第十八話 星空の庭


 「おじさん!」


 仕事から帰って来たアルバートおじさんと偶然会うとは。おじさんのそばに駆け寄る。


 「仕事お疲れさまです。」


 「あぁ。ダニエルも俺のいない間にエナとユーインを見てくれてたんだろ?ありがとな。」


 そう言っておじさんは僕の頭を撫でた。久々に頭を撫でられ少し嬉しかったが、同時に気恥ずかしくて手を外してもらおうとおじさんの手に触れる。


 「おじさん、手、これ、」


 再会した時には気づかなかったが、直におじさんに触れてその手に所々包帯が巻かれていたり、まだ新しい傷が残っていたりすることがわかった。


 「ん?あぁ、今回の狩りの獲物がかなり凶暴でな。俺がなまっていたってのもあったが少しやられたんだ。」


 怪我を心配する僕におじさんはやけに明るい声で返す。それは自分もよくやる心配させないためのやり方だった。


 「でも、そのおかげでがっつり稼げたよ。」


 なおも怪我のことに触れずにおじさんは笑う。


 「…それは良かったです。」


 おじさんの怪我は心配だったが、どれだけ心配しても不安がらせまいと態度を変えないだろうということは今まで一緒に生活してきたからわかっていた。だから悩んだ末に怪我についてはこれ以上触れなかった。そして二人で並んで家に帰るために歩き出した。


 「エナとユーインはどうしてる?ぐずったりしてないか?」


 「エナはよく泣きますね、ユーインはエナに比べたら大人しいけどエナが泣いているとつられて泣くことが多いです。」


 「そうかそうか、まぁでもよく泣くってことは元気だってことだからな。にしても面倒見るの大変だっただろう。」


 「僕にはどうしようもなく、おばさんにほとんど助けてもらってました。」


 「はは、そうか。久しぶりに顔を見れるし楽しみだ。」


おじさんが仕事を増やしたのは二人のためだけではない。僕のためでもあるのだ。家族との時間を削って怪我をしてまでも仕事を増やして稼ごうとしている。もし、もし自分がいなかったら怪我をするほど大変な仕事をせずに生活できていたのだろうか。あるわけない考えを頭に思い浮かべ、少し落ち込む。


 「あ、ダニエル。お前に話があるんだ。」


 「え、…あ、はい。なんですか?」


 そんなことを考えていたら不意におじさんに話を振られ、慌てて返事をする。なんだろうか、話って。


 「ソニアとも前々から話していたんだが、もしダニエルがよければなんだが、」


 よければ?僕が?どういうことだろうか。もしかして…直前に自分がいなければなんて思っていたせいで嫌な考えが頭をよぎる。おじさんが次の言葉を話すのにそこまでほんの少しの間しかなかったが、その時間が一日のように長く感じられた。


 「…学校に行ってみないか?」


 最悪の可能性が浮かんだまま離れず思わず目をつぶってしまったが、おじさんからの予想もしない言葉に困惑した。


 「学校?」


 「そうだ。」


 いまだに内容が頭に入ってこず、混乱している。なんで急に、学校なんか。


 「なんでって。そりゃお前が行きたいだろうと思ったからさ。」


 確かに僕は学校に興味があった。でも、行きたいなんて口にしたことはないはずだ。これ以上迷惑をかけるわけにはいかないと心の中にしまっておこうと決めていたから。


 「もちろん、お前が興味ないし行きたくないっていうなら別にそれでもいい。ただ、ダニエル。お前には色々なことを知って学んで経験してほしいから相談してみたんだ。」


 「…そう、なんですね。」


 「今すぐ決めろっていうわけじゃない。好きなだけ悩んでいいからな。」


 なおも歯切れの悪い返事をしてしまった僕におじさんは安心させるように言った。


 「…ひとつ聞いてもいいですか?」


 「ん?なんだ?」


 「おじさんたちはどうして僕が学校に興味があるのがわかったんですか?」


 さっきから思っていた疑問について聞いてみた。


 「なんでって、そりゃ普段から見てたらわかるよ。村の外の話に興味深々だったり、本を読むのが好きだったり。いろんなことを学べるのが学校だからもしかしたらと思ってな。そしてなにより、ソニアに学校のこと熱心に聞いてただろ?そこからだよ。」


 そうだった、たしかエメットがハーフだと知った日におばさんから色々聞いていたらいつのまにかおじさんが帰って来ていて。その時か。話した自分で忘れていたのによくおじさんは覚えていたなと思う。


 「たしかにそんな話もしてましたね。わかりました、すぐには決めれないですが考えてみます。」


 「あぁ、そうしてみてくれ。さて今日の夕食はなんだろうな。」


 学校についての話はそこでいったん終わり、僕とおじさんは家まで他愛のない会話をしながら帰ったのだった。


ーーーーーーーー


 その日の夕食は久しぶりに家族全員がそろっての食事だったので実に賑やかだった。ソニアおばさんは目に見えて嬉しそうだったし、エナとユーインも相変わらずよく泣いていたがそれでもおじさんに抱きかかえられるところころと笑って喜んでいた。


 「次はいつ頃の帰ってくるの?」


 食事が一段落したころおばさんがおじさんに仕事のことについて尋ねた。


 「しばらくはうち周辺の仕事しかしないつもりだ。今回で結構稼げたから家族との時間も大切にしたいし。」


 少し安心した。村周辺の狩りだと慣れているから遠方での仕事よりも怪我する可能性が減るだろう。よかった。


 食事を終えた後、おじさんたちと色々な話をした。おじさんがいない間の生活の話、仕事で訪れた場所の話、そして学校の話。僕はおじさんに仕事のことを色々聞いてみた。

 おじさんは仕事の内容についてはほとんど話さなかったが、仕事の途中で訪れた街についての話を色々してくれた。勿論話してくれた街のどれも行ったことがないため、すべてが新鮮だった。

 色々話しているうちに、話題は学校の話になった。


 「アルモニーはよかったわよ、通ってる時はやらないといけないことや嫌なことも結構あって辞めてやるだなんて思ってたけど今振り返るといい思い出ね。」


 珍しくお酒を飲んでいて上機嫌なおばさんが僕に向かって話す。


 「そうなんですね。何が楽しかったですか?」


 おばさんが昔の話を始めたので僕は少し興味を持ち、色々聞いてみた。


 「私の行っていたアルモニーは結構行事が多くて、どれも楽しかったわ。収穫祭とかは特に。」


 そんなものがあるのか。聞いたことのない行事に行くかどうか決めてないのに心が躍った。


 「あ、でも嫌なこともあるわ。私、勉強は得意な方じゃなかったからついていくのが大変だったわね。特にテスト。成績が悪かったら退学もあったし、私がいた頃の先生がちょうど厳しいって有名でね。テストも難しいわ、課題も多いわでもうてんてこ舞いよ。」


 おばさんは昔を思い出すかのように目を細めながら話す。そういえば勉強の話はだいぶ前におばさんから聞いたような気がする。


 「そうなんですね…。おばさんでもそうなら僕なんか乗り切れる気がしないです…。」


 「そうね、私も一人だったら無理だったと思うわよ。でも、そうじゃなかった。同じ苦労を一緒に乗り越える友達がいたからね。懐かしいわ、勉強したりちょっと悪いことしてみたり色々したわ。」


 友達か。大変なことでも一人じゃなければ乗り越えようと思えるのだろうか。唯一の友達を思い浮かべながらそんなことを考えてみる。


 「どんな人だったですか。そのおばさんの友達は。」


 途端に機嫌が良かったおばさんが静かになった。何か余計なことを言ってしまったような気がする。


 「…そうね、あの子は私と違って賢かったし要領も良くてなんでもできた。…完璧人間過ぎてちょっとむかつくぐらいだったわ。」


 「凄い人だったんですね。」


 「…いや、完璧は言い過ぎたわね。」


 おばさんがコップに残ったお酒を眺めながらポツリと呟く。エナとユーインは既に寝ていて、おばさんの横に座るおじさんはさっきからテーブルに肘をついてうつらうつらしている。


 「…なんでもできる子だったけど、人付き合いは苦手でいつも一人でいたわ。周りも少し距離を置いてて裏では悪口も言われてた。でも……私にとっては恩人で、たった一人の大事な親友だったの。」


 おばさんがそんなこと言うなんて。多分酔ってるのもあるのだろうが、いつものおばさんからは想像つかないような、そんな話し方だった。そういえばおばさんの口から友達の話を詳しく聞けたのはこれが初めてだ。


 「それで、その友達の人はなんていう人なんですか?」


 もっと続きが聞きたくておばさんに聞いてみる。…しばらく待っていたが、おばさんから続きが返ってくることはなかった。


 「おばさん…?」


 反応がないおばさんの方を見ると、おばさんはテーブルに突っ伏して深い寝息を立てていた。最近までずっとエナたちの世話などで忙しかったから、その疲れがどっと出たのだろう。もう少し自分が何かできればと思う。

 このまま放っておくわけにはいかないので隣でうつらうつらしているおじさんを揺すって起こす。


 「おじさん、起きてください。」


 「ん、…どうした?」


 「おばさん寝ちゃったので、寝室まで運んであげてください。ここの片づけは僕がやっておくので」


 「ん、わかった。すまんな。」


 「大丈夫です。おじさんおやすみなさい。」


 「あぁ、おやすみ。片付けやらせてるのにこんなこと言うのもどうかと思うが、なるべく早く寝ろよ。」


 「はい、わかってます。」


 僕の言葉におじさんは再度頷き、おばさんを抱えて寝室に戻っていった。

 さっきまであんなに騒がしかったリビングが僕だけになって、静まり返った。やけに広く感じる部屋でテーブルに残った食器を片付けながら、今日の話を頭の中で思い起こす。

 食事の時、アルバートおじさんは「自分らのことなんか気にせずに学校で色々経験してきなさい」と言ってくれた。「普段からお前に手伝ってもらってお前に子供らしいことをしてやれなかったから」とも。おじさんがそう言ってくれたのは僕が負い目なく行けるようにだろう。

 ソニアおばさんは学校での出来事や友人について色々語ってくれた。どの話もとても面白く、自分も学校に行ってみたい、そう言った思いが強まったように感じる。


 でも、本当にそれでいいのだろうか。学校に行くとなると勿論お金が必要だ。

 おじさんは心配しなくてもいいと言ってくれたが、きっと今までの生活以上に必要になってくるだろうし、おじさんもまた遠方の仕事をすることになるかもしれない。それなのに、僕だけが好きなことをしていいのか。

 友達についてもだ。自分にとって友達と言えるのはエメットぐらいだ。村の子どもやビリーとはどうしても仲良くなれなかった。(そもそも向こうに嫌われていたし、僕やエメットに対して攻撃的だったので仲良くなる気もなかったが。)同じような歳の子が集まる学校でやっていけるだろうか。

 色々なことを考えていたら、いつのまにか片づけが終わっていた。


 それからおじさんに言われた通り、すぐ寝ようと思ったが直前にそのことを考えていたせいで中々眠れない。寝ることを諦めて少し外に出た。


 外はまだ冬ということもあり、肌寒い。庭には何も植物が生えておらず、なんだか寂しく感じた。

 庭の端に置いてある椅子に座ってなんとなく景色を眺めていた。

 空は最近にしては珍しく、雲一つない綺麗な夜空だった。空にはいくつもの星が輝いている。


 「綺麗だ。」


 気づいたら、そう呟いていた。口から言葉と共に白い息が漏れる。いつも見る景色となんら変わらない特別でもない空なのに、なぜか目を離すことができなかった。

 そういえば、『ひねくれゴースト』にも星空を眺める場面があった。確か秘境の山の頂上付近に住んでいる部族を訪ねた時に、仲良くなった少年に案内されて眺めるというものだ。その景色は今まで見た中でも一番だと書かれていた。今自分が見ている空とどれほど違うのだろうか。実際行ってみないとわからないだろう。


 そこまで考えて僕は、自分が今悩んでいることも行ってみないとわからないということに気がついた。そうだ、学校でやってけるか、友達がどうかなんて悩んでいたって仕方ないじゃないか。 


 視線を庭に戻す。何も生えていないと思ったが、庭の端に小さい白い花のようなものがぽつりと咲いているのに気がついた。

 暗い中遠目で見たから自信はないが、多分あれはスノータピスだろう。本来なら冬には咲かない花だがなんと季節外れなことか。

 椅子から立ち上がって花のそばへと歩く。その花びらに手を伸ばすが、


 「冷た、」


 花びらに触れたはずだが、思っていたのとは違う感触に驚き思わず手を引っ込める。花びらを触った指先を見てみるとわずかに湿っている。そこまでしてようやく、自分が触ったのは花びらではなく、雑草の上に溶け残った雪だということに気がつく。そもそもこの時期にスノータピスなんて生えているはずがない。花に見えていた雑草を何気なく引っこ抜く。


 スノータピスは何度か見たことあるが名前の由来のような雪に見えるほど沢山咲いている所は見たことがない。おばさんが庭で育てている花についても、教えてもらったことしかわからないし庭以外で見た花はもっと知らない。再び空を見上げる。


 僕は知らないことが多すぎる。初めてマウロさんの話を聞いた時、本を読んだ時のあの気持ちを思い出す。


 もっと色んなこと知らないことやものを見たい、知りたい、確かめたい。自分で。


 「やっぱり、僕は。」


 誰に言うわけでもないのに、そっとそれでも聞こえるような力強い声で呟いた。

 もう迷うことはない。


 「さぶ、、」


 しばらくそのままでいたが、体が冷えてきたのでそのまま家に戻って眠りについた。今日はぐっすり眠れそうだ。


ーーーーーーー


 翌朝、朝食をとってからアルバートおじさんとソニアおばさんに話があると切り出した。


 「考えたんですけど、…僕は、学校に行ってみたいです。知らないことをもっと知りたいしやってみたいんです。おじさんとおばさんに迷惑かけることになるけど、それでも行ってみたいんです。お願いします。」


 そう言って僕は二人に頭を下げた。もっと色々言うべきことがあったかもしれないが、それでも自分の考えをしっかりと二人に言えたはずだと思う。

 どれくらい時間が経っただろうか。


 「頭を上げろよ、ダニエル。」


 というおじさんの声に僕は恐る恐る二人を見た。


 「ダニエルがそこまでして学校に行ってみたいって言うなら俺もソニアも応援する。それに、前も言ったと思うけど迷惑かけるなんて考えるな。子どもは親に迷惑をかけて育つもんなんだから。」


 「そうよ、私たちはダニエルが自分で決めてやってくれることが一番嬉しいのよ。」


 二人の言葉はいつも以上に温かかった。少し泣きそうになる。


 「大体、俺たちがダニエルに提案したんだ。それを駄目だ、なんて言うわけがないだろ。」


 そう言っておじさんは笑った。


 「ありがとうございます。本当に。」


 「それで、ダニエル。どういう学校に行きたいの?もちろんあなたが行きたい所があるのならそこがいいと思うけど、」


 とおばさんが言う。もう、行きたい所は決まっていた。


 「それなんですが、僕はアルモニーに行きたいです。」


 僕の言葉におばさんは驚き、おじさんはそれがいいんじゃなかという風にニヤリと笑う。


 「アルモニーって。私が行っていた学校だけど、それでいいの?」


 「はい。あんまりどこに行きたいとかはなかったんですけど、昨日のおばさんの話を聞いていたら行ってみたくなりました。」


 「なんか嬉しいようなそうじゃないような複雑な気持ちね。アルモニーは勉強大変だよ、って言おうと思ったけど、ダニエルは心配ないわね多分。」


 「ダニエル、あそこは入るのに試験あったはずだが大丈夫か。」


 とおじさん。知らなかった、途端に少し不安になる。勉強も大変でそのうえ入るのに試験を受けなきゃいけないなんて。


 「…でも、自分で決めたことなんで、頑張ります。」


 これ以上どんよりとした気持ちになる前に、自分を励ますように明るい声で言う。


 「そうだ、よく言った。」


 「私も手伝うから一緒に頑張りましょ。」


 「はい!二人ともありがとうがざいます。」


 僕が思っていた以上に何事もなく決まり、僕はアルモニー目指すことになった。


 それからは早かった。いつものように家の手伝いをしながら試験に向けて勉強したりした。

 試験なんて受けるのは初めてだったし、最初は勉強も上手くいかなかった。それでも、諦めるなんて考えは一切思い浮かばなかった。


 家の手伝いと試験の勉強の合間にはおじさんから弓や剣の稽古をつけてもらったり、おばさんから魔法を教わったりして過ごした。


 そう忙しく過ごしているうちに、いつのまにか季節が変わり春になっていた。かなり長い期間そういう生活をしていたはずなのに、たった数日間だったと思えるぐらいの充実した日々だった。試験までにエナとユーインが初めて喋ったり、村に獣が出たりと色々あったがそれらがはるか昔のことのような気がする。


 試験の日はかなり緊張していた。でも緊張だけじゃなくて今までやってきたことがようやくできるという嬉しさもあった。

 自分では上手くいったと思うが、結果が出るまで気が気ではなく、おばさんの美味しい食事も喉を通らないということが何度もあった。


 そして試験から何日かたった日、送られてきた書類で僕は試験に受かったことを知った。

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エンドロールから始まる異世界転生 明石 @A_kashi

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