レイヤー6 ふるゆわ侵入者
「大丈夫だってば、母さん」
『ほんとー?ちゃんとご飯食べてるの?』
「うん、前に送ってもらった分ちゃんと使って自炊してるよ。それよりも父さんのほうは大丈夫なの?」
『なら良いんだけど……あの人のほうはそうね、最近になって会社のほうは落ち着いたみたいよ』
「そっか…なら良かったよ」
黒上先輩とお昼を過ごした日の夜、高校入学してから1ヶ月経ったこともあり、実家にいる母から様子を窺う電話がかかってきていた。
(まぁ、あんだけ心配してたから様子が気になるのも仕方ないか…)
俺は高校進学のタイミングで大阪に引っ越してきた。
元々は俺と父と母の三人で暮らすはずだった。引っ越し直前に父の会社のほうでトラブルが起きたらしく、その影響で転勤が取り消され、父は地元に残ることになった。
当時、高校入学の手続きが済んでいたため、それでも母は俺と暮らすことを選んでくれていた。しかし、母は父の事を心配していたので、俺は一人暮らししてみたいと二人に提案した。
それを聞いた母は猛反対だった。しかし父のほうは悩んだ末、俺の気持ちを尊重してくれて一人暮らしを許可してくれた。そして母も、父と俺の説得で半分諦めたように受け入れてくれた。
『なにかあったらすぐ電話しなさいよ?』
「分かってるって、心配はさせないから」
『うん、じゃあ』
「あいー」
プルル♪
「ふぅ…」
俺は母とのやりとりに疲れたのか、軽く息をついた。
リビングのローテーブルにスマホを置き、そのまま重たい腰をソファに下ろした。上を見上げ、白い天井を見つめながら今日の事を思い返す。
――明日も!お昼一緒に食べようね!
黒上先輩のあの一言を脳内で再生していた。
(明日も、一緒に…)
なぜ先輩は、そんな言葉をかけてくれるのだろう。確かに先輩といる時間は楽しかったし、またお話ししたいとも思った。けれど、どうしていきなり…。
――大事なのはね、目標の基準がどうこうじゃなくて、その道に進む“理由”を理解しておくことだよ
「理由…か…」
俺は誰もいないリビングに、思わず独り言を漏らした。
「…りゆう?」
すると突然、すぐ隣から聞き慣れているふわっとした声が聞こえた。
(ん…?)
声がするほうへ振り向くと、姫カットの白い髪に瑠璃色の瞳がすぐ目の前にあった。少しでも動けばその持ち主の鼻に触れてしまいそうな距離に、俺は動揺を隠し切れず身体を大きく仰け反った。
「うわあああああ!って、ふゆかさん…!」
一人だった空間に突然、クラスメイトの白雪ふゆかが横からソファに身を乗り出していた。俺は一瞬の出来事で息を荒くし、頬を染めてしまう。
「どうしたの? そんな驚いて?」
「はぁ… ふゆかさん…部屋にあがるなら事前に連絡くださいって言ってるじゃないですか…」
「むー!“今日は”ちゃんとしましたよー!」
「“今日は”って…」
ふゆかさんは顔を膨らせた。拗ねた様子でスマホを取り出し、トーク履歴を確認し始める。
「…あっ」
そして何かを見つけたようにスマホ画面を凝視し、なにかしら操作し始めた。すると、それに反応するように、目の前のローテーブルに置かれている俺のスマホが鳴った。
ピロリン♪
《後でそっちいくねー》
「今(連絡)来たんですけど…」
「てへ、送り忘れてたー♡」
ふゆかさんは、許しを乞うように両手を合わせ、にっこりと笑い首を傾げた。そのあどけない仕草に俺は脱力し、言葉を失った。
俺が引っ越した先のマンションで、契約している部屋のお隣さんに白雪家が住んでいる。ふゆかさんとは引っ越してきた日に出会い、とある出来事を境にうちへ遊びに来るようになった。
インターホンを鳴らす日が次第に多くなり、玄関へ足を運ぶ回数が増えていった。学校から帰ってくる俺を玄関で待ってたり、風呂や軽い外出ですぐに対応できない日もあったりして、その度ふゆかさんは少し不服そうな顔を浮かばせる。
玄関のドアのカギを開けっぱなしにするわけにもいかない。なので俺は仕方なく合鍵をふゆかさんに渡し、『事前に連絡する』という条件付きでうちの出入りを許可している。
ちなみにこの件については、お互いの親に話しており了承済みだ。 なんならふゆかさんのご両親からは妙に好意的に見られている…。
だが、最近は今みたいに連絡も無しに勝手に上がり込むことが多くなっている…。
「その、今日も遅いんですか」
「うん、だから眠たくなるまで遊びにきた」
ふゆかさんのご両親は仕事の都合で帰りが遅くなる日があるらしく、ふゆかさんはその日は決まって、当然のように俺の部屋へ遊びに来る。
「…っしょっと、それでー?今日なにがあったのー?」
「…え?」
薄いパーカーを羽織り、その下にキャミソールとショートパンツを着ているふゆかさんは、ソファに腰を下ろし、当たり前のように俺のすぐ隣に座った。
そして心の内にあるモヤモヤを、ふゆかさんは迷いなく拾い上げてきた。
けれど…今はそれよりも……
(ち、近い……)
お互いの肩がすぐ触れてしまいそうなこの距離感で、その格好は…どうしても緊張してしまう。学校でのふゆかさんは、男子の視線が気になる理由で出来る限り素肌を隠しているらしいが、うちに遊びに来るときはまるで気にしない様子の服装が多い。
部屋着でわざわざ着替えるのが面倒だからなのだろうか…それとも、目の前にいる俺って男子扱いされてないのか…。
「ほれー?話してみー?」
「あの、ふゆかさん、近いです…」
視界に映る情報と甘い香りが、俺の理性をくすぐる。動揺してる俺を気にも止めず、ふゆかさんはグイグイと近づく。
「うん、知ってるよー♪ 喋らないと、もっと近づくかもよ?」
ふゆかさんはイタズラっぽい声で耳元に囁いてきた。そして腕に直接柔らかい感触があった途端、限界だった。
「…ちょ、いい加減にしてください!」
俺は顔を真っ赤にして反射的にソファから立ち上がり、ふゆかさんから距離を取った。冷や汗をかき、心臓の鼓動が早くなっていた。
「…ふふ、ごめんごめん! たきくん可愛い反応するから、ちょっと揶揄いたくなっちゃった♪」
ふゆかさんは、まるで反省してないようにクスクスと笑った。その様子を見た俺は、自然とため息を吐いてしまう。
「はぁ…」
ふゆかさんに視線を戻すと、俺の目をじっと見つめ、先程まで座ってたスペースを軽く叩いた。
「さ、座って座って。もうしないからさー」
「…はい」
俺は一息ついて乱れた感情を落ち着かせた。そして素直に従い、再びソファに腰を下ろす。
「それで?なにかあったの?」
「えっと…」
俺は言葉に詰まっていた。黒上先輩のことを話そうにも、気持ちと状況の整理が追いついていない中、ふゆかさんにどう説明すればいいのか分からなかった。
「まぁ、そうですね。何かはありましたけど…今はちょっと話せない感じですかね…」
俺は下手に誤魔化さず、ありのままの感情を伝えた。だけど、今までふゆかさんに対し隠し事はしてこなかった。胸の中で、何かがざわつく感覚が確かにあった。
「ふーん、そっかー。 まぁたきくんがそう言うんなら、私は構わないけどー?」
ふゆかさんは、物珍しそうな表情で俺の顔を見つめていた。納得した様子ではなかったが、これ以上聞こうとはしなかった。
「…すいません」
「いいよー全然♪ ただし、いつかちゃんと話してねー♪」
「…はい、それは必ず…!」
ふゆかさんは天真爛漫で自由に生きてるタイプだけど、素直に人への敬意や思いやりを兼ね備えている優しい女の子だ。その優しさが、俺の口元を緩めてしまう。
俺の返事を聞いたふゆかさんは、柔らかい笑みを浮かべ頬を軽く染めた。そして持ってきていたトートバッグの中を探り始める。
「んじゃ! スマブラしますかー!」
「な、急ですね」
バッグの中からふゆかさんはゲーム機とコントローラーを取り出した。
「たきくんから借りてた間、めっちゃ練習したんだよー?5ストック勝負で負けたら明日ジュース奢りねー」
「いや…貸してた間、練習できてない俺不利すぎませんかそれ?」
そのあとは、ふゆかさんが眠たくなるまで一緒にゲームをして過ごした。お互いの距離が近いままソファに座り、他愛もない会話を交えながらテレビの前で一緒にはしゃぐ。一緒に笑えるこの空間と夜の雰囲気が作り出す静けさが、とても心地よかった。
「そうだ、今夜このまま泊まっても――」
「絶対ダメです」
もちろん、寝るときは自宅に帰らせた。
揺れる黒い髪は今日も彩る。 MAKI @MAKI23001400
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