ベタでご都合展開だって、こっちは命がかかってる

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ベタでご都合展開だって、こっちは命がかかってる

「名前を変えよう」

 冒険者パーティのリーダーにして剣士のアキトは神妙な顔をして言うと、パーティの一人、僧侶のルーリエは顔をしかめ、弓使いのミーシャは呆れたように息を吐きだした。

「なんでよ。あんなに可愛いのに!」

「そうよ。あたし結構気に入っているのよ?」

「男にとってあれはきついんだって!」

 アキトは金髪の短髪を両手で髪乱すが、二人はそのまま放置し、目の前の焚き火で焼いている肉へと視線を戻した。

「あれで納得したくせに何言ってるの? 今更でしょ?」

「そうそう。ほら、肉食べな」

「肉は食う。けどな」

 ルーリエは落ちてきた青髪を熱そうに耳にかけながら、肉の焼き加減を確認する。その横で、ミーシャは長い銀の髪を太い三つ編みへと編み直したのがちょうど終わり、手を軽く拭いてから串に刺さった肉をアキトに手渡した。

 アキトは素直に肉を受け取り、そしてかぶりつく前に吠えた。

「『きゅあふわぷりてぃ』って名前、本当にきついんだって! もっとかっこいい名前が良い!」

「嫌。ほら、チーズも追加してあげるから」

「却下。おかげで名前で釣られてくる視聴者だっているんだから良いでしょ?」

「あ、このチーズ好き。じゃなくって!」

 好物のチーズで一瞬流されそうになったアキトはもう一度吠えた。

「おかげで俺にヘイトがめっちゃ向けられているだってっば!」

 世界は大きく変化した。いや、別に天変地異とかそういう話ではない。ただ魔法の技術が発展して、なんと素晴らしきかな、魔法道具によって冒険の記録を映像で残すことが可能になった。

 そしてさらに、その映像を投稿する技術まであっという間に発展。さらにさらに、投稿した記録元に投げ銭なんて呼ばれる方式まで出来上がったというわけだ。やっぱりお金は偉大だ。後は名声。

 投稿した記録が爆発的に視聴されれば、昨日まで名が知られなかった冒険者は一躍有名に。それこそ低ランクの冒険者でさえも、もしかしたら叶えられる夢の一つとなったし、実際にいる。本当にあの記録、というより動画は大変参考になったとアキトは思い返す。

 何よりパーティ名がかっこ良かった。羨ましい。

 有名になるならば、やはりかっこ良い名前の方がよりもっと冒険に集中できるというものだ。だというのにこの二人は全くまともに話しを聞いてはくれやしない。

 いや、確かにあの時、二人に任せてしまったわけだが聞いたのなんてギルドに提出した後。事後報告だったのだが、それにしたって酷い。

 アキトはルーリエが渡してくれたチーズをちみちみと食べ、肉もちみちみと咀嚼した。

 それにだ。投稿した動画に対してのコメントはなかなかに酷い。男は邪魔だとか、消えろだとか、雑魚だとか。女の子だけかと思ったとか。お前、いつか消すとか殺害予告までされる始末。

 一体何をしたって言うんだ。実際、剣を向けられたこともある。返り討ちにしたけども。

「もう、仕方がないわね。そんなに心を癒してほしいの?」

「はいはい。お姉さんが甘やかしてあげますからね」

「キモイ」

 僧侶のくせにわざとらしく胸を強調する服を着ているルーリエは、腕を寄せて胸をさらに強調させる。ミーシャなんかは口元に指を添えて、わざとらしくアキトのほんのすぐ隣に座り直す。

 もちろん慣れているアキトは一言遠慮なく言い放った。

「俺はぁ、もっとおっぱいが大きくてえろいお姉さんにちやほやされたいんだってぇ」

「はあ? 女は胸だけじゃありませんけど? それに私なんか美乳よ。美しい乳よ!」

「そうそう。大きい胸が全てじゃない。世の中は腰が好きな男だっているわけだし」

「あのさぁ。もう長い付き合いだからって、恥もなく堂々とそんなこと言うのってどうかと思うんだよ。女だろ?」

「……へんたーい!」

「ちょっと、なに言わせてんのよ。殴るよ」

「おおっ、落ち着けよ! 手を振り上げんな!」

 もちろん二人は本気でやろうとはしていないのは長い付き合いでアキトも理解はしている。けども、やっぱり痛いのは嫌なので全力で自身の身を守るために抵抗の恰好だけは大げさにとった。


 ***


 アキトは剣を高々と振り上げた。

「うぉおお! ファイヤバーストぉ!」

 剣から放出された炎が、木のモンスター。巨体なトレントを包み込む。もがき苦しみながらトレントは赤黒い目を光らせ、地面から鋭い根をアキトへと放つ。が、後方にいるミーシャが矢を放ち、軌道をそらせる。

 アキトは逸れた木の根を根本から断ち切り、もう一度トレントへと駆けだし、跳躍した。

「これで! 終わりだ!」

 より強い光を放つ炎をアキトは容赦なく振り下ろした。

 燃え盛る炎がトレントの飲み込む。そして、消えた頃には焼き尽くされたただの巨木の姿と化していた。

 アキトはそこで地面に腰を下ろし、大きく息をついた。

「もう、無理ばっかりして」

「ごめんって。けど、ほら、ちゃんと倒せたわけだしさ」

 待機をしていたルーリエがいつの間にか側に寄り添い、アキトの頬や腕の傷を癒していく。傷はあっという間に傷はふさがり、綺麗になくなったのを見届けたルーリエは笑顔を浮かべた。

 アキトはルーリエに礼を言いながら、動きに支障はないかと腕を何度か回しているとミーシャが目の前に立っていたのに気づいた。

「立てる?」

「大丈夫だって。よっと……」

 手を差し伸べてくれるミーシャに遠慮したアキトは勢いよく立ち上がる。が、僅かに身体がよろめくもミーシャが当然のように身体を支えてくれた。

「ほら、嘘。行くよ」

「あはは……」

 呆れるミーシャに、アキトは笑って誤魔化した。


 ***


 アキトは吠えた。

「もう、嫌! こんな役割! それにいっつも同じ展開ばっかりだしさぁ!」

「はいはい。やっぱりこの子、買い換えない?」

「それよりも編集用水晶が先だと思うのだけど」

 騒がしいアキトを軽く流しながらルーリエは、小さな羽と玩具のような一つ目がついている魔法道具から、魔法陣の上に置いている編集用水晶に記録映像を写す。そしてミーシャは終わると同時に水晶を起動させ、宙に展開された映像を見返していく。

 動画編集担当はミーシャの役割だ。別にアキトやルーリエがやっても良いが、時間はかかるし、分かりにくいという不評が届いて、結局ミーシャが担当になった。

 暇になったルーリエは腰の鞄から投稿及び視聴用の水晶を取り出し、宙へと展開させる。慣れた手つきでまずは自分達の投稿状況を確認し、ルーリエは声をはずませた。

「見てよ、前の動画。ちゃんと私の美乳にコメントがついてるわ!」

「やっぱり衣装替えて良かったじゃない」

「うふふっ。ミーシャの衣装も良いっていうコメントもあるし、それにほら。弓のことも褒められてるわ!」

「さすが、分かっているね」

 女子達は横並びにきゃっきゃと楽しそうに話している。アキトはつい、荒んだ目で様子を見ていれば、ルーリエがぱっと視線を向けてきた。

「ほら、見なさいってアキト。今回はかっこよかったってコメントがあるわよ」

「今回”は”な!」

 もちろんアキトを応援してくれているコメントがあるのだって分かっている。ただ、その倍以上がヘイトというか、アンチコメントばかりなのもしっかりアキトは把握しているわけなのだが。

 ルーリエは小さく肩を竦めつつ、ふっと息をついた。

「けどアキトの言う通り、ちょっと飽きてくるのよね。どうする、ミーシャ」

「かと言って変に変えると折角見てくれている視聴者さん達が離れるかもしれないし……」

「そうなのよね。ブランディングとか変に変えると、それこそ燃えちゃうかもだし」

 なんだかんだ言いながら、アキト達のパーティには固定の視聴者がいるのだ。本当に大変だった。どうしたら見てくれるのだろう、どうやったら知ってもらえるのだろうと頭をとても悩ませてようやく今の形になったのだ。

 だというのに急に方向転換してしまえば、せっかく見てくれている視聴者が離れてしまいかねない。実際、急な方向転換をした結果、見放されて消えてしまうというパーティが数多く存在している。

 濃霧立ち込める迷いの森へ挑むよりも、より慎重にやらなければいけないのだ。本当に恐ろしい。

「探索とモンスター討伐はやった。武器紹介は……限られているし、そもそもそんなお金はないし」

「負けイベントやるなら、長くなるけど再挑戦の動画も合わせないといけないものね」

 ルーリエは一つずつ動画内容をあげ、ミーシャは編集方法に頭を悩ませる。

 もっと有名になりたい。もっと、もっと。けど、やはり自分達はやはり冒険者なのだ。

「……やっぱり、もっと強くならないとだよなぁ」

 アキトがぽつり、とこぼした言葉に二人は揃って頷いた。

「それはそう」

「分かる。もっと高難度ダンジョンに挑みたいし」

 もっとわくわくとした冒険をしたいのはいつまでも変わらない。

 確かに命の危険性はあるし、それなりに強さも必要だ。けどもその冒険の先にある高揚感はまた格別なものだった。

 一体その先に何があるのか。どんなモンスターがいるのか。宝物はあるのか。どんな、どんな景色が待っているのか。

 それをまだ冒険へと行けない子供達に見せてあげたい。そして冒険はこんなにも楽しいのだと伝えたい。その一心でアキト達はパーティを組んだのだ。

 そう、あれは、よく晴れた――。

「あ、新しい動画投稿されてる!」

 アキトは出会った当初のことを思い返そうした時、ルーリエの声が遮った。

 新しい動画投稿。ということは、ルーリエが今、熱をあげているパーティの新着動画を見つけたのだろう。

 楽しそうに鼻歌まで歌い始めるルーリエに、ミーシャは小さく肩を竦めていた。アキトもまた、同じように仕方がないと肩を竦め、さて剣の手入れでもしようと思った時だった。

「は?」

 ルーリエの、冷え切った声が耳に飛び込んできた。

 アキトはぱっと顔をあげ、そしておそるおそる問いかけた。

「……どうしたんだよ、ルーリエ」

 ルーリエは答えない。代わりに隣にいるミーシャがアキトを手招いた。

 一体どうしたのかと思い、ルーリエを挟むように隣に座り、視聴用の水晶が展開した動画を目に向ける。と、そこにあったのは、ご報告、という文字だった。

 流れる動画。聞こえてくる音。アキトは全てを理解してしまった。 

「……結婚は、ほら。あれだって。同じパーティならさ?」

「けど、子供が出来たんだって」

 アキトが必死にルーリエに声をかける。が、さらに続く動画の無いように、ルーリエは温度の無い言葉を漏らした。

「……し、仕方がない、わよ。うん」

「しかも、同じパーティの女の子全員」

 ミーシャも声をかける。とさらに続いた動画に対して、またルーリエが呟いた。

 映っていたのはパーティリーダーの男。そして三人の女の子達。皆、幸せそうに笑っていて、動画は終わった。

 ルーリエは無言で立ち上がり、近くの木の根元へと膝を抱えて座り込んだ。

 ああ、もうああなったら誰の言葉も届かない。

 アキトとミーシャは顔を見合わせて、そろって息をついた。

「燃えるんじゃね?」

「よく燃えそう」

「前もいたよな。確か」

「あれでしょ、パーティの女の子全員と付き合っていたって奴。全員同意の上ってことだったし、別に種族によっては一夫多妻も普通と言えば普通……なんだけど」

「動画でそれやると、そういう文化じゃねぇ奴らから本当に剣を向けられるよな」

 この世界には多くの種族はもちろん、文化も様々だ。当然のことながら一夫多妻だって別におかしいことではない。ただ、それをかなり毛嫌いしている者もいるということを忘れてはいけない。

 本当に場所や相手によっては殺しにかかられる。とくにルーリエが熱をあげていたパーティは名の知れた有名パーティだ。しかもランクも高い。そんなパーティがそんなことをすれば、それはいわば標的にしてくれと言わんばかりの行為だ。

 それで普通の冒険が出来なくなったり、やっかみを受けたり、それこそ関係している者達にまでヘイトを向けられかねない。よっぽどの人格者であるならば話は別だが、それでも常に注目が集められる生活を強いられるわけだ。それで不仲になり離婚、なんて話もざらにある。

 本当に恐ろしい。

 と、アキトはそういえばと、とある冒険者パーティを思い出した。

「後、燃えるって言えばあれだよな。強いからってあれこれ、好き勝手している動画」

「ああ、本当に禁忌に触れちゃった奴でしょ。動画消えたけど」

「あれ、消されたっていうのが正しいだろ」

 あれは一時期大きく話題になった。

 決して足を踏み入れてはいけない禁忌の場所に行ってみた、という動画が投稿されたのだ。アキト達はその動画を見てはいないが、運よく見てしまった冒険者達は軒並み精神がおかしくなったと話を耳にしている。

 加えて投稿したパーティはその後、消息不明。動画は管理しているギルド連盟が消去した、らしい。

 パーティは今、ギルド連盟が保護、もしくは捕縛しているだとか。そのまま飲み込まれてしまっただとか。いろんな噂が飛び交っている。

 けども、禁忌の場所は、適切な時期、適切な方法さえ踏めば入れる場所だ。アキト達も行ったことがあるが、二度目は無いと決めている。理由は伏せる。

 そしてアキトは、燃えたものではないが、ちょっと近しい冒険者パーティの事も思い出した。

「燃えるじゃないけどさ。あれ、俺なにかしちゃいましたって言うの。あのシリーズ、結構面白いけど、冒険の参考には全くならないんだよなぁ」

「あー、あれね。結局は、あの固有スキルがあること前提ばっかりで、あたし達みたいな平凡冒険者には真似出来ないのよね。ただの娯楽にしかならなかったわ」

「あれは役に立ったけど。生成スキル持ちの動画」

「わっかる。お陰でポーションの簡単な作り方覚えられたし。けど、やっぱりお店で買ったほうが効果は高いのよね」

「緊急時以外は難しいよな」

 本当に効果があるのは、ちゃんと生成スキルを持っている冒険者が作ったものに限る。結局はそれだけのことで、ポーションを生成した動画を投稿した冒険者は後日、謝罪と改めての注意点を述べた動画を投稿していた。

 大変だと思うと同時、正直そこまでしてくれないと困るというのが実情だった。何せ、これで完璧に治りますって信じて使ったら、結局は効果の半分もありませんでした。では、下手をすれば命を落とすのだ。全く持って笑いごとではすまされない。

 とはいえ、素早い対応は流石としか言いようがないし、それ以降の動画はちゃんと注意点や生成スキルを持っていない者が作った場合の効果もしっかりとまとめてくれていたのは本当に有難かった。

 さて、とアキトとミーシャはいじけるルーリエに視線を向けた。

「……おーい、ルーリエ。そろそろ戻ってこーい」

「ルーリエ。ねぇ、ちょっと。何見ているの?」

 膝を抱えて小さく丸まっていると思っていたら、ルーリエは手元に地図を広げて眺めていた。

 そしてルーリエは二人の視線に気づいたようで、地図を見せ、とある場所を指す。

「ね、二人とも。明日、ここに行きましょ?」

 そこは、高難度ダンジョンがある場所だった。

「ばっか、それ高難度ダンジョン!」

「待って、落ち着いてルーリエ! さすがにあたし達には危険すぎるって!」

 アキトとミーシャは慌ててルーリエに詰め寄り、全力で首を横に振った。

「ほら、俺達はあれだよ! これから冒険者を志す奴らにとって役に立つことをしようって決めただろ?!」

「そうよ! あたし達の動画を見て、冒険は大変だけども、けど誰だって挑戦できるものだって思ってほしいじゃない?!」

「けど、飽きてきたんでしょ? ちょうど良いじゃない」

 何がちょうど良いのか。自暴自棄に巻き込まれて死んでしまったらたまったものではない。

 アキトはルーリエの持つ水晶をぶん取り、慌てて展開して操作をする。もちろん見るのは自分達が投稿した動画のコメントだ。

「ほら、ルーリエ! このコメント見てみろって! この動画見て冒険に出かけたくなったって書いてあるだろ?! それにルーリエのこと、たくさん褒めてくれているし!」

「それにほら、こんなに見てくれているのよ? それならいつも通りに見てくれている人達にとって役立てる冒険をして、動画をたくさん投稿した方が良いわよ。ね?」

 二人総出でルーリエを宥めつつ、コメントを見せる。ルーリエはしばらくの無言の後、うん、と小さく頷いた。

「……そうね。そうよね。私、ちょっと馬鹿なこと考えてたわ」

 ようやっと思い直してくれたようでアキトとミーシャが胸をなでおろす。その二人の間にいるルーリエは立ち上がり、拳をあげた。

「『きゅあふわぷりてぃ』! 頑張るわよ!」

「おー!」

 ミーシャがすぐに同じように笑顔で拳をあげる。もちろん、アキトも拳をあげるが無言で、そしてぐっと顔をしかめさた。

「どうしたのよ、アキト。そんな顔して」

「そうよ。変な顔」

 ルーリエが不思議そうに首を傾げ、ミーシャが顔を指先で突いてくる。ちょっとだけくすぐったいそれに笑みがこぼれそうになりながら、振り払わずにアキトは二人に目を向けた。

「やっぱり、名前は変えない?」

「ミーシャ、見て。この動画の子、おしゃれじゃない?」

「やだ、最新の魔法道具じゃない! やっぱり王都は違うわ」

「ね!」

 もうすっかり元気を取り戻したルーリエはまた座り、ミーシャと共に動画を見始める。

 アキトはそんな二人に対してさらに顔をしかめさせ、吠えた。

「名前変えたいんだよ……!」

 アキトの懇願は空しく森に響くだけだった。

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