、あっという間に注文が殺到した。


王都は、学園で学ぶ子息子女、王宮で働く文官など、ニーズが多く、人気に火がつき口コミで、どんどん広まっていった。



騎士用のスポーツタイプや、老眼鏡なども発売し、収入の高い商人など、平民達の間でも徐々に広まりを見せていた。



王宮の舞踏会にも眼鏡姿の人物が居るのが珍しくなくなってきた頃、噂話が持ち上がってきた。



『なんだか、セレナ様って、思っていた感じと違うような』

『あの方、セレナ様、よね?』

『ピンクのモヤ?』



レオンハルト王子の恋人、セレナ・メロウ男爵令嬢の姿が、思っていた印象と違うと噂されるようになってきたのだ。



ある日、レーヴェンティール商会に眼鏡の制作者への面会申込みが送られてきた。


相手は、アルト・クライツェル。宰相子息だ。


レーヴェンティール商会では、既に何人かの眼鏡職人を育成しており、面倒なら相手の場合は、職人が「製造者」として、出ることもあった。


しかし、面会希望の相手の名前を聞いて、エリーゼは直接会ってみる事にした。



「お久しぶりです。クライツェル侯爵令息様」



応接室に入ってエリーゼは丁寧に挨拶をした。顔を上げると、黒髪に黒い瞳の青年が目を細めた。



「……学園卒業以来だろうか? 息災であったか」



アルト・クライツェル侯爵令息は、エリーゼの同級生だ。委員会などで、共に活動した事があり、実直な人柄という印象だった。



「……話題となっている、『眼鏡』の制作者が君だったとは……。……実は私はあの眼鏡について、調査をしているんだ」

「調査、ですか?」

「ああ、眼鏡を身につけた人達から、妙な物が見えるという話が出ている」

「妙なものですか?」

「ああ、特定の人物からモヤのような物が出ていると……」

「ああ……」



セレナ・メロウ男爵令嬢から出ていたピンク色のモヤのことか、とエリーゼが頷くと、アルトは目を見開いた。



「君はモヤの正体を知っているのか?」


「ハッキリとは知りません。恐らく『魅了』のようなものだろうな、とは思ってました」



アルトもモヤの正体を予測していたのか、特に驚いた様子は見せなかった。



「『魅了』だと予測していたのなら、何故訴え出なかった? 第三王子殿下が『魅了』の影響を受けていると、気がついていたのだろう?」


「『魅了』の効果で多少魅力的に見えたとしても、普通は婚約者を蔑ろにしたり、大勢の前で婚約破棄なんて宣言しないと思うんです。第三王子殿下の行動は、ご本人の資質ではないですか?」


「……」



アルトはレオンハルト王子の振る舞いを思い出したのか、眉間に皺を寄せ、小さく溜息をついた。



「そう、だな。理不尽な目に遭った君に、第三王子殿下を助けるような事を求めるのは間違っていた。すまない……」


「いえ……。国としては、放置出来ないですよね」


「ああ……。……眼鏡を作って貰えないだろうか。調査するものが、モヤをハッキリ視認できるようにしたい」


「なるほど……」



エリーゼは、アルトと、実働部隊数人分の眼鏡を作る事にした。アルトの分はきちんと視力を測定してから作るが、実働部隊用は、視力の矯正をしない伊達メガネだ。伊達メガネでも、ピンクとモヤは見えるはずだ。


「出来ました! ……わああ!」



眼鏡をかけたアルトを見て、エリーゼは思わず感嘆の声をあげてしまった。



眼鏡ハンサム。


アルトは元々整った顔立ちをしていたが、眼鏡をかけると、ブーストしたように格好良く見えるのだ。



「……変だろうか?」

「いえいえ、とっても素敵ですよ。ウフフ……」


眼鏡をかけたアルトが、じっとエリーゼを見つめた。


「可愛らしい……。よく見えると、一層可愛らしく見えるね」

「え?」



エリーゼの心臓はバクバクと、高鳴った。



『魅了』調査は、他にも『魅了』を使っている者はいないか。裏で糸を引いているものはいないか、という調査を進め、調査結果を国に提出した後に、国王の許可を得て、レオンハルト王子に特製眼鏡を寄贈することになった。


美しい装飾品の箱に収められた眼鏡をレオンハルト王子は、興味本位でその場で装着してみた。


「ぎゃあああ!」


セレナ・メロウ男爵令嬢が視界に入った途端、レオンハルト王子は、叫び声をあげた。



「レオン様、どうなさいました?」

「寄るな! 寄るな、寄るなあ!」



腕を振り回して、セレナから距離をおく、レオンハルト王子。確認するように、一度眼鏡を外して、もう一度眼鏡をかけて、セレナを見た。



「レオン様……」

「ひぃぃ!」



レオンハルト王子は情け無い悲鳴を上げて一目散に逃げ出した。



アルトの調査の結果、ピンク色のモヤは、特殊な香水から発せられていたもので、セレナの父親であるメロウ男爵が異国から取り寄せたものだという事が分かった。


セレナで成功したからと、一部の貴族にも密かに販売していたこともたり、逮捕された。


セレナは、香水の効果を知っていたかどうかが曖昧で、直接罪には問われなかったが、男爵家が取り潰しとなってしまった上に、眼鏡をかけた者達からは見向きもされなくなってしまった。


レオンハルト王子は、眼鏡を通してみた世界とこれまで見てきた世界のギャップにショックを受けて、部屋に閉じこもって出てこなくなってしまった。


自主的な幽閉のような状態である。



この事件が話題となり、レーヴェンティール商会の眼鏡は他国にも知れ渡る事となった。


いまや、大陸一の大商会となった。



アルトとエリーゼは婚約し、結婚式では互いに眼鏡を掛け合った。



「はう! やっぱり眼鏡ハンサム!」


「君が作ったものなら、どんなレンズでも、世界が美しく見えるよ」



アルトの甘い声音にエリーゼは頬を染めるのであった。

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