灰色に輝く未来世界

nanashi

とある小説家の徒然思考

旧時代の人間が想像した「未来都市」というヤツは、こんなモノだったのだろうか。


 窓から眺めた夜の街並みは、赤、黄色、青、紫などの様々な色合いの輝きに彩られ、煌びやかに見えた。遠目では奇麗に見えるそれは、実の所ブラックを通り越してジェットブラックの企業に馬車馬以下の扱いを受ける労働者の光、或いは殆ど詐欺同然の姦しい広告の輝きだ。欺瞞の煌めき、虚飾のネオン。光の反対側には影ができるモノ。この街にも酷く昏い闇がポッカリと口を開けて待っているのだろう。


 世界全てを量子ネットワークの網が覆い、人間と良く似たツラをしたAIが当たり前の顔をして隣に並び立つ未来。宇宙開拓など夢のまた夢。人々は閉塞と停滞を旨とする大都市に飼い殺され、そんな現実から目を背ける為に今日も電脳世界でドーパミンを垂れ流して耽溺する。国家という古びた枠組みは自重に耐えきれずに崩れ去り、利潤の追求のみを至上命題とするメガコーポ群が我が物顔でその玉座を謳歌する。


 成程、確かに未来都市だ。惜しむらくは、それがひみつの道具で溢れ返った理想都市ではなく悪徳と犯罪で溢れ返ったサイバーパンクだったことだが。


 「手ガ止マッテイマスヨ」


 益体も無い思考に無粋な音が水を差す。


 「うるせェよ、偉そうに命令してんじゃねェ」


 この電子音とも声ともつかぬAIのボイスが俺は何とも苦手だった。というかこれだけ技術が発達しているのにボイスが電子音よりってどういう事だ。ン十年前には合成音声の研究流行ってただろ……無駄なことに金掛けないんだろうな。企業の上の連中の考えそうなことだ。


 「直近二カ月以内ノ締メ切リスケジュールヲ読ミ上ゲマスカ?オニムラ・ブックショップカラノ依頼ガ11月30日マデ、カワサキ・シュッパン・インダストリカラノ~」


 「わーったわーった黙ってろ」


 AI技術。これもまたン十年前から流行り始めた技術だ。合成音声と違うのはその利便性、汎用性から企業がジャブジャブと金をつぎ込み、機械科電子族学名:ヒトモドキの癖に我々は人間の頼もしきパートナーとでも言いたげなツラをするようになったこと。一部の連中は人権を与えるべきだとかほざいているが、俺から言わせれば所詮ただの道具に対してイカレてんのかとしか言いようがない。まぁいい、変な人間、気の狂った人間はいい小説のタネだ。


 生成AI技術の台頭期、その生成速度、それなりのクォリティの高さによってクリエイターの仕事が奪われるなどと声高に叫ばれた時期があったようだが(なおこの時主に話題になったのは絵や音に関わる人々の権利ばかりで文筆業はいっそ異常なレベルで無視された、何故なのか)実際はまるで真逆。簡易的なイラスト、業務上の文章あたりは全てAIが担うようになった事で、せめて芸術作品、クリエィティブな物は人間が書いた物が読みたいという需要が湧いて出た。所謂「人の手の温もりブーム」というヤツである。そのせいで俺のような零細作家でもこうしていくつもいくつも制作依頼が舞い込み、こうして締め切りに追われる忌々しい毎日を過ごしている訳なのだが……


 「……お前も、案外大変なのかもな」


 カタコトのアシスタントが映るホログラフィックパネルを指先で弾いてやる。


 あれだけ嘱望され、待望され、第四の産業革命だと持て囃されたところで、結局飽きられたら「人の手ブーム」だなんだと理由を付けられてはいお終い。人間の愚かしさというヤツには全く以て新鮮に驚かされる。


 人間が嫌いなわけではない。人間が嫌いならば、人間観察が大前提の小説家など続けられる訳がない。むしろ個々人を見るのであれば、好きであるとすら言える。


 しかし、集まったなら話は別だ。三人寄れば文殊の知恵とは只の戯言。たかればたかる程思考は鈍り、その無駄にデカい脳味噌を首と肩を鍛える筋トレ用品としてしか扱えなくなって、人間から衆愚に成り下がる。


 この高輝度に歪んだ街もそうなのだろうななどと、再び窓を見つめているとまた手が止まっていたらしい、頭上から降るは電子音混じりの不快な声。


 「ワタシノ心配ヨリ自ラノ心配ヲサレテハイカガデス?オニムラ・ブックショップの締メ切リマデ72時間ヲ切ッテイマスガ」


 確信する。


 「やっぱりお前とは仲良くなれねェよ」


 時代が進もうと、技術が発達しようと、いついかなる時代でも、気に喰わないヤツと締め切りからは逃げきれないらしい。

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