蝙蝠の末裔

ナーゴ

第1話 終わり 始まり 決意

 燃え盛る炎、肉が焦げる匂い、血まみれの大きな手、逆さになった蝙蝠の刺青、私の覚えている一番古い記憶。


 家から少し離れた周りには何も無い広い草原、今日は天気も良く温かい日差しが気持ちいい。心地よい風が頬を撫で金色の髪がなびく、目を閉じて深呼吸をする。久しく思い出すことの無かった昔の記憶を夢で見たせいか今日は機嫌が悪かったのだ。

 目を開け遠くに吊り下げられたフライパンや鍋をひと睨みすると腰の拳銃に手をかけ一気に抜く。のどかな草原に響く乾いた銃声と金属音が7つ響いた、手にしたM1911の銃口から白い煙が空へと昇っている。

 無心でひたすら銃を撃っていると自然と心が落ち着いていくのは年頃の女としてどうかとは思う。


「約50mで全弾命中・・・流石だな、オリンピックでも目指してみるか?」


 気が付けば後ろに大柄で筋肉質な男が立っていた、深く刻まれた顔の皺と頬に刻まれた大きな傷は彼が只者ではないと言った雰囲気を漂わせている。


「おじさん、気配も無く後ろに立つのやめてよね!いっっっつもビックリするんだから!」

「うっ・・・すまん、職業病だ」


 大きな体を縮み込ませて申し訳なさそうに謝る姿は端から見れば異様な光景だろう。


 身寄りの無かった私を父の友人であったボルクス・クリーフが引き取って育ててくれたのだ。周りの人はその風体に怖がって近づかないが優しくてたまに天然なおじさんが私は好きだ。

 おじさんは過去をあまり話したがらないが元軍人であったことから私に戦う術を教えてくれる。


「それで?他に意見はある?」

「ないな、射撃は撃って覚えるものだ」


 広い草原に響き渡る銃声に混じって車のエンジン音が聞こえてくる、この辺りは周りに人が住んでおらず周りに人が来ることが少なかった。


「今日は誰か来る用でもあった?」

「誰だろうな・・・俺は戻るから続けてろ」


 そう言いながら自宅に戻っていくボルクスの表情はどこか緊張した面持ちだった。

 ボルクスの様子が気になりつつも見に行く気にもなれず30分ほど草原を眺めていると自宅から銃声が響いた、それを皮切りに激しい銃撃戦と黒い煙が立ち上る。今朝の夢がフラッシュバックし思わず駆け出していた。


「最初は45口径・・・多分おじさん、あとは9mmのサブマシンガン、これが敵だ!恐らく3人!」


 走りながら装填された弾倉を確認する、次第に近づく自宅は燃え盛り庭に2人の遺体が転がっていた。

 付近を警戒しながら遺体に近づく、2人とも腹部と頭部に一発づつ撃ち込むのはボルクスの教えにあった。


「どっからどうみてもマフィアね、銃はイングラムM10・・・おじさんが戦ったのはこいつら?」


 周囲を観察していると更なる銃声が響いた、その方向に向かって走り出すと血まみれになったボルクスと腹部を押さえながら車に乗り込む男の姿が目に入った。


「おじさん!」

「来るな!!」


 思わず車に向かって銃弾を放つ、焦りから照準が定まらず見当違いの方向に弾は飛んでいた。猛スピードで走り去る一瞬、男の首筋に逆さになった蝙蝠の刺青が目に入った。

 遠く離れていく車に向かって空になった銃の引き金を見えなくなるまで引き続けた。


「アリシア・・・アリシア・フリージア」


 掠れた声で呼ぶ声で乱れていた意識を呼び戻された、腹部から大量の血が溢れだしもう僅かの命だと言うことが嫌でも理解させられる。


「おじさん!ダメだよ・・・私・・・これからどうして」

「落ち着け・・・今から大事な話をする、聞いてくれ」

「だめ!今から助けを呼ぶから!きっと助かる・・・そう、絶対に助かるから」


 自分に言い聞かせるかのように呟きながら震える手で携帯を取り出す、震える手が上手く操作できずにいるとボルクスの血まみれの手がアリシアの頬に触れた。


「いいから・・・俺は何人も殺してきた、この傷が助からないことくらい分かる」

「そんな・・・」

「さっきの男はお前を狙って来た・・・何時か来るとは覚悟していたが、俺も衰えたな・・・あんな若造に一発貰うなんて」


 みるみる顔が青くなっていくボルクスの顔は死が迫っているはずなのにどこか穏やかになっていく。


「いいか、復讐なんて考えるなよ?俺とお前は赤の他人だ!お前に戦う術を教えたのは俺から与えられるものはそれくらいだったからだ・・・復讐じゃなく生きる術を教えたんだ」


 涙と嗚咽で言葉がでない、言いたいことは山ほどあるのに言葉が出ない。唯一出来ることは縋るように手を握りしめるだけだった。


「一人寂しく死んでいくと思っていたが、俺の為に泣いてくれる奴がいるなんてな・・・お前との生活が楽しくて・・・成長が嬉しくて・・・出来ることなら最後まで見届けたかった・・・」


 力の無くなって血まみれの手を握っていると過去を思い出す。まるで今朝の夢はこのことを予知するかのようだ。


 あの記憶・・・あの血まみれの手はおじさんの手だったんだ・・・。


 ひとしきり泣くとボルクスの傍らに落ちていた銃を拾い上げる、ボルクスが現役時代から共にしアリシアには一切触れさせることの無かった大切な一丁。

 スライドは4.3インチに短縮され4つのガスポート加工がされスライドストップ、セイフティは確実な操作が出来るように延長されたオリジナルのM1911だ。


「ごめんね・・・私は簡単に割り切れない、復讐だなんて言わない・・・これは私のエゴだ」


 強く風が吹く、遠くからヘリの音が近づいてきていた。無意識に銃を握る手に力が入り空を睨みつける。

 目の前に降下してきたヘリに向かい銃を構えると扉が開かれた、軍服を綺麗に身に纏った初老の男性が両手を挙げて降りてきた。険しく厳しい表情の中にどこか悲しみを感じさせる姿に自然と敵ではないと予感した。


 胸に勲章とナイフを咥えた猫のパッチ、確かおじさんの部屋にも同じものがあったような。


 初老の男性はアリシアの横を通り過ぎると遺体の前に立ち綺麗な敬礼をする、30秒ほど微動だにせずいるとこちらに振り向き手を差し出してきた。


「アリシア・フリージアだね?私はホーク、カート・ホーク准将だ、ボルクス・クリーフ少佐の上官であり親友であった・・・彼の死は無念に思う」


 ホークは毅然とした態度を保っていたが僅かに手が震えているのを見逃さなかった。その姿から嘘はないと思い手を差し出すも躊躇われた、アリシアの手はボルクスの血で真っ赤になってた。

 アリシアの躊躇いを察してホークから手を固く握り優しく微笑む。


「気にすることは無い、彼の流した血は尊ばれるものだ」

「はい・・・」

「大変な事があったばかりだ、安全なところへ移動しよう」

「でも、おじさんが・・・」

「彼のことなら安心したまえ、私の親友だ丁重に弔おう」


 2名の隊員がボルクスを遺体袋に詰めて担架で運んでいく、淡々と行われているその姿がより死を実感させられ再び涙が零れ始めていた。

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