Dolls Night~正義の炎~

武無由乃

正義の炎~正義の執行者Justion~

 ――私は犯罪を憎悪する!

 ――何より、■■■■■■■■■■■■する事を、私は許すことは出来ない!

 ――そして……。


 西暦2063年6月13日――。

 兵庫県姫路市の繁華街で、ある男性が重武装のサイボーグ犯罪者に襲撃された。

 襲撃されたのは、某金融会社社員・天童てんどう 耕作こうさく氏。彼は、それまでに多くの市民を食い物にして、自殺にすら追い込んだ悪辣な人物であり、それ故に当時、世間にもて囃されていた【正義の執行者Justion】の標的となったのである。

 しかし、そんな彼を偶然通りかかった【ある警察官】が庇い、そしてその【正義の執行者Justion】に相対して路地裏に追い込まれつつも抵抗し――、そして……。


 ――そうしてその【ある警察官】は、その時に受けた傷によって殉職し――、それが理由なのかは分からないが、それ以降【正義の執行者Justion】はその活動を停止して世間から姿を消した。

 ただ一つだけ言えることは――、

 その事をセンセーショナルに書き立てたマスコミによって、その【ある警察官】は庇うべきでない悪人を庇った愚か者であると広められ、【正義の執行者Justion】を正義の体現者と信じる市民たちによって、【正義の執行者Justion】の活動を邪魔した【馬鹿で最低な無能警察官】というレッテルを貼られた……、という事だけである。


 ――そして、西暦2065年――。



 ◆◇◆



 兵庫県神戸市某倉庫街――。


 ダダダダダ……!!


 短機関銃――、サブマシンガンの斉射音が倉庫内に響く。

 そこはある銃火器密売組織がを保管している場所であり、その日、第二種特殊犯罪――重武装犯罪対応の警察組織【特殊武装警察隊(Special armed Police Team、SAPT)】による強制捜査が行われていたのである。

 【特殊武装警察隊】とは、サイボーグ技術の発展、アンドロイドの広まりによる犯罪の凶悪化、そして――、諸外国での銃器類のエネルギー火器への更新によって、超安価で日本に広まり始めた実弾火器類による武装犯罪に対応すべく、日本政府が極秘裏に設立した【特殊対策隊(Special Task Force、STF)】を前身とする警察組織である。その多くが、警察のみならず自衛隊――現在の国防軍所属者によって構成された、であり、それ自体がそれまでの通常警察の命令によらず、独自捜査をも可能となっている特殊な武装組織であった。

 その構成員は、その殆どが肉体を強化しているサイボーグやアンドロイドたちであり、それ故にその存在を気に入らない者たちからは【政府の武装操り人形(Heartless Dolls)】と揶揄されていた。


 短機関銃の斉射を壁を遮蔽物として防ぎながら【香取かんどり ひかる巡査】はその手の小銃――、専用アサルトライフルのマガジンを取り替えていた。


「……ドール・スリー――、突撃するから援護お願い……」

『……こちらドール・スリー、援護射撃……、了解(ブツ!)』


 無線からの音声を確認して……、そしてヒカルはその手の小銃を構えて障壁から躍り出る。

 狙いすましたように、側面から銃弾が目標が潜伏しているであろう箇所に撃ち込まれて、その間だけ相手が放つ銃弾の嵐が止まった。そのままヒカルは目標までの距離を詰めて、その思考操作で手にする専用アサルトライフルの機能を発揮させる。【特殊武装警察隊】の銃火器類は、サイボーグやアンドロイド向けに【スマート化】が施されており、その思考だけで機能を制御できる高度な電子機器でもあった。


 ぽん!


 アサルトライフル下部にマウントされた小型多目的ランチャーから、手榴弾にも似た小弾頭が放物線を描いて飛んでゆく。それは、目標である犯罪者たちが隠れている遮蔽物の向こうへと転がり……、そして、そこを中心とした煙が広がり始めた。その直後に、激しく咳き込み涙目の犯罪者たちがそこから慌てた様子で飛び出てくる。催涙性の煙に燻されて誰もがこちらを気にする余裕はない様子だった。


「……抵抗する気がないなら、手を頭にその場に伏せろ!」

「うぐ……」


 その多くがその場に伏せて、一部が涙ながらに抵抗を試みた。しかし――、


 ダダダダダダ……!


 即座にヒカルのアサルトライフルが火を吹いて、フルオート射撃ながら的確に急所をそらして弾丸を相手に撃ち込み、そうしてその僅かな抵抗も終わりを告げた。


「――エリア2クリアー……。ドール・スリー?」

『……こちらドール・スリー、なに……?(ブツ!)』

「――分隊長は?」

『ああ……、分隊長は本命相手に無双中……(ブツ!)』


 その無線から届いた言葉に、ヒカルは少し苦笑いしてから地に伏せる犯罪者たちを睨んだ。



 ◆◇◆



「マスター!!」

「……狙撃手の処理」


 後方に控える自分所有のアンドロイド【アスカ】にそれだけ言うと、防弾コートを身に着けて手に13mmマシンハンドキャノン【腕砕きアームブレイカー】を構えた、身長が2mに迫る男――、【御剣みつるぎ 斗真とうま巡査部長】が銃弾の嵐の只中を歩いていった。その彼に向かって短機関銃の弾丸が撃ち込まれてゆく。しかし――、


「……」


 斗真は全く意に介さず、黙ってその機械化された左腕を顔の前に置いて、銃弾から顔を守りながらその身で嵐を受け止める。そうして後ずさることもなく前進してゆく斗真は、銃弾の嵐の合間を縫ってそのマシンハンドキャノンを振るった。


 ドドドン……!


 目標が盾代わりに使用している、装甲化された大型強化外骨格に銃弾が吸い込まれてその衝撃で横倒しになる。そのまま機能を停止して中から人が這い出てきた。


「クソ……!」


 悪態をつく彼らに向かって、マシンハンドキャノンを腰の後ろに収めた斗真が、その金属質の拳を握って突撃してきた。


 ドン! ドン! ……ドン!


 そして拳が幾度も空を疾走はしって、その度に犯罪者達は意識を失ってその場に倒れていった。

 それは――、まさに一方的な制圧戦。十数人もいた犯罪者たちはすべからくその動きをとめて、斗真は特殊繊維テープ手錠を彼らの腕にかけていった。


「……ふう、アスカ?」

「あ……マスター! こちらも制圧完了です!!」

「そうか……」

 

 静かになったその区画に、幾人かの足音が聞こえてくる。そちらの方を見ると、自分が指揮する分隊の隊員たちが一様に笑顔で姿を表した。


「……御剣分隊長!! ご無事で?!」

「問題ない……」


 笑顔で問う隊員たちに静かに笑顔も見せずに答える斗真。そこに、後続の【特殊武装警察隊】麾下の鑑識官が大きな荷物を抱えながら現れた。


「ご苦労さまです……御剣分隊長」

「……ああ、後は任せた……」


 現れた鑑識官のリーダーにそう答えた斗真は、後の仕事を彼らに任せて、隊員を引き連れてその場から退去していった。



 ◆◇◆



「……これが、今わかっている事すべての資料だ……、御剣くん」

「そう……ですか。有難うございます、神城警視……」


 大隊長席に座って手を組むその女性【神城かみしろ 友紀ゆき警視】は、そう言って視線だけで目前に置かれた資料の束を示した。

 その女性は――、そこそこ若いながらも【特殊武装警察隊兵庫方面大隊大隊長】を務める人物であり、ある意味で斗真の後見人とも言える存在であった。

 その彼女が、少し心配そうな視線を斗真に向ける。


「御剣くん……大丈夫かい?」

「……。……大丈夫、と言うと嘘になりますが、俺は神城警視を失望させるような真似はしませんよ……」

「……ふむ……」


 その斗真の答えに神城警視は静かに目を瞑る。


「あの日から……、もう二年にもなるのか……」

「そうですね……」


 斗真は、その部屋の窓越しに見える空の果てを眺めながら小さくため息を付いた。


「……あの男が……、Justionが再び活動を再開した……か」


 その彼の瞳に宿るのは、怒りなのか、悲しみなのか、……それを計り知ることは誰にも出来なかった。

 神城警視が静かに目を開けて、斗真に向かって口を開く。


「ああ……、現在あのJustionが狙っているのは、現在進行形で裁判が進行中のあの仲田なかた 優生ゆうせいだ……」

「あの賢誠会松羽組の幹部……」

「そうだ……、例の警察、検察側の強引な捜査手法と違法性を内部告発されて、彼が関わったとされる殺人事件が逆転無罪となった……」


 その事を聴いて斗真は小さくため息を付いた。


「……その件で、あの男は名誉毀損を訴えて逆裁判を仕掛けられてるんでしたね……。しかし、あの男のもとの罪状に関してはほぼ間違いなく黒で……」

「ああ、だが証拠を示す決定打が足りなかったから……、どうにか追い込めないかと焦った捜査員が……」


 それは……、なんとも最悪な結末だった。

 いわば相手が手強く勾留期限ギリギリで焦った捜査員がやらかして……、それを検察も分かっていて見逃したという話であった。

 斗真自身が見ても、状況証拠から言えば間違いなく彼以外に犯人はいないように思えたが、つい……でやってしまった捜査官の行いが、全てを台無しにして逆転無罪を引き起こしてしまったのだ。


「Justionは……、愚かで不甲斐ない警察に代わって正義を成す……と宣言して、ここ数回彼の周辺で騒ぎを起こしている……。まあ、相手は暴力組織の幹部だから、そうそう簡単に襲われてくれないようだが……」

「でも……、それも時間の問題ですよね? 過去にも、あのJustionは他の暴力組織の関係者を、その妨害をかいくぐって始末している……」

「ふむ……」


 その斗真の言葉に頷いた神城警視は、不意に斗真の目を見つめて言った。


「その事も関係した話だが。……例の……、以前Justion関連の捜査を担当していた元警察官。やっと話をする気になってくれたよ……」

「それは……! そうですか……、色々、辛いでしょうに……」

「少し急ではあるが、今日の午後にの身内である御剣くんにならば……、会って話してくれる、……との事だ。直ぐに向かうといい……」

「……わかり、ました……」


 そう呟いた斗真は、決意の瞳で机に置かれた資料を受け取り、そのまま大隊長が詰めるその部屋を出ていった。

 その背を見送った神城警視は、自分ひとりのその部屋で小さく静かに呟いた。


「……かなで……、君の弟であるあの子ならばきっと……」


 ――その部屋を出た斗真のもとに、彼所有のアンドロイド【アスカ】が走り寄ってくる。


「マスター? お話は終わりましたか?」

「ああ……、だが、これから向かうべき場所がある……」

「え? それって……」


 首を傾げるアスカをその場において、斗真は一人その兵庫方面大隊詰め所の駐車場へ向かって歩いていく。

 アスカはそんな彼を慌てて追いかけていった。



 ◆◇◆



 ――一時間後、神戸市郊外のある病院に斗真はある人物を訪ねて来ていた。

 病院の看護師に案内されて、目的の人物が待つ病院の中庭へと向かった。

 車椅子で中庭に一人佇むその彼は、斗真の姿を認めると静かに頭を下げて微笑んだ。


「お久しぶりです。藤堂さん」

「……ああ、あの時以来だね……。あの時はすまないことをした……」


 斗真を出迎えた彼は、その斗真の言葉に静かに頭を下げてそう言った。

 斗真は首を横に振って静かに答える。


「あの時は……、貴方も、貴方の娘さんも大変でしたから……。仕方がないです……」


 その斗真の言葉に、その男性は苦笑いして言った。


「あの時の娘は……、今、高卒認定を受験して大学へ進学しようと頑張っているんだ……」

「……それは! 良かったですね!!」


 その言葉に彼は満面の笑みを浮かべた。


「それで……、最近、あのJustionが活動を再開している、という話もあって……、娘がこう言ったんだ……」


 ――お父さんが警察官としてJustionを逮捕しようと頑張っていたのは、絶対に間違いじゃない……。

 ――あの時に、をしてしまった私が言うのも何だけど……、もう自分の事を責めたりしないで。


「ってね……」

「……」


 かつて――、三年ほど前にJustionが初めて姿を表した頃、Justionが起こした連続殺人事件を捜査していたのが藤堂警部だった。

 しかし、そのJustionが狙ったある暴力組織幹部を調べていた際、その抗争に巻き込まれて脳にダメージを負う負傷をして、その上――何処からか情報を嗅ぎつけたマスコミによって、当時【正義の執行者】と評判になり始めていたJustionを捕らえるために捜査している警察官であると情報が漏れて、それを切っ掛けに彼の娘が当時通っていた高校で「正義を邪魔する馬鹿警官の娘」だとイジメが起こって――、その娘が自殺未遂するまでになったのである。

 それを切っ掛けに警察を退職した彼は、静かに――その過去を知られないようにしながらひっそりと生きてきた。


「あの日――、二年前、思い詰めた表情の君を、それでも追い返してしまった事は……、私にとって本当は何よりも苦しいことだった」

「藤堂さん……」

「私は……、警察官だ……。警察官だった……」


 ――ならば――。


「君のお姉さんほどには強くはなれないけれど……、それでも私は警察官としての最後の職務を全うすべきだと思ったんだ」


 そして藤堂さんは懐から一冊の古びた手帳を取り出す。


「パソコンとか今はあるけど……、やはり私にとってはこれが使いやすくてね」


 そう言って苦笑いして、藤堂さんはその手帳を斗真に手渡した。


「これは……」

「わかるかい? 実は当時、私はあのJustionの過去にまで迫ろうとしていた……。無論、完全な証拠もなく、そもそもその手帳に示した人物は十年前から行方不明でね……」


 斗真は手帳を捲って内容を読んでゆく。


「彼のサイボーグ装備は戦闘用だから……、その当時は、日本でそれを行える病院は数えるほどしかなかった。そこを足がかりに調べていった果てに……、彼の名を知った」

「……」


 斗真は静かに眉を歪ませる。それは自分自身にとっても、気分がいい内容ではなかった。


(今から十五年前……、ある地域で強盗事件を切っ掛けにした銃撃事件が起こって、それに巻き込まれた数名の一般市民が死傷した。その中の被害者の名前には……)


 ――会社員星井ほしい 政幸まさゆき(男性、軽傷)。

 ――小学生星井ほしい 枝里子えりこ(女性、死亡)。


 そして――、


 ――会社員御剣みつるぎ 和真かずま(男性、死亡)。

 ――会社員御剣みつるぎ うた(女性、死亡)。

 ――高校生御剣みつるぎ かなで(女性、軽傷)。

 ――小学生御剣みつるぎ 斗真とうま(男性、重体)。


 その内容を見て――、そして斗真はただ目を瞑った。


「この星井ほしい 政幸まさゆき……という人物が……」

「おそらくは……」


 それを聴いた斗真は黙って立ち上がる。その険しい表情を藤堂は心配そうに見つめた。


「君は……」

「……悲劇は……、何処かで止めなければならない」


 その言葉を聞いて藤堂は黙り込む。斗真は静かに頭を下げると、その病院を後にしたのである。



 ◆◇◆



 それから数日間――、かの仲田なかた 優生ゆうせいの周辺は静かであった。

 御剣みつるぎ 斗真とうまはそれでも必ずJustionは現れる――そう考えてその男の監視を続けたのである。

 しかし、そんな行動が気に入らなかったのか、ある日――。


「お前……、いつまで我々を監視するつもりかね?」

「……」


 不意に仲田が斗真の存在に気がついて、因縁をつけてきたのである。

 斗真は余計な争いを避けるために、静かにその場を去ろうと考えた。だが……。


 ドン!!


 不意に、近くに待機していた仲田の護衛が、原因不明の爆発に巻きこまれた。驚いた仲田はその場に伏せて――、そして、路地を走り出てくる巨体を見たのである。


「う、あ……」


 護衛を失った仲田は青い顔でそれを見つめる。そこに現れた巨体は、全身を金属製のボディアーマーで鎧い、その手に斗真が愛用しているハンドキャノンに匹敵する巨銃を構えたヒーローマスクの男であった。


(Justion……)


 静かに斗真はその表情を見つめる。マスクに隠されたその表情は伺い知れなかったが、その瞳が明確な怒りと憎悪を宿していた。


仲田なかた 優生ゆうせいよ……、咎人の贖罪の時間だ……」

「く……あ」


 その巨体が持つ巨銃の銃口が仲田の額を狙った。

 即座に斗真は仲田とJustionの間に割って入って、その腰からハンドキャノンを抜いてその銃口をJustionに向けた。


「そこまでだ……Justion」

「……ふん、警察か? 邪魔をするな……」


 そうして睨み合う二人を前に仲田は逃げようとするが。


「動くな!!」


 激しいJustionの恫喝に、怯えた様子でその頭を抱えてうずくまった。


「……我が断罪より逃げられると思うか罪人が!!」

「ひいいい……」

「そして……、貴様が犯してきた多くの悪によって嘆く者の想いを理解して死ね!!」


 そう咆哮するJustionに、完全に腰が抜けてその場から動けない仲田。それを尻目に斗真はJustionを睨んだ。

 そうして、射線を邪魔する斗真に、Justionは怒りの目を向けて咆哮する。


「貴様!! 邪魔をするな!! 愚かな警察ごときが……、貴様が出来ない正義をこの我が成すのだ!!」

「……それはさせない」


 その斗真の言葉に、その瞳に怒りの炎を燃え上がらせて咆哮する。


「警察は……、そこの悪人を放置するつもりか?! 何故、被害者の嘆きが聞こえない!!」


 そのJustionの言葉に斗真は答えを返す。


「ああそうだな……、お前の言う通り警察は愚かだ。今回の件に関しては――この馬鹿を無罪にしてしまったのは――全てずさんな捜査が捜査官が招いた結果だ……。だが……、それとこれとは違う……。お前の正義の執行とやらを完遂させるわけにはいかん……」

「何故だ!! 皆……、世間の多くがそれを望んでいるというのに!! 被害者たちは、それこそが望んでいる願いだと言うのに!!」


 その言葉を聴いてもなお斗真は銃を下ろすことはない。――静かにJustionを睨んでいった


「お前の言う事は一々もっともだ……、ガキの頃の俺ならお前の信者になってたろうな……」

「何?」

「……だが、ならば聞かせてくれるかJustion? 悪人どもの被害者の嘆きはお前が晴らすとして……」


 ――お前が犯した悪の断罪は誰がしてくれるんだ?


 その斗真の言葉にJustionは目を見開く。――静かに斗真は語り始める。


「お前……、なんでここ二年間活動を辞めていたんだ? ここまで被害者救済を考えるお前が、なぜそれを辞めていたんだ?」

「……」

「俺には……その理由がわかるぞ? お前はかつての俺自身だからな……」


 その斗真の言葉に、一瞬何かを思い出した様子でJustionは後ずさった。


「お前は……、あの日……、二年前……、自分の罪を自覚したんだろ? だから二年間もの間、自分の行いを悩み続けてきた……」

「お前は……一体何者だ……」


 それまでとはうってかわって静かに言葉を発するJustion。それに対して斗真は静かに感情を殺すような表情で答えを出した。


「俺の名前は御剣みつるぎ 斗真とうま……。二年前お前が犯罪者を断罪しようと襲撃して、それが叶わなかったあの時、お前に立ち向かって引かなかった警察官……」


 ――御剣みつるぎ かなでは俺の姉さんだ。


 その言葉を聞いた瞬間、Justionの思考にあの時に立ちふさがったその娘の姿が浮かんだ。

 胴を銃弾に撃ち抜かれ、血まみれで……それでもなお自分に銃を向けていたあの娘を。



 ◆◇◆



 西暦2063年6月13日――。その日は生憎の雨模様だった。

 そんな中で起こった銃撃戦で、周りへの被害を考えた御剣みつるぎ かなでは、Justionの銃弾を浴びながらも、被害が広がらない場所へとJustionを誘導して、そして襲撃目標である天童てんどう 耕作こうさくを背後に隠す形でJustionに相対していた。Justionは思わぬ邪魔者に焦って、彼女に明確な怒りを向けてその銃弾を容赦なく浴びせていった。


「貴様!! 馬鹿か!! 何故そんなクズを庇う!! この偽善者が!!」

「く……は」


 それでも奏はその目の力を失わずに、必死で背後のを庇い続けた。


「いい加減にしろ!! くだらぬ公共の偽善の体現者め!! そこまで警察とは愚かなのか!!」

「……く、は……」


 奏は血反吐を吐きながらも倒れることなくJustionを睨む。


「お前には……、お前にはそいつの被害者の嘆きが聞こえないのか?! そのようなクズを……」

「あの……さ、……いい加減、勘違いしないで、よ……」


 そう言ってJustionに怒りの目を向ける奏。


「誰が……こん、な……カス男を、助けたいって……言ったの?」

「……何?」

「知らない、わけ、無いでしょ……わたし、が。こんな奴……さっさとクタバレば……いい」


 その奏の言葉にJustionは困惑の表情を浮かべた。――自然と疑問が口をついて出る。


「ならば……何故……」 


 そんな彼に対して、口から……、そして腹から、鮮血を溢れさせながら奏は言う……。


「同じなのよ……」


 その言葉に……、Justionは首をかしげる。奏は少し微笑んで言った。


「あの日、から……、パパと……ママが、あの事件で死んでから……。あの子が……左腕を失った……あの日から……」


 ――全てを恨んで、憎んで、怒って――、周りを傷つけて――、自分自身の心を壊しかけていた――弟。


「貴方のその目は……、あの時の、弟と同じ……なのよ……」


 ――だから、私は貴方を止めたい。


 その言葉にJustionは苦しげな表情で奏を睨む。


「そんな事……、余計な……」

「そう……かもね……。勝手に、貴方に弟を重ねて……、馬鹿なことをしてる、ただの馬鹿警官……」


 ――でもね?


「私にも……、信念が……ある」


 ――あの日、悲劇への救い手を目指して警察官となって――、そして今も心に燃える想い。


 私は――弟を苦しめた犯罪を許さない!

 ――私は犯罪を憎悪する!

 ――何より、勝手な理論で犯罪を正当化する事を、私は許すことは出来ない!

 ――そして……、それがたとえどんな理由であろうと……、私はそれを止める!!

 それを……、貴方の正義を認める事は、犯罪は時に正しい事なのだと――、間違った証明をしてしまう事だから!!


「――だから止まれ!! Justion!!」

「く……」


 その瞳に燃える炎を見てJustionは静かに後ずさる。そのまま苦しげな表情を浮かべて、そのまま姿を闇に溶けさせていった。

 その姿が消えたことを確認すると奏は静かに銃を下ろした。その背後で天童てんどう 耕作こうさくがその場から逃走しようとしていた。


「お前は逃げるな!!」

「ひい!!」


 奏の血反吐混じりの恫喝が響く。奏は腰から特殊繊維テープ手錠を出して、天童の手首と自分の手首を括り付けた。


「お前は……、自分の……、罪から逃げ、るな……」


 そうして怒りのまま天童を睨んでいた奏が、その場に座り込んで小さく呟いた。


「ああ、ダメ……、意識が遠くなってきた。これは……、もしかしてまた、弟を悲しませる……ってこと?」


 ――ああ、でも……多分あの子なら大丈夫だよね?


 かつて、怒りのままに暴力を振りまく者でしか無かった弟。

 行き場のない悲しみと、怒りと、憎悪で、心が壊れていきつつあった彼を奏は必死で守り抜いた。

 その果てに、弟は正しく更生して――、自分が目指していた皆を助ける者――、彼女が憧れて成ろうと信じている警察官の姿に彼もまた憧れてくれた。

 ――自分という、どうしようもない警察官に――憧れてくれた。


「ああ……、あの子が……、姉さんみたいな……警官に、なりたい……て言ってくれた時……。とても……」


 ――とても幸せだったな。


 そうして、雨の降りしきる路地裏で御剣みつるぎ かなでは静かにその生涯を終えた。

 ――最後まで――、その信念に殉じて。


 ――享年29歳。残された肉親である弟のため……、悲劇を繰り返さないために、多くの困難に立ち向かい続けた人生であった。



 ◆◇◆



 Justionはその時はっきりと後ずさった。それを見て斗真は言葉を続ける。


「俺は……お前を殺してやりたい……。この弾丸を貴様の額に撃ち込んでやりたい。でも……」


 ――それは絶対にできない!


「……それは……姉さんが信じて、そして俺に残してくれた【信念】を汚す行為だからだ!!」


 だから――。


 Justionの瞳に映る斗真の顔が、かつての奏の顔と重なる。


「――だから止まれ!! Justion!!」


 その瞬間、はっきりとJustionの目に怯えが宿った。


「ああああああああ!!」


 Justionは狂ったように叫んでその銃の引き金を引こうとした。しかし――、


 ドン!


 斗真のマシンキャノンの銃口が火を吹いて、その次の瞬間にはJustionが手にした巨銃が砕け散った。

 そのまま斗真は腰に銃を収めて拳を握った。


「――制圧開始!」


 そして拳を握った斗真はJustionめがけて一直線に疾走はしったのである。

 ――二つの巨体が交錯する。拳と拳がぶつかりあって、そして――。


「ぐは……!!」


 Justionは斗真の左の重拳を喰らって後方によろめいてゆく。

 反吐を吐きながらその心のなかで思った。


(ああ……枝里子えりこ。父さんは……)


 その目から涙を流して心のなかで謝罪する。


(すまん枝里子えりこ……、お前のような悲しい存在が生まれる世界が嫌で……、憎くて……、ただ望むまま、怒りのままに進んできたが……)


 目の前の斗真の表情に奏の必死の叫びが重なる。


(勝てるわけがなかった……、勝てるわけがなかったんだ……、私のような手が血で汚れた罪人の正義が、彼女のような純粋な救済者の残した信念に勝てるわけがなかった……)


 ――なぜなら。


(あの時……、そんな彼女のような警察官が、あの瞬間に現場にいてくれていたら……)


 ――間違いなく、命を賭してでも――娘を救おうとしてくれていただろうから。


 ――こんな馬鹿なお父さんを許してくれ――、枝里子えりこ


 こうしてJustionはその場で動かずに抵抗を辞めた。

 Justionは――斗真によって無事逮捕されたのである。



 ◆◇◆



 その日、斗真は姉である奏の墓参りに来ていた。

 その背後で静かに見守る【アスカ】が言う。


「あれで本当に良かったんですか? あのままあの男が……仲田が生き残って……、憤ってる人もいるみたいですが?」

「……そうだな、あれは正しくマズイことだ……」


 普通に同意する斗真に呆けた表情を作るアスカ。

 ――斗真は静かに言葉を続ける。


「そもそもが……あれは警察側の不手際。法を守るべき警察が法を無視したために犯罪者に足元をすくわれたって話だ……」

「……」

「……だから警察は責任を取らねばならん……。そして、野放しにしてしまった犯罪者を、その犯罪をこれ以上許してはならない」

 

 斗真は背後のアスカに振り返って、静かに不敵に笑った。


「ちょうど俺は……Justionの件が一段落したからな、丁度いいから……アイツを追い込むか……」

「え?」

「……ああ、そうだな……、……逃しはしないさ。けっして……許しもしない」


 ――あの犯罪者を必ず挙げる。

 

 そう言って笑った斗真は、そのまま繁華街へと向かって歩き始める。

 その背後にあって斗真の背中を見つめる、彼の姉の墓には――きれいな花束が風に揺れている。



 ――そうして受け継がれた【正義の炎】は、今日も消えることなく街の闇を照らし続けている。



 ◆◇◆



<銃火器等装備設定>

●MHC58・13mmマシンハンドキャノン【腕砕きアームブレイカー

 銃火器というのは、やはり小銃型でライフリングがある方が安定した精度の良い射撃ができるものである。

 しかしながら、アンドロイドやサイボーグなどは、専用の銃火器管制機能を身体に埋め込んで、銃火器側に接続機能を追加した【スマート化】によって、一般人の狙撃銃射撃を越える精度の射撃を行うことが出来る(サイボーグよりアンドロイドのほうが精度では上)。このために、そういった人たちにとっては、長射程射撃や追加オプション使用を考えないならば、ハンドガンタイプの銃火器のほうが何かと便利である。そういった考えをもとにスマート化ハンドガンの一つとして設計された純日本製変態拳銃こそ、この【MHC58・13mmマシンハンドキャノン】である。

 設計段階での想定においては、この拳銃は白兵戦での装甲目標を標的とした制圧のための、【アンチマテリアルマシンハンドキャノン】という設計者の精神を疑う仕様の拳銃であり、明確に対人戦闘用の拳銃ではない。更に言えば、設計段階では15mm専用弾の使用を想定していたと言うから、もはや呆れるばかりである。

 基本仕様として、単発、3点バースト、フルオート、という三種での射撃が可能であり、フルオートで撃つ場合、ストッピングパワーはもはや常識外れと言われる程になるが、秒も保たずに弾薬が消えてしまう無茶な拳銃である。もちろん、専用増弾用補助クリップやベルト給弾切り替え用オプションによる弾薬の増加も可能ではあるのだが。

 さらに、この拳銃は基本【機械化腕サイバーアーム】でないと扱えず、3点バースト、フルオート射撃の際は【一般用機械化腕】でも支えきれない、【戦闘用機械化腕】での使用を基本とした、まさに変態仕様のマシンキャノンであり、それ故に【腕砕きアームブレイカー】という有り難い愛称を与えられている。

 さて、このような変態拳銃を【御剣 斗真】氏が愛用しているのは、なにより【対人制圧は拳で十分】という考えのもとであり、拳が効かない【重装甲目標】を制圧するためだけに使用している、というのが正しい真実である。

 基本装弾数は9発であり、普通は単発式使用で必要十分な拳銃である。西暦2058年に警察への正式納入が開始されたために【MHC58】とナンバリングされている。


●PSR55・特殊武装警察隊専用5.56mmアサルトライフル【特警隊小銃】

 特殊武装警察隊の誕生と共に正式納入されたかの警察組織と歴史をともにする【非殺傷制圧用支援機器】。

 一応、殺傷可能な弾薬も装填できるが、その弾薬の多くは非殺傷系特殊弾が占めている。更に言えば、正確には銃火器の形をした【支援機器】といった類のものであり、機能として銃弾を撃ち出せる仕組みを有したコンピューターといった存在である。なお【PSR】とは警察用支援小銃という意味である。

 小銃としては、現代(西暦202x年代)の小銃とほぼ同じ性能であり、唯一の違いは【スマート化】による超精密射撃が可能という点である。

 様々な追加オプションを装備できる多目的小銃でもある。基本装弾数は30発。


●AP45・スマート化警察用自動拳銃.45口径ハンドガン【スマート化警察拳銃】

 サイボーグ及びアンドロイド警察官向けに生み出された【スマート化】された自動拳銃。そこそこ歴史の長い信頼度の高い拳銃であり、【AP45】というナンバリングは西暦2045年からの正式納入という意味と、.45口径拳銃弾を使用する、という2つの意味を双方持っている。一般的な捜査に従事する際に、小銃を装備していると何かと怖がられるために、こちらを護身のために所持して活動することが多い。もちろん、サイボーグ及びアンドロイドにとっては、近接距離での銃撃戦はこの拳銃だけでも十分に戦える、取り回しのよい銃火器である。

 一般警察官であるサイボーグ及びアンドロイドも、基本的にはこの拳銃を使用している。基本装弾数は14発。


●特殊武装警察隊専用ボディスーツ

 見た目的にはライダースーツにも見える、その上に補助ジャケット等を着込めるように設計された防弾スーツ。

 一般的な拳銃弾程度ならある程度防ぐことが出来るが、流石により強力な重火器類の防護にはなり得ない。

 大抵は、この上にさらなる防弾補助ジャケット類で増強して銃弾への備えにする。無論、ヘッドマウントディスプレイ付きの防護ヘルメットも存在しているが、そういった一式装備は一般的捜査時には何かと邪魔になることが多く、普段はボディースーツのみを着て、その上に警察官としての一般制服を身につける、などという着方をする者も多い。 

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Dolls Night~正義の炎~ 武無由乃 @takenashiyuno00

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