Too Fool

志乃亜サク

またですか

 ある朝の事。

 妻が朝食を作っていると、夫が寝室から這うようにして出てきた。

 むかしテレビで見た、自衛隊の匍匐前進を数倍ゆっくりに、数倍無様にした感じで。


「はわわわわ……」


「どうしたどうした。何があった?」


「あ、足の指の、付け根が痛い……」


 そういえば昨晩、夫はそこがちょっと痛むと言っていた。捻挫したかな? とも。

 一晩寝たら治るかなと思ったら、逆にだいぶ悪化したようだ。


「またかいな」


 じつは夫がこうなるのは初めてではなかった。年初あたりから何度か似たような症状が出ていた。

 一度、夫を整形外科へ行かせたのだけど、原因はわからず湿布を貼って痛み止めを出されて帰ってきた。


 原因不明の足の痛み。

 とはいえ2、3日経つとすっかり何事もなく回復してしまうので、これまでは毎回うやむやにしてきた。

 そもそも夫は病院嫌いなので、それ以上の原因追究を望まなかったのである。


 しかしそうは言っても、何か悪い病気だったら大変だ。

 まだ子供も小さいし、住宅ローンだってたんまり残っている。

 ということで、妻はインターネットで独自に夫の症状を調べ、ある結論に至っていた。


「それな、痛風じゃね?」


「ふふ……ふ。そんなわけあるかアホ」


 夫はフローリングの床に転がって痛みに悶えている。死にかけの虫みたいだ。


「これな、アナタの健康診断の結果なんだけど」


「んが。なんでお前さんが持ってるの?」


 数年前から健康診断の結果は会社ではなく自宅に郵送されるようになった。

 そのため、以前であればヤバめの結果が出た時は夫自身の手によって闇に葬られていたのが、いまは妻の手元に届くようになった。


「尿酸値11て何やねん」


「ふぁーーーー!?」


 尿酸値の男性標準値は7。これを超えると要治療となる。

 評価欄には「F」とある。Aなら正常だ。


「A、B、C……F。なんやFて。初めて見たわ」


「フ、フリーダム……」


「うっせえ。アナタ、フェブリク飲んでないでしょう?」


「飲んでた」


「過去形。いつまで?」


「最初に処方されたのがなくなるまで」


「1年前やないか!」


 そう。夫はもともと尿酸値が高めだった。原因はよくわからない。お酒も殆ど飲まない。プリンは好きだがプリン体は嫌いだ。激しい運動? 運動自体してないわ。

 医者が言うには「いまこの瞬間に痛風になったとしてもボクはまったく驚かない。むしろ笑う」だそうだ。

 笑うのくだりいるか? と思いつつ、夫は処方された尿酸値を抑える薬をしっかり飲んで行こうと決意した。そしてすぐに忘れた。

 なんとなく、自分は痛風にならない気がしたんだ。根拠はないけれど。


 そして忘れた頃にやってきたこの足の激痛。これは……そういうことなのか?


「病院行ってきな。整形外科じゃなくて内科」


「いやだ」


 食い気味に病院行くことを拒否する夫。


「いいかい? 病院なんて行ったら病名宣告されるだろ? だけど行かなければ病名付かないんだ。これはいわば『シュレディンガーの痛風』というやつでな」


「うっせえ、死ね!」


「フフ……痛風で人は死なない」


 夫、口ぶりは元気だが今も床で足を押さえ痛みに耐えながらモゾモゾしている。

 むう、なんて邪魔なんだ……!


「ほんなら、せめて煙草を控えるとか」


「おっと、それ以上言ったら戦争だぜ?」


 夫は妻のビールに口を出さない限り、妻は夫の煙草に口を出さない。これがこの夫婦間の不可侵条約なのである。


「まあ、そうカッカせず、金麦でも飲みながら気楽にいけよ。そんなことより、ロキソニン取ってくれ」


「うっせえ! 病院行け! 明日行け!」


「い、痛くて行けぬ……!」


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Too Fool 志乃亜サク @gophe

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