老いは、地球を救う

perchin

老いは、地球を救う

 銀河系辺境出身の異星人ゼタとボルトは、地球侵略の先遣隊として東京郊外に着陸した。

 ボルトが一人の男性を見つける。

「ゼタ隊長!地球人がいます。なんか冴えない感じですが……」

 古い木造アパートの一室、畳の上で寝転がり、小さな光る板(スマホ)を見つめる初老の男、タナカだ。

「馬鹿者。あれを見ろ、あの眼光を。おそらく名のある指揮官に違いない。手元を見てみろ」

 タナカはスマホの将棋アプリで、オンライン対戦の真っ最中だった。老眼が進んでなかなか焦点が合わず、目を細めていた、しかし、宇宙人たちには、鋭い眼光で「遠隔軍事指揮システム」を操作しているように見えていた。

 その時、タナカがボソリと呟く。

「ふん……そこで『金』を捨ててくるか。肉を切らせて骨を断つ気だな」

 ボルトが青ざめて震え出した。

「『金』を捨てる!? 軍資金、あるいは『金』の称号を持つ将軍を囮にするということでしょうか……なんて冷徹な……!」

 タナカは画面をタップし、ニヤリと笑った。

「ならば、こっちは『飛車』を成り込んで、『龍』にするまでだ」

 ゼタが息を呑む。 「ひ、『飛車』だと!? 飛ぶ車……空中要塞か? 要塞を変形させ、龍……おそらく『ドラゴン』に変えると……生物兵器か! この星の科学力は我々を凌駕しているぞ!」

 タナカはさらに独り言を続ける。

「よし、相手の駒を取った。こいつを……ここでこっちの駒として使わせてもらおう」

 ボルトは腰を抜かした。

「ヒィッ! 敵の兵士を捕獲し、即座に洗脳して自軍の兵として最前線に駒として送り返す!? 悪魔だ……この男は血も涙もない鬼の武将だ!」

 タナカはあくびをしながら、画面をトントンと叩く。

「逃げても無駄だ。そこは死地だぞ……ほら、王手」

「お、王手!!」

 二人は抱き合って悲鳴を上げた。

「敵国の王(キング)へ直接の暗殺予告! しかも、あんな小さな板切れ一つで!」

 タナカは満足げに鼻を鳴らした。

「よし、詰みだ。王の首、取ったり」

 その瞬間、ゼタとボルトの精神に限界が訪れた。

「逃げるぞボルト! こんな恐ろしい戦略家がいる星に勝てるわけがない! 指先一つで王を殺す神の如き種族だ!」

「はい隊長! 地球は危険すぎます!!」

 二人の宇宙人は、音もなく窓から飛び出し、光の速さで宇宙船へと逃げ帰っていった。

「いてて……」

 タナカは腰を押さえて立ち上がる。

「ふぅ、今日の相手はなかなか手強かったな。さて、風呂でも入るか」

風呂場で鼻歌を歌うタナカ。彼が地球の危機を救ったことを誰も知らない。本人さえも。

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