第13話 影騎士、王座に座す
夜。
北部関所の仮設キャンプ。
テントに敷かれた寝袋に潜り込み、周囲の寝息が落ち着いてきた頃――
目を閉じたまま、意識だけを向こう側へと落とした。
(五層は、どうなってる?)
足元の影が、静かに広がる。
視界の端に、石造りの広間が映った。
天井の見えない巨大なホール。
床には薄く霧が漂い、ところどころに砕けた石柱が倒れている。
その中央に、黒い鎧が立っていた。
影騎士。
(……いい出来だ)
そこへ、重い足音が五つ、階段を下りてくる。
ギルドの紋章を刻んだ革鎧。
前衛の斧戦士、盾役、後衛の魔法使いと弓手、そして回復役。
見慣れた学生の動きとは違う、長年これで飯を食っている連中の歩き方。
「ここが……五層、か」
斧戦士が、低く呟く。
「雰囲気、今までと桁違いだな」
「油断するな。あれが“この階層のボス”だ」
盾役が、影騎士をまっすぐ見据える。
黒い兜の奥は空洞。
ただ、空っぽの穴が、じっと彼らを見ているように感じられた。
影騎士が、一歩、前に出る。
キィン、と金属音が響いた瞬間、床の霧が低く波打った。
「行くぞ!」
斧戦士が叫び、距離を詰める。
影騎士の剣が、ほとんど予備動作なしに走った。
速い。
二年剣士の洗練された軌道が上乗せされている。
斧と剣がぶつかり合うたび、火花が散る。
「っらああああっ!」
斧戦士は力で押すタイプではない。
一撃ごとに足場を変え、少しずつ有利な位置へ回り込んでいく。
(悪くない相手だ)
影騎士は、淡々とそれを迎え撃つ。
時折ありえない角度から振り下ろす斬撃は、
敵の嫌がるタイミングを嗅ぎ取る。
「くそ、パターンが読めねぇ!」
斧戦士が舌打ちする。
「足止め入れる!」
後ろで魔法使いが詠唱を終えた。
「《雷鎖》!」
雷の鎖が、床を走って影騎士の足元に巻きつこうとする。
その瞬間、自分の影を伸ばし、鎖を吸い込むように飲み込んだ。
床の影が、どろりとうねる。
「影でスキル無効化かよ……!」
魔法使いが歯ぎしりする。
「なら、光でいく」
弓手が矢に光属性の魔力を込める。
「《閃光矢》!」
放たれた矢が、一直線に影騎士の兜を撃ち抜いた。
兜の一部が砕け、黒い霧が少し噴き出す。
影騎士は、一瞬だけ動きを止めた。
「今だ!」
盾役が前に出て、体当たりを叩き込む。
重い衝撃。
影騎士の身体がわずかに後ろへ滑る。
そこへ、斧戦士の渾身の一撃が重なった。
「おおおおおおっ!!」
黒い胸板に、斜めの大きなひびが走る。
「よし……!」
そのよしが言い切られる前に、床の影が冒険者たちの足首に絡んだ。
「なっ――」
動きが鈍った瞬間を逃さず、影騎士の剣が走る。
弓手の腹部に深い傷。
回復役の肩にも斬撃。
盾役は盾ごと押し切られ、片膝をつく。
「まだだ!」
斧戦士ひとりが、影を力で振り払い、前に出た。
「ここで引いたら、やられる…!」
吠えるように叫び。
影騎士が、無言で剣を構え直す。
交差の瞬間――
斧の刃は、影騎士の胸を深く断ち割った。
黒い霧が、傷口から勢いよく吹き出す。
胸のひびが、肩から腰まで一気に広がった。
同時に、影騎士の剣が斧戦士の腹を貫く。
「ぐっ……!」
血が床に広がり始める。
それでも、彼は斧を手放さなかった。
「……お前ら……仕上げろ……!」
くぐもった声で言い残し、その場に崩れ落ちる。
盾役は片腕だけまだ動いた。
魔法使いも、残った魔力を無理やりかき集める。
「《光槍》……!」
最後の魔法。
光でできた槍が、割れた胸の隙間に突き刺さる。
黒い鎧の内側で、何かが砕けた音がした。
影騎士は、一歩後ずさり――
そのまま、膝から崩れ落ちた。
霧が大きく渦を巻き、一度だけ広間全体を飲み込み、
やがて、床へ吸い込まれていく。
残ったのは、拳大の黒い結晶がひとつ。
魔法使いが、それを震える手で拾い上げた。
「……闇属性。純度、かなり高いな……」
「サイズも悪くねぇ……」
盾役が、肩で息をしながら言う。
「これが五層のボス魔石ってやつか……」
「こんなのが定期的に取れるなら、ギルドも国も放っとかねぇな」
斧戦士は、自分の血で濡れた床の上で、かすかに笑った。
「おそらくここは資源ダンジョン扱いだな……」
その予想は、ほとんど外れなかった。
数時間後。
同じ広間に、ギルドの上級職員と騎士団の士官、それに二年生と一年Aクラスの代表が数名だけ入っていた。
「ここが……五層……」
銀髪のヴァルトが、小さく呟く。
さっきまでの戦いの血痕だけが、生々しく床に残っている。
黒い結晶は、すでに職員の手の中だった。
「分析結果は?」
「闇属性の魔石。階層ボス級としてはサイズも純度も優秀ですが――」
職員は光に透かして眺めながら言う。
「国の命運を左右するレベルではありません。高級品ですが、珍品というほどでは」
「つまり?」
「このダンジョンは、“危険だが、きちんと管理すれば見返りも大きい”タイプです」
彼は淡々と続ける。
「浅層には魔石や鉱石、薬草も豊富。五層には、このクラスの魔石が出る。一方で、コアはまだ見つかっていない。完全踏破には、それなりの犠牲が必要でしょう」
騎士団士官が腕を組んだ。
「なら、現状維持か」
「はい。帝国としては、“潰す”のではなく――」
職員は、黒い結晶をわざと軽く持ち上げて見せる。
「国の管理下で、資源ダンジョンとして運用するのが妥当でしょう。浅層は学生や騎士見習いの訓練場として。深層は、冒険者と騎士団による定期調査と採掘の対象として」
「危険度等級は?」
「暫定でC〜Bでしたが……今回を受けて、正式にB固定とします」
「学生実習の範囲は?」
「三層までを基本とし、Aクラスと二年生のみ、条件付きで四層まで。五層は、原則としてギルドと騎士団のみ立ち入り可、という形で」
ヴァルトたちは、そのやり取りを黙って聞いていた。
(……そう来るか)
地上のテントの中で、俺は“下から”その話を聞いていた。
(完全踏破じゃなくて、“国管理の資源ダンジョン”扱い)
最初からそこまで読んでいたわけではない。
けれど、この結果はかなり理想に近い。
コアは生きている。
五層の影騎士は一度倒されたが、時間をかければまた肉体を得る。
そのあいだ、このダンジョンは国がわざわざ守る鉱山として扱われる。
(潰されるどころか、囲いを作ってくれるわけだ)
俺は、寝袋の中で目を閉じながら、喉の奥で笑いを飲み込んだ。
昼の俺は、霧に巻き込まれて迷子になった、運の悪い一年生だ。
グレンの行方を案じて、Bクラスの犠牲に肩を落とし、仲間と同じように焚き火を囲む。
五層の核の鼓動が、心臓の鼓動と重なって聞こえる。
(学園も、帝国も、ギルドも。
みんな、このダンジョンを“守ってくれる”)
俺のダンジョンを。
その事実が、たまらなく可笑しかった。
「クロガネ……起きてる……?」
隣から、小さな声がした。
薄いテント越しに、セナの影が揺れている。
「うん。どうしたの?」
「……なんか、眠れなくて」
少し間をおいて、彼女はぽつりと言った。
「グレン、見つかるといいね」
「……そうだね」
その名前を聞いた瞬間、五層のどこかで核が、かすかに脈打った気がした。
(もうとっくに見つかって、ちゃんと役に立ってるよ)
もちろん、声には出さない。
セナの影が、小さく頷いたように揺れた。
「ありがと。おやすみ」
「おやすみ」
静かな夜。
テントの外で、焚き火がぱちぱちと小さく鳴っている。
もっと遠く、北の空のさらに奥で、黒い鼓動がゆっくりと脈打っている。
(国が教育用の安全なダンジョンとして保護する場所)
(――ダンジョン内で、誰をどれだけ壊すかは)
(全部、俺の気分次第だ)
そう思うと、自然と呼吸が深くなった。
俺は満足したように息を吐き、
何も知らない一年生のふりをしたまま、静かに眠りへ落ちていった。
優しいフリをしているだけだ。俺は帝国最悪のダンジョンマスター 蛇足 @mikan22310
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