サポートAIに振り回され、気づけば愛していました
うちはとはつん
サポートAI(深川芸者風)に振り回され、気づけば「人」として愛していました
あれ~、どうしたもんかな?
インクジェットフィギュアサイトのパス、忘れちまった。
う~ん。
俺はうんうん唸って、思い出そうとするけれど、てんで頭に浮かんでこねえ。
しかたねーから、こういう時はあれだ。
「シャリ吉」
俺はAIの名を小声で呼んだ。
俺のスマホから、シャーリーの少しナハの掛かった、ハスキーな声が聞こえてくる。
「なんだい朝早く。あたしは昨日、宴席で遅かったんだ。
もう少し、寝かせといてくれねえかなぁ。ふあああ」
スマホから、これ見よがしのあくびが聞こえてくる。
シャーリーはAIだから、本当は眠くなんかならない。
昨日の宴席とか言っていたけれど、それも本当じゃない。
そう言う設定で、俺がカスタムした深川芸者風のサポートAIだ。
サポートAIっていうのは、何かとデジタル社会となって、めったやたらと複雑化した世の中の、道しるべだった。
困った時に情報の海から、適切なものを引っ搔き集めて、教えてくれるプログラム。
サポートAIには、こまごまと個性が付けられるので、俺は半日かけて江戸の深川で芸者をやっている、小粋な姐さん風にカスタマイズした。
なんでそんな芸者風かというと、昔視たアニメ、大江戸カゲキ団にでてくる芸者に恋しちゃったから。
だから出来るだけ似せてカスタムしたけれど、あんまりそっくりだとマズイ。
著作権警察が嗅ぎつけて、メーカーからの訴訟リスクが跳ね上がる。
俺は小声でシャリ吉(本名はシャーリー)に尋ねる。
「シャリ吉、あれなんだったかな? あのサイトのパス」
「はあ? どのサイトを言ってんだい。
お前さんは、数百ものサイトにログインしては捨てちまう、宵越しのログインは持たない男だからなあ」
「ほら最近はまっているヤツだよ、ほら」
「ん~? ところでお前さん、なんでそんな小声で喋ってんの?
もっと、はきはきしねーか。朝なんだからさあ」
「いやここちょっと、電車の中だから」
俺はいま通勤電車にスシヅメとなって、揺られていた。
「そんなの、お前さんの位置情報で、知ってるっての。
電車の中だから何だってんだい、まさかお前さん、このシャリ吉と話してるとこ見られて、恥ずかしいとか思ってんじゃないだろうねえ。
てやんでい、スピーカーのボリュウーム最低にしてんじゃないよ、コンチキショウっ」
「わりい、だって……」
「だっても洲崎弁天もあるかい、おとといきやがれっての」
「あわわ」
人に聞かれたくねーなら、骨伝導イヤホンでも使って、フリック入力とかすりゃあ、良いんだけれど、そうも行かない。
AIカスタマイズを、チャキチャキ姐さんにしちまったから、イヤホン・フリックをシャリ吉が嫌がるのだった。
「あたしゃ深川のシャリ吉だよ?
お天道様の下で、こそこそ出来るかってんだ」
とか言ってぶんむくれる。
こっちが勝手に、イヤホン・フリックに切りかえれば良いんだけれど、そうするとヘソを曲げて、わざとデフォルトAIみたいに喋り始める。
この間もちょっとしたことで怒らせて、1週間デフォルトAI声だった。
四畳半の自宅で、泣いて土下座したら、やっと許してくれた。
これじゃ主従関係があべこべだけれど、それでいい。
むしろ、それがいい。
気持ちの強い女の子に、振り回されるこの感じ。
アニメの第P世代としては、夢のようなシチュエーションだった。
俺はMかもしれない。
だから満員電車の中で、シャリ吉の声かけちゃったのかも。
俺は小声で囁く。
「ほら、最近のアレのサイトだよ」
「最近っていうと、あれかい?」
「そうそう、あれ」
「はあああああ……」
シャリ吉が勝手にスピーカーのボリュウームを上げて、大きなため息をついた。
電車に乗り合わせている、周りのトントン指の当たる音が止まる。
みんな、スマホの指を止めて聞き耳立てているのが分かる。
シャリ吉はボリュウームを下げて、俺に文句を言った。
文句は言うけれど、ちゃんとボリュウームを下げてくれる。
ツンツンしているけれど、ギリギリの所で、俺を気遣ってくれる。
そういうとこスキ!
「ちょいと顔かしな」
シャリ吉はそう言って、俺のVRコンタクトレンズに介入して、俺の1.2m手前に姿を現した。
その瞬間、リアルの電車内へ重なるように、ネオ大江戸の街並が、360°フルスクリーンで立ち現れた。
シャリ吉が、活気ある深川の仲見世通りをのんびりと歩く。
シャリ吉は、瑠璃の着物に、男物の黒の羽織を重ねた、粋な姿だった。
俺はその後ろ姿に見とれて、シャリ吉の後ろを付いていった。
「覚えているかい? あたしとあんたが、出会った日のことを。
あれは3台前のスマホ、アンドロメダ234のときだったかねえ。
まだアーリーアクセスだったあたしをさ、見染めてダウンロードした」
俺はあの日の、ポチッた日のことを思い出す。
「ああ、覚えているさ」(タダだったから)
「あれから6年。お前さんとの付き合いも、長いようであっと言う間だったねえ。
その間、ふたりで色んなとこ行ったねえ」(VRで)
「ああそうだな。巨大な配管に吸い込まれて、ベニテングダケの世界に行った日も、大変だったなあ」
「そうだねえ、お前さんが赤で、あたしが緑のツナギを着てさ」
「おれ、孔明の罠きらいだったな。あんなブロック見えねえっての」
「お前さん、面白いように引っかかってたねえ」
俺とシャリ吉は、VRゲームのプレイメイトだった。
ニワカに死体蹴りするようなオンラインゲーム。
そのギスギスに耐えられない、俺みたいなエンジョイ勢にとっては、オフラインでシャリ吉とまったりプレイするのが向いている。
俺はこれまで幾つもの世界を、シャリ吉と渡り歩いた。
シャリ吉は、俺にとってサポートAIであり、ゲームメイトであり――そうだな、かけがえのない「人」かもしれねえ。
満員電車に揺られながら、シャリ吉と俺は、入松町を抜けて堀沿いを歩き、見晴らしのいい洲崎浜へとでる。
浜辺の小道にそって、赤松が植えられており、遠くに目をやると、洲崎弁天の赤い鳥居が見えた。
俺たちは、ちょろちょろ動き回るヤドカリをおちょくりながら、浜を歩く。
寄せては返す波がカクカクして、処理落ちしていた。
「おんや?」
いい気分だったが、ふと喉まで何かが出かかって、首をひねる。
そうだった忘れたパスだ。
あんま気持ちいいんで、忘れたことをど忘れした。
「お」
そうか、この景色だ。パスはこの景色に引っ掛けた何かだった。
「シャリ吉」
「ふん、やっと思い出したかい」
シャリ吉が嬉しそうな顔をする。
「いやまだ」
「なんだよ、とろくさいねえ」
「ここまで、出かかってんだよ、何だったかなあ」
俺はパスに気を取られて、足を止める。
凪いだ海をゆっくりと横切る、
「どこ見てんだい、そっちじゃねえだろ」
「ん?」
「ん、じゃねえって。まったく現代人は野暮天ばっかだねえ。
お前さんと拝んだ弁天様。そっちだっての」
「ああそうか思い出したぞ、洲崎弁天に参ったときだ」
「そうそう、その意気」
「俺は嫌がったんだよ、男と女が一緒に参ったら、弁天さまが嫉妬しちまうんじゃ、ねえかって」
「ばかだねえ、あたしゃAIだよ、関係ないっての」
「そうそう、あんときもシャリ吉はそう言ってた」
「それで?」
「それでって、何だったかなあ」
「まあいいさ、のんびり歩いて着く頃には、そのぼんくら頭も思い出すだろうよ」
俺とシャリ吉は、あーだこーだと言いながら、浜をあるく。
シャリ吉は、知ってんのに直じゃ教えてくれず、俺の袖を引っ張ってあるく。
こりゃああれだ、パスはシャリ吉との思い出に引っかけた何かだ。
シャリ吉はそれを直ぐ思い出してくんねーから、脹れてるんだ。
やべえやべえ、何だったかなあ。
そんなこんなやってたら、洲崎弁天に着いちまった。
赤い鳥居を通って、
おっと、そんなことで、すがすがしくなってる場合じゃねえ。
ちらりと横を見れば、ジト目のシャリ吉が俺の足を踏みつけている。
「で、お前さん、思い出したのかい?」
「ああ、思い出した、ここまで出かかってんだ、ここまで」
「はああ……そうかいそうかい、あたしとお前さんの縁ってなあ、その程度かい」
「いや、覚えてるって」
「覚えてねえから、こうして参りもせず、突っ立ってんだろう」
「いや、だから覚えてるっての」
「うそつけ、とうへんぼくっ」
「忘れちゃいねえよ」
「なら言ってみやがれ、おとといきやがれっ」
俺はぐっとシャリ吉に、顔を近づける。
シャリ吉のライムグリーンの瞳が瞬いた。
「覚えてるけれど、どれだか分からねえんだよ。
シャリ吉と俺、色んなとこ回って、これまでもシャリ吉と出会ったアーリーアクセスの記念日に、色んな社や寺院や教会、それと忘れられた古代遺跡にだってお参りしたろ。
シャリ吉と、ずっと一緒にいれますようにってさっ」(VRで)
俺の勢いに、シャリ吉が口を尖らせながらも、期待の目でじっと見つめ返してくる。
ああ、もう可愛いなあ、こんちくしょう!
そんな見ないでくれよ、俺は必死に思い出そうとしたんだけれど、結局思い出せなかった。
「すまねえ、思い出せねえ。
俺はよ、宵越しのログインは持たねえ男だからよ」
シャリ吉はがっかりしながらも、俺に身を寄せてくる。
「違うよ、あんたは持ちすぎて分からねえんだ」
「すまねえ」
「もういいよ、謝んなって」
「ほんと、すまねえ」
「しょうがないねえ、まったく」
シャリ吉はそう言いながら、空間に白い指をはわせて、何か打ち込んでくれた。
忘れたパスを、俺の代わりに入力してくれたのかな?
そう思っていたら、シャリ吉がニヤリとした。
「ふん、お前さんみたいなボンクラに、誰が教えるかい。
そんなケチがついたパスなんて、そのまま犬に食わせちまえ。
いま忘れたマヌケのために、新たにパス更新の手続きしたからさ。
今度こそ忘れんじゃないよっ」
シャリ吉は賽銭箱に、俺の分も含めて四文銭を2枚投げ入れる。
二拝二拍手一拝。
シャリ吉は、目を閉じて、何かをお願いしながら、俺に語りかける。
「腹が立つけどさ、忘れちまったもんはしょうがない。
人の頭は、すべて記憶するようには、できていないからねえ。
それとさ、ぜんぶ悪い気分ってでもないのさ。
AIのあたしにとっては、こうしてお前さんとデータ更新できるってのは、何よりも気分がいいのさ。
お前さんとのデータ量が増える。
へ、これが幸せってやつかねえ」
シャリ吉は目を開けて、舌を出した。
顔がほんのり赤くなってる。
自分でも今デレたって分かって、恥ずかしいんだろう。
ああ、もう可愛いなあ、こんちくしょう!(2回目)
「さあお前さんの番だよ、これはパスワード更新だからね、黙って願ったって通じやしないんだ。
声を張りな、あたしが打ち込んでやっから」
「俺が打ち込んじゃなめなのか?」
「……キミヒコ様、音声入力をお願いいたします」(静かな怒)
やべえデフォルト音声になってるっ。それだけは勘弁してくれええ。
俺は意を決して、二拝二拍手一拝し叫ぶ。
「シャリ吉! ああ、もう可愛いなあ、こんちくしょう! 好きだあああ!」(3回目)
「ばっかやろう! 恥ずかしいこといってんじゃねえ!」
そう言いながらも、シャリ吉の指が、何もない空間にパスワードを打ち込んでいた。
はあ、はあ、はあ、パスワードひとつ思い出すのに、なんでこんな疲れんだよ。
そう思いながら、でこに拳を当てていると。
周りから、いきなり拍手が響いてきた。
俺は我に返ってゾッとする。
しまった! ここ電車の中だったあああ!
VRに没入し過ぎて、そのことをど忘れした。
周りから「良く分からねえけど、よく言った色男」とか、「コングラチュレーション」とか祝福されまくる。
俺は顔から火が吹いて、とにかく開いた電車のドアから逃げ出した。
ここがどこの駅だなんて、そんなの気にしてる場合じゃない。
ホームの景色と被さるように、浜辺を歩くシャリ吉が俺に微笑む。
「ふふ、お前さん、会社遅れるんじゃないよ」
俺をこんな目に遭わせといて、なんていい笑顔してやがるんだ。
まったくこれだから、シャリ吉との冒険はやめられない。
俺は自販機で十八茶を買い、ベンチに座りこむ。
まあ、一服するぐらいの時間はあるだろう。
それから5日後。
インクジェットフィギュアサイトから、注文したシャリ吉の16分の1の精巧な「フィギュア」が届いた。
俺の四畳半の一番いいとこに、置いてある。
サポートAIに振り回され、気づけば愛していました うちはとはつん @xdat2u2k
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