第12話
青白い光が揺らいだ瞬間、
森が――動いた。
枝がはじけ飛び、
牙を持つ影が次々と飛び出してくる。
魔獣の群れだ。
だが、獣臭い生き物のはずなのに、
その動きには“整然とした気味悪さ”があった。
「……誘導されてるな。完全に」
俺は装置を抱えたまま、後ろへ下がった。
ソフィアが剣を抜くと、青い光の軌跡が霧の中に走った。
「レオン、後ろへ!」
「わかってる!」
牙を剥いた狼型の魔獣が、
ソフィアの刃に触れる寸前、
影の騎士が横から突きを入れた。
喉元を一突き。
黒い体が地面に倒れる。
「エリシア、数!」
「六匹接近! 奥から三十、いえ四十……!」
「増えてるじゃないか!」
「はい! だから早く逃げましょう!」
「逃げる前に、これ壊さないと意味ないだろ!」
俺は装置を抱えたまま、
森の奥から流れてくる“唸り”に耳を澄ませた。
魔獣たちは、明らかに“音”に反応している。
音が強まるたび、群れが一斉にこちらへ向かってくる。
(この装置……ただの誘導じゃない。
獣の攻撃性そのものを刺激している)
嫌な技術だ。
宰相が隣国のこんなものを使っているとしたら――。
「レオン! 上!」
ソフィアの声に反応して振り返ると、
木の上から猿のような魔獣が飛びかかってきた。
(獣ってのは、普通は群れで連携取らないはずなんだけどな)
俺は後ろへ滑るように下がり、
剣を抜く余裕もないため外套を持ち上げて受け止めた。
ガッ、と肩に衝撃。
その瞬間、ソフィアの刃が斜めに走り、魔獣が地面へ落ちる。
「大丈夫ですか!」
「肩が痺れた。あとで揉んでくれ」
「戦闘中に軽口言わないでください!」
だが、ソフィアの怒鳴り声には余裕があった。
さすが影の騎士団。
この混戦でも息を乱さない。
「殿下、後ろに集まってください!」
影の騎士二名がリィナを庇うように固まる。
彼女は息を呑みつつも、震える足を前に出さない。
「わ、私は邪魔には……なりませんね……?」
「殿下は立っているだけで国の盾だ。倒れるなよ」
「倒れません!」
気合が入っているのか怯えているのか、紙一重だが――
あの姿が意外と、兵たちの士気を支えるのだろう。
◇
俺は装置の裏側を慎重に調べた。
金属製の本体。
内部には魔力回路が複雑に組まれ、
外側にはロウグレイア軍の軍用刻印。
その刻印の横に、もう一つ別の刻印があった。
「……宰相の“個人封蝋”だ。
公務では使わない方のやつ」
ソフィアが険しい顔でのぞき込む。
「つまり……公には見せられない、闇の仕事用封蝋ですね」
「そう。宰相が“秘密裏に国外とやり取りした証拠”だ」
リィナが息を呑む。
「そんなもの、砦に持ち帰れば……」
「宰相の終わりの始まりだな」
もちろん、宰相はそんなものを野ざらしにしておくほど愚かではない。
これは“捨て駒用の装置”だろう。
だが、刻印の削り跡がある。
慌てて処分し、素人が雑に改造した証拠だ。
(証拠隠滅が雑になってきてる。
王都が揺れたせいで、宰相の人員運用に乱れがあるな)
「エリシア! 音の周期!」
「はいっ!
“低音二回 → 高音一回 → 無音二拍”の繰り返しです!
間隔は……三・二七秒!」
「細かいな、さすが文官」
「褒めてる場合じゃありません!」
魔獣たちが一斉に唸り声を上げ、距離が縮まる。
影の騎士が数匹を斬り伏せるが、
奥からの圧が止まらない。
「ソフィア、砦に戻って“音の複製魔法”を準備させてくれ。
誘導ポイントをいくつか作って、群れを散らす」
「あなたはどうするつもりですか?」
「この装置の魔力供給を切って、
“無力化した状態で”砦に持ち帰る」
「壊すんじゃなく?」
「壊したら証拠が飛ぶ。
何より、宰相の隣国との繋がりを証明する唯一の現物だ」
ソフィアは一瞬だけ迷い――それでも頷いた。
「……分かりました。
ここは影の騎士二名を残し、私と殿下を先に砦へ戻します」
「エリシアは?」
「え、わ、私ですか!?」
俺は装置を抱えたまま、にやりと笑う。
「きみは俺の後ろで、音の周期を記録し続けろ。
群れを分散させる魔法にはそのデータが必須だ」
「ひえっ……で、でも……はい、やります!」
◇
ソフィアたちが撤退し、
その場に残ったのは俺・エリシア・影の騎士二名。
魔獣の包囲はますます狭まってくる。
「周期、次は高音!」
「了解!」
俺は装置の底部を探り、
魔力回路の“安全切断ポイント”を探す。
(これ、雑に切ったら爆発するやつだな……!)
嫌な汗が額ににじむ。
その瞬間、
影の騎士の一人が叫んだ。
「西側、巨大個体接近!」
振り向くと、
木々をなぎ倒して現れたのは――
熊にも似た巨大な魔獣。
白い毛並みに、氷のような爪。
エリシアが絶句した。
「な、なにあれ……!」
「北方型の“氷熊(アイスベア)”だ。
普通なら冬眠してる季節なんだけどな」
誘導装置の刺激に起こされたか、
あるいは――わざと近くに置かれたのか。
「エリシア、伏せろ!」
影の騎士が飛び出し、氷熊の爪を受ける。
重い衝撃で地面に膝をつくが、即座に立ち上がる。
「くっ……! 硬い!」
「そりゃ冬眠前の栄養貯め込み個体だ。強いに決まってる」
氷熊は唸り、再び突進しようとする。
(時間稼ぎできる相手じゃないな)
俺は咄嗟に、装置から伸びる魔力線を一本掴んだ。
「レオン様!? まさか――!」
「ぎりぎりだが……やるしかない!」
強く引く。
バチッ、と火花が走り、
装置内部の魔石が震える。
直後、青白かった光がふっと消えた。
「誘導停止!」
エリシアが叫ぶ。
同時に――森の魔獣たちの動きが乱れた。
狙う対象を失い、一瞬だけ混乱する。
「今だ、砦に向かって後退!」
「了解!」
影の騎士が氷熊の目をかすめるように斬り、
獣が怯んだ瞬間に走り出す。
「エリシア、走れ!」
「は、はいっ!」
俺は装置を抱え、
エリシアの肩を守るように横で走る。
雪が舞い、白い息が荒くなる。
背後で氷熊が吠え、
木々を薙ぎ倒す音が迫ってくる。
「急げ――!」
◇
砦の裏門が見えたとき、
魔法陣の光が空へ走り、
遠方へ高音を発した。
砦側の魔法兵が、
エリシアの周期データをもとに“誘導魔法”を再現したのだ。
魔獣たちがそちらへ向かう。
俺は膝から崩れ落ちそうになるのを、無理やりこらえた。
(……助かった……)
裏門が開き、砦兵たちが駆け寄る。
「レオン様! 装置を!」
「これだ。
宰相とロウグレイアの合作“誘導装置”。
刻印が残ってる。王都に送れ」
グラズ砦長が駆け寄り、装置を見るなり息を呑む。
「……宰相が、ここまで露骨に……?」
「焦ってるんだろうな。
王都で“書庫炎上”も“粛清白紙”も失敗したから」
俺は淡々と言った。
「宰相の第三の手は――
“国境崩壊による王家不信”。
そして外敵の脅威を理由に、自分が国を握る」
「最低ですね……!」
エリシアが怒りに震える。
「だから止めるんだよ。
俺たち悪役の仕事はいつも、後始末だからな」
リィナが一歩前に出て、砦長を見据えた。
「グラズ砦長。
この装置の存在は、必ず父上に届けます。
その前に……砦の防衛状況を、私に見せていただけますか?」
「もちろんです、殿下。
ですがまず、お怪我は――」
「私は大丈夫です」
そう言った王女の声は、揺らぎがなかった。
(強くなったな……殿下)
その姿を横目で見ながら、
俺はようやく長い息を吐き出した。
……が。
次の瞬間、砦の見張り台で鐘が鳴った。
『南側! 第二波の魔獣群接近!
しかも先ほどより規模が大きい!!』
グラズ砦長が目を見開く。
「第二波だと……!?
誘導装置は止めたはずだ!」
「いや……」
俺は装置の内部を見て、
ぞっとするような寒気を覚えた。
「これ、“一つだけ”じゃない」
「え?」
「誘導装置は複数ある。
これはそのうちの“北側の一個”だ」
リィナが顔色を失う。
「じゃあ……第二波を動かしてるのは……」
「別の装置だ。
宰相は……まだ続けるつもりだ」
ソフィアが剣に手をかけ、静かに言う。
「レオン。
“国境決戦”になりますよ」
「知ってる。
――こっからが本番だ」
森の陰から、黒い波が膨れ上がる。
砦の石壁が震え、
空気が凍りついた。
国境を賭けた戦いが、
ようやく牙を剥き始めた。
悪役公爵令息に転生したが、王国の後始末を押し付けられている 新条優里 @yuri1112
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