燠火

露隠とかず

第1話 鋼のメンタルと傷つかない「私」

「私」という一人称が素敵なものだと気づいたのはいつだったか。

 自分がノンバイナリーで、パンセクシュアルだと気づいたのはいつだったか。


 思い返せば初恋は男の子、ファーストキスは女の子、付き合った人は男女いると。

 咥えたいし舐めたいし。男でもなく女でもない。なりたかったのはアンドロギュヌス。

 それが生物的にはおかしくとも、自分にとって想像しうる一番自然な状態だった。


「私」という一人称はそんな自分に一番ピッタリだと、成人してから気づいた。

 それまで「俺」とも「あたし」ともつかない一人称だったが、気づいたのだ。


 社会にでると、男性も「私」を使う。それは極普通のこと。

 女性が「私」を使う。勿論それは元より普通のこと。


 なんと素晴らしい!!

 ノンバイナリーなら「私」が一番いいのでは!?


 ようやっとふらふらしていると感じていた自分が少し固まった、気がした。

 奇異なる目で見られることも、自分にとって違和感を感じることもない。


 そして繰り返される失業、倒産、リストラ。

 顔も知らない少し知っているだけの相手からネットでの中傷、罵詈雑言。他人まで巻き込んだときは怒りで頭が爆ぜそうだった。


 そこで私が取ったのは「死ぬほど楽しそうに過ごす」を示すこと。

 私は傷つかない。傷ついてもそれを微塵も見せない。ひたすら楽しいことだけをネットに投下していく。


 腹が立つことも悲しいことも、その隙間にある前向きなものを拾ってそれだけを見る。

 そんな駄目ポジティブを繰り返した結果、できあがったのは鋼のメンタル。


 もう「私」は傷つかない。

 他人からの評価に「鋼のメンタル」を手に入れた。

 実際鋼のメンタルなんだろう。自傷行為はもうしない。残っている傷跡ももう何とも思わなくなった。


「怒るのを想像できない」と言われた。

 実際は嫌になるほど短気で瞬間湯沸かし器だ。ただそうなると気を失うレベルでブチギレて身体的に苦しくなるから、怒りを逃すようにしているだけ。


「常に一定の精神状態だよね」と言われた。

 心の中はアホほど荒れても、苛立ちは全部自分の爪に当たる。ただ考えても基本どうにもならないので、考えることを止める術を得ただけ。



 さいきょうのメンタル を てにいれた!



 だけど、それではダメだったらしい。


 今、私の問題は嘘を吐き続けた、偽り続けた自分から戻れない事。

 自分の本音が分からない。自分の本心がわからない。


 ああ、次の課題は本心と向き合うことか。


 心というのは厄介で、長年の生き方が染み付いて変われない。やっと変わったのにまた変わらなければ。


 私の明日はどっちだ?

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