一章 ちぐはぐな夫婦⑥

    ***


 アルセニオの体調が快復してからというもの、彼のルビアに対する態度は大きく変化した。汗を拭いたり、お粥を食べさせたりと、熱心に看病したルビアの真心が通じたのだろうか。

 連日続いていた『嫌がらせ』はぴたりとみ、どこにいても、何をするにもルビアと一緒でないと嫌がるようになったのだ。

「おい! どこにいる!」

「はい、閣下。ルビアはここにいますよ」

 その日、部屋の片付けをしていたルビアは、アルセニオの大声に、急いで廊下へ出た。名前を呼ばれずとも、彼がこんな風に尊大な物言いをする相手はルビアと決まっている。

 彼はルビアを見るなり、ねたような顔で言い放つ。

「言っただろう。僕のことは名前で呼べ」

「申し訳ありません、アルセニオさま」

 言われた通りに名前で呼ぶと、彼の機嫌が少しだけ上向く。

「それでいい。……何回も呼んだのに、何をしていたんだ」

「実家から色々と荷物が届いたので、その整理をしておりました」

 茶葉や調味料、シャマル領特産の菓子にきぬおりもの。親戚や弟妹たちからの手紙。

 遠くに嫁いだ娘が不自由しないようにと、両親があれやこれやと詰め込んだ馬車が到着したのは、今朝のことだった。

「お前は公爵夫人なんだ。そういうことは使用人に任せておけばいい。今度から、僕が呼んだら十秒以内に来るように。わかったな」

「はい、今度からは必ずそうします」

 威圧的な物言いにも、ルビアは素直にうなずく。

 言っていることは横暴だが、何せ相手は八歳。可愛らしいわがままだな、としか思えない。物陰から様子をうかがっていた使用人たちも温かな眼差しで主人を見つめている。

「ふふっ」

「何を笑っている!」

「だって、アルセニオさまの怒り顔がお可愛らしくて」

「なっ……可愛くない! 僕はお前の夫だぞ! 僕のほうが少し年下だからって、子ども扱いするな!」

 アルセニオが顔を赤くして怒り出す。

『少し』ではない、と突っ込むのはやめておいた。大勢の弟妹を持つルビアは、八歳には八歳なりのプライドがあることをよく知っている。

(だけど、なんだか最初の頃と比べて随分と表情豊かになられたわ……。頑張って話しかけ続けたがあったかしら)

 どんなにうつとうしがられようと、ルビアはめげなかった。

 笑顔で対話。それが人間関係を構築する上での基本であるというのが、ルビアの信条だからだ。

(おかげで、最近ではちょっとだけ笑顔も見せてくださるようになって……。真面目な顔ももちろん可愛らしいけれど、やっぱり笑顔が一番ね)

 嬉しくてまた笑いそうになってしまったが、アルセニオを怒らせるわけにもいかないので、話題を変えてごまかすことにする。

「ところで、わたしに何かご用でしたか?」

「そうだ。今日は一緒にお茶をするぞ! 美味しいお菓子が手に入ったんだ。お前は甘い物が好きだろう」

「はい。楽しみですね」

「べ、別に僕は楽しみじゃない! お前が甘い物好きだから、仕方なく付き合ってやってるだけだ」

 明らかにうきうきとしていたアルセニオが、誤魔化すようにぷいっとそっぽを向く。

 口ではそう言いながらも、彼が実はお菓子好きなことをルビアは知っている。己に厳しい彼は、ルビアを言い訳にしないと好きな物すら食べられないのだ。

 実のところルビアは、本当は甘い物がそこまで得意ではない。しかし、彼の喜ぶ顔が見られればそれが何より嬉しかった。

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最強魔術師は死んだ妻しか愛せない 転生したら可愛い年下夫が過保護な溺愛夫になりました 八色 鈴/角川ビーンズ文庫 @beans

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