扇風機星人

江賀根

扇風機星人

これは、私が子供のころに宇宙人と交信した話です。

あくまで交信ですので、姿は見ていません。


当時、私は小学2年生で、夏休みのある夜のことでした。


いつもの時間に自室の布団に入り、私が目を閉じると


「……サトル……サトル」


どこからか私の名前を呼ぶ声が聞こえます。

その声はとても奇妙な声でした。


驚いた私は体を起こし、耳を澄ませました。


「……サトル」


声は足元のふすまの方からでした。その向こうは廊下です。


「…誰?」


私は開けるのが恐ろしく、襖越しに問いかけました。


すると、わずかな間を置いて返事がきました。


「ワタシハ スペースセイジン ダ」


相手はスペース星人と名乗り、その波打つような独特な声は、以前テレビで見た宇宙人と同じでした。


「えっ!?」


私は驚きのあまり固まってしまいました。


そんな私にスペース星人が語りかけてきます。


「サトル ワタシガ イマカラ イウコトヲ キクノダ」


「…うん」


そう返事するしかありません。


「ライシュウカラ シバラク オバアチャンノ イエニ イクノダ」


「…なんで?」


「ココハ アブナイ カイジュウガ クル」


「……」


私は黙り込みました。


「サトル キコエテイルカ?」


「お父さんも一緒に?」


「オトウサンハ イケナイ ヒトリダ」


「なんで?」


「イケルノハ コドモダケ ダ」


「…じゃあ、行きたくない」


祖母はとても優しい人でしたが、会う機会が少なく、私はあまり懐いていませんでした。そのため、一人で祖母の家へ行くことに、私は抵抗がありました。


「ココニイルト アブナイノダ」


スペース星人の語気が若干強くなりました。


「……」


私は、しばらく考えて、スペース星人にある提案をしました。


「じゃあ、ここを開けて顔を見せて。そしたら行くから」


そう言って私は襖を開けようとしましたが、スペース星人が向こうから押さえているようで開きません。


「イマ アケタラ バクハツスル」


それを聞いて、私はすぐに手を放しました。


そして再び考え込んだ私は、スペース星人に別の提案をしました。


「じゃあ、明日も来てくれる? そしたら、おばあちゃんの家に行くから」


スペース星人は、一瞬考えているようでした。


「…イイダロウ タダシ コノコトハ ヒミツダゾ」


「うん」


そうして、私とスペース星人の初めての交信は終わりました。


翌朝目覚めて、恐るおそる襖を開けてみましたが、特に異変はありませんでした。


それから私は、約束通りスペース星人のことを誰にも言わず、宿題をしたり友達と遊んで日中を過ごしました。


夕方に父が仕事から帰宅すると、2人で夕食を食べてから風呂に入り、しばらくテレビを観て、21時になると父に「おやすみ」を言って自分の部屋へ行きました。


そして、スペース星人が再びやって来るのを待ちました。

しかし、なかなか現れませんでした。


その代わりに、何者かが家の中をうろうろする足音や、扉を開け閉めする音が聞こえていました。

父なのかスペース星人なのかはわかりませんでしたが、何かを探し回っている様子でした。


やがて、その足音が近づいてきて、襖の前で止まりました。

しかし、相手は何も言いません。


「誰?」


「……」


私から声を掛けましたが返事はありません。

父であれば、すぐに返事をするはずです。


「…スペース星人なの?」


「……」


変わらず返事はありませんが、襖の向こうに何者かがいるのは間違いありません。


「なんで何も言ってくれないの? スペース星人なら何か言ってよ。約束したでしょ」


すると数秒の沈黙の後に、襖の向こうの相手が言葉を発しました。


「そーだ すぺーす せーじんだー」


昨日とは明らかに違う声でした。


「昨日と声が違うけど、本当にスペース星人なの?」


「……かーぜーだー」


必死に前日の声に似せようとしていましたが、その日の声は波打っておらず、どこか私が毎日聞く声に似ていました。


「…そっか。風邪なのにありがとう」


そう言うと私は、昼間のうちに父の部屋から持ち込んでいた扇風機のスイッチを入れました。


そして、羽が勢いよく回り始めたのを確認してから、私は扇風機越しに言いました。


「ボクモ ヤクソク マモルヨー」


こうして私とスペース星人の交信は終わったのですが、この話には後日談があります。


スペース星人と約束したものの、子供の私が急に「怪獣が来るからおばあちゃんの家に行く」などと言っても、普通は相手にされるはずがありません。

しかし偶然にも、翌週から入院すると父親に告げられ、私は自ずと祖母の家に預けられることになったのです。

父親にその話をされたとき、私はすぐに受け入れました。


その後、10日間ほどを祖母の家で過ごし、父の退院に合わせて私は家に戻ったのですが、その間に怪獣が現れることはありませんでした。


スペース星人が私のために戦ってくれたのではと、私は睨んでます。

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扇風機星人 江賀根 @egane

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