レジストリ

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1.


今回私が手に入れた資料は、あるバラエティ番組で撮影されたものの、放送されること無くお蔵入りになった映像の一部である。


映像の中に写っているのは――ある場所に放置されていた、古びた開かずの金庫。


以下の記事は、この開かずの金庫にまつわる――


呪い、あるいは祝福の記録である。


2.


取材日時:2024.12.21 PM5:46

取材対象:木村きむら 祐介ゆうすけ 氏(仮名)

取材場所:木村氏の自宅にて




「この時期になると――クリスマスが近くなると、荷物が届くんです。否、届いていたんです。まるで――仁志ひとしへのクリスマスプレゼントのように」


木村さんはそう言って隣の部屋を―――仁志くん(仮名)の遺影が飾られている仏間に目を遣った。


木村さんの息子である仁志くんは、5年前の2019年7月5日に失踪した。家族でキャンプに訪れていたその日――忽然と姿を消したのだという。


「手書きのチラシも作って、随分配って回りました」

そう回想する木村さんは、少し遠くを見るような目をされていた。


事態が急転したのは今年の3月。キャンプ場から 10kmほど離れた場所へ山菜採りに来ていた男性からの通報だった。人骨のような物が山陰の斜面にあるのを発見したという。

DNA鑑定の結果――人骨は仁志くんのものであることが判明した。


「仁志がいなくなってから毎年です。12月になると差出人不明の荷物が届くようになりました。中身は綺麗にラッピングされたクリスマスプレゼント――だと思います」


届けられたプレゼントを見せてもらうと、いずれも幼い男の子が喜びそうなものばかりである。テレビのヒーローが身につけるベルト、ラジコンカー、携帯用ゲーム。


まるで成長する仁志くんに合わせるかのように、贈り物の中身も変化している。


「最初は悪質な悪戯いたずらと思いました。あの頃はマスコミの取材も加熱してましたし、SNSであることないこと言われていましたから。

ただ――上手く説明できないのですが――悪戯にしては悪意が感じられませんでした。本当に仁志が欲しがりそうな、喜びそうな物ばかりだったんです」


送られてきたプレゼントは不気味ではあるものの――処分するのも忍びなく、そのまま保管していたという。


どこかしら――弔いや供養、というニュアンスが感じ取れなくもなかった、のだろう。


「変化があったのは――昨年でした。届かなかったんです。仁志がいなくなった2019年から2022年までの4 年間、必ず届けられていたプレゼントが、昨年は届きませんでした」


善意か悪意か――それは判らないが、謎の差出人からの贈り物は4年目で途絶えた。

それだけであれば、幾つかの解釈ができなくもない。

悪意から行われた悪戯であれば、単に差出人が飽きたのだと考えられるし、善意からの供養という解釈であれば――差出人の中で供養が一段落したのだ、と解釈することができる。


ところが――


「プレゼントが届かなかった翌年の3月です、仁志が見つかったのは」


木村さんは目を伏せたまま独りちるようにそう言った。


「きっと――きっと偶然です。考えすぎなのは解っているのですが――」



まるで、プレゼントの送り主が――


ように思えて。


木村さんは、静かにそう結んだ。


3.


秋報新聞(全国版・祥和しょうわ57年12月29日)

社会面下段/三段組小見出し


差出人不明の荷物 全国で相次ぐ

警視庁 愉快犯の可能性も視野に


 全国各地で「送り主の分からない荷物」が配達される事例が相ついでいる。警視庁によると、27日までに確認された相談件数は268件にのぼり、いずれも宛名・住所は正確ながら差出人の記載がなく、郵便・宅配各社を経由して届けられているという。

 届けられた荷物はいずれも一般的な品物で、危険物や爆発物などは確認されていない。警視庁生活安全課では「悪質ないたずら、あるいは愉快犯によるものの可能性も否定できない」として、全国の警察に対し配送記録の照合を指示した。

 同課の村上巡査部長は「身に覚えのない荷物が届いた場合、むやみに開封せず最寄りの交番または警察署に相談してほしい」と注意を呼びかけている。

 警察庁でも今後、郵政省や運輸省を通じて全国の配送業者に再発防止を求める方針を明らかにした。


4.


取材日時:2024.12.23 AM10:37

取材対象:西方テレビディレクター 藤澤ふじさわ あきら 氏(仮名)

取材場所:西方テレビ(WBT)ロビー




いやー。久しぶりですねえ。え、昨年末以来じゃないですか?

そうそう、あの時も――都市伝説でしたっけ、呪いのクイズ番組の取材でしたっけ。

ほんとお好きですよねえそういうの――あ、別に好きではないんですか。これは失礼しました。


で――ご連絡した件なんですけどね。不審な配達物の件を調査されてるって話だったですよね。関係あるのかないのか判りませんが、面白い――いや、そう言ったら不謹慎か、とにかく情報がありまして。


え?いやいいですよ、いつもお世話になってますからね、こちらこそ、またよろしくおねがいしますよ。


そうそう、配達物。さかのぼると祥和時代の新聞記事にも記載があるんですよ。一人の仕業にしちゃあ――スパンが長すぎるでしょ?それに、記事ではぼかしてありましたが、荷物の配達先、共通点があるんです。


ええ。

配達先の家庭は、例外なく子供がいなくなっていた――


私が見た資料では、配達されたのは「一般的な品物」という表現がされていました。でも実際は違うんです。子供用のおもちゃや洋服ばかりだったらしいんですよ。送られた時期といい、まるでクリスマスプレゼントですね。


そう、いったい誰が、何のためにって話でしょう?慈善団体がこっそりやってるってのが現実的な解釈かもしれませんが――肝心の子供さんが行方知れずなんですよ?その状況でプレゼントを贈るって――慈善じゃなくて悪意さえ感じるじゃあないですか。


まあ、サンタクロース自体がね、この世で一番説明のつかない善意ですよ。誰彼構わず贈り物を配って回るって――本来なら異常なんです、善意と幸福に覆われて判らないだけで。


でも、これは――


子供の安否が判らないのにプレゼントを配るってのは――


善意か悪意か、供養か逆修ぎゃくしゅか、呪いか祝福か、さっぱり判らないでしょう?


で、最初の話に戻るんですけどね、関係あるのかどうか判りませんが、ある番組の収録でおかしな事があったんですよ。

ご存じでしょう、お笑いコンビのホームベース。面白いですよねあの二人。

逆シュール突っ込みって、それもう普通の突っ込みですからね、今度うちの番組でも――あ、すいませんね話逸れちゃって。


彼らの冠番組あるでしょう?

そうそう、「ホームベースの学校じゃ打てないホームラン」、あの番組の人気コーナーで、開かずの金庫を開けるコーナーがあるんです、ええ、全国の古い蔵や建物にのこされてる古びた開かずの金庫を。

で――その時のロケハンでは、大笙たいしょう時代に裕福だった家の蔵に金庫があるって話でした。実際のところ、解体の邪魔ってのが本音だったんでしょうけど――所有権は自治体に移ってましたしね。


で、その収録での話なんですけど――


5.


資料(「ホームベースの学校じゃ打てないホームラン」編集前素材映像)


◼️


「ええと、ここでいいかな?立ち位置。画角大丈夫?はい――はい、じゃいきましょ」


(一部省略)


「はい!ということで蔵の中に入りましたけどもぉ!いや凄いすねこれ、お宝だらけじゃないすかぁ!」

「お前はしゃぐなよお前、こわしたらお前の首も並ぶぞここに」

(笑いエフェクト)


(仮ナレーション):蔵の中には年代物のお宝がぎっしり! これは期待できそうな予感!


「えぇー?前の住民の方、これ全部ほったらかしにして引っ越されたんですか?」

「凄いなこれ。逆夜逃げやな」

「なんや逆夜逃げて」

(笑いエフェクト)


(仮ナレーション):大笙時代から建っていたというこの蔵の持ち主は、蔵の中身をそのままにして引っ越してしまったそう。つまりお宝がそのまま遺っている可能性が!


「で、これ!これですかご依頼の金庫は?でっか!」

「いやでかいわこれはー!」

「お前の家族ここで暮らせるな」

「いやそれは狭すぎるやろ」

(笑いエフェクト)


(仮ナレーション):これが蔵の中に遺されていたという巨大な金庫。専門家の■■さんによると、構造を見ると盟治めいじから大笙時代に作られた物である可能性が高いという


(※一部省略)


「じゃあ、■■さん!さっそく開錠のほうお願いします!」

「わかりました、やってみます」

「難易度はどれくらいですかね?10段階で言うと」

「うーん、古い物ですからねえ、8か9くらい…」

「8か9!むっずいなあ!」


(仮ナレーション):■■さんによると古い物ほど状態が良くなく、単純な構造の物でも難易度が高くなるそう。果たして結果は…?


(※一部省略)


「開きました!」

「やった!開いたーっ!!」

(拍手エフェクト)

「いや、長かったーっ!!お宝どこですか?」

「いや早いって」

(笑いエフェクト)


(※一部省略)







「ちょっとすいません、1回カメラ止めます」







「●●さん、これ使えます?」

「うーん…」

「これやばないすか。気持ち悪いすよこれ」

「これ、なん…何で?なんでこんなん集めてんの?」

「■■さん、これ、この金庫って、開けられてないんですよね、さっきまで。ずっと前に鍵掛けて、そのままですよね?」

「開けた形跡はなかったです」

「おかしいやん、祥和の日付やで。うわ、平誠へいせいのもある」

「怖い怖い怖い」

「尋ね人って…え、新聞は?新聞も?」

「新聞もや」

「祥和62年11月4日…」

「え、待ってこれ…上から何か書いてる?」

「盟治12年…田島廣介…これ、なんやこれ」

「ボールペンやろ、その赤いの」

「こっちもや。零和れいわ元年7月5日…?」

「なんやこれ…なんでこんなん入ってて、こんなんが書いてあんねん!開いてなかったんやろこの金庫!?」

「●●さん、これ、これやばいっすよ!使えないすよこんなん」

「尋常じゃないすもん、これ、これ集めた奴、何考えて――」


(※一部省略)


6.


はい、結局お蔵入りになりました。そりゃ放送できませんよ。山ほど――比喩たとえじゃなく、本当に山ほど集めてありました。


ええ、子供を――行方不明者を捜すチラシやビラ、それに新聞記事も。


気味が悪かったんですけど、テレビマン根性っていうんですか、一応、カメラは回させましたよ、ええ。

古いのは盟治時代の貼り紙、っていうのかな。かろうじて紙の形を保ってるものもありました。いや、それだけならいいんですが。


祥和、平誠、零和と――最近のチラシや記事も中に入ってたんです。


おかしいでしょ?

その金庫は、盟治か大笙時代に施錠されて以降――少なくとも撮影日までは開けられた形跡がなかったんですよ?

なのに、祥和から最近にかけての記事だのビラだのがぎっしり詰め込まれてた。


いやまあ、常識的に考えれば最近まで誰かが集めて入れてた、そう考えるより無いですよ。


でも誰が、何のためにそんなことをしてたのか、となるとさっぱりです。


え?ああ、もちろん前の住民も調べましたよ。でも、そっちの糸もぷっつりです。

ホームベースが言ってたでしょ、「逆夜逃げ」って。まさに夜逃げですよ。手がかりがない。


あと、これも放送できなかった理由のひとつなんですが、その、記事だのビラだのにですね、名前が書いてあるでしょ、行方不明の方の。


その名前の上にね、赤い、あれボールペンなのかな、とにかく赤い文字で書いてあったんです。


ありがとうございました、って――


7.


少なくとも調べる事のできた範囲ではあるが――


名前の上に赤い文字が書かれていた方は、既にご遺体が発見された方ばかりであることが後の追跡調査で判明した。

つまりあの金庫に行方不明者の情報を大量に保管していた人物は、行方不明者のその後まで調査・把握していたことになる。


いったい何者が、何の目的でそんなことをしていたのかは、いまのところ判明していない。


余談ではあるが、取材に応じてくれた藤澤氏が、興味深いことを述べられていたのでここに記しておく。


◼️


例の不審な配達物ね、クリスマスプレゼントみたいだって話だったじゃないですか。でね、クリスマスプレゼント、というか「サンタクロース」っていつぐらいに日本に輸入されたのか調べてみたんですよ、ええ、興味本位ですけどね。


最初にサンタクロースが伝えられたのは1900年頃らしいんですが、おもしろいのが――その当時はサンタクロースじゃなくて、「北国の老爺おやじ三太九郎さんたくろう」と呼ばれていたそうなんです。

いや、敬虔けいけんな信仰をお持ちの方には本当に悪いんですけど――少し笑ってしまって。




だって三太九郎ですよ、北国の。


その当時の、少なくとも一般の人にとっては――何をする存在なのか、何の概念なのかすら、きっと判らなかったんじゃないですかね。


で、ここからは私の与太話と思って聞いていただきたいんですが――


何をする存在なのかってことを――



んじゃないですかね。



ええ、オカルトに寄せてますよ、お好きでしょう?ああ、お好きじゃなかったですね。


いやまあ、概念が人格を持つわけがないですけど。でもそう考えると、この配達物のちぐはぐさが説明できませんか?


三太九郎は、きっと善意も悪意も持ってませんよ。そんなもんを知る前に広まってしまったんですから。



だから彼は――



ただ、なんです。



そこに生死も、意味も、慈悲も、害意もありはしません。


ええ、もちろん何の根拠もありません。

むしろ、妄想のたぐいですよ。


でもそんなふうに考えると、私はに落ちるっていう――

まあ、ただそれだけです。



◼️



藤澤氏の見解はともかくとして――





今も行方不明者の子供がいる家庭には、差出人不明の荷物が届き続けている。





(了)

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