◆むらさきの顔◆
茶房の幽霊店主
第1話 むらさきの顔。
※(店主と友人の体験談です)
※(プライバシー保護のため地域・固有名詞などは伏せています)
※※※※※
『美大に行って日本画を学ぶんだ!』と宣言していたOさんのお話。
入試当日、でかでかと紙いっぱいに玉ねぎ、その隣へ マッチ棒を一本立てかける絵を描いたそうで、独特の感性だな、と当時から思っていました。
『あなた、日本画ではなくてデザインに希望を変えない?』
『日本画がいいです!』
『日本画に行っても通用しないと思う。デザインにしなさい』
試験途中で教員との押し問答の末、結局デザイン科の道を進むことになりました。
『ひどいと思わない?』
当時の口論を話して怒っていましたが、現在は絵本画家として個展を開きながら、図画工作の先生もしています。
そのOさんが実家を離れ、ほぼ山中の美大へ通うため古い木造アパートでしばらく住んでいたのですが、そこへ遊びに来ないかと声をかけられました。
大学が夏休みに入っていたので二つ返事で了承し、電車を乗り継いで指定の駅まで着くと Oさんが自転車で迎えに来ていました。
真夏の日差しで焼かれ、アスファルトの照り返しに耐えながら歩くのはかなり暑かった記憶が残っています。
※※※※※
着いた木造アパートはかなり古い感じで、縦に長い小屋のようにも見えます。
Oさんの部屋は二階で、急な階段の上がってすぐの角部屋でした。
『あがって!あがって!』
『お邪魔します』
部屋の中は段ボールや子供用の傘など、あとは何なのかわからない物たちであふれています。板の間に布団が剥がされたこたつが置かれていて、その周りは謎のゴミのようなもので囲まれていました。
『何なのこれ』
『私の宝物!これを使って夏休みの課題を作るんだ!』
『これ、ゴミに見えるけど……』
『ゴミじゃないよ!作品になるんだから』
何とか宝物たちをかき分け、こたつまでたどり着くと、座布団を勧められました。荷物を降ろして座ると部屋を見渡します。隣の六畳は寝床になっているようです。
『お風呂とトイレはそこ』
レトロといえば聞こえは良いですが、昭和初期のような 磨りガラスの引き戸と木製のドア。
『エアコンがなくてさ、 扇風機だけなんだけど窓を開けたら 何とかしのげるよ』
建付けの悪い窓をガタガタさせながら開けてくれたのですが、裏へ大きな木が生えているせいか、日の光が入ってきません。室内照明もどことなく光量が少なく、全体的に薄暗い部屋でした。
『結構、古い物件なんだね』
『大学の寮暮らしとか、下宿している生徒もいるよ。でも、人が多いと作業に集中できない。ここは家賃がすごく安いし、学業に集中したいから、バイトはしていなくて仕送り頼りなんだ』
『山が近いけど、近隣の治安はどうなの?』
『一階に大家さんがいる。近所にはあまり人はいないね。あと、隣は空き部屋で二つ隣は地元のおじさん?かな』
山が近いせいなのか、 川は見当たらないのにかなりの湿気です。置かれている段ボールや紙類も 湿ってしまうのではないかと思いました。
※※※※※
『そうだ!この作品、題名が思いつかなくて。何か良い案ないかな?』
Oさんが奥から出してきたB1くらいの絵は、子供がクレヨンで描いたような緑とピンクの人物っぽいものでした。
『【ボクは、バカだぴょーん!】(ものすごい適当)』
『それいいね!いただき~!』
Oさんは喜々として広告のような紙片にメモしています。
『……冗談だよ』
『純粋にこの絵を見た印象でしょう? 作品作り続けてると同じような題名になっちゃってさ。聞いてよかった!』
相変わらずハチャメチャだな、としか思えませんでしたが、本人がいいと言うならいいのでしょう。
※※※※※
昔話に花を咲かせていましたが、遠方から来た疲れか突然眠くなったので、お風呂を借りて寝間着に着替えると、カバンからお守り袋を取り出し敷かれた布団の枕の下へ入れました。
『まだ【お守り】持ち歩いてるの?』
『まあ、ね。事情もあるけど、落ち着かなくて』
『それについてどうこう言わないけど、幽霊なんて、目の錯覚か、疲れた脳の幻覚、見間違いでしょう?【お守り】も寺や神社の金稼ぎで何の意味もないよ』
『じゃあ、なんで部屋に【おふだ】を貼ってるの?』
『…………』
玄関の近くと、窓の横に不動明王のお札が貼ってあるのはわかっていましたが、何も言い出さないので黙っていたのです。
『意味がないのになぜ貼ってるの?』
『……お父さんからもらったものだから』
Oさんの実家は地元で古くからある名家です。
美大へ行くと言った時、厳格な父親と随分揉めたらしく、『二度と家の敷居を跨ぐな』と言われたそうですが、その後、和解して援助を受けているのだと。
※※※※※※
『むらさきの顔』
『え?』
『ここに来て一カ月ぐらいしてから、時々【むらさきの顔】 が見えるようになった。でも、たぶん、経済的な援助を受けて勉強しているから、そういった引け目みたいなのが見せているんだと思う』
玄関に入ってすぐ右側、横を向いてうつむく男性らしき人影が見えていたのですが、告げてはいませんでした。言ったところで建設的な会話にはならないからです。
『家族には内緒で、一回だけお父さんが様子を見に来たんだけど、その時、【むらさきの顔】の話をした。心配したのか帰ってからお札を郵便で送ってきたんだよ』
人影の顔は横を向いているので 【むらさきの顔】かどうかは確認できません。
『……このお札の貼り方、意味ないかも』
『貼ればどこでもいいのでは?』
『お札は入ってくる者への警告の意味があるから、いわば【立ち入り禁止の看板】と同じ役割がある。だから、見える位置でないと入ってきた者が出られなくなる』
『…………』
『もちろん、そういう類の中にはDQNみたいな性質もいて、効果がないってこともあるけど、少し、お札の貼り方を変えてみたらどうかな』
Oさんが神秘主義やオカルトを毛嫌いしているのは知っているので、あくまでもこれは提案です。
『お札の力は信じなくても、送ってくれたお父さんの 気持ちは信じているのでしょう?』
『……うん。反対していたけど、今は協力してくれてるし』
『せっかくもらったシャツを、くしゃくしゃに着るより、パリっと着こなすほうが気持ちいいものだし。なんとなくだけど、そんな感じだよ』
Oさんはしばらく考えてから納得したようで、説明した玄関から真正面の壁の目線より少し上の位置、同じく窓の真正面にあたる柱へお札を貼り直しました。
『何か変わるとは思えないけど』
『別に変わらなくても、もらったものはありがたく使っている。それだけでいいじゃない』
【お守り】と【お札】の話題で一瞬険悪な空気になりましたが、本人が納得して他人に迷惑をかけないのであれば、それでいいのだと思います。
※※※※※
朝目覚めると、玄関の男性らしき人影は見えなくなっていました。
※(人影のことはOさんに最後まで伝えていません)
Oさんが大学に忘れ物を取りに行く帰りに駅まで送ってもらい、お互いの今後を応援し合いながら、再び電車を乗り継いで帰りました。
何カ月かが過ぎ、地元へOさんが帰省していたとき、
『ちょっと聞いてくれるかな』
と連絡を受け、 喫茶店でお茶をしながら話す約束をしました。
当日、変わらず元気そうなOさんとおしゃべりしていて、『そういえば、何か話したいことがあったのでは?』 と問いかけました。
『あの〇〇の木造アパート覚えてる?』
『うん。まだあそこで住んでるの?』
『いや、違うアパートにいる』
何となく歯切れが悪いなと思いつつ続きを待ちます。
『あそこの一階のどこかの部屋で、首〇り自〇があったらしくて』
『そうなんだ』
『別に幽霊とかは信じてないんだけど、もしかして、あの【むらさきの顔】。……いいや。ごめん。変なこと言って』
『今は見えなくなった?』
『もう見なくなった。今住んでいるのは別のアパートだし。あの頃、先生からいろいろ言われて、絵が描けなくなって。スランプだったから精神的なものだったと思う』
『ちゃんと眠れてる?』
『うん』
一日が終わり布団へ入る時、心地よく安心して ゆっくり眠りにつける。
これが究極の幸福だと思います。
※※※※※
※ここからは【むらさきの顔】の考察です。
学生時代のことを思い出しながら綴った、とても懐かしい真夏の体験談です。
【むらさきの顔】ってなんやねん。って思うのですが、恐らく首〇り自〇でチアノーゼを起こした誰かの顔を、なぜかOさんが見ていた?
店主がアパートの部屋の玄関口で見た男性らしき人影が同一のものかは不明です。
『おまえ、見えているなら確認できただろう?』 そう思いますか?
あの手の類は視線を合わせると憑かれます。
目から入ってくるのです。なので顔を見るという行為は絶対にしません。
『見えているのでしょう?』と聞いてくる 幽霊や怪異がいたとしても、
顔を見ないほうがいいです。聞いてくる【あちら側】も こちらが見えているのかは、わかっていないのです。
意思疎通ができるのは限られているので、無視が一番。
【追 記】
2025年11月27日。 従妹と流行りのお店にパフェを食べに行った際、会話が怪談寄りになり「むらさきの顔」の話をしたのですが……。
なんと、過去、「全身むらさき色の人が部屋に入ってきたことがあった」と従妹から聞いてびっくりしました。しかも、その場には小学生の筆者もいたという。
結局のところ、この怪異(?)は何であったのか、謎が深まった次第です。
◆むらさきの顔◆ 茶房の幽霊店主 @tearoom_phantom
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